ぶらっとJAPAN

おもに大阪、ときどき京都。
足の向くまま、気の向くまま。プチ放浪の日々。

『エノケソ一代記』

2017-08-28 21:14:05 | アート

ご無沙汰しております。

暑い日が続きますが皆様いかがお過ごしでしょうか。

9月は目前、今年も4分の3が終わろうとしておりますが、私はここから心機一転、書いていきたいと思います^^

さて、本日ご紹介するのは、作・三谷幸喜、出演・市川猿之助の『エノケソ一代記』。少し前の舞台ですがいつものごとくwowowで鑑賞です。

芸能史に興味がない方にはエノケン? という感じでしょうか。エノケンこと榎本健一は戦前から戦後にかけて活躍した大人気コメディアンです。小柄ながらも機敏な動きが持ち味で、オペラの素養もあり、歌手としても活動しています。もちろん私はリアルタイムでは観ていませんが、何故か昔から名前は知っていました。1970年没なので、私が子供の頃はまだ芸能関連番組などで話題になることがあったんでしょうね。今でもこうして舞台になるくらいですし。

実際にその姿を目にしたのは学生時代、授業の一環で観た黒澤明監督の『虎の尾を踏む男たち』です。勧進帳をベースにした映画で、周りがシリアスなドラマを繰り広げるなか、コミックリリーフ的なエノケンは輝いていました。舞台のたたき上げらしい身のこなしはさすがで古臭さは微塵もなく、最後の飛び六方を素晴らしい間合いで転び、教室中が大爆笑だったのを覚えています。

『エノケソ一代記』はエノケン好きが高じ「エノケソ」と称して一座を旗揚げ、実生活までもエノケンを真似しつつ、自分をまるごとエノケンになぞらえようとする一人の男の物語です。

テレビもなかった時代、エノケンという太陽があって、それを真似たい男とその片鱗でもいいから観たい観客の需要と供給が噛み合っていた幸福な時代のお話です。けれど、「芸術とは、模倣を超えた先にある」(舞台では三谷さん演じる古川口ッパが言う台詞。うろおぼえですが。)という信念を持つ三谷さんの筆は、大好きなエノケンをなぞる事だけに人生を捧げたエノケソの生き様に、苦い結末を与えています。

実際、エノケンを模倣する劇団は後を絶たなかったようですが、エノケソには「でも、あんたが一番似てるらしいね」と褒められるだけの技術と観察力があり、役者としてある程度の才能を持っていたと思われます。もしも、模倣だけで満足せず、その才能を自分だけの芸を追求することに使っていたら? そうすれば、エノケンほどのスターにはなれなくても、もっと別の、穏やかな幸福の道がひらけたかもしれません。

目の前に輝く太陽があって、自分がちっぽけな存在だと認めるのは辛いことですが、それでもなお、真に芸術の道を進むならそこから目を背けてはならないと戒める厳しい目と、同時に模倣に一生をかけずにいられない弱さに対する温かい目と、その両方を感じつつ、エノケンの偉大さが際立つ舞台でした。

コメント (2)
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