ぶらっとJAPAN

おもに大阪、ときどき京都。
足の向くまま、気の向くまま。プチ放浪の日々。

秋の夜長の鬼平三昧^^ 鬼平犯科帳 (18)「俄か雨」

2017-10-25 21:52:52 | 関東

 

 

台風21号の気配がやっと消えたと思ったら、22号接近中の報が。どうやら今週末もまた雨の予感です。

せっかくなので長雨にぴったりの話はないかと探していて目に留まったのが、池波正太郎の『鬼平犯科帳(18)「俄か雨」』。季節は少々違い、長雨ではなく俄かですが、雨によって思わぬ人生の転機を迎える男の話です。

学生の頃は「おじさま御用達」のイメージが強く、またシンプルな筋立てが多少物足りなかった鬼平犯科帳ですが、最近は池波節の滋味にハマるようになってきました。激しい雨や妻への土産に買った黒飴などの道具立てによって浮かび上がる情景や、部下の手落ちを厳しく戒めながらも、そこに働き盛りの男のやるせなさを感じ取って抜群の差配をする人情味溢れる鬼平の度量はしみじみと味わい深く、最後はよく出来たお芝居を観たような爽快感がありました。特に黒飴のエピソードは秀逸で、読みながら「舐めるんかい!」と突っ込んでしまいましたが(笑)、その一事で男の人間性が垣間見える見事な描写です。

ところで、この黒飴は目黒不動門前の『桐屋』のものですが、このお店、江戸時代には本当にあったようですが、残念ながら現在は存在しません。

同じ池波正太郎の小説『剣客商売』でも目黒界隈の描写があるので、以前何度か散策したことがありますが、なかなか当時の情景を見つけるのは難しいです。ただ、本編に出てくる目黒不動はもちろん、行人坂は今でもありますし(疲れた時にのぼると心が折れちゃうくらい急です^^; 普通の坂の五倍増しぐらい?)、富士山が見えるポイントもあります。

もともと目黒は大名屋敷が連なっていたところで、その敷地跡を利用した施設が結構あって、大きなところでは自然教育園(都心とは信じられないくらいの大きな森です)、また、道路沿いにもけっこうな大木が点在していますし、歴史ある街なんだなと思います。目黒駅近くの東京都庭園美術館は一時吉田茂の公邸だったそうで、渡辺謙さん主演のドラマでも使われていましたね。

池波正太郎の世界から脱線してしまいました^^; でも、目黒はこの他にも興味深いところがたくさんあって、絶好のぶらっとポイントです。

ちなみに今年2017年は鬼平誕生50周年だそうで、今年になって決定版(!)が順次刊行されています。秋の夜長に手にとってみるのもいいかもしれません。そして、想像力が必要とは言え、目黒の寺町や不動前門前はまだまだ古きよき日本の面影を残していますので、池波ワールドに浸りたい方には本を片手の訪問をお勧めします^^

【読んだら行ってみよう!】

目黒不動尊(東京都)

行人坂(東京都)

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ブラタモリに便乗2(^^) ~小田原城~

2016-02-21 22:32:00 | 関東

駅に降り立つと大きな提灯がお出迎え。

 

本日の『ブラタモリ』の再放送は小田原の回でした。

大河ドラマでも真田が北条につくか否かで、小田原に注目が集まりつつありますね。

小田原城は明治3年に廃城となり、関東大震災の被害を受けたりして当時の建物はなくなったそうですが、昭和に再建されて堂々たる姿を見せてくれます。

ちなみに天守閣は耐震工事のため現在休館中です。

北条五代の頃は信濃の方までか北条氏の領土だったそうですが、今は神奈川でもむしろ人口は少なめ。のどかでとても良いところです。

 

お城にたどり着くまでに結構な坂道を昇るのですが、そこで目撃したたくさんの武者たち。後でわかったのですが、この日は小田原市最大のイベント五代祭りの日で、パレードのために集合するところだったようです。

 油断しきったもののふたち(笑)。

娯楽の少ない昭和初期に再建されたせいでしょうか、小さな列車が走っていたりして、遺跡というよりは家族連れが一日遊ぶのにいいスポットって感じです。 

撮影当時は、天守閣の前に象がいたのてすが、残念ながらもう亡くなったそうです。推定62歳。人間でいえば100歳の大往生です。象と城という組み合わせはなかなかシュールで好きだったのですが・・・。

ブラタモリでは、城下町をぐるりと取り囲んだ全長9㎞にも及ぶ総構(そうがまえ)の痕跡をたどっていました。小田原城自体は三方を山の尾根に囲まれていたし(それで旗の印が▲三つなんでしょうね)、また、二重の堀でがっちり守られた町のつくりを、小田原攻め当時、陣営を構えていた家康が目撃して、江戸の町を作る時に参考にしたのではという話でした。なるほど~。それだけ優れたインフラだったということですね。確かに、初期のブラタモリで、四谷や外堀通りでその痕跡をたどっていました。

 

三方を山に囲まれ、残る一方は海。小田原城に来た目的はこの景色でした。

ちなみに反対側では、秀吉が一夜城を建てたという石垣山も見ることができます。

戦国時代というとずいぶん昔な気がしますが、じっくりと眺めれば当時の痕跡は今でもたどれるんですね。町に歴史あり。それでこそぶらっとしがいがあるものです

大河ドラマはこれから北条高嶋氏政が活躍しそうな気配ですが、小田原攻めがどのように描かれるのか楽しみに待ちたいと思います。

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なまずを押さえる要石  ~千葉県・香取神宮 ~

2015-07-23 22:23:12 | 関東

携帯に埋もれる写真シリーズをもう少し。

 関東の名所めぐりを思い立ったことがあって、JRを乗り継いで行った千葉県・香取神宮。

 張り切って早く行きすぎてバスがまだなくタクシーを飛ばしていきました(^^;)

「香取神宮ってあれでしょ? パワースポットなんだよね」

 などとタクシーの運転手さんに話かけられ、朝早くから行く気満々の気持ちを見透かされる恥ずかしいヤツ

 

入り口はお休み処や土産物屋が並んでいて、ざっかけない雰囲気なのですが、山に入るにしたがってさすがの気持ちよさ。

関東の寺社は、地味目だけと、かっちりしてていいですね。

不思議なフォルム。

 香取神宮には、茨城県の鹿島神宮にあるものと対をなす「要石」(かなめいし)というのがありまして、地震を起こす源である地中のナマズを押さえていると言われています。それにちなんで、要石をかたどったというぷっくりとかわいらしい形のお守りがあるんです。その形に惚れ込んで迷わず購入、機嫌良くつけて歩いていたのですが、東日本大震災のあと、しばらくして行方知れずになってしまいました。キーホルダーとかそういうのはけっこう気にして歩く性質(たち)なので、失くすなんてことはまずしないのですが、震災の後だけに、複雑な気持ちになりました。地震を防げなかったことをすまなく思ったのか、それとももしかして、東京で大した被害にもあわなかったのはお守りのおかげで、彼(彼女?)は役目を終えて去っていったのか・・・。

 どんなに細心の注意を払っていてもすべての災厄を逃れることはできないのが自然の摂理。それでも祈らずにはいられないのが人間ですね。

これは鹿島神宮の木々。どちらの木もとても大きかったです。

 

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オリエント急行 in 箱根 ~神奈川県 ラリック美術館 ~

2015-07-22 22:28:40 | 関東

 今日はカメラを持って神戸方面に行こうと思っていたら、あいにくの雨。

 どうも最近天気が悪くて写真を撮ることもままならず。というわけで、昔の写真をひっぱり出してきました。携帯で撮ったので横長です。画質もイマイチですがご容赦を。

 さて、これなんだと思いますか? 

 ま、タイトルに書いてありますが、オリエント急行の車両なのです。もちろん本物。現役を退いたこの車両は2004年に箱根に移され、現在は「ル・トラン」というカフェになっています。

隣接のラリック美術館。

なぜ、こんなところにオリエント急行があるかといえば(ヨーロッパから日本までの長い道のりは、中に入る前に映像で紹介してくれます)、内装をラリックが手掛けているから、というラリック繋がりなんです。

おおおっ、映画で見たことある!って感じですよね。

実際、このサロンカーの特別室が映画『オリエント急行殺人事件』の撮影で使われています。

うーん、ザ・ラリックですね。

お茶をいただくには予約が必要です。

優雅ですね。

シーリングライトもラリックだし、窓際にはこれでもかとラリック作品が並んでいました。

当時の会社の同僚に写真を見せたら、日ごろ旅行なんてしない彼女が、速攻で有休をとって乗りに行ってました。しかも神奈川県民とはいえ日帰り(笑)。

女子にはたまらない空間ですよね、やっぱり。

これだけ堪能したら、なにかちょっとラリックの小物でもお土産に、という気分になりますが、美術館で見たグッズは桁が1つ2つ多くてとても手が出ませんでした(^^; そりゃまあそうですね。

でもまたぜひ行ってみたいところです。

 

 

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目黒区総合庁舎建築ガイドツアー ~ 村野藤吾の傑作建築 ~

2015-05-28 23:52:11 | 関東

元千代田生命保険本社屋。

実はこの向かって右手側に同じ形のビルがあります。ガイドさん曰く、「会社的には一棟でよかったんだけど、藤吾氏が『2つあった方が美しいでしょう』と主張して2つ作った」とか。凄すぎます、村野藤吾。

 

 本日は少し趣を変えて、東京都目黒区の総合庁舎のご紹介です。

 この建物は元は千代田生命保険相互株式会社のビルだったのですが、2000年に同社が経営破たんし、その後目黒総合庁舎として生まれ変わりました。日本高度経済成長期の建築家、村野藤吾の代表的建築として知られています。村野氏の代表作といえば、日生劇場ですね。

 なぜいきなり村野藤吾? と思われるかもしれませんが、実はこの方、私が最近ぶらついてる大阪北浜周辺のダイビル本館や、綿業会館の建築に携わった人です。

 晩年は兵庫県宝塚市にお住まいで、あの「どこの国?」と思うぐらい豪華な宝塚市庁舎の設計をなさってます。一度通りがかったことがありますが、最初何の建物かわからず、市庁舎と聞いて2度びっくり。その時カメラ持ってなかったので写真でお見せできないのが残念です。いつかまた、行って撮ってきますね。

 で、話は戻りますが、目黒美術館の主催で、この総合庁舎の建築ガイドツアーが行われているのです。近代建築のツアーなんて珍しいですよね? 一体何を見せてくれるのかと、参加してみたわけです。

 いくつかのグループに分かれて見学し、それぞれにガイドがついてくださるのですが、私のグループのガイドさんは設計事務所に勤める建築家の方。開口一番「僕は、ここは世界一美しい建物だと思っています」とおっしゃった。

 えええっ、そんなに?

 まずはガイドさんの惚れっぷりに度肝を抜かれました(笑)。

 これは屋上から撮ったものですが、生命保険会社時代は正面の木のところまで敷地だったそうです。

 

 入り口のキャノピー。この屋根の形と柱(裾にむかってひろがっている)のデザインもマーベラス!なんだとか。

・・・すみません、建築素人がしょっぱなに聞いたもんでわけがわからず、良い感じのキャノピーの写真がありません(^^;)

 さらに冒頭の写真に見られますR(アール)の形が、これまた奇跡的に美しいんだとか。この微妙なRのラインは誰にでもひける線じゃないそうです。

 素人考えだとコンピューターで四角を描いて角を丸めればいいんじゃ? て思うのですが、それではこのラインは出ないんだとか。

 

たしかに、デジタルでない温もりを感じますね。

 さて、エントランスホールに入りますといきなり天井にこんな窓が。

保険会社時代はこの下に豪華なじゅうたんが引かれていたとか。今は真っ白な大理石っぽい床です。

エントランスから建物に入る脇にはこんな素敵なステンドグラスも。

 外観もそうですが、村野藤吾氏はRの魔術師といっていいくらい、曲線がお上手だそうで、いきなり目にはいる階段もこんなに優雅。

 今は安全のために(公共施設はお年寄りや子供も使うので)無粋なプラスチックで補強されてしまってますが、どうぞこのラインの美しさをお楽しみください。

「ぜひ階段の『裏』をみてください!」とガイドの方がおっしゃるので激写。「このラインの美しさったらない」んだそうです。ほぉっ。ガイドさん、惚れてます。

 これだけいろんなことが発達してれば、階段の設計でもある程度のマニュアルがありそうなものですが、ガイドの方曰く、幅や高さやバランスなどこんなきれいな階段を作るのは至難の技だそうです。確かに美しいですが、誰にでも作れないってのが不思議。ゴッホやレンブラントと同じ線がひけないていう感覚なんですかね。村野氏の時代は、CADとかそういうのもまだなかったのかな。設計図はフリーハンド?(ま、定規はあったか) なんかカッコイイです。

地下一階からの景色。実はこの敷地は結構高低差があるらしく、複雑な配置になってます。

この石は「心」という漢字を表しているとか。

「まるでベニスのよう」とこの景色を評したかたがいらっしゃるとか。

 地下一階は、以前は社員のレクリエーション施設みたいになってて和室がたくさんありました。長くなるので割愛しますが、障子のデザインとかオシャレでした。で、その奥になんと茶室があるのです。

自然の木とモダンな柵のコンビネーション。

奥に茶室が見えますが、屋根が鉄製なのお分かりになりますか?

 藤吾氏は鉄鋼関係のお仕事をなさってた関係で、鉄の特質を熟知してたとか。誰よりも自在に操ることができたので、このように和風な茶室と組み合わせて使ったりしたそう。

 そういえば、茶室には京都の老舗『唐長』の壁紙が使ってあったのですが、代々受け継がれてきた貴重な古い版木を使っているとのことでした。唐長さんが普段はしまいこんであるのをエラそうな爺さんが(藤吾氏のことです。ガイドさんが言ってました(笑))ずかずか上がり込んで探し回り、「これがいい」と指示したとか。昔の版木で摺ってるからところどころすり減って線が切れてるところとかあるんですよね。それがまたいい味になってる。写真撮ってみたのですが、薄暗いのでうまくピントが合わずうまくいきませんでした。

  この後、また外に出ていろいろ見せていただいたのですが、長くなりますのでこの辺にしておきます。以前はヘンリームーアの彫刻があったり、滝や川などがあって区民憩いの場となっていたようですが、残念ながらなくなってしまっています。やはり全く元のまま、という訳にはいかないようです。

 藤吾氏は大変長命で、90歳を超えてなお現役で仕事を続け、亡くなった時はポケットに未来日付の航空券が入っていたとガイドさんが言ってました。そこまで働き尽くせるって羨ましいですね。

 ガイドさんは最後に個人的にお気に入りの景色、というところに連れていってくれました。そこは、あのR(アール)がとても美しく見えるところで、こんなにこの建物を愛せるガイドさんこそが素敵だな、と思いました。

 いい仕事したいですね。私もがんばろうっと。

 

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