迷狂私酔の日々(再)

明鏡止水とはあまりに遠いこの日々。

186・帰還。[沖縄、晩夏]

2008年10月21日 | 旅する。
10月21日、那覇

嘉数からまっすぐ330を歩いて浦添市美術館に入ってみる。

何も知らずに見ていたが、中庭にはジョッチャンの作品があったらしい。なんか怪しい雰囲気がすると思った。

わざわざ壺屋経由で月光荘に帰る。

「歩いて宜野湾まで行ったよ」
といっても、中途半端なクレージーでしかないなぁと思い、ただ静かに飲む。

MOON BOWで大崎夫妻から夏に阿嘉島で撮ってもらった写真をいただく。

ユニオンで半額のピザを買い、路上で食べる。

コトブキで飲んで一日の仕上げ。

185・あゝ嘉数高地。[沖縄、晩夏]

2008年10月21日 | 旅する。
10月21日、那覇

とにかく降りて上っていったん330に出ると、嘉数高台公園への標識が見えた。

すでに宜野湾市に入っている。

歩いて上っても、たいして高くも広くもないただの丘だが、ここを奪いあって日米両軍が血みどろの死闘を繰り広げた。

いまは高台公園となって展望台が立ち、激戦を知るよすがはひとつ残ったトーチカ跡くらいか。

おそらくはかなり分厚い鉄筋コンクリートで覆われていたはずだが、砲撃か爆撃か、元の大きさがわからないくらい破壊されている。

沖縄の戦地の例にもれず、関係都道府県の慰霊碑のたぐいがここにもあるが、そのなかで京都の塔はこの戦争を賛美せず、沖縄県民の苦難にも配慮した碑文で評価が高い。

ここから見える海は、ただ青い。

184・浦添にいにしえを訪ねる。[沖縄、晩夏]

2008年10月21日 | 旅する。
10月21日、那覇

引き続き、歩く。

浦添市役所近くで330をはずれて右折し、案内板にしたがって浦添城跡へ。

浦添ようどれは、戦争で壊滅していなかったらもうちょっと高く評価されていただろう尚氏の墓。近くにある資料館にある石室内部のレプリカがなかなか興味深い。

近くには伊波普猷の墓もあり、沖縄戦の激戦地でもあり、景色もよく、もっと訪れる人があっていい。

嘉数への道を探すうちに雨が降り出した。

途中で牧港川を渡る必要があり、330を行く以外には降りて上るしかないということに気づくのが遅れた。

このあたり、古道をたどって首里まで行くのもいいかもしれない。

183・ルート330を。[沖縄、晩夏]

2008年10月21日 | 旅する。
10月21日、那覇

とことん歩く日。

ユニオンで朝ご飯を買い、崇元寺石門まで行く。

こんなに近い史跡なのに来るのは初めてだ。

ここから安里に向かい、330をずーっと歩いて北上する。

ゆいレールの下を古島まで行き、首里回りなら古道なのだが、分かりやすさを優先して330を行く。