今在宅ワークのトレーニングをやっています。
前回提出の課題は、なんと0点で落第!!
理由はファイル名を間違えてしまったからです。
“mission4”とすべきところを、sを1つ抜いてしまい、“mision4”としてしまいました。
痛恨のタイプミスでした。ファイル名を間違えたため、採点の対象にもならず、0点です。
気を取り直し、新たな課題を、さっき完成したところです。
今回は『ミッキ』第17回です。
3
七月に入り、まもなく一学期の期末テストだ。最近は松本さんと何度も図書館に行き、試験勉強をしている。もちろん学年が違うので、二人で同じ勉強をする、というわけにはいかない。一緒に勉強をするのなら、松本さんは河村さんや芳村さん、私は宏美とした方がいいのかもしれない。その方がお互いわからないことを尋ねたり、一緒に教科書や参考書を読み合わせて、理解をより深めたりできる。
ただ図書館で隣り合う席で、それぞれの勉強をしているだけだ。それでも同じ机で勉強しているだけで、気合いが入る。疲れたら休憩し、近くを散歩しながら、いろいろな話をする。それがいい息抜きになる。
松本さんは前回の中間テストでは、成績がよくなかったので、挽回すると決意している。私も親友であり、ライバルでもある宏美には負けたくない。宏美が得意な英語では勝ち目がないので、他の科目で引き離さなければと考えている。
宏美は小学生のころから、たまたま近所にいたアメリカ人の留学生に英会話を教えてもらっていたため、英語の成績は学年トップクラスだ。河村さんと宏美が英語で話していると、私はとてもついて行けなかった。
土曜日に午後から松本さんの家で一緒に勉強をすることになった。その日は梅雨の中休みで、いい天気だった。天気予報では終日晴天となっている。私はジョンを連れて、自転車に乗って松本さんの家に行った。
「うちに来るとき、天気がよかったら、ジョンも連れていりゃあ」と松本さんが誘った。うちの寮から松本さんの家まで、三キロちょっとだから、ジョンにはちょうどいい散歩になる。ただ、ずっと上り坂が続くので、自転車は辛い。私たちが勉強している間は、妹さんがジョンを見ていてくれるそうだ。
ジョンはほかの犬に対して、非常に友好的で、松本さんのところのチロとも仲がいい。前に、松本さんがチロをうちの寮に連れてきたことがあった。ジョンを見たミニチュアダックスのチロは、自分よりずっと大きなジョンに驚いて、最初は逃げ回っていたが、ジョンが危害を加えないと知り、仲良くなった。
まもなく誕生から四ヶ月となり、ジョンの体重は一五キロを超えた。四ヶ月といえば、人間ならまだ生まれて間もない赤ちゃん、といったところだが、ジョンはもう幼年期を過ぎて、腕白盛りな少年期ぐらいというところだろうか。本当に成長が早いと思う。
犬の寿命は人間よりずっと短い。大型犬は中型犬、小型犬よりさらに寿命が短く、一〇年程度だと聞いている。寿命が短い分、ジョンは人間の何倍もの密度で命を燃焼させ、生命の輝きで満ちあふれているようだ。
動物はそれぞれの寿命を持っている。昆虫は数週間から数ヶ月と短い。地中で五年から七年も生きるセミは特別として、寿命は長くてせいぜい一、二年だ。数十年も生きるシロアリの女王などの例外はあるが。しかし食物連鎖の底辺にいる昆虫は、寿命が短いことが種の繁栄には、非常に大切なことだ。一年で何世代も生命を引き継ぎ、子孫をたくさん増やすことができる。もし昆虫の寿命が長ければ、成長にも時間がかかり、子孫を残す前に、多くが捕食されてしまうだろう。昆虫は個の寿命より、種としての繁栄のために、急速な成長が必要だ。寿命がきわめて短いのも、昆虫が子孫を残すための戦略といえる。
弱い小さな草食動物が短寿命なのも、同じことだ。世代交代を早くして、たくさんの子孫を残すことが、彼らには重要なのだ。
以前、本で読んだことがあるが、ネズミもゾウも、一生のうちに打つ心拍数はほぼ同じなのだそうだ。つまり、寿命がずっと短いネズミは、ゾウよりも心臓の鼓動がずっと早い。その分、同じ時間でも、ネズミの方が、ゾウよりも長く感じられる。だから、寿命が二、三年しかないネズミも、五〇年以上生きられるゾウも、一生を生きた長さとしては、同等に感じられるそうだ。ネズミにとっては、同じ一日でも、ゾウよりはずっと中身が圧縮された一日を送っているのだろう。
生物は、それぞれに最も適合した寿命を持っている。だから、犬の寿命が短いというのも、気の毒に思うことはないのかもしれない。力尽きる寸前でもがくセミの姿を見て、かわいそうに、と思うのは、人間側の勝手な感傷なのだろうか。いつまでも生きていたいと考えているのは、人間だけだ。
ジョンを自転車で散歩に連れて行くと、油断すると私のほうが引っ張られてしまう。この前会ったときより、さらにジョンは大きくなっているので、チロはこれがジョンだと認識できるだろうか、少し心配だ。でも、犬は嗅覚などで覚えているから、たぶん大丈夫だろう。
松本さんの家のインターホンで、到着を告げた。松本さんの家は、高蔵寺ニュータウンの一角とはいえ、団地ではない。周囲はずっと一戸建ての家が並んでいた。
私は汗びっしょりだった。七月の暑さに、さすがにジョンも参ったようで、舌をだらりと垂らして、ハアハアと呼吸を荒らげていた。松本さんと妹の由佳(ゆか)さんが出迎えた。由佳さんには前に松本さんの家を訪れたときに、何度も会っている。今中学三年生で、そろそろ高校の受験勉強で忙しくなる。今度の夏休みは、とても遊んではいられない。松本さんは「俺より成績がいいから、そんなに焦らなくても大丈夫だ」と言っているが、当の由佳さんは「無責任なことを言わないで」と反発している。
初めて会ったとき、由佳さんに「お兄ちゃんの彼女にしては、もったいないほどの美人じゃない」と言われ、松本さんが「生意気言うな」と由佳さんの頭を拳で軽くコツンとやった。
チロも由佳さんと一緒に出てきた。チロは私のことを忘れてしまったのか、私を見るとワンワンと吠えた。でもジョンとチロは、お互いを覚えていて、じゃれ合っていた。
「かわいい。これがラブちゃんね。チロとはもうお友達になったのね」
かねてからジョンのことを聞いていた由佳さんが、ジョンの前でかがんで、頭をなでた。ジョンは大きくなったとはいえ、まだ子犬のあどけない面影を多分に残している。
松本さんの両親が私を歓迎してくれた。メガネは外していた。河村さんのおかげで、メガネに対する劣等感はなくなったとはいえ、松本さんの両親には、あまりメガネをかけている姿を見せたくなかった。服が汗でびっしょりなのが恥ずかしかった。暑い夏は、汗かきの私にとって、苦手な季節だ。体臭は強くないので、まだよかったが。いちおう家を出る前に、制汗消臭剤をスプレーしてきた。
特にお父さんが私を気に入っている、と松本さんが言っている。お父さんも今日は土曜日で仕事が休みだそうだ。応接室に招じられて、しばらく両親と話をした。ひょっとしたら、将来の家族の一員として期待されているのじゃないかと思うと、とても嬉しかった。
それから松本さんの部屋で、試験勉強をした。机を二つ並べて、それぞれ教科書や参考書で勉強するだけで、お互いの刺激となり、頑張るぞ、という気力が湧いてくる。
私は組み立て式の机を使わせてもらった。蛍光スタンドなどは由佳さんのものを借りた。
松本さんの部屋に入る前に、由佳さんが「ジョンのめんどうは私がみててあげるから、心配しないで」と言ってくれた。そして、「お兄ちゃん、美咲さんに変なことしちゃあ、だめだよ」と釘を刺した。
「ばか、おまえは一言多いんだよ。ミッキが赤くなってるじゃないか」と軽く由佳さんの頭をはたいた。
そういえば、これから三時間以上、松本さんの部屋で二人きりになるんだ、ということに私は初めて気がついた。今まで二人で一緒に勉強するときは、いつも図書館でだった。真面目な松本さんのことだから、まさか間違いなんてないと思うが、もし求められたら私はどうするだろうか。そんなことを想像すると、顔が火照って、胸がドキドキした。もしそうなったら……。
(こら、美咲、おまえはなんてはしたないことを考えているんだ)
私は自分を叱った。こんなことでは、勉強に集中できそうにない。親友だけどライバルでもある宏美の顔を思い浮かべて、絶対に負けないぞ、と気持ちを奮い立たせた。
結局何事もなく勉強は終わった。途中、松本さんの携帯電話に、おやつの用意ができましたよ、とお母さんから連絡が入り、休憩をした。それ以外は、ずっと試験勉強に専心した。松本さんはそれなりにはかどったようだが、私はいろいろなことが頭をよぎり、あまり集中できなかった。ちょっぴりエッチなことも期待してしまった。もし松本さんから求められれば、たぶん私は拒まないだろう……。
自分がそんなことを考えるような不(ふ)埒(らち)な女だなんて、今まで思ってもみなかった。私がそんな女だと、松本さんに思われたくなかった。でも、いつかはそうなってみたいという願望があることも否定できない。由佳さんの何気ない一言が、私を目覚めさせてしまったようだ。
私たちは高校生とはいえ、そのような男女の関係になったとしても、何の不思議もないことなのだ。
ふと、河村さんはどうなのかしら、と考えた。真面目で奥手そうな河村さんだけど、ピアスやタトゥーなどの人体改造に興味があるという彼女は、もう性体験をしているのかもしれない。以前河村さんが言っていた「秘密の彼氏」が気になった。
「ミッキ、何考えているんだい?」
松本さんから声をかけられ、私は我に返った。
「あ、いえ。ちょっと疲れたなと思いまして」
私は適当にごまかしてしまった。顔が火照っていて、赤くなっていることが自分でもわかった。
「そうだね。俺も疲れたから、ちょっとぼんやりしてみたいよ」
松本さんは私の心の内側には気づいていないようだった。
二階の松本さんの部屋から階下に下りると、私の足音を聞き分けたのか、ジョンが駆け寄ってきて、私に飛びついた。
「ジョン、由佳さんに迷惑かけませんでした?」
「いいえ。でも最初はおとなしくしてましたが、私に馴れてくると、けっこうわがままいいまして」
「ごめんなさいね。女の子には甘えるんです。うちは女子寮なので、みんながジョンのこと、甘やかすんですよ。だから自分のことを犬だと思ってなくて、人間と同等だと思い込んでいるみたいです」
「何となくわかるような気がします。寮のペットですね。チロと二匹で散歩に連れて行きましたが、仲良く歩いていましたよ。チロは姉さん女房になるけど、意外といいカップルかもしれないですよ」
「ラブとミニチュアダックスの子供がどんな犬になるのか見てみたい、とよく松本さんも言ってます」
「私には、どんな雑種が生まれるか、想像もできませんけど」
由佳さんが愉快そうに笑った。以前私も同じことを松本さんに言ったことがある。
「美咲さんもこんな兄貴でよかったら、もらってやってください。実は両親も期待してるんです」
私は何も言えなくなってしまった。ただ、頭が沸騰するような気分だった。
「ばか、おまえはまた何を言い出すんだ。さっきもだけど、ませてるんだから。俺まで恥ずかしくなる」
松本さんも顔を赤らめていた。
「ミッキ、ごめんよ。由佳が変なことばっかり言って。気にしないでくれ」
「でも、そうなったらいいなって私、思ってます」
私は恥じらいながら言ってしまった。
「わ、聞いちゃった、聞いちゃった。お父さん、お母さんに報告してこなくっちゃ」
「おい! 余計なことを言うな」
松本さんは逃げる由佳さんの後を慌てて追っていった。ジョンとチロも二人についていった。
私と慎二に負けず劣らず、騒々しい兄妹(きょうだい)だが、私はとても幸福な気分に浸っていた。何だか今日という日を境に、私の境涯がガラッと変わってしまったような気分だった。
松本さんの両親は、私に夕飯を一緒に食べて行きなさい、と誘ってくれた。私は遠慮して断ろうと思ったが、ぜひに、ということなので、いただくことにした。私の両親には、松本さんのところで夕飯を呼ばれてくると、電話を借りて連絡しておいた。
松本さん一家との夕食は楽しかった。料理もおいしかった。由佳さんが「ねえねえ、美咲さんね、お兄ちゃんのお嫁さんになってくれるそうだよ。これからはお姉さんと呼ぼうかな」と両親に話してしまった。松本さんが口に入れたものを吐き出しそうになった。まさにマンガの一コマのようだった。
「それはそれは。ふつつか者ですが、よろしくお願いします」
「ちょっとちょっと、お母さん」
松本さんは大いに照れていた。私も何も言えなかった。
デザートをいただいてから、私はしばらく松本さんの両親と話をしていた。お父さんは、私の父の以前の仕事のことを尋ねた。自動車部品の工場を経営していたことに興味を持ったようだった。
「そうですか。それは大変だったね。世の中景気がいいなんていうけど、儲かっているのは、大企業ばかりで、中小が厳しいことは、どこも同じですね」
お父さんは、私の両親が、今の学生寮の寮長寮母として採用されたことを、それはよかったと喜んでくれた。私はたまたま寮を経営する会社の名古屋支社が、父の工場の近くで、支社長さんが父の評判を聞いて知っていたので、採用されたことなどを話した。
「お父さんの真面目な人柄が伝わっていたんですね。それはよかった」とお父さんは言った。
お母さんともいろいろな話をした。私はもう松本さんの家族の一員として、迎え入れられたような気がした。
ジョンは由佳さんからドッグフードをもらい、チロと仲良く食べていた。
「本当は大型犬は小型犬とは違う、専用のドッグフードじゃなくてはいけないけど、今はこれしかないから、我慢してね」
由佳さんはジョンに謝った。
「ジョン、大食らいですから、チロの何倍も食べちゃって、すみません」
「そんなこと、気にしなくてもいいですよ。今度来るときまでに、大型犬用のドッグフードも用意しときますから。またジョン君も連れてきてくださいね。チロが喜びます」
お母さんがおおらかにそう言ってくれた。
外が暗くなったので、寮まで松本さんのお父さんが車で送ってくれた。以前父が乗っていたのと同じタイプのミニバンだった。私が乗ってきたミニサイクルは、荷室に積むことができた。松本さんが私の隣に座った。チロも一緒についてきた。
今度は私の両親が松本さん父子を出迎えた。すぐにおいとましますという松本さんのお父さんを、父は寮の応接室に招じ入れた。父は私とジョンが世話になったお礼を言い、しばらく松本さんのお父さんと話をした。二つの家族が、非常にいい雰囲気だった。
「明後日からの期末テスト、頑張ろうな。俺は絶対挽回してみせるよ」
「はい。お互いベストを尽くしましょう。松本さん、とても頑張ってたから、きっと大丈夫ですよ」
私たちは別れ際にお互いの健闘を誓い合った。
今日という日は、私にとって素晴らしい宝物となった。父の事業の失敗以来、最高の一日だった。この幸福が、いつまでも続きますようにと、神に祈りたい心境だった。といっても、私は神仏の存在は信じても、特定の宗教を信仰しているわけではないので、どんな神に祈ればいいのかわからなかった。ただ漠然と、神様に祈っていた。
前回提出の課題は、なんと0点で落第!!
理由はファイル名を間違えてしまったからです。
“mission4”とすべきところを、sを1つ抜いてしまい、“mision4”としてしまいました。
痛恨のタイプミスでした。ファイル名を間違えたため、採点の対象にもならず、0点です。
気を取り直し、新たな課題を、さっき完成したところです。
今回は『ミッキ』第17回です。
3
七月に入り、まもなく一学期の期末テストだ。最近は松本さんと何度も図書館に行き、試験勉強をしている。もちろん学年が違うので、二人で同じ勉強をする、というわけにはいかない。一緒に勉強をするのなら、松本さんは河村さんや芳村さん、私は宏美とした方がいいのかもしれない。その方がお互いわからないことを尋ねたり、一緒に教科書や参考書を読み合わせて、理解をより深めたりできる。
ただ図書館で隣り合う席で、それぞれの勉強をしているだけだ。それでも同じ机で勉強しているだけで、気合いが入る。疲れたら休憩し、近くを散歩しながら、いろいろな話をする。それがいい息抜きになる。
松本さんは前回の中間テストでは、成績がよくなかったので、挽回すると決意している。私も親友であり、ライバルでもある宏美には負けたくない。宏美が得意な英語では勝ち目がないので、他の科目で引き離さなければと考えている。
宏美は小学生のころから、たまたま近所にいたアメリカ人の留学生に英会話を教えてもらっていたため、英語の成績は学年トップクラスだ。河村さんと宏美が英語で話していると、私はとてもついて行けなかった。
土曜日に午後から松本さんの家で一緒に勉強をすることになった。その日は梅雨の中休みで、いい天気だった。天気予報では終日晴天となっている。私はジョンを連れて、自転車に乗って松本さんの家に行った。
「うちに来るとき、天気がよかったら、ジョンも連れていりゃあ」と松本さんが誘った。うちの寮から松本さんの家まで、三キロちょっとだから、ジョンにはちょうどいい散歩になる。ただ、ずっと上り坂が続くので、自転車は辛い。私たちが勉強している間は、妹さんがジョンを見ていてくれるそうだ。
ジョンはほかの犬に対して、非常に友好的で、松本さんのところのチロとも仲がいい。前に、松本さんがチロをうちの寮に連れてきたことがあった。ジョンを見たミニチュアダックスのチロは、自分よりずっと大きなジョンに驚いて、最初は逃げ回っていたが、ジョンが危害を加えないと知り、仲良くなった。
まもなく誕生から四ヶ月となり、ジョンの体重は一五キロを超えた。四ヶ月といえば、人間ならまだ生まれて間もない赤ちゃん、といったところだが、ジョンはもう幼年期を過ぎて、腕白盛りな少年期ぐらいというところだろうか。本当に成長が早いと思う。
犬の寿命は人間よりずっと短い。大型犬は中型犬、小型犬よりさらに寿命が短く、一〇年程度だと聞いている。寿命が短い分、ジョンは人間の何倍もの密度で命を燃焼させ、生命の輝きで満ちあふれているようだ。
動物はそれぞれの寿命を持っている。昆虫は数週間から数ヶ月と短い。地中で五年から七年も生きるセミは特別として、寿命は長くてせいぜい一、二年だ。数十年も生きるシロアリの女王などの例外はあるが。しかし食物連鎖の底辺にいる昆虫は、寿命が短いことが種の繁栄には、非常に大切なことだ。一年で何世代も生命を引き継ぎ、子孫をたくさん増やすことができる。もし昆虫の寿命が長ければ、成長にも時間がかかり、子孫を残す前に、多くが捕食されてしまうだろう。昆虫は個の寿命より、種としての繁栄のために、急速な成長が必要だ。寿命がきわめて短いのも、昆虫が子孫を残すための戦略といえる。
弱い小さな草食動物が短寿命なのも、同じことだ。世代交代を早くして、たくさんの子孫を残すことが、彼らには重要なのだ。
以前、本で読んだことがあるが、ネズミもゾウも、一生のうちに打つ心拍数はほぼ同じなのだそうだ。つまり、寿命がずっと短いネズミは、ゾウよりも心臓の鼓動がずっと早い。その分、同じ時間でも、ネズミの方が、ゾウよりも長く感じられる。だから、寿命が二、三年しかないネズミも、五〇年以上生きられるゾウも、一生を生きた長さとしては、同等に感じられるそうだ。ネズミにとっては、同じ一日でも、ゾウよりはずっと中身が圧縮された一日を送っているのだろう。
生物は、それぞれに最も適合した寿命を持っている。だから、犬の寿命が短いというのも、気の毒に思うことはないのかもしれない。力尽きる寸前でもがくセミの姿を見て、かわいそうに、と思うのは、人間側の勝手な感傷なのだろうか。いつまでも生きていたいと考えているのは、人間だけだ。
ジョンを自転車で散歩に連れて行くと、油断すると私のほうが引っ張られてしまう。この前会ったときより、さらにジョンは大きくなっているので、チロはこれがジョンだと認識できるだろうか、少し心配だ。でも、犬は嗅覚などで覚えているから、たぶん大丈夫だろう。
松本さんの家のインターホンで、到着を告げた。松本さんの家は、高蔵寺ニュータウンの一角とはいえ、団地ではない。周囲はずっと一戸建ての家が並んでいた。
私は汗びっしょりだった。七月の暑さに、さすがにジョンも参ったようで、舌をだらりと垂らして、ハアハアと呼吸を荒らげていた。松本さんと妹の由佳(ゆか)さんが出迎えた。由佳さんには前に松本さんの家を訪れたときに、何度も会っている。今中学三年生で、そろそろ高校の受験勉強で忙しくなる。今度の夏休みは、とても遊んではいられない。松本さんは「俺より成績がいいから、そんなに焦らなくても大丈夫だ」と言っているが、当の由佳さんは「無責任なことを言わないで」と反発している。
初めて会ったとき、由佳さんに「お兄ちゃんの彼女にしては、もったいないほどの美人じゃない」と言われ、松本さんが「生意気言うな」と由佳さんの頭を拳で軽くコツンとやった。
チロも由佳さんと一緒に出てきた。チロは私のことを忘れてしまったのか、私を見るとワンワンと吠えた。でもジョンとチロは、お互いを覚えていて、じゃれ合っていた。
「かわいい。これがラブちゃんね。チロとはもうお友達になったのね」
かねてからジョンのことを聞いていた由佳さんが、ジョンの前でかがんで、頭をなでた。ジョンは大きくなったとはいえ、まだ子犬のあどけない面影を多分に残している。
松本さんの両親が私を歓迎してくれた。メガネは外していた。河村さんのおかげで、メガネに対する劣等感はなくなったとはいえ、松本さんの両親には、あまりメガネをかけている姿を見せたくなかった。服が汗でびっしょりなのが恥ずかしかった。暑い夏は、汗かきの私にとって、苦手な季節だ。体臭は強くないので、まだよかったが。いちおう家を出る前に、制汗消臭剤をスプレーしてきた。
特にお父さんが私を気に入っている、と松本さんが言っている。お父さんも今日は土曜日で仕事が休みだそうだ。応接室に招じられて、しばらく両親と話をした。ひょっとしたら、将来の家族の一員として期待されているのじゃないかと思うと、とても嬉しかった。
それから松本さんの部屋で、試験勉強をした。机を二つ並べて、それぞれ教科書や参考書で勉強するだけで、お互いの刺激となり、頑張るぞ、という気力が湧いてくる。
私は組み立て式の机を使わせてもらった。蛍光スタンドなどは由佳さんのものを借りた。
松本さんの部屋に入る前に、由佳さんが「ジョンのめんどうは私がみててあげるから、心配しないで」と言ってくれた。そして、「お兄ちゃん、美咲さんに変なことしちゃあ、だめだよ」と釘を刺した。
「ばか、おまえは一言多いんだよ。ミッキが赤くなってるじゃないか」と軽く由佳さんの頭をはたいた。
そういえば、これから三時間以上、松本さんの部屋で二人きりになるんだ、ということに私は初めて気がついた。今まで二人で一緒に勉強するときは、いつも図書館でだった。真面目な松本さんのことだから、まさか間違いなんてないと思うが、もし求められたら私はどうするだろうか。そんなことを想像すると、顔が火照って、胸がドキドキした。もしそうなったら……。
(こら、美咲、おまえはなんてはしたないことを考えているんだ)
私は自分を叱った。こんなことでは、勉強に集中できそうにない。親友だけどライバルでもある宏美の顔を思い浮かべて、絶対に負けないぞ、と気持ちを奮い立たせた。
結局何事もなく勉強は終わった。途中、松本さんの携帯電話に、おやつの用意ができましたよ、とお母さんから連絡が入り、休憩をした。それ以外は、ずっと試験勉強に専心した。松本さんはそれなりにはかどったようだが、私はいろいろなことが頭をよぎり、あまり集中できなかった。ちょっぴりエッチなことも期待してしまった。もし松本さんから求められれば、たぶん私は拒まないだろう……。
自分がそんなことを考えるような不(ふ)埒(らち)な女だなんて、今まで思ってもみなかった。私がそんな女だと、松本さんに思われたくなかった。でも、いつかはそうなってみたいという願望があることも否定できない。由佳さんの何気ない一言が、私を目覚めさせてしまったようだ。
私たちは高校生とはいえ、そのような男女の関係になったとしても、何の不思議もないことなのだ。
ふと、河村さんはどうなのかしら、と考えた。真面目で奥手そうな河村さんだけど、ピアスやタトゥーなどの人体改造に興味があるという彼女は、もう性体験をしているのかもしれない。以前河村さんが言っていた「秘密の彼氏」が気になった。
「ミッキ、何考えているんだい?」
松本さんから声をかけられ、私は我に返った。
「あ、いえ。ちょっと疲れたなと思いまして」
私は適当にごまかしてしまった。顔が火照っていて、赤くなっていることが自分でもわかった。
「そうだね。俺も疲れたから、ちょっとぼんやりしてみたいよ」
松本さんは私の心の内側には気づいていないようだった。
二階の松本さんの部屋から階下に下りると、私の足音を聞き分けたのか、ジョンが駆け寄ってきて、私に飛びついた。
「ジョン、由佳さんに迷惑かけませんでした?」
「いいえ。でも最初はおとなしくしてましたが、私に馴れてくると、けっこうわがままいいまして」
「ごめんなさいね。女の子には甘えるんです。うちは女子寮なので、みんながジョンのこと、甘やかすんですよ。だから自分のことを犬だと思ってなくて、人間と同等だと思い込んでいるみたいです」
「何となくわかるような気がします。寮のペットですね。チロと二匹で散歩に連れて行きましたが、仲良く歩いていましたよ。チロは姉さん女房になるけど、意外といいカップルかもしれないですよ」
「ラブとミニチュアダックスの子供がどんな犬になるのか見てみたい、とよく松本さんも言ってます」
「私には、どんな雑種が生まれるか、想像もできませんけど」
由佳さんが愉快そうに笑った。以前私も同じことを松本さんに言ったことがある。
「美咲さんもこんな兄貴でよかったら、もらってやってください。実は両親も期待してるんです」
私は何も言えなくなってしまった。ただ、頭が沸騰するような気分だった。
「ばか、おまえはまた何を言い出すんだ。さっきもだけど、ませてるんだから。俺まで恥ずかしくなる」
松本さんも顔を赤らめていた。
「ミッキ、ごめんよ。由佳が変なことばっかり言って。気にしないでくれ」
「でも、そうなったらいいなって私、思ってます」
私は恥じらいながら言ってしまった。
「わ、聞いちゃった、聞いちゃった。お父さん、お母さんに報告してこなくっちゃ」
「おい! 余計なことを言うな」
松本さんは逃げる由佳さんの後を慌てて追っていった。ジョンとチロも二人についていった。
私と慎二に負けず劣らず、騒々しい兄妹(きょうだい)だが、私はとても幸福な気分に浸っていた。何だか今日という日を境に、私の境涯がガラッと変わってしまったような気分だった。
松本さんの両親は、私に夕飯を一緒に食べて行きなさい、と誘ってくれた。私は遠慮して断ろうと思ったが、ぜひに、ということなので、いただくことにした。私の両親には、松本さんのところで夕飯を呼ばれてくると、電話を借りて連絡しておいた。
松本さん一家との夕食は楽しかった。料理もおいしかった。由佳さんが「ねえねえ、美咲さんね、お兄ちゃんのお嫁さんになってくれるそうだよ。これからはお姉さんと呼ぼうかな」と両親に話してしまった。松本さんが口に入れたものを吐き出しそうになった。まさにマンガの一コマのようだった。
「それはそれは。ふつつか者ですが、よろしくお願いします」
「ちょっとちょっと、お母さん」
松本さんは大いに照れていた。私も何も言えなかった。
デザートをいただいてから、私はしばらく松本さんの両親と話をしていた。お父さんは、私の父の以前の仕事のことを尋ねた。自動車部品の工場を経営していたことに興味を持ったようだった。
「そうですか。それは大変だったね。世の中景気がいいなんていうけど、儲かっているのは、大企業ばかりで、中小が厳しいことは、どこも同じですね」
お父さんは、私の両親が、今の学生寮の寮長寮母として採用されたことを、それはよかったと喜んでくれた。私はたまたま寮を経営する会社の名古屋支社が、父の工場の近くで、支社長さんが父の評判を聞いて知っていたので、採用されたことなどを話した。
「お父さんの真面目な人柄が伝わっていたんですね。それはよかった」とお父さんは言った。
お母さんともいろいろな話をした。私はもう松本さんの家族の一員として、迎え入れられたような気がした。
ジョンは由佳さんからドッグフードをもらい、チロと仲良く食べていた。
「本当は大型犬は小型犬とは違う、専用のドッグフードじゃなくてはいけないけど、今はこれしかないから、我慢してね」
由佳さんはジョンに謝った。
「ジョン、大食らいですから、チロの何倍も食べちゃって、すみません」
「そんなこと、気にしなくてもいいですよ。今度来るときまでに、大型犬用のドッグフードも用意しときますから。またジョン君も連れてきてくださいね。チロが喜びます」
お母さんがおおらかにそう言ってくれた。
外が暗くなったので、寮まで松本さんのお父さんが車で送ってくれた。以前父が乗っていたのと同じタイプのミニバンだった。私が乗ってきたミニサイクルは、荷室に積むことができた。松本さんが私の隣に座った。チロも一緒についてきた。
今度は私の両親が松本さん父子を出迎えた。すぐにおいとましますという松本さんのお父さんを、父は寮の応接室に招じ入れた。父は私とジョンが世話になったお礼を言い、しばらく松本さんのお父さんと話をした。二つの家族が、非常にいい雰囲気だった。
「明後日からの期末テスト、頑張ろうな。俺は絶対挽回してみせるよ」
「はい。お互いベストを尽くしましょう。松本さん、とても頑張ってたから、きっと大丈夫ですよ」
私たちは別れ際にお互いの健闘を誓い合った。
今日という日は、私にとって素晴らしい宝物となった。父の事業の失敗以来、最高の一日だった。この幸福が、いつまでも続きますようにと、神に祈りたい心境だった。といっても、私は神仏の存在は信じても、特定の宗教を信仰しているわけではないので、どんな神に祈ればいいのかわからなかった。ただ漠然と、神様に祈っていた。