売れない作家 高村裕樹の部屋

まだ駆け出しの作家ですが、作品の情報や、内容に関連する写真(作品の舞台)など、掲載していきたいと思います

『地球最後の男――永遠の命』 第3回

2015-06-29 14:12:56 | 小説
 掲載する間隔が少し開いてしまい、申し訳ありません。『地球最後の男――永遠の命』第3回を掲載します。
 最近、また新作の執筆を再開しました。先日、短編を仕上げ、今少し長めの短編、中編とでもいいましょうか。それを書いています。
 『幻影』シリーズの美奈や『ミッキ』の美咲もまた活躍させたいと考えています。
 しばらく体調を崩していましたが、これから頑張りたいと思います



 事故から一ヶ月が経った。田上はすっかり快復し、もう出社している。手術のときに剃られた髪は、だいぶ伸びている。病院に担ぎ込まれたときは、医師ももう絶望的だと考えていたのだが、信じられないほどの早さで回復したのだった。頭部の損傷による後遺症が心配されたが、杞憂に終わった。
事故以来、亜由美と田上の仲は急速に接近した。田上はもともと亜由美のことを好いていた。亜由美も田上がひょっとしたら死ぬかもしれない、という事態に陥り、それまで単なる職場の同僚だとしか思っていなかった田上が、実は自分にとって、特別な存在だったということに気付いたのだった。
 事故から復帰した田上は、非常に仕事ができるようになった。今までは可もなく不可もなし、という成績、勤務状況だったのが、事故を境に、熱心に仕事に打ち込むようになった。同僚たちは、「ひょっとして臨死体験をして、人生への価値観が変わったんじゃないのか? そういう話って、よく聞くよな」とからかった。
「別にそんなことではないけどな。ただ、事故に遭って人事不省になっているときか、その前だったかよくわからないけど、夢の中で悪魔に会ったみたいな気がするんだが。どんな夢だったかは、覚えていないんだ。まあ、そんな夢はどうでもいいけど」
「へえ、臨死体験だと天使や、死んだ家族や友人に会うと聞いていたけど、田上の場合は悪魔なのか。だから悪運が強いんだな」
 同僚たちは冗談を言いながらも、彼の変容ぶりには驚き、一目置いていた。亜由美はそんな田上にますます惹かれていった。

 一年後、田上と亜由美は結婚した。かねてから亜由美に好意を持っていた田上は、天にも昇るような気持ちだった。その結婚は、会社の上司からも、同僚たちからも、そして二人の両親、家族からも祝福され、田上は幸福の頂点にいた。
新婚当時の田上は、確かに幸せだった。亜由美は田上に恋をして、ますます美しさに磨きがかかり、一緒に歩いていると、すれ違った男たちが田上に羨望のまなざしを向けていることがよくわかった。亜由美は性格がきついところがあるが、それもやや気弱な田上を補っていて、まずは幸福な家庭だった。
 亜由美は結婚後二年は盛東商会に勤めていたが、出産に備えて退職した。M市内にマンションを購入し、そこに移り住んだ。
 だが、二人には子供ができなかった。結婚後五年経過しても亜由美は妊娠しなかった。それで、病院で検査を受けると、不妊の原因は田上のほうにあった。子供ができないことにより、二人の心は少しずつ離れていった。一〇年もすると、単なる同居人でしかなかった。それでも二人は離婚をしなかった。盛東商会では田上はどんどん昇進し、三〇代の若さで、常務取締役にまで出世した。盛東商会では、異例の早期昇進だった。彼は生死をさまよう事故に遭って以来、別人のように働き、社内でどんどん地位を上げていった。また、その昇進に見合うだけの実力も備えていた。
 だから亜由美は経済的な理由からも、決して田上とは離婚をしようとはしなかった。最初のうちは子供ができないことを寂しく思っていたが、やがてどうでもよくなった。
 田上は夫婦としての愛情は徐々に冷めていったが、外見がいい亜由美が自慢の種だった。夫婦連れだって歩いているだけでも、街ゆく人の目を奪う亜由美に不満はなかった。
 しかし、三〇代の後半になると、亜由美は加齢による容姿の衰えがだんだんと目立ってきた。それに引き換え、田上は結婚当時とほとんど変わらない若さを保っている。亜由美は自分だけが年を取っていくことが不条理に思え、金に糸目をつけず、エステティックサロンに通ったり、高価な化粧品を使ったり、いろいろなサプリメントを試したりした。服装や装飾品にも金を使った。そんな亜由美を、田上はやんわりとたしなめた。
「雄一、何であなたばかりが年を取らないのよ。まさかこっそりドラゴンボールを集めて、神龍(シェンロン)に不老不死でも願ったんじゃないでしょうね?」
 亜由美は冗談を交えながらも、田上に食ってかかった。自分だけが年を取り、田上がいつまでも若々しい外見を保っていることが、亜由美には不満だった。
「さあ? 特にこれといったことはしていないけどね。まあ、多少は個人差があるんじゃないかな? 俺もそのうち、さえない中年のオジサンになるよ」
 田上は当たり障りのない返事をしておいた。しかし亜由美はその言い方がいつも気に入らず、若返りのために、金を湯水のように使った。いくら会社の重役となり、経済的に余裕があるとはいえ、妻のそのような浪費は気になった。
「人間、年を取るのは自然の摂理だから、仕方ないじゃないか。もちろん俺だって、妻には若くいてほしいんだけど、あまり無駄に金を使わないでほしいな。いくら稼いでも、それじゃあたまらないよ」
ときどき田上は、亜由美に意見した。
「あなたも一緒に年を取っていくならいいわよ。でも、あなたはいつまでも若々しさを保っているわ。それが私には我慢がならないのよ。子供もいないし、多少の贅沢はさせてよ。子供ができないのは、あんたのせいだからね」
 あなたがあんたに変わり、亜由美は不満をぶちまけた。

 さらに何年かが過ぎた。亜由美はだんだん太っていった。しかし田上の体型は引き締まっている。そんな田上を見て、亜由美はさらにいら立った。若々しい夫を誇る気持ちには、全くならなかった。
  「あんたは化け物よ」と亜由美は田上をなじった。田上はあえて相手にならないでいた。
 四〇代の半ばになっても二〇代と全く変わらない若々しさを保っている自分に、田上はさすがにおかしいと考えるようになった。最近受診した人間ドックでも、田上は医師から、二〇代の体力だと折り紙をつけられた。彼は本当にどこにも異常はないのかと念を押した。
  「異常といえば、四五歳だというのに、二〇歳でも通用するぐらいの、あまりにも若々しい肉体だということぐらいかな」
医師はそう笑うだけだった。
 田上は乗ったバスが事故を起こした日の未明に見た夢のことを思い出した。もう二〇年以上前のことで、記憶は曖昧になっているが、そのとき悪魔だと名乗る黒い影に、不老不死を願ったように思う。以前亜由美が冗談半分に、人気アニメに登場する神龍に願ったのではないでしょうね、と言ったことがあるが、神龍ではなく、悪魔だったのだ。不老不死と共に、亜由美と結婚をしたいということも願ったようだ。そしてその何時間か後に事故に遭い、絶望的な状況から奇跡的な快復がかなったのである。その事故が縁となり、亜由美とも急接近し、やがて結婚した。
 しかしまさかその夢が事実だとは思えなかった。悪魔などこの世に存在するはずがなく、それ以上に不老不死などあり得ない。それは単なる夢でしかないはずだ。事故で死ななかったのも、たまたま運がよかったからだ。若い体型を維持しているのは、自分が老けにくい体質なのだからだろう。田上にはそれを確認するために、わざと瀕死の重傷を負ってやろうと考えることもあったが、とても実行する勇気はなかった。
その夢が事実ならいいが、もし単なる夢でしかなかったのなら、大変なことになる。それに痛いのもいやだった。もし不老不死になっているのなら、やがてそのことがはっきりするので、ここでわざわざ危険を冒して試す必要はない。
 亜由美は夫への当てつけか、浪費はさらに激しくなった。いくら会社の重役となり、収入が多くなったとはいえ、盛東商会も大企業ではない。常務取締役といっても、収入は知れている。田上はそんな亜由美に、嫌悪感を抱いた。
「そんなに年を取らない俺がいやなら、もっと君にふさわしい男(ひと)を探すほうがいいんじゃないか? 子供もいないんだし。もちろん君が経済的に困らないよう、十分な配慮をするよ」
田上はそれとなく離婚をほのめかした。そのほうがお互いにとっていいのではないか、と田上は考えた。しかし亜由美は頑として離婚には応じなかった。亜由美は若作りの夫を困らせることに、意地のわるい悦楽を感じているようだった。結婚した当時は、気が強い面はあったものの、人をいたわる優しさを持っていた亜由美はどこへ行ってしまったのか、と田上は嘆いた。せめて子供でもいれば、こんなことにはならなかっただろう。子供ができないのは、自分に原因があるのだから、と田上は亜由美のわがままに耐えた。