もう2月も末だというのに、連日寒さが続きます。北国では、記録的な豪雪のようですね。
今回は『宇宙旅行』 第10回を掲載します。
作中でオリオン座の1等星、ベテルギウスのことに少し触れています。ベテルギウスは今縮みつつある、とニュースで聞いたことがあります。ひょっとしたら近々超新星爆発を起こすかもしれません。超新星爆発が起これば、かなり明るくなり、昼間でも見えるほどだといます。
距離は600光年以上離れており、地球には大きな影響は与えないでしょうが、もしガンマ線バーストが地球に向く角度で起こったら、かなりの被害も想定されるそうです。
オリオン座の1等星が消えてしまっては寂しいので、しばらくは超新星爆発は起こらないことを祈ります。
「ブッダの教えとは、成仏する方法です」とカッサパは語り始めた。
「悪いことをしてはいけない、いいことをしなさい、ということは、小さな子供でも知っていることです。しかし、それを実践することは、とても難しい。私たちは、いくら気をつけていても、ついつい小さな悪事を犯してしまうものです。いや、場合によっては、強盗、殺人など、大きな罪を犯します。それが積もり積もって、大きな罪障、悪因縁となり、私たちの不幸の原因となってしまうのです。それも今生きている一生だけではなく、過去世からずっと悪業を持ち越しているので、道徳や教育では、もはやどうにもならないほどの大きな罪障となっています。
それは個人の不幸のみならず、場合によっては、地方、国、星の運命そのものを左右させかねないものです。
多くの人が悪因縁を積めば、破滅のカルマが発生し、その人たちの住んでいる土地そのものが、大地震や台風などの災害に遭い、滅びなければならないことにもなりかねません。
最悪の場合、星そのものが小惑星の衝突などで、滅びなければならないほどの罪障を積むこともあり得るのです。
私たちの遠い祖先、いや、生物としての直接のつながりがないので、祖先という言い方は適切ではありませんね。その遠い昔にこの星に現れた人たちは、高度な文明を誇っていましたが、一〇億年以上前、近くで超新星爆発が起こり、強力なガンマ線放射のため、滅亡しました。それも、積もり積もった悪業が破滅のカルマとなったためです。
今の私どもは、生き残った単細胞生物が、再び進化したものです。幸い、この星は一度高等生物が滅亡しましたが、再び進化する時間的余裕を与えられておりました。その当時の人たちの魂は、一〇億年の年月を隔てた後、私たち現在の人類に転生しています。地球人として転生している場合もあるでしょうし、他の天体に行っているかも知れません。広大な霊界から見れば、数億年の時間、数十光年の距離など、ほんのわずかなものでしかありません。
余談ですが、あなた方がベテルギウスと呼んでいる星も、まもなく超新星爆発を起こします。ただ、距離が遠いため、地球もこの星も影響はほとんど受けません。
ブッダの教えとは、その積もり積もった大きな罪障、悪因縁を消滅させる方法です」
かつてこの星に栄えた高度な文明が、超新星爆発により滅亡したという話は、皆に大きな衝撃を与えた。
「滅亡から免れるだなんて、宗教にそんな力があるのですか?」
カッサパが一呼吸置いたとき、ジャクソンが言葉をはさんだ。
「さっきも言いましたが、宗教というより、宇宙の真理、法則とでもいったほうがより正確でしょうね。ブッダの教えは、瞑想などの修行により、その人の積んだ悪業を浄化し、不幸な宿命を転換する方法です。地球の釈尊は、まずご自身が因縁解脱をして成仏し、その方法を弟子たちに教えたのです。
最初に釈尊が示した成仏のための修行法は、無意味な苦行こそしませんが、非常に難解な、厳しい修行でした。しかし釈尊は、何十年もかけてそのシステムを改良し、体系化して後世に遺したのです。私たちの先祖の偵察隊も、そのシステムを修行し、成道しました。それでも、その法は大変難しく、高度な智恵が必要で、すべてをなげうって、修行に専念しなければ、とても実践できないものでした。
それでは一部の素質に恵まれた人たちしか成仏できない。そのへんが釈尊の教えの限界だと、非難されました。しかし、そうではありませんでした。釈尊は、修行に専念できない人たちのためにも、成仏できる方法を遺しておいてくれたのです。サーリプッタ、モッガラーナの二人の聖者は、私たちに、その釈尊直説の、尊い二種類の罪障消滅の方法を教えてくれたのです」
カッサパは、一気にそこまで説明をして、少し息を継いだ。
「その易しいほうの修行法では、その人の一生だけでは、完全に成仏するところまでは行けません。しかし、そのとおり実践すれば、生まれ変わっても、不幸な境界に転生することは決してありません。あとは、成仏への道を突き進むばかりです。そして、やがては高度な成仏法を修行できる境界に至り、そこで完全な成仏ができるのです」
「つまり、二人の聖者の教えに従えば、その人一代で成仏はかなわなくても、不幸な人生は送らなくても済むようになるのですね。戦争に巻き込まれたり、大きな災害に見舞われたりなどもなくなるし。そして、その地域、その国の人々がすべてその法を実践すれば、その地域、その国では、戦争も災害もなくなると」
ユミがカッサパの後を引き継いだ。
「そのとおりです。そして、私たちの星、サヘートマヘートでは、もう不幸な人々はほとんどいなくなっています。皆質素な暮らしをしていますが、心は平穏で、充実しています。争いや災害も、ここ何世紀も起こっておりません。たまに病気になる人がいても、祈りによって治癒します。以前のような高いレベルの医療水準はありませんが、病気で苦しむ人はおりません。万一祈りが叶わず、亡くなることがあっても、安らかな気持ちで霊界へ、そして次の生へ旅立つことができます。
ただし、他の天体から、悪しきカルマを背負ったまま転生してくる魂もときにはあるので、そういう人たちは一から修行のやり直しです。しかし、その場合も、我がサヘートマヘートでは、修行の環境がととの調っていますので、比較的スムーズに解脱への道が歩めます。まあ、この星に転生できたということは、その魂は比較的罪障消滅が進んでいた、ということですが」
「素晴らしいです。この星こそ、ユートピア、桃源郷ですわ。あなた方が宗教のために、科学文明を棄ててしまったことに疑問を抱いていましたが、少しは理解できたように思います」
ユミはカッサパの話に感動して言った。ジャクソン、ベルナルト、シェンもブッダの教えの素晴らしさに惹かれつつあった。
そろそろ外が明るくなってきた。まもなくクシナガラは夜明けを迎える。
一行は日の出を見るために、涅槃堂の外に出た。外は寒いくらいだった。東の空が、少しずつ明るくなっていく。
涅槃堂の前には、早朝の礼拝の人たちが集まってきていた。誰もが敬虔な気持ちで五体投地をしている。祈りの姿勢は、真剣そのものだ。ユミ、ジャクソン、ベルナルト、シェンの四人は、参拝者たちの敬虔な祈りの姿に心を揺さぶられた。
やがて、地平線から真っ赤な太陽、くじら座タウ星が上ってきた。地球で見る日の出より、はるかに赤く大きく、それが非常に荘厳な雰囲気を醸し出していた。
「私は地球に帰らず、しばらくこの星に残って修行します。さっきの涅槃像から受けた聖者のバイブレーションは、そのように私に命じています。私にはこの星で修行を完成させ、それを地球の人たちに伝えなければならない使命があります」
ユミが他のアルゴの乗組員に宣言した。
「ユミ隊員、何を馬鹿なことを言っているのだ。君は自分の任務を忘れたのか。裏切りは許されない」
副長のタカシはユミを罵倒した。
「副長、今はユミ隊員も、何らかのエネルギーを受けて、興奮している状態だ。そんなにユミ隊員を責めるべきではない。我々はまだしばらくこの星に滞在するから、ユミ隊員にもそう結論を急がずに、もう少し冷静になって考えてもらおう。私ももっとブッダの教えを知りたいと思うし」
ジャクソンはタカシとユミをたしなめた。ユミの気持ちも理解できないでもないが、ここはやはりユミに、慎重に判断してもらいたいと思った。ユミにとっては、人生の大きな転換点となってしまうのだし、あるいは地球にとっても……。
今回は『宇宙旅行』 第10回を掲載します。
作中でオリオン座の1等星、ベテルギウスのことに少し触れています。ベテルギウスは今縮みつつある、とニュースで聞いたことがあります。ひょっとしたら近々超新星爆発を起こすかもしれません。超新星爆発が起これば、かなり明るくなり、昼間でも見えるほどだといます。
距離は600光年以上離れており、地球には大きな影響は与えないでしょうが、もしガンマ線バーストが地球に向く角度で起こったら、かなりの被害も想定されるそうです。
オリオン座の1等星が消えてしまっては寂しいので、しばらくは超新星爆発は起こらないことを祈ります。
「ブッダの教えとは、成仏する方法です」とカッサパは語り始めた。
「悪いことをしてはいけない、いいことをしなさい、ということは、小さな子供でも知っていることです。しかし、それを実践することは、とても難しい。私たちは、いくら気をつけていても、ついつい小さな悪事を犯してしまうものです。いや、場合によっては、強盗、殺人など、大きな罪を犯します。それが積もり積もって、大きな罪障、悪因縁となり、私たちの不幸の原因となってしまうのです。それも今生きている一生だけではなく、過去世からずっと悪業を持ち越しているので、道徳や教育では、もはやどうにもならないほどの大きな罪障となっています。
それは個人の不幸のみならず、場合によっては、地方、国、星の運命そのものを左右させかねないものです。
多くの人が悪因縁を積めば、破滅のカルマが発生し、その人たちの住んでいる土地そのものが、大地震や台風などの災害に遭い、滅びなければならないことにもなりかねません。
最悪の場合、星そのものが小惑星の衝突などで、滅びなければならないほどの罪障を積むこともあり得るのです。
私たちの遠い祖先、いや、生物としての直接のつながりがないので、祖先という言い方は適切ではありませんね。その遠い昔にこの星に現れた人たちは、高度な文明を誇っていましたが、一〇億年以上前、近くで超新星爆発が起こり、強力なガンマ線放射のため、滅亡しました。それも、積もり積もった悪業が破滅のカルマとなったためです。
今の私どもは、生き残った単細胞生物が、再び進化したものです。幸い、この星は一度高等生物が滅亡しましたが、再び進化する時間的余裕を与えられておりました。その当時の人たちの魂は、一〇億年の年月を隔てた後、私たち現在の人類に転生しています。地球人として転生している場合もあるでしょうし、他の天体に行っているかも知れません。広大な霊界から見れば、数億年の時間、数十光年の距離など、ほんのわずかなものでしかありません。
余談ですが、あなた方がベテルギウスと呼んでいる星も、まもなく超新星爆発を起こします。ただ、距離が遠いため、地球もこの星も影響はほとんど受けません。
ブッダの教えとは、その積もり積もった大きな罪障、悪因縁を消滅させる方法です」
かつてこの星に栄えた高度な文明が、超新星爆発により滅亡したという話は、皆に大きな衝撃を与えた。
「滅亡から免れるだなんて、宗教にそんな力があるのですか?」
カッサパが一呼吸置いたとき、ジャクソンが言葉をはさんだ。
「さっきも言いましたが、宗教というより、宇宙の真理、法則とでもいったほうがより正確でしょうね。ブッダの教えは、瞑想などの修行により、その人の積んだ悪業を浄化し、不幸な宿命を転換する方法です。地球の釈尊は、まずご自身が因縁解脱をして成仏し、その方法を弟子たちに教えたのです。
最初に釈尊が示した成仏のための修行法は、無意味な苦行こそしませんが、非常に難解な、厳しい修行でした。しかし釈尊は、何十年もかけてそのシステムを改良し、体系化して後世に遺したのです。私たちの先祖の偵察隊も、そのシステムを修行し、成道しました。それでも、その法は大変難しく、高度な智恵が必要で、すべてをなげうって、修行に専念しなければ、とても実践できないものでした。
それでは一部の素質に恵まれた人たちしか成仏できない。そのへんが釈尊の教えの限界だと、非難されました。しかし、そうではありませんでした。釈尊は、修行に専念できない人たちのためにも、成仏できる方法を遺しておいてくれたのです。サーリプッタ、モッガラーナの二人の聖者は、私たちに、その釈尊直説の、尊い二種類の罪障消滅の方法を教えてくれたのです」
カッサパは、一気にそこまで説明をして、少し息を継いだ。
「その易しいほうの修行法では、その人の一生だけでは、完全に成仏するところまでは行けません。しかし、そのとおり実践すれば、生まれ変わっても、不幸な境界に転生することは決してありません。あとは、成仏への道を突き進むばかりです。そして、やがては高度な成仏法を修行できる境界に至り、そこで完全な成仏ができるのです」
「つまり、二人の聖者の教えに従えば、その人一代で成仏はかなわなくても、不幸な人生は送らなくても済むようになるのですね。戦争に巻き込まれたり、大きな災害に見舞われたりなどもなくなるし。そして、その地域、その国の人々がすべてその法を実践すれば、その地域、その国では、戦争も災害もなくなると」
ユミがカッサパの後を引き継いだ。
「そのとおりです。そして、私たちの星、サヘートマヘートでは、もう不幸な人々はほとんどいなくなっています。皆質素な暮らしをしていますが、心は平穏で、充実しています。争いや災害も、ここ何世紀も起こっておりません。たまに病気になる人がいても、祈りによって治癒します。以前のような高いレベルの医療水準はありませんが、病気で苦しむ人はおりません。万一祈りが叶わず、亡くなることがあっても、安らかな気持ちで霊界へ、そして次の生へ旅立つことができます。
ただし、他の天体から、悪しきカルマを背負ったまま転生してくる魂もときにはあるので、そういう人たちは一から修行のやり直しです。しかし、その場合も、我がサヘートマヘートでは、修行の環境がととの調っていますので、比較的スムーズに解脱への道が歩めます。まあ、この星に転生できたということは、その魂は比較的罪障消滅が進んでいた、ということですが」
「素晴らしいです。この星こそ、ユートピア、桃源郷ですわ。あなた方が宗教のために、科学文明を棄ててしまったことに疑問を抱いていましたが、少しは理解できたように思います」
ユミはカッサパの話に感動して言った。ジャクソン、ベルナルト、シェンもブッダの教えの素晴らしさに惹かれつつあった。
そろそろ外が明るくなってきた。まもなくクシナガラは夜明けを迎える。
一行は日の出を見るために、涅槃堂の外に出た。外は寒いくらいだった。東の空が、少しずつ明るくなっていく。
涅槃堂の前には、早朝の礼拝の人たちが集まってきていた。誰もが敬虔な気持ちで五体投地をしている。祈りの姿勢は、真剣そのものだ。ユミ、ジャクソン、ベルナルト、シェンの四人は、参拝者たちの敬虔な祈りの姿に心を揺さぶられた。
やがて、地平線から真っ赤な太陽、くじら座タウ星が上ってきた。地球で見る日の出より、はるかに赤く大きく、それが非常に荘厳な雰囲気を醸し出していた。
「私は地球に帰らず、しばらくこの星に残って修行します。さっきの涅槃像から受けた聖者のバイブレーションは、そのように私に命じています。私にはこの星で修行を完成させ、それを地球の人たちに伝えなければならない使命があります」
ユミが他のアルゴの乗組員に宣言した。
「ユミ隊員、何を馬鹿なことを言っているのだ。君は自分の任務を忘れたのか。裏切りは許されない」
副長のタカシはユミを罵倒した。
「副長、今はユミ隊員も、何らかのエネルギーを受けて、興奮している状態だ。そんなにユミ隊員を責めるべきではない。我々はまだしばらくこの星に滞在するから、ユミ隊員にもそう結論を急がずに、もう少し冷静になって考えてもらおう。私ももっとブッダの教えを知りたいと思うし」
ジャクソンはタカシとユミをたしなめた。ユミの気持ちも理解できないでもないが、ここはやはりユミに、慎重に判断してもらいたいと思った。ユミにとっては、人生の大きな転換点となってしまうのだし、あるいは地球にとっても……。