指揮者の仕事は何か、どんなことを指揮者に望むか、いろいろ考えると二つのタイプに行きつく。
・パートの交通整理から始まって、基礎アンサンブル能力を育成していき、一つの有機体へまとめていく。
・メンバーの自発性を引き出し、音楽全体を燃え上がらせていく。
どちらも必要なのだが、時と場合によって必要な割合が変わっていくのが普通。前者を指す言葉に「オーケストラビルダー」というのがある。最近あまり聞かなくなった。単純にトレーナーと言った方がわかりやすいかもしれないが、そう言ってしまうにはかなり重い仕事である。
後者には適当な言葉が見当たらないので、とりあえず適当に「チャッカマン」と呼んでおこう。メンバーに火をつける仕事だから。これだって、そうそう簡単には燃えてくれないのだから重責なのだが。
ビルダーとして名をはせた人は多くいるが、代表例としてカラヤン。カラヤンは本番ではチャッカマンだったけれど、リハーサルを見た人の話によれば、見事なビルダーと言える。
特別に聞けた話では一言で言うと「ツボ」を押すとのこと。決して長くないリハーサル時間なのに、特定の部分にかなりの時間を割くらしい。そこができるようになるとあら不思議、他の部分も全て(練習していない箇所も)できるようになっていくのだ。
「だってベルリン・フィルでしょ?」と言うなかれ。ベルリン・フィルだからこそ、ツボを押す前からできあがっているのだ。それがさらに輝いてくる、という話として理解していただきたい。
チャッカマンの代表としてクライバーとバーンスタイン。
旧聞に属するが、クライバーが生きていた頃、ウィーン・フィルは何度となく共演している。聴衆を熱狂の渦に巻き込むことにかけては人後に落ちなかったが、ウィーン・フィルの人達からの評判は決して良くなかった。
余談だが、ウィーン・フィルの人達は文句が多い。本当に良くも悪くもウィーン・フィルは世界最高のアマオケだ。
蛇足ですが、ウィーン・フィルのメンバーはウィーン国立歌劇場管弦楽団で働く国家公務員、その人達が「シンフォニーも演奏したい」と作ったのがウィーン・フィル。メシのタネは歌劇場であり、ウィーン・フィルで食っている訳ではないので、彼らは言わば「趣味」でやっている。そういうおじちゃん達は実にうるさいのだ。
彼らに言わせると「クライバーは確かに熱狂を作るが、全部彼が持っていってしまい、俺達には何も残らない」。
ではバーンスタインはというと、こちらはあまり悪く言われないのだな。それは
・デビューの段階ですでにメジャーだった。
・ヨハン・シュトラウスとオペレッタの伝統をも持つウィーンとすれば「ウェストサイド物語」の作曲家というだけでOK!ウェルカムWillkommenよ。
・おまけに「バラの騎士」のワルツだったかな、「これは君達の方が良く知っている」なんて持ち上げちゃったりして、プライドをくすぐるのもお上手。おだてられ天まで昇るウィーン・フィル。
のようなことがあったからではないかと推測する。
一方、バーンスタイン自身はカラヤンのビルダー能力をうらやましく思っていたという噂も耳にした。(確かにバーンスタインはニューヨーク・フィルを有名にしたがアンサンブル能力は低下させたかもしれない。)
やはり一流オーケストラでも自らをビルドアップしてくれる指揮者を歓迎する傾向が強いと言って良いだろう。ましてやアマチュア・オーケストラではなおのこと、チャッカマンよりビルダーを、と思うところが多いと察する。
オーケストラビルダー、これが重要だと認識している人は残念ながら少ない。指揮者側もオーケストラ側もである。
ビルドアップするための指揮法は単純明快。棒の通りに演奏したら、曲の構造が浮かび上がるような振り方・・・やはり難しいか?