<八十一番札所; Szent Mihály -prébánia (聖ミハーイ司教教会>
火の見塔から見た聖ミハーイ教会
教会は、13世紀にロマネスク様式で建てられ、15世紀にゴシック様式で再建された。
今日見ることのできる教会は1800年代に、ネオ・ゴシック様式で改築されたものである。
内陣には15世紀の彫刻、壁画が保存されている。
西側にある塔の下には、中世のアーチ型門があり、その上には網を張ったゴシック建築の
細長い窓が並んでいる。 これも、又、ハンガリーを代表する美しい塔のひとつであろう。
教会正面外観 南門 祭壇側外観(裏側)
外壁に施された彫刻 入口のアーチ型門
内陣の天井(ゴシック建築)
<八十二番札所; Ó-zsinagóga (旧ユダヤ)教会>
ユダヤ人がショプロンに住み着いたのは、いつの頃からは定かではないが、13世紀にはすでに
この地に10~16家族が居たことは確かである。
しかし、1526年にユダヤ人はショプロンから追放されたため、シナゴーク(ユダヤ教会のこと)も
破壊され、住居になってしまった。 18世紀に戻って、その住居の庭に、当時のゴシック様式の
ユダヤ礼拝堂を再建して現在に至る。 通り(Új u.) の向かいには、新ユダヤ教会を新設した。
中世には、シナゴークは通りに面して建てることは許されなかったので、門より奥まった所にあった。
小さな礼拝堂 祭壇
細長い窓の向こうは礼拝堂、 祭壇の外枠に施された葡萄や葉の透かし彫り
一般の信者はこちらで祈る。
<八十三番札所; Orsolya (オルショリア)教会>
教会は、1861~1864年に、Handler Nándor (ショプロンの著名建築家)がネオ・ゴシック様式
で建立した。 ローマ・カトリック修道会のひとつである。
教会正面 塔は八角形で高さは32m
祭壇 説教台 手水鉢
礼拝が出来ず(当然、賽銭も入れていない)、通り過ぎただけの教会が、以下、2点あり、番外として
次回を期する。
<番外1; Evangélikus (ルター派)教会>
火の見塔から見たプロテスタント(ルター派)教会
教会は、18世紀の後期(1782~1783年頃)にルター派修道士の家の庭で建てられた。
<番外2; Szent János (聖ヤーノシ)教会>
火の見塔から見た聖ヤーノシ教会(右側に小さく見える)
教会は、1217年に、この地に存在していたらしいが定かでない。 15世紀にゴシック様式で
建立されたことは確かで、1890年には今ある形に改築された。
このあと、「ショプロンの教会(3)郊外編」に続く。