東北の小藩、海坂藩の下級武士、三村新之丞(木村拓哉)は藩主の毒見役を務めている。
新之丞にとって不本意な仕事ではあるものの、美しい妻、加世(壇れい)と
つましいながらも幸せな日々を送っていた。
そんな幸せな日々を突然に揺るがすような出来事が起こる。
毒見を努めていた新之丞が毒にあたって失明してしまうのだ。
そして彼は視力だけでなく、もっと大切なものを失うことになってしまう。
最初に言っておきますが大の「藤沢周平ファン」です。
原作に思い入れがある場合、どうしても映画化にあたっては構えてしまいます。
自分の中に出来上がった藤沢ワールドにどうしても照らし合わせてしまうからです。
特に、主演、木村拓哉。ということが正直、ものすごく不安でした。
彼の持ち味である、どんなときでもキムタク流ナチュラル?な演技が、どうしても盲目の武士という役に合わないような気がしていたのです。
でもそれは杞憂だったようです。
最初の出だしこそハラハラしましたが、
新之丞が失明してからの演技には時々ゾクりとすることがありました。
時代劇、下級武士、庄内弁、盲目。というかなり制限された設定の役柄が、いつもの木村拓哉の影を薄くしたのかもしれません。
藤沢作品を思うとき、忘れてはいけないのが「海坂藩」という架空の藩です。
藤沢周平の故郷である山形県鶴岡市の辺りをイメージして作った藩のようです。
その美しい風景もいつも楽しみのひとつなのですが、今回は風景の映像がほとんどなく
それに変わって色々な音が印象に残りました。
蛙の声、蝉の声、風の音。。。
その音が季節の移り変わりや、時には新之丞の心の動きを教えてくれます。
盲目になってしまった新之丞の心の動きを表すには、美しい風景よりも音のほうが適切だったのかもしれませんね。
物語は夫婦の愛を描いています。
武士として絶対に譲れないもの、武士の一分。
これがなくなったら倒れてしまう。死んでしまう。というほど大切なものです。
ある人にとっては地位や名誉や財産かもしれません。
新之丞が「武士の一分」を守るために命を懸けて戦いを挑んだ相手は、新之丞に片腕を切り落とされ自害してしまいます。
片腕で生きるのは武士の面目が立たないと思ったのでしょう。
彼にとっての武士の一分は地位や名誉だけだったのかもしれません。
何か目に見えるものに自分の「一分」を見出していた者は、もろいものなのかもしれませんね。
映画は小説よりも少しユーモラスに描かれています。
三村家の中間の徳平(笹野高史)、新之丞の叔母の以寧(桃井かおり)。
この二人が、暗く重くなりがちな話にいい意味での軽さを出してくれます
以寧は小説の中では叔母ではなくて従姉妹、それも一時は新之丞との縁談があった人物として登場しています。
映画を観てから小説を読んでみるのも面白いかもしれません。
「盲目剣谺返し」という小説です。