松本市上土の古書店兼喫茶「想雲堂」で先日購入した、ニック・カタラーノ著「クリフォード・ブラウン 天才トランペッターの生涯」(音楽之友社 川嶋文丸訳)を読みました。
著者のニック・カタラーノは、ベイス大学のパフォーミング・アーツ担当教授で、ジャズについて講義を行うと同時に、自ら演奏、プロデュースに当たり、執筆活動も行っているという方です。
内容は、クリフォード・ブラウン(1930年10月30日~1956年6月26日)の伝記ですが、その生涯ばかりでなく、ライブを含むレコーディングについて、前後の状況や演奏内容が詳細に書かれています。ブラウンの音楽活動が概観できるので、彼の音楽に親しむための参考にもなります。以下、印象に残ったところにふれます。
〇第3章 フィラデルフィアでの研鑽
『ナヴァロを範としたブラウンは、大衆受けを狙ったビバップ・スタイルのひとつである高音プレイを避けた。彼は好んで中音域を吹き、その音域を生かして独自の長いソロ・ラインを開拓していった。』と著者は記し、ナヴァロからの影響について触れられています。このことはよく知られていることですが、具体的に共演をしたことを含めて詳述されています。
〇第4章 死の淵からの生還
学生バンドの移動途中で、交通事故が発生し、同乗者が死亡し、ブラウン自身が重傷を負う事故が起きていました。彼は、両脚と胴体の右側を何か所も骨折していて、そこからの復帰に辛い治療が必要となると同時に、後遺症に悩まされました。ブラウンの復帰にかける強い意志に打たれました。
〇第7章 ヨーロッパでの浮かれ騒ぎ パリ・セッション
ブラウンは、1953年にライオネル・ハンプトン楽団の一員として、ヨーロッパ・ツァーに行っています。ハンプトンの目を盗んで、楽団員が現地レーベルのために録音をしたことはつとに有名ですが、その一部始終がドラマのように描かれています。10月15日にヴォーグレーベルに録音した「I Can Dream Can't I」や「It Might as Well be Spring」をはじめとしたカルテットによる演奏は一度聴くと忘れられません。この章は、ことによく書いてあります。
〇第8章 バードランドの夜
アート・ブレイキー・クインテットによる「A Night at Birdland」(1954年2月21日録音)の発売により、『全米のジャズ・ファンがクリフォード・ブラウンの素晴らしさを認識し、人気が出始めるとともに、評論家筋からの評価も高まり、名声が築かれることになる。』という点は、知っていたものの、そのグループの活動が続かなかったのが前々から不思議でした。そのことについて、ブレイキーのマネジメントがうまくいかず、ジャズ・クラブからの出演依頼がなく、ビジネスとして成り立たなかったという指摘がここでされているので、納得がいきました。
〇第10章 ブラウン=ローチ・クインテット始動
西海岸で旗揚げをしたグループは、1954年8月からエマーシーへの録音を開始します。その1曲ごとに解説が加えられています。
〇第11章 イースト・コーストへの帰還 「スタディ・イン・ブラウン」
この章では、多くの重要なレコーディングとクラブへの出演について記されています。例えば、「ヘレン・メリルwithクリフォード・ブラウン」については、『このアルバムは三人の才能が結合して、稀にみる傑出した作品になった。メリルは上質なバラードを歌うための完璧な資質を備えている。ブラウニーのサブトーンを生かした奏法は、あたらしい可能性を切り開いた。そしてクインシーは~』とあります。
〇第12章 最後の飛翔
フィラデルフィアの「ミュージック・シティ」で1955年5月31日に開かれたジャムセッションにブラウンは参加。そのうちの『「ドナ・リー」における彼のソロが、多くの識者により学究的な分析の対象となった』。かつてはブラウンが交通事故で亡くなる前日の1956年6月25日とされていた録音年月日が、ビリー・ルートの証言などを基に筆者は、1955年5月31日に訂正をしています。
ハロルド・ランドが西海岸の自宅に戻った後に、加入したのがソニー・ロリンズだったが、そのメンバーで録音された「At Basin Street」の中の「パウエルズ・ブランセル」は傑作中の傑作だとし、モード手法が取り入れられていると指摘し、ブラウンとロリンズはスケールに基づいてインプロヴィゼーションを展開していると書いています。モードは、マイルス・デイヴィスからだと思っていましたが、それに先んじた動きがあったという指摘にはびっくりしました。
〇全体を通して
クリフォード・ブラウンの生涯や演奏ばかりでなく、当時のジャズシーンが生き生きと活写されていてたいへん興味深く読みました。特に、パリにおける一連のレコーディングやマックス・ローチとグループを結成してからのジャズ・クラブへの巡業の模様など、よく取材が行われていて、貴重な記録になっています。巻末のディスコグラフィーも便利です。ブラウンは、広く聴かれていると思いますが、この本を読むと、彼と彼の演奏に一層関心が高まります。
(ジャケット写真は、手持ちのものから適宜挿入しました。)