ブログあつたかい

しんちつが神の心にかなハねば いかほど心つくしたるとも (12-134)

地震に関してのおさしづ 一寸気になって・・・刻限

2011年03月27日 14時24分55秒 | あつたかい図書室
明治24年に 濃尾地震が起こっている。この時愛知大教会へ被災の見舞いに、ご本部から出張下されている。
そのおさしづを読むと、「これまでに話し、刻限事情にも諭したる。」との言葉があり、一寸気になって調べてみた。

その「刻限」のおさしづには、
「内へ戻ったらしんばしらに伝えくれ。」とか、「さあ/\しんばしらは直ぐに悟るで。」
とかいう言葉があり、私には意味がさっぱり分からないが、分かる人が見れば分かるおさしづだろうと思って、アップする事にした。

まず、地震の見舞いについてのおさしづーーー

明治24年10月31日夜 
『過日二十八日の朝大地震に付、名古屋愛知支教会へ見舞のため宮森与三郎、永尾楢次郎両名出張の願』
 さあ/\尋ねる処尋ねるまでや。事情大変々々事情理、所々事情聞けばやれ大層、やれ恐ろしい、やれ怖わい、やれ恐ろしい。これまでに話し、刻限事情にも諭したる。今一時遠くほのか話聞こえ分かる。一時の処、一時尋ねる一つの道、一つの道と言えば一つ事情、先ず/\早くという処、受け取る/\。先ず内々から一名二名、一名二名ではあたわん。三名心得。地に事情幾人は諭さん。先ずほのかの事情取り、早く事情に運ばにゃならん。さあ/\早く/\待って居るで/\。


その前に刻限としてあるおさしづーーー

明治24年10月8日夜11時 陰暦9月6日
『本席御身上足の左付けぎわより腹に掛け、固まり差し込みあるに付伺』
 さあ/\十分刻限知らす、刻限を知らす。刻限まで何にも言わんで。刻限を待たねばならん。
 さあ/\何時やら知れん。その用意をして置かねばならん。程無う/\刻限渡るなら、何時知らさにゃならん。

『暫くすると刻限(午後十二時)』
 さあ/\打ったで。どんな事言うやら知れんで。さあ/\刻限々々話に知らせ置く。内へ戻ったらしんばしらに伝えくれ。急いであった/\、思わく尋ねるか。又々の道を運び掛け。自由しんばしら、万事どういう事掛かる。他に一つこれまで尋ねにゃならん。人間心を集め/\事情尋ねるまで、事情あって事情諭し置く。どんなに思うたとて実々(じつじつ)生涯諭してある。何よの事、人間心に持って尋ねるまで。それ/\一つの話(はなし)事情定(じじょうさだ)め替えて、一つの初め治めにゃならん。神の言う事要らん、めんめん要らん。それ/\一つ事情治めて了(しま)う。談示(だんじ)あるなら人間心に持って、尋ねるまで。思わく事情、一時々々治まりという。さしづ勝手する。しんばしら帰ったら話(はなし)せねばいかんで。

『又、梶本松治郎、桝井伊三郎、増野正兵衞如何なる事であろうと談じ合いの処へ』
 さあ/\しんばしらは直ぐに悟るで。いんねんといんねんと、又々いんねん。紋型無き処から人間思やん、恐ろしうであった。一時の道のしんばしら、日限事情(にちげんじじょう)一時いかなる世界治まる。皆この道理。人間が人間をまゝにして、一名一人尋ねるまで、帰って来たら直ぐと知らせ。
 さあ/\大事(だいじ)の事、大事の事に不都合、めん/\不都合僅(わず)かの一生尋(いっしょうたず)ねるまで。生涯の理に及ばんで。

『又、引き続き御話』
 さあ/\/\/\変な事を言うで、変な事話し掛けるで。さあ/\どういう事話し掛けるで。よく/\聞き分け。どういう事こういう事難しい事、一つ/\何かの処さしづ。これまでの処さしづの理は違わん。どういう事思わくであった。皆治め来たる。他多(たおお)くの中、万事話済(はなしす)めば一つの運び、一つの理が通ろ。難しい/\、あちらも話聞く。話持って出る。余儀無(よぎな)く話やあろまい。これより先(ま)ず/\暫く何よの事情、諭す理くらいと言うで。要(い)らん諭しの理と、諭しの理で知りつゝの理と言うてはどうもならん。長い間じゃない。僅(わず)かの六七の処及(ところおよ)ぼして、難しい/\理を拵えて通らにゃならん。日限、大抵の世上疑(せじょううたが)う理も無い。あれでは長い運び尽すあたゑ世上疑うまい。何かの処諭し置く。先(さき)二三歩(ぽ)の処出て一つ早く自由、他一(たひと)つの心事情無(こころじじょうな)いようにして事情あろまい。僅かの道、十分治めにゃならん。この事情諭してこれからこうせにゃならん。僅かの日柄(ひがら)それからあたゑ事情で、一時結構で、これで事情あっては気の毒。何か万事諭し研究して、戻りたらいなる事情諭して置く。


どうか、早い事情解決の御守護を頂けますように!!
(_Λ_)

放射能と放射線について

2011年03月21日 07時53分49秒 | 災害救援
盛んに放射能や放射線と言う言葉が出てくる。
またもう既に、原発からは放射性物質が飛び出して、ほうれん草などに付着しているという情報がある。
どういう事か調べてみた。

東京電力 【放射線と放射能】
 原子の中でもごく一部のものは不安定な性質をもっており、エネルギーを放出して安定した別の原子に変わろうとします。これを原子核崩壊と呼びます。このとき出るエネルギーのことを「放射線」と呼び、放射線を出す物質のことを「放射性物質」といいます。「放射能」とは、原子核が崩壊して放射線を出す能力を意味する言葉で、数量的には1秒間当たりに崩壊する原子の数で示されます。
 私たちの身の回りにあるもので例えると、電球を放射性物質と思えば、放射線は電球から出る光ということになります。

http://www.tepco.co.jp/nu/knowledge/radiation/index-j.html


東京電力 【日常生活と放射線】
7000ミリシーベルト 全身被爆 死亡
1000ミリシーベルト 全身被爆 はきけ、倦怠感(10パーセントの人)
500ミリシーベルト 全身被爆 白血球の一時的減少。
100ミリシーベルト 全身被爆 これより低い線量では臨床症状の確認無し。
50ミリシーベルト(年間)放射線業務従事者の線量当量限度。
10ミリシーベルト(年間)ブラジル・ガラパリの放射線
6.9ミリシーベルト 胸部X線コンピュータ 断層撮影検査(CTスキャン)
2.4ミリシーベルト(年間)一人当たりの自然放射線
1.0ミリシーベルト 一般公衆の線量限度
0.6ミリシーベルト 胃のX線(集団検診1回)
http://www.tepco.co.jp/nu/knowledge/radiation/radia1-j.html



私が知りたいのは、原発でどのような放射能物質が放出されて、それがどれくらいの間その地に残り(放射能に汚染される)、どれくらいその地へ立ち入る事が出来なくなるかということ。その対処法は?である。


【福島原発、放射能汚染のシナリオ
* 2011年03月20日 15:15 発信地:パリ/フランス】
■主な汚染源
 放射性廃棄物が長期にわたって健康に影響するのは大きな問題だ。
 福島原発から放出されると思われる汚染物質はヨウ素131とセシウム137だ。 半減期はヨウ素131が8日間、セシウム137は30年だ。半減期とは放射性元素が崩壊し、元の数から半減するのに要する時間のこと。通常、放射性元素の危険性が残る期間は、半減期の10倍とされる。
 放射性ヨウ素とセシウムは発がん物質で、大気中や飲料水から直接体内に取り込まれても、食物連鎖を通じて間接的に摂取されても健康に脅威となる。
 放射性ヨウ素は非常に揮発性が高く、大気に拡散しやすい。水源が汚染されたり、穀物や葉物野菜などに付着してそれが家畜や人間の体内に取り込まれたりすると危険だ。ヨウ素131の半減期は8日なので、数か月のうちに完全に崩壊する。
半減期30年のセシウム137、キノコ類や野鳥に蓄積しやすい
 セシウム137は1950~60年代の核兵器実験によって大気圏に放出され、以降、汚染物質は崩壊してきているが、健康に害がない程度の量は誰もが浴びている。チェルノブイリ原発事故でもセシウム汚染が発生した。
 米環境保護局(US Environmental Protection Agency、EPA)によると、汚染された土壌がちりとなって大気中に浮遊したものを吸い込こんだり、汚染された水を飲んだりすると内臓が被ばくし、生体組織が侵される。植物ではセシウムは最初に葉の部分で、次に根に吸収される。またキノコ類や野鳥の体内に蓄積しやすい。
■除染
 放射能に侵された場所の除染は巨額の費用と長い時間がかかる危険な作業だ。
 汚染された土壌は取り除いて埋め立てるが、汚染された土壌自体がなくなるわけではない。特別な炉で土壌を焼却処理して有害物質を無害にする方法もあるが、非常に費用がかかる上に技術的にも難しい。汚染された土壌を溶剤と混ぜて洗浄し、汚染物質を含む廃液を処理する方法もある。
 水の汚染の場合は合成繊維のフィルターでろ過して固体粒子を捕捉するが、この方法が有効なのは汚染レベルが低い場合に限られる。水を沸騰させて固形化した汚染物質を分離する電気透析法による脱塩(放射性イオンの除去)も有効だ。
 損壊した原子炉は閉鎖された後も長期間にわたり放射線を出しつづけるが、これを封印する方法には何種類かある。チェルノブイリの場合はコンクリートと鉄筋製の「石棺」を建設して封印したが、この応急的な構造物には亀裂が入り、建て替えが進められている。

http://www.afpbb.com/article/disaster-accidents-crime/disaster/2791369/6975187


これらを読んで思う事は、
原発から飛び出した放射性物質が出す放射線と、原発自体から出ている放射線が問題だ知った。
人体に影響を及ぼすのは、その出される放射線で、それが細胞の遺伝子を傷つける事が問題だと知った。
汚染されたら、その対処はとても難しいという事も知った。


今懸命に、原発を沈めるように努力していてくれる。
また、危険な地域で、救助活動をしていてくださる方々がおられる。

今の私には、その方々の御無事と、何とか沈めていただけるようにと、親神様の思召を思案して、願う事しかない。

今日一日

2011年03月20日 23時16分20秒 | 思った事
今日は朝から腰が痛み、どうしたことか?と思案していた。
こんな事では災救隊にも行けないなぁ。
「行きたい、行きたい」と思うことがいかんのかなぁ。と思ったが治まらない。

そこにふと、天理時報が目に入った。
腰は身体の要である。要はおぢば、この声?
被災地へ出ている人たちには、この声は届きにくい。
ひょっとしたらと思い、本部のサイトを確認したところ、急に腰の痛みが楽になったように思えた。
そこで講社祭へ出かける前までの短い時間で打って、このブログへアップした。
講社祭にはとても楽に行く事が出来、道中色々と思案して、災救隊に行く事が出来るかなぁと一寸嬉しくなった。

午後はみたま祭。その後お下がりをもって信者さんのお宅へ。
その信者さんは20年余り、教会の事を親身になって下さっている方である。
その方、心臓の発作を持っておられ、その受診に行ったとき、女の看護師さんから顔色が悪い事を指摘されて、検査の結果、胃がんがあることがわかった。
 検査入院中、奥さんがお願いに見えた時に、修養科を進めた。
しかし、教会の事は一生懸命やるけど「うちでは朝夕のおつとめもしないので、それは無理です。」との返事だった。「じゃぁ。おつとめからしましょう。旦那さんにおつとめをしてというのではなく、一緒におつとめをしよう。と言って一緒に朝夕して見てください。」という事になった。
 胃潰瘍ではなく癌と診断されたが、他に転移しているわけでもなく、高齢でも手術が出来るとの事。ありがたい事だと、癌と診断された時には話をしていた。
 ところが今日、おさづけを取り次ぐ時に、ふと心臓の発作の事を思い出し尋ねてみた。
すると、あれ以来発作が無い。との事だった。
 胸が苦しいのは、「神様が胸が分からんと言われている」と聞く事がある。
また「二人のこころをおさめいよ なにかのこともあらわれる」とみかぐらうたにも聞かせて頂く。
今回夫婦揃っておつとめをする事で、神様が受け取ってくださったんだね。と共々に喜ばせて頂く事が出来た。

親神様のお働きは、火水風である。親神様を信じて、真実尽すように一つずつ歩みたいと思う。

災害の方も、原発の方はまだ油断ならない状態だが、救援物資のほうは道路の方が良くなって、徐々に届き始めているようで、災害初期の急場を抜けさせて頂けたように思うが、まだまだこれからである。

人は皆完璧なものではない。だから人を責めるのではなく、人を補うように、自分の出来る事を、真実込めて、歩みたいと思う。
そのためには、つなぎあう事、つなぎは言葉、つなぎは物。低い心でつなぎ合えるように努力したい。

善と悪 神の守護

2011年03月20日 18時12分45秒 | 思った事
 ひながたや神様のお言葉を見るとき、善と思われる事が悪で、悪と思われる事が善であったりする。
そうした事の事例で、私が一つ常に心に止めているのは、金剛山地福寺の件であります。

 明治13年 秀司様が、周囲からの迫害を逃れるために、金剛山地福寺の配下となればと、そこへ行くとき、教祖は「そんな事すれば、親神は退く」と言われて、とても親神様の思召にそえるように思えませんでした。その時秀司様は、教祖に対する留置投獄に比べるならば、たとえ我が身どうなっても、教祖の身の安全と人々の無事とを図らねばとして、一命をかけて出かけられました。
しかし、教祖の言葉がありますから、秀司様のお供をしようとする人は誰一人もありませんでした。この時、岡田与之助と言う方が、「足の悪い方を一人行かせるのは忍びない」と、自ら進んでお供をしたのです。
 結果、秀司様は度々お叱りのお言葉を頂き、お言葉通り出直されました。しかし、お供をした岡田与之助さんは同じようになるかと言えば、そうではなく、教祖はその行いを喜ばれ、後日素晴らしい働きをされる事となります。

 秀司様は直接神様と対じをされ、我々を導く上の方であります。岡田さんはその方の身を案じてお供をされたのです。どちらも同じ我が身を捨ててという心でありましょうが、その立場によってそれも異なるという事だと思うのです。

 自分の立場、自分の徳分それを自らがしっかりと踏まえて、主たる者に沿って行く事。これが、全ての事が丸く治まり、真の陽気ぐらしとなるために必要な事だと思うのです。

もし、災救隊に出たならば、現地で情報は入りません。自衛隊と同じです。
上の判断に従う事、これが一番大切なことです。もし、上の判断に誤りがあって一命を落としたとしても・・・。

 先人の方々は、導いてくれた人の言葉を神様の言葉として、未開の地へ布教に出られて、道の土台となられましたから・・・。
ということであります。

「竜頭にみなかかる」という言葉もあったように思います。ともかく誠真実を尽す事を心がけたいと思います。


ともかく、上の方の良い判断を・・・。そして親神様のお守りを・・・。更には、自分自身に誠真実を!!

天理時報(3/20号より)【内統領のメッセージ】他

2011年03月20日 07時33分27秒 | 災害救援
【内統領のメッセージ】「明日以降も教会、個人で」
 3日目のおつとめの前には、山澤内統領が「全員そろってのおつとめは、今日で一応納めさせていただくが、明日以降もそれぞれの教会で、あるいは個々人として、お願いを続けていただきたい」と呼びかけた。

「海外各地でも」
 海外の教友たちも、遠く日本で起こった未曾有の災害に機敏に対応した。
 アメリカ、ブラジル、コロンビア、ヨーロッパ、インドネシア、フィリピン、シンガポール、オセアニアなどの各伝道庁・出張所では、おぢばでのおつとめの時間に合わせて、お願いづとめが勤められた。このうち、アメリカ・ブラジルの両伝道庁、シンガポール・オセアニアの両出張所が救援募金を開始するなど、難渋する”きょうだい”のたすかりを願う教友の輪は、国外にも広がっている。(16日記)
(誤字脱字確認済み;初投稿時に誤字脱字なし)

天理時報(3/20号より)【表統領のメッセージ】

2011年03月20日 07時25分10秒 | 災害救援
【表統領のメッセージ】息長い支援と心の立ち直りに尽力
 このたびの「東北関東大震災」は、三陸沿岸に甚大な被害をもたらし、多くの人命が失われ、壊滅的な打撃を受けた市町村も少なくありません。
 お出直しになられた方々に哀悼の意を表すとともに、被災された方々に心よりお見舞いを申し上げます。
 翌日から3日間、本部神殿では、災害が治まり、一人でも多くの命が救われるよう、また、被災者の方々がこの苦難を乗り越え、立ち直られ、生活の再建を果たされることを念じてお願いづとめを勤めました。
 3日間とも東西南北の礼拝場は参集した教信者で埋め尽くされ、参拝者の真剣な祈りと、何か力になりたいという熱い思いが、ひしひしと伝わってきました。
 「おふでさき」には、天災は神の残念、立腹の現れだと仰せになっていますが、それは被災した人々にというより、世のありように対する警告と考えられます。難に遭わなかった者も”わが事”と受けとめ、思案し、心の向きを正すとともに、進んでたすけの手を差し伸べることが求められていると思います。
 教会本部では、いち早く災害救援対策本部を立ち上げ、情報の収集に努めるとともに、災害救援ひのきしん隊の派遣を準備、関係筋に申し出ています。
 また、すでに救援募金を開始しています。皆さま方の真心をお寄せくださいますよう、お願い申し上げます。
 被害の状況から、復興には相当な年月を要すると思われます。私たちとしましても、息長く支援するとともに、本来の任務である心の立ち直りに力を尽したいと思います。
  表統領 上田嘉太郎
(誤字脱字確認済み;初投稿時に誤字脱字なし)

天理時報(3/20号より) 【真柱様芯にお願いづとめ】

2011年03月20日 06時56分25秒 | 災害救援
教会本部のサイトにある、このPCでも、天理時報をうまく読む事が出来ない。
PCの無い方には、あの状態では、天理時報が届かない人々にはメッセージが届かないと思った。

テキストで入力しますので、携帯などへ転載できる方転載してください。
(初期投稿に)救助の手 の(の手)が抜けていました。お詫びして訂正いたします。

【真柱様芯にお願いづとめ】
 12日から3日間、正午から勤められたお願いづとめには、本部関係者をはじめ修養科生や管内学校の学生・生徒・児童のほか、各地から多数のようぼく・信者が参拝に駆けつけた。
 初日、おつとめを前に、山澤廣昭・内統領が、「いまなお現地には、行方不明の方や孤立した状態で救助の手を求めておられる方が多くいる。被災地の治まりとともに、一人でも多くの方が元気な姿で救済していただけるようにお願いさせていただきたい」と述べた。
 この日の午後には、インターネット「天理教ホームページ」のトップ画面に、被災地の人々へのお見舞いのメッセージとともに、正午のおつとめの告知が掲示された。
 日曜日にとなった2日目には、県内はもとより近畿、東海地方などのナンバーを付けた車が神苑周辺の駐車場を埋めた。四方の礼拝場からあふれた参拝者は、回廊や濡れ縁などで祈りを捧げた。


避難場所情報・炊き出し場所情報

2011年03月20日 05時12分11秒 | 災害救援
昨日、「被災地 各地のニュース」としてNHKのリンクを掲載したが、これはヤフーのトップ頁で見つけた。今日はそのリンクがなく別の情報があった。
最新情報を発信してくれるために、前回見つけた頁にまた同じリンクがあるとは限らない事を知った。
ブログではそういう事はない。・・・はず、と思って。
利用できる方、御利用ください。

地図上で見られる避難場所情報があった。人数が不明な場所が多々あるようだ。

【避難所の所在地一覧】
http://www.google.com/intl/ja/crisisresponse/japanquake2011_shelter.html

【炊き出し場所情報】
ー以下 情報頁より転載ーー
炊き出し実施場所,緊急避難場所,給水場所,携帯電話の充電可能場所などを記しています。
PCを利用できる方は,twitterなどで現地の人に場所や詳細を教えてあげてください。
*携帯電話での検索:http://goo.gl/Fp7I4
(© 2009-2011 PRIME DESIGN WORKS. ALL RIGHTS RESERVED.)
*iPhoneでの検索:http://bit.ly/hLfRgX
【緊急】只今炊き出しマップでは、編集者の方を募集しています。
炊き出しまっぷ、代表、山口欧志(やまぐちひろし)までご連絡下さい。
メールアドレス:yamahirog@gmail.com
【情報元】欄の@×××は,twitterのアカウント名です。
【情報取得日時】できるだけ詳細な日時の記載をしています。
情報の真偽の確認がとれたものについては,【確定】などと一語加えていただいています。

http://maps.google.co.jp/maps/ms?hl=ja&ie=UTF8&brcurrent=3%2C0x5f8a281688bb7435%3A0x5a71ac24ed513392%2C0%2C0x5f8a2815e538e245%3A0xb1632cc050d2f733&msa=0&msid=216614052816461214939.00049e49594f07450fe63&z=8

災救隊情報(3/20)1

2011年03月20日 04時46分17秒 | 災害救援
本日は、午前中講社祭・午後みたま祭の予定。
昨日は、みたま祭の買出しと墓参。
昨日から腰が痛み出し、何事か?と思案中。
ふと、「災救隊に行きたい。行きたい」と言っているのが思いに添えないのか?と思案する。
このブログを各前に、以前投稿したフェイスブックのサイト
http://www.facebook.com/home.php?react=1300386638%3A8bfea29859d73df479e84a0bfe7ef68f#!/saiq.jouhou
から、フェイスブックに登録するが、使い方がよく分からない。

このブログにもツイッターなどに関する事の出来る機能があるようだが、それもよく分からない。
ともかく、知りえる災救隊に関する情報を載せる事にする。


鯉太郎さんのブログに寄せられた情報を転載します。
http://blog.livedoor.jp/new_koitarou/archives/51794725.html?1300567237#comment-form

1. Posted by 見附分教会長 2011年03月19日 21:19
災救隊の件ですが…
本部の給水車を引き継ぎ、17日~宮城教務支庁(3台)と福島教務支庁(2台)に新潟教区隊は出動しました。25日までの予定。
しかし、福島は昨日、撤退。詳しい理由は不明(原発の関係か?)
新潟の教務支庁は災救隊の前線基地、支援物資の一時保管場所の様相を示してきました。
昨日、学担の会議で教務支庁にいきましたが、まるで新潟が被災した雰囲気でした。
本部の情報収集能力、指揮系統がまちまちで、新潟教区は混乱。
ちなみに、新潟県に避難されてきた方は8000人を超えました。これからもどんどん増える模様。
人口4万2千人の小さな見附市に本日13時現在、347名の方が避難されてこられました。
その方々のお世話取り等、地元にいてボランティア活動ができる状態です(市と社会福祉協議会で募集しています)


4. Posted by 高藤重男 2011年03月20日 02:07
今日、妹の嫁いだ教会、山名部内米沢分教会に私と縣東会長と救援物資を運びました。米沢市民会館には500名の方が避難しておりました。関係者に尋ねたところ、南相馬市の方、原発火災からの避難の方などが多数とのことでした。縣分教会は18日が月次祭でして、その後に数名の信者さん知り合いに頼んだ救援物資でしたが縣東もたくさん持ってきてくれて軽トラいっぱいでした。月次祭のお下がりも持ってきましたが喜んでいただいてくれました。
道は東部湯の丸→関越→駒寄PA(縣東会長と合流)→日本海東北自動車道→荒川胎内IC→小国街道→米沢でした。帰りに兵庫県内の消防自動車、救急車、マイクロバスが約50台関越を走っており、思わず感謝の敬礼をしました、また、山形教区災救隊が釜石に入った際の記録をお渡しします。

5. Posted by 高藤重男 2011年03月20日 02:13
追加ですが、道は混んでいませんでした、むしろ気持ち悪いくらい空いていました。
それから群馬教区は24日から本部から要請を受けて現地入りの様子です。ご連絡まで


災救隊 頑張ってください!!


教区隊の情報(3月19日)

2011年03月19日 21時00分54秒 | 災害救援
【栃木教区隊】
本部の指示により、22日~29日 宮城教区管内に出動予定。
        活動内容は、物資の仕分け、炊き出しなど。

【群馬教区隊】
本部の指示により、24日~28日 岩手教区管内に出動予定
        活動内容は、現地行政の指示を受けて決まる。

【愛媛教区隊】
本部の指示があるまで待機。
        教区として、募金等の活動原案を作成中。



http://www.tenrikyo.or.jp/jpn/?cat=8

ボランティアに行くとすると。

2011年03月19日 20時16分20秒 | 災害救援
今朝、どこの局だったか忘れたが、ボランティアの受け入れを始めたニュースが流れていた。

そこで、すべて食料持参で来てください。交通手段は電車などが使えないので、車で来てください。燃料も自分でポリタンクに入れて来てください。という内容だった。

そこで、

名古屋から仙台を試算してみた。
現在、東北自動車道は緊急車両以外通行止めだが、
通れるとしてみると

名古屋インターから仙台東インターまで、最短で 708.6キロ
リッター 7の乗用車で行くと、およそ 100ℓ強 のガソリンがいることになる。
現地で 50ℓ 使うとして、全部で 250ℓ 必要となる。
途中で給油できないとしたら、20ℓ のポリタンクが 13個 必要となる。

さらに、1ℓ 150円 とすると、ガソリン代で 37,500円
高速料金が 通常で 15,650円
合計で 53,150円となる。

さらに時間として、ノンストップで走って8時間強かかる。

これが途中から下道を走れば、途中で給油できるので、持参するガソリンの量は少なくなるだろうが、もっとガソリンが必要となり、時間も掛かる。

とても大変な事で、近畿圏から行こうとすると、もっと大変な事である。

何とか、災害のお手伝いをしたいと思っているが、私個人の資金では、現状これすらままならない。
どうか皆さん、災救隊の募金に御協力ください。
お願いします。m(_ _)m

http://www.tenrikyo.or.jp/jpn/?cat=8