ブログあつたかい

しんちつが神の心にかなハねば いかほど心つくしたるとも (12-134)

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東北慰問演奏会Ⅵ 予定

2013年04月30日 10時00分23秒 | 思った事
東北慰問演奏会の予定表を頂きましたので、報告します。
どうぞ、お力添えくださる方よろしくお願いいたします。

アンサンブル Tomorrow「明日へのしらべⅥ」
期日 平成25年5月7日(火)~11日(土)
会場 ① 8日 10時00分  気仙沼市 双葉保育園
        気仙沼市河原田1-3-16 ℡ 0226-22-1227
        園児(1~6才)48名。職員7名。
        現地担当者;藤村甚弥・宿浦分教会後継者
   ② 8日 14時00分  気仙沼市 階上(はしかみ)中学校仮設住宅集会所
        気仙沼市長磯中原125 
        96世帯。自治会長 菊田省一氏
        現地担当者;藤村甚弥・宿浦分教会後継者
   ③ 9日 10時35分  陸前高田市 矢作(やはぎ)小学校
        陸前高田市矢作町字神明前55-1  ℡ 0192-54-2023
         校長;黄川田敏朗先生
        児童71名。職員 名。校庭に仮設住宅 約30軒。
        陸前高田市体育協会事務局長・菅野修氏より紹介。
        昨年8月に、学園高校和太鼓部が訪問演奏し、好評を博した。
   ④ 9日 14時00分  釜石市 小川(こがわ)地区サポートセンター
        釜石市桜木町1丁目1   ℡ 0226-32-3146
         センター長:浅野氏(ニチイ学館) 仮設住宅約100軒。
        現地担当者;大谷將司・釜石港分教会長
        一昨年夏、学園高校和太鼓部が演奏。
   ⑤10日 10時30分  宮古市 「ODENSE(おでんせ)2」(鍬ケ崎地区集会所)
         宮古市蛸の浜町1-21
        現地担当者;高橋邦之・宮古分教会長
        震災後、ボランティア団体によって、個人住宅跡地に建てられた建物。
        宮古市社会福祉協議会が常駐。
        ボランティアセンターを通して実施が決まる。

メンバー
  栄嶋 道広(ヴァイオリニスト・フリー) …1stヴァイオリン
  前田 友子(ヴァイオリニスト・フリー)  …2ndヴァイオリン
  金   有里(ヴァイオリスト・フリー)   …ヴィオラ 
  孫工 恵嗣(京都市立芸術大学大学院1回生) …チェロ
  熱川千寿子(声楽・フリー)    …ソプラノ
  才加志仁明(敷島大教会准役員)        …運転
  永井 一吉(名須晴分教会後継者)   …運転
  高田 和幸(月龍分教会後継者)        …庶務、会計
  永田 昭道(秋津城分教会後継者)    …記録
  河路 純子(甲賀大教会所属)         …庶務、賄
  吉田 義晴(神之倉分教会長)【9日朝~10日朝】…生活、運転
  崎山 道範(梅乃原分教会長)【9日朝~10日夕】…渉外、進行

以上です。
教祖、皆さまよろしくお願いいたします。m(_ _)m
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教養掛を終えて

2013年04月30日 09時09分47秒 | 思った事
27日に修了した修養科生をお連れして、大教会へ。
ゴールデンウィーク始まりの土曜日という事で、渋滞を予測していたところ、全く無し。
順調に午後4時前に大教会へ到着。

実はこの27日の昼頃に、先月修了された方の旦那さんからメールがあった。
この方は、地元に帰り診察したところ、治療方法が無いと言われていたものが、治療が出来る状態にある事が分かり入院されていた。
それが、「明日から抗がん剤の治療をする」というメールだった。
そこで、修了生と共に、詰所を出てから神殿でお願いづとめをして名古屋に向かったのだった。

思いの外早く大教会へ着いたので、お見舞いに行くことにした。
ご主人に連絡を入れると、大教会から片道40分ほどとの事。
カーナビを頼りに1時間ほど掛かって病院に到着。

転移した癌をひとつずつやっつけていくとの事。
修了した修養科生におさづけを取り次がせて頂いてくださいと申し上げると。
即答で「はい」との返事。一ヶ月前には、「私には・・・」と拒否されていた方が、迷いもせずに返事をして下さった。
そして「頭だけをさせて頂きますので、後は先生がお願いします。」と言われるので、後の6箇所は私がさせて頂いた。

大教会へ帰る途中、車内で「よくおさづけを、迷わずに取り次がせて頂けましたね。」と尋ねると
「このひと月、色んなことを見せて頂きましたから(^^)」と答えて下さった。

本当に不思議なひと月だった。
突然腰が痛み出して寝込んだ修養科生が、これまでの事をお詫びして心定めしたところ、翌日には歩けるようになるというご守護を見せて頂いた。(いんねんの現れはそのままだが・・・)
親神様は、いんねんを切り替えるようにと、教祖を通してこの教えを教えて下さった。
すぐさまにいんねんは切り替われない。
けれども、願う誠を受け取って、大難は小難にとお働き下さっている。
「深いいんねんだが、いつも心を見ているぞ。うそ・ついしょうは嫌いや」と言われていると思うと共に、
道に付いた信仰の初代は、かしものかりもの・八つのほこりなどのお話を聞かせて頂いて、自らの歩み・心をお詫びしてご守護を頂かれたその姿を見た気がした。

身上や事情の本人だけが助かる道ではなく、その方を通して周囲も共に助かる道である。
そのための、かしものかりもののお話。
心一つに貸し与えられた身体。
身体がかりものならば、周りのものすべてがかりものである。
妻も夫も子供も、嫁も姑も全てかりもの。
それぞれの心に与えられた借り物なのである。

この事をしっかりと心に定めて、補い合って助け合って日々を通りたい。
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教養掛もあと少し

2013年04月22日 13時05分39秒 | 思った事
教養掛も残すところ一週間となって来た。

修養科生のお世話を通して、親神様・教祖が私たちの心を済ますために、あの手この手とお導き下さっていると実感している。

それが実感できる修養科は本当に素晴らしいと思う。

教祖は「こうきを作れ」と仰った。
こうきを作るように心がけたいと思う。
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喧嘩と地震からふと思いついて、『いんねんの理合い』

2013年04月13日 18時00分12秒 | 思った事
昨日、教会の月次祭を終えて、夜詰所に帰って来た。

うちでは、子供たちを月次祭に休ませてつとめさせている。
しかし、子供達は私たちの性分そのままに、いやいやおつとめに出ている。
(おつとめの人数が足らず、子供たちが出てくれて16人がようやく揃う)

「いやいや勤めさせるならば、学校へ行かせた方が」と言われる方もあるだろう。
このようにした経緯があるのだが、今回は割愛する。

いやいやつとめる子供達、気分の良い時は自ら進んで出るのだが、気分が乗らないとなかなか動かない。
始めの頃は何とかして出そうとしたが、ある時から数度言っても聞かなければ、無理に出さずに下の子を見るように言いつけておつとめに掛かるようにした。

そうした中、中学生になるとそれなりに前後半すべて出てくれるようになる。
ところが昨日はどうしたことか、中学生の次男が後半下りになかなか出ようとしなかった。
それを見て、大学生の長男が強引に出そうとしてけんかのようになった。
長男が自ら何とかおつとめに出るようにと世話を焼く事はなかった。
しかし、私の子供なのでうまくおだててという事は出来ないので、喧嘩状態になったのである。
私の性分が出たなぁと、心で詫びながら二人の間に入る。
何とか治まり、次男もおつとめに出た。

会長の挨拶をする時には、騒々しい様になった事を、皆さま方にお詫びを申し上げた。
一番末の子がいつも騒がしいので、お詫び申し上げる事は度々なのだが、今回のように大きな子供の事でお詫びするのは初めてで、これからが難しいなぁ。心して通らせて頂かねばと思った。

そして、今朝地震があった。
震度6弱と知った時には、阪神大震災と同じ被害が出ているのでは?と思った。
しかし、それほど大変な被害にはならなかったようで安心した。

今日は昼から部屋で修養科修了生の祭文の手直しのあと、高井猶久先生の『いんねんの理合い』を読みかけてふと、この本の紹介をしたいと思った。

以下一部分を抜粋する。

【ふしにあたっての思案】p28~30
 この道を信仰する私たちお互いは、親神様のご守護を求めて信仰しているのであります。言い換えれば、身上や事情など、煩わしいことがないように、お互いに仲良く元気に日々を送り、人生を楽しく過ごさせてもらいたいということを願って、信仰しているはずであります。神様のご守護を願うからには、やはり、ご守護を頂けるように、日々に自らが勤めねばならんことは、当たり前のことであります。
 私は、この道を信仰しておられる方々というのは、他の宗教を信仰しておられる方々に比べますと、非常に熱心だと思っております。みなさん真面目にコツコツと、熱心に信仰生活を続けて下さっておられる方が多い。しかしながら、反面、お道を信仰している多くの人たちは、教理の勉強不足が多いのではないかと思われるのであります。たとえば、身上や事情が我が身の上に起こってきますと、「悪いことをした覚えもないのに、なんで自分がこんなことになったんだろう」「人様に迷惑もかけず、真面目に人生を歩んでいるのに、なぜ自分がこんな苦労をせにゃならんのか」と思って心を倒し、不足をしてしまい勝ちであります。
 私たち道の者は、身上や事情、その他いろいろなふしを頂いたとき、信仰の上からの理の思案というものがなければなりません。ところが誠に失礼な言い草ではありますけれども、道の教理をきちっと勉強していないことが多いが故に、なぜそうしたふしを見せられるのかがわからない、といったことになってしまうのであります。そうしたわけが分からないことを、世間一般では、運命だとか宿命だとか、悪い星の下に生まれたんだとか思い込み、そして、自分の智恵や力ではどうにもならず、逃げることもできず、ただ諦めていることが多々あるのです。かといって、辛いことは辛いし、苦しいことは苦しいのであります。諦めるに諦め切れず、辛い苦しいが故に、またほこりにほこりを積み重ねてしまうということにも、なってしまいやすいんです。
 そういった人間に理解しがたいことを「成ってくる理」、「いんねんのあらわれ」とお教え頂いているのであります。


【説けなかった正しい教理】p31~37
 ところが、このいんねんというものも、お道を長い年限お通り頂いている方でも、ともすれば「いんねん」という言葉を、世間一般でいうところの「運命」と同じようなニュアンス(感覚・意味)で使っている。ですから、そうした身上や事情を頂いて、それがなかなか解決し切れないときには、「うちは因縁が悪いんや」とか「うちは徳が無いんや」というて、座り込んでしまうことがよくあるのであります。そして、そういうところへ、今度は「たんのう」という言葉を持ってくるんです。たんのうとは、十分に満足する、あるいは喜ぶということですね。ところが、この「たんのう」という言葉を、「辛抱」という言葉に置き換えてしまって、知らず識らずのうちに、辛抱あるいは、我慢と同じようなニュアンスで、「たんのうせんならん」と言うてしまう。言うた人も言われた本人も、そう思い込んでしまっている。そしてまた、いんねんを切るという上から、「いんねんを切らせて頂きましょう」「さあ、おつくしをさせて頂きなさい」と言うことが誤解されて、「金が要る」といった世間での悪評になっていくんです。そんな悪評にまどわされて、この道からはなれていく人もないとはいえません。
 天理教の根本教理というものは、教祖ご在世当時から、政府の弾圧を受けて来ましたので、教理を堂々と表に出せませんでした。教理を誰はばかることなく表に出して、説けるようになったのは、太平洋戦争が終わった昭和二十年以降なのです。それまで初代の先生方たちは、教祖からお聴かせ頂いたお話を、次の世代の人たちに伝え、それを聴いた人たちが、また次の代の人へ伝えていく……というように、いわゆる口伝えで、今日に及んでいることが多いのであります。そうして口から口へと伝わってきたその過程に、おたすけをした人たちのおたすけ話、さとり話といった話と共に、肝心なことが説き忘れられたり、あるいは、ちょっと方向が違った解釈がなされて、それがそのまま伝えられたり、取り違いというようなことも、ないとはいえない。それが今日に至るまで尾を引いていることもあるのであります。とくにこのいんねんの教理というものに関して、あるいは、おつくしに関して、世間一般から誤解され、その後遺症が未だに残っているのであります。
 信仰をさせて頂きながら、何か悪いことが起こると、すぐに「いんねんだから仕方ないんや」と思い込んで座り込んでしまっている人も案外多いのであります。
 このいんねんというのはいったい、どういうものなのでしょうか。お道を信仰する者にとりましては、昔から「いんねんの自覚が大事である」といわれているように、このいんねんということが分からなければ、さんげのしようもなければ、お詫びのしようもない。ひのきしんの意味も分からん、おつくしの意味も分からんということになるのであります。
 現在、信仰しておられる大勢の方々の中には、これまた失礼な言い方ではありますが、もう一つわけが分からないまま、信仰しておられる方もおられると思うのであります。しかし、お道を信仰していらっしゃる方々というのは、教えられたように熱心につとめておられるのです。
 上級なり、会長さんからおつくしの話があれば、お供えをする。ひのきしんに来るように言われれば、仕事が忙しい中でも、時間を作ってひのきしんにも出てくる。その結果、勤めたら勤めただけ、それなりの神様のお働きを頂きますから、信者さんたちは、それぞれに、神様のご守護というものを、身体で感じておられるのであります。神様のありがたさも十分味わっておられるのであります。
 ところが勉強不足の結果、なかなかそこから先へ進まない。ましてや「さあ、においがけだ、おたすけだ」といわれても、他人に向かって道を説くとなれば、いい加減なことは説けない。また自信もないといったことで、人様にお話ができないということになってしまうのであります。
 とくに身上や事情で苦しむ人たちというのは、大なり小なり皆それぞれに、「なんで自分がこんなことになるのか」と、わけがよく分からずにいる。それが一般世間だけならまだしも、お道を通っている人でも、「一生懸命に信仰しているのに、次から次へと不幸に見舞われる。そうかと思えば、いい加減なことをしていても、結構うまいことやっている人たちもいる。いったい神様はどこを見ておられるのやろうか」「見抜き見透しと仰るけれども、神様ってほんとうにあるのかわからん」というような気持ちさえ湧いてくるのであります。
 そうしたときに「いんねんが悪いんや」とか「これもいんねん、あれもいんねんや。いんねんを納消しなさい」とか、言うてしまうから、「もうこれはかなわん」と、思ってしまうのであります。
 私たちは、こうしてお道を信仰させて頂く限り、「成ってくる理を思案せよ」とお教え下さっているように、日々わが身わが家に成ってくる姿、与わってくる姿に対する、理の思案というものができなければならないのであります。そこで今日は、いんねんということについて、少し詳しくお話しさせて頂きたいと思うのであります。

以上
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教養掛中に自教会の月次祭に帰ることから・・・。

2013年04月11日 04時01分07秒 | 思った事
今日は、修養科生を送って行き、そのまま第2専修科生の集まりに参加。その後名古屋へ。
明日自教会の月次祭を終えておぢばへ戻る予定。

数年前から自教会の月次祭に帰ることになった。それまでは、帰れない事になっていた。

月次祭に帰れないことで、教会の留守を預かる人々が変わって下さった。
また今、月次祭に帰る事で、詰所で私の代わりをして下さる方の修練の時となり、私はおぢばの様子、おぢばでのお働きを伝える事が出来る。ありがたい。

自教会の月次祭に帰れても結構。帰れなくても結構。

「御用を真正面から受けて通る中に、教祖の不思議なお働きがある」と先人の先生の話を聞いた。
聞いていた時は半信半疑だったが、やってみたら成程と得心をしている。

今日も一日、全てのお与えを喜んで通りたい。
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天理医療大学入学式

2013年04月04日 07時15分38秒 | 思った事
昨日、天理医療大学の入学式にした。

娘が無事に入れて頂き、気にはなっていたが、教養掛で出席出来ないとはじめから思い込んでいた。

前日の夜、私の母親から「明日入学式だよね。時間があるのならば、行きなさい。折角おぢばにいるのだから・・・」と電話が入った。
こんな電話が母親から来るのは珍しい。
はじめから、行けないと思っていたので、時間も場所も聞いていないので、早速娘に連絡を取ると、式だけには何とか行けそうな事が分かり、出席をした次第である。

天理看護学校から医療大学へと変わった事は知っていたが、その雰囲気を初めて味あわせてもらい、お道と世間の中間の存在という感じを受けた。

私自身が、色々な病気で、入院を何度もして「医者も薬も修理肥」と聞かせて頂く言葉をすごく実感している。そして巡りあった看護師さんの態度から、看護の心の素晴らしさも感じてきた。

諭達にある「人を思い、寄り添う心」この心をどうか持って、技術を習得してもらいたいと思った。

「かしもの・かりもの」が分かってくれればもっとありがたい。
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教養掛にて

2013年04月01日 17時23分34秒 | 思った事
先月の25日から教養掛で詰所にいる。

昨日3月31日に、ガンで寝たきりになり、治療方法も無く8ヶ月おぢばで、2度の修養科生活を送られた方が、車椅子に乗って地元へ帰られた。

出発する朝、おぢばへ来て初めて朝づとめに参拝出来た。

本人が望まれたスッキリとした御守護の姿ではない。しかし、心に明るさが生まれて、笑顔で出発をされた。

本当におぢばは不思議なところ。
ありがたいところである。

後に残ったものは、心にポッカリ穴が空いたようで、昨日一日ボーっとしていた。
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