ブログあつたかい

しんちつが神の心にかなハねば いかほど心つくしたるとも (12-134)

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丸々たすける事は出来なくても・・・

2011年06月30日 13時13分21秒 | 思った事
26日夜。同窓会が行われました。
とてもとても楽しいひと時を過ごせました。
今回は被災地で頑張っている者を励まそうと企画した同窓会です。

私たちの同窓会には名前がついています。「葡萄会」と・・・
50名ほどいるうちの半分ほどが集まりました。

みんな良い年になり、教内・教外問わずそれなりの立場の人もあります。
また職人としての腕を持つ人もあります。
そうした人々が平等になれて、心許せ、お互いに心配し合える会、そんな気がしました。

私自身が不治の病といわれるものになって、一つ間違えば死ぬ事もありえる手術を受け、その中で一番感じたのは、心・心配をしてくれる心であります。
「どうだ?」と心配して顔を見に来てくれるだけで、気持ちが前に向くのです。
そして心許せる人と話をすると気持ちが落ち着くのです。

十数年前、大きな負債を抱えて自殺を考えた同級生がありました。
その者のためにと、親しかった同級生が皆にカンパの声を掛けました。
負債を全額返せる金額は到底あつまりません。しかし彼はすべてを投げ打って、マイナスからまた始めました。
その彼と今回話をして「まだ借金はある。しかしあの時皆が心寄せてくれたから今、ようやく纏まった仕事ももらえるようにまでなった」と言っていました。

また別の人と、災救隊について話をしました。
災救隊はとても難しい。「やりすぎてもいけないし、やらなくてもいけない」との事でした。
「やってもらってありがたい。がんばろう!」の間は良いけれども、「活動をするうちに、自分たちでやれるのに、やってもらえないのか?」といういらぬ不足を与える可能性もある。だから引き際がとても大切。
それで何回も失敗をした。と聞かせてもらいました。
何だか、「物を与えすぎても、与えなくてもいけない。」「しからなくても、しかってもいけない。」と言われる子育てと同じように思いました。
今の日本は、東日本だけではなく、南は大雨での被害もあるそうです。
本当の助かりとは?また本当の救けとは?と考えながら、それぞれにその時に応じた、適材適所の働きをさせて頂く事が大切な気がしました。

自分の心のほこり、性分に惑わされず、今現在、親神様・教祖の求められる真のおたすけ・行いが出来ますように!!
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明日は、おぢばへ(^^)

2011年06月25日 19時44分24秒 | 思った事
明日はおぢばへ行かせて頂きます。

2ヶ月ぶりのおぢばです~~。

先の投稿で、コメントのやり取りをさせて頂いてとても勉強になりました。

教会や法人の事について、漠然としていた考えがしっかりと固まった感じがしました。

また、「こどもかわいいゆえ、25年の寿命を縮めて」と、世界助けに出られた親神様・教祖様の親心をすごく思わせて頂く事も出来ました。

最近はありませんが、今の教会に這入った頃、一寸した事でもすぐにおぢばへ走った事をなつかしく思います。

本当に深い悪いんねんの私でも、大難は小難にとして日々お連れ通り頂ける事に感謝の限りであります。

もう一つの楽しみは、同級生に会える事です。被災地の同級生を囲んでの同級会です。

また何か楽しいことが起こるような~~~(^^)そんな気がしています。
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将来を思い描けているかなぁ

2011年06月14日 23時43分02秒 | 思った事
昨日から、12下り目のお歌が気になってました。
一ッ いちにだいくのうかゞひに
   なにかのこともまかせおく
そして、
十ド このたびいちれつに
   だいくのにんもそろひきた

そして今日、国会中継を聞きながら、私たちは自分たちの将来について、具体的に思い描けているだろうか?と思いました。

「心どおりの守護」と聞かせてもらっているのです。
これは、「心で思い描くようになって来る」ともいえると思います。

お道をはじめて、親神様は道具衆を集めて、おつとめをする事を計画されました。
しかし、その思惑は人間の成人がまだまだ届かぬために成就されず、このままでは、道は遅れるとして、応法の道として教会を許されて、現在に至っています。

なぜこんな事を書くかと言うと、この「教会」という事は、人間が思い描いた形で、人間からお許しを願ったものだからです。
この教会・教会制度についても「矢来をしたようなもの」とおさしづに示されて、矢来も破損するといわれています。

明治の頃、教会として公認されても、政府より弾圧をされました。
教祖のご在世当時、公認されずに、弾圧されたと同じようにです。
そしてその時のおさしづでは、「はいはい」と言っておけ。「はいはいより這い上がる道はない」として、言われるままに教えを隠す事になって行ったのであります。
教えを曲げる事はされませんずに、表から隠したのです。
「元の理」の話も隠しました。みかぐらうたも止められる下りを隠しました。

だから見方によっては2重構造となって、教えを聞くものの中にも様々な事情もありました。

上に神の存在、思いを伝えたい。神の思惑を示したい。
そして真に陽気ぐらしが出来る人間に育てたい。陽気ぐらしをさせたいというのが、元の神様の思いです。
この思いはずっと変わりません。

終戦となって、神様のお言葉は全て出される事になりました。
しかし、信仰の自由がうたわれても、物が豊かになり、自分の思うように出来るようになればなるほど、人々の心から神様はどんどん失われてしまって、今日に至っているように思えてなりません。

物がどれだけ豊かになっても、体がどれだけ自由に使えるようになっても、陽気ぐらしできない人は出来ないのです。
病院に精神科、また心療内科なるものが発達して、自分の心がままならない事が、ようやく分かりかけてきた近頃だと思っています。

人間の知恵が発達して、真似がどんどん出来るようになっています。
真似ができるということは、中身・本心は違うという事にもなりかねないのです。
人をだますために、善人の真似をする事もあるのです。
こうした悪人を見抜くこうとしたら、それこそ大変な事だと思います。
そしてこの先を心配したら、切りはないと思います。それこそ、人間不信となり精神の病に確実になることでしょう。

そんな中、神様の働きを知れば、感じる事が出来れば、その不安は無くなります。
不安になる種を心に持っている人でも、それを払いながら通る事が出来るのです。

神様の働きを知るのは、技を身につけるのと同じで、行うことです。
技も一日二日で身に付くものではありません。何日も何年も掛かるものです。

神様を身近に感じて歩める「にほん」のものになりたい。
その「にほん」のちがどこかに出来れば・・・。と思います。
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被災地へ直接行けないけれど・・・。

2011年06月13日 22時08分59秒 | 災害救援
道友社のスタッフノートに災救隊の活動日報が掲載されるようになったようです。
http://www.doyusha.jp/doyu/blog/

「現地リポート16 気仙沼市下沢地区自治会より感謝状」2011年06月08日 09:04
にて、下記のように紹介されました。(以下転載)

言うまでもありませんが、災救隊のスタッフは感謝の言葉を求めて出動しているわけではありません。
しかし、こうした場面で、あらためて人たすけの機会を頂いていること自体に喜びを感じたと振り返っています。

「救援活動をやらせていただいた」「被災地へ行かせていただいた」など、口から出る言葉は皆、謙虚です。そうした姿勢で臨む隊員たちと被災地の住民の交流はあちこちで生まれています。

「天理時報」6月5日号では、「被災地で生まれた心温まるエピソード」をまとめて記事にしました。
【天理時報6月5日号6面PDF】

震災からもうじき、3カ月が経とうとしています。

この「道友社スタッフノート」では、こうした救援活動を少しでも多くの人に知っていただこうと、災救隊の協力のもと、活動日報を紹介することになりました。

表に出ることのない隊員一人ひとりの真実誠に目を向けていただく一助になればと願っています。
こちらのほうも、ぜひご覧ください。


とても素晴らしい事だと思います。

災救隊の出動予定、また災救隊を準備する各教区の苦労なども取材して示してもらえたらもっと良いのでは~~。
なんて、ちょっと思ってしまいました。

テレビ報道では、義援金や救援を語っての詐欺報道が次々とされています。
これまでに、物資などを預かって運びましたが、人々の真実を預かる事の重さをひしひしと感じました。
ですから、私はお礼の思いを込めて報告書を作りました。そして協力して下さった方々へ発送させてもらいました。
そして皆さんから喜びの声を聞かせてもらいとても嬉しく思いました。

道友社の皆さん。頑張ってください。

今一度、足を運ばせてもらいたいと願うばかりです。
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人助けって?

2011年06月13日 09時47分33秒 | 思った事
『信者の栞』の中に、「誠真実というは、ただ、正直にして、自分が慎んでいれば、それでよい、というわけのものじゃありません。誠の理を、日々に働かしていくという、働きがなくては、真実とは申せません。そこで、たすけ一条とも、聞かせられます。……はらだちがほこりなれば、人に腹立たせるよいうな言葉を使わんよう、……こうまんの心ではなくとも、人にはずかしめられたり、ふみつけられたりして、何とも思わぬものはありますまい。……」と示されています。

「八つの埃」の話の後にこの話が出てきます。
八つの埃の話で、自らのほこりの心に気がついたら、次は人に対する心の使い方を、親神様は順序を立てて示してくださっているように感じます。

そんな風に思うと親神様の「人を助けて我が身救かる」と言うのは、ただ物を上げたりや手伝い、はたまたおたすけと称して身上願いをするなどの「行い」よりももっと深い、その「行い」をするための「心づかい」が大切な事のように思えてきました。

中山みき様に親神様が入り込まれて、教祖としてされた、物を施すという行いがありますが、この行いにしても、これみよがしに物を上げるという事ではなく、わざわざ落として「これあなたの物では?」として施されたという話を聞いたことがあります。また物乞いに来た人には、やさしく労われて、乳飲み子には自らの乳をも上げられたとも聞いています。

「ひながたをたどれ」とお導き下さる親神様のお言葉を実行するに当たり、施す事一つにしても、その人その人の心にあった対応の仕方、心遣いまでも親神様は我々に求めておられるように思います。

そんな心遣いが自然と出来るように、コツコツと歩みたいものと思います。
先が見えぬ中を進めている瓦礫片付けのように……。
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月次祭を終えて

2011年06月12日 22時40分33秒 | 思った事
曇り空の中、無事に6月月次祭を終えさせて頂いた。
今月の祭典後の私の話は、何と言っても御守護を頂いた話である。
会報にはCTの写真にコメントを書き込んで載せて、皆さんにそれを見てもらいながら説明をした。

信者さんの中には、「無理して被災地へ行くから…。被災地へ行かなくてもこっちでやれることをしたら。」と言って下さる方もある。
ただ単に、身上になる事を悪く思えばそういう考えもあるだろう。
しかし、今回の身上は、被災地へ行ったからではない。反対に被災地へ行けた事自体が、私にとってはとても考えられない親神様の特別なお働き、ご守護を頂いての事である。
なぜなら、被災地へ出向く前まで、教会にいてもおさづけを願って日々を過ごしている者が、被災地へ行かせて頂いている間、一度もおさづけを願う事無く過ごす事が出来たからである。

今回の入院は、先のブログでは書かなかったが、親神様の存在をしっかりと得心し、人に伝えるための「こうき」を作るための入院だったように、今日話をしていて確信をした。

大震災の後も、大雨大風が続いている。
さらには、幼い子供を親が殺害するニュースが続いている。

まだまだ親神様のざねんは晴れていないのか?と思ってしまう。

今回の会報の挨拶には、愛知大教会の草分けの親としている二代会長 橋本伊平先生が入信するきっかけとなった、眼病をたすけてもらう時の話を書いた。

身上を助けてもらいたいと願って行った時に真っ先に言われた言葉、
「この神様はな、たすけ一条というて心次第によって助けてやろうという元の神様、実の神様だから、心次第によって助かる者と助からない者とが出来てくる。真に助けてもらいたいという気なら、これから説く話を心正しくしてようく聞きなされ」
の、「真に助けてもらいたいという気ならば…」
これがとても大切な事で、信仰の初代で入信された方々は、この気持ちがあって、神様の話を聞いて、自らの心を懺悔して、心定めて不思議なご守護を頂かれたのである。

ところが、我々二代三代となるものは、こうした懺悔や心定め無しに信仰をしている場合が多い。そんな我々はしっかりと初代が聞いた話を今一度心にして、「真に助けてもらいたいという気ならば…」と自信を持って話せるようになりたいもの。とした。

親神様は、自分自身から「あると言えばある。無いと言えば無い。」と言われている存在であるが、私はあると確信して、今回また不思議なご守護を頂いた。
また、親神様を中心に思案すると良いようになってくるようにも感じている。

親神様を信じる人が増えますように~~(^^)

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支部例会

2011年06月07日 23時53分17秒 | 思った事
今日は昼から支部の例会に出かけた。
その後の会報つくりにも参加して、これまた無事に終えることが出来た。

会報を作りながら、入院して感じたことなどを話し、親神様のお働きをより一層感じさせて頂く事が出来た。

本当にありがたい限りである。
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NHKの特集を見て・・・

2011年06月06日 09時12分58秒 | 原発事故
フェイスブックの投稿記事
NHK
5日の夜は今回の原発事故についていっしょに考えてみませんか。

まず、5日(日)総合テレビ 午後9:00~10:00 NHKスペシャル シリーズ 原発危機 第1回「事故はなぜ深刻化したのか」いまだに危機的な状況が続く福島第一原発事故。事態はどの様に深刻化し、その時官邸、東京電力、専門家はどう動いたのか、徹底検証します。

そして午後10:00~10:30 Eテレ(教育テレビ)で大きな反響を呼んだ番組の続報、ETV特集「続報 放射能汚染地図」をお送りします。原発から1キロ地点で採取した土壌にプルトニウムは含まれていたのか、そしてさらに範囲を広げた汚染測定結果をお伝えします。

さらに午後10:30~はETV特集 第2部「暗黒のかなたの光明」を放送します。梅棹忠夫の幻の書「人類の未来」の資料を元に作家荒俣宏さんが文明の行く末を考えます。私たちの文明世界の価値観がゆらいでいる今、ぜひいっしょにご覧ください。


を見て、この3篇を見た。

【原発危機 第1回「事故はなぜ深刻化したのか」】では「200人余りの方にインタビューをして纏め上げたもの」と、冒頭で紹介されていたのがすごく印象的で、様々な人が初めての体験で右往左往した中で、よくこれだけの事で済んで今日へとつながっていると思った。
専門家で決定すべき権限のある人々が、思考停止してしまって、最優先されるべき人々の安全を忘れてしまった様がとても感じられた。
先に「チェルノブイリ事故25年」としてNHKが再放送したものを見て、今回の番組を見たのだが、隣で起きた事を我が事として、対策を考えていない。自分中心の考え方が露呈しているように思えた。

先日、椎間板ヘルニアで入院して、不思議と痛みを止めてもらい、こうしてブログも書けるようになったが、病床で思えたことは、本当に我がの力では及びもしない、身上の人に合わせて頂き、少しでも良くなってもらいたいとおたすけを願い、お世話取りをさせて頂いてきた経験があって思えることばかりで、それで色々な思案をさせて頂く事が出来、皆さんの心を頂いてご守護頂く道を歩ませて頂けたと思っている。

「人たすけたら我が身たすかる」とのお言葉、正しくと思う。

第2編の【ETV特集「続報 放射能汚染地図」】で動かれている人々は、チェルノブイリへも何度も足を運び、地道に研究をされてきた方が、それの研究に基づいて初動から動いた功績が、今人々に正確な新しい情報をとして認められようとしていると思った。

「人たすけたら我が身たすかる」という言葉、その日人をたすけて次の日に自分がたすかるという事では決して無い。
この行動を起こす元には心が無ければ出来ない事である。
またこの心「続くが誠」「続いてこそ道」という言葉があるが、人の事を思って、我が事を二の次として色々な苦労の中でも勤め続けていくその心によって、いずれ実を結び、人から称えられる事につながる一つの筋道だと思う。
この緊急時に二世・三世の国会議員が不祥事を起こして・・・。という話題があり、今日のニュースで医者が先代の医者を殺すという話題があった。求めている物の違いを感じてならない。
「知恵も神様が授けて下さるもの」と教えて頂く。発明する人々がひらめく事、また人々を導く方が悟る事、これらはその人々の心魂功績を神様が見定めて、与えて下さるといえる。ひらめいて発明したり、悟る本人はである。
しかし発明や悟りを受け継ぐ人々はどうか、これがとても大切で、今求められている事のような気がする。
表面的な物の便利さ、豊かさまたは利益だけにしか心向かず、今回の大震災そして大事故と見せられているようにも感じる。

先のブログで、「こうき」について書いた。
「こうき」は、道を歩むようぼくに、自らがひながたを歩んで、神様の働きを体感して、人々に自信を持って伝えられる物を作れ、と求められているものと私は考えているが、これを世間の事柄にあわせると、「自ら歩んで確信をもって人に伝えられるもの」と言い換える事が出来るかと思う。
ただ知識だけで判断するのではなく、実際に歩みまたは、実際に当事者に会って、自らが感じることの大切さ、その感じた事を台として次への歩みを進めて行く事がとても大切な事だとも思っている。そしてその中には、人の意見を素直に聞くこと、自分の意見を素直に言う事、それが出来る心がこれまた大切な事だとも思っている。

この自ら現場を見て知識を得ることの重要性を示していたのが、3編目の【ETV特集第2部「暗黒のかなたの光明」】に登場する梅棹忠夫氏である。
この人については、第二専修科の時、民俗学についての講義を受けた時に知り、フィールドワークの宿題を貰って、調べに歩いた事で覚えている。
この番組を見て、今の文明思想(科学は業)では太刀打ちできない事態に来ている事を既に予言しており、これを打破するためには一般民衆の思想の切り替えが大切であると考えていたようである。
正しく民衆の思想転換が重要なキーワードだと私も思っている。主役は民衆。

業という言葉は、神様の言葉ですれば、癖性分「八つのほこり」の中で、よく・こうまんに値するものだと思っている。
さらには、自らの心・性分について全く感知せず、他を責め、他を滅ぼすものにつながっているようにも感じている。

民主主義という思想。これは民衆の心次第という事と思う。
その民衆が選んだリーダーを「無能だから・・・」とこき下ろす。これは選ぶ者が自らを無能だと認めていることと同じではないだろうか?と思ってしまう。
人や社会を自分の思い通りにしたいから選挙に出る。当選するためには支持表を貰うためにどんな事でもする、当選したらいう言葉が変わるなどの事を見聞きすると、当選が目的でその先の事は2の次。良い大学に入ることが目的で、その後の事を考えていないのと同じような気がしてならない。
こんな人ばかりではないのは、先の原発が事故を起こした初動から動いた人々を見ても明らかなのだが、それはまだまだ僅かな人々で、自らの心を思い、他人の心を思い(神様・自然の事も含めて)実動する民衆が増える事。今はその一つの段階のようにも感じられる。

原発の事故、これは日本と神様との戦争なのかも知れない。
戦争という言葉は過激すぎるかもしれないが、原子力が発見されてから今日まで、もっと言えばチェルノブイリ事故が起こってから4半世紀が経つのに、他の事では丸で違った進歩があるのに、放射性廃棄物を安全に処理できる知恵を授けてもらえない。

原子力の原子は、全ての元である事を思うとき、人間の根本をしっかりと学び思案して、それぞれの心に刻み付ける時のようにも思える。
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闘病記(不思議な神様のお働き)画像追加

2011年06月01日 04時18分03秒 | 思った事
退院してから早くも5日がたった。(29日に書き始めた)
頭のふらつきもほとんど無く、CPの前にも大分座っておれる様になった。
しかし、歩く事に関してはまだまだ、20分ほど散歩するのがやっと、それでも、退院の日から比べたらずっと良くなっている。

今回の腰の痛みは、5月5日唐桑で最後の片付けで、発電機をトラックから下ろした時に「ビッキ!」と痛めたのが発端のようだ。しかし、この時の痛みはシップを貼ってドンドン良くなっていた。

それが、月次祭前日11日、準備をほぼ終えた頃、腰の痛みが激しくなり、何とか月次祭はつとめ終えれたものの芳しくない。
市民の胃がん検診にも引っ掛かって、昨年の10月に保健所から精密検査をするようにとの手紙を貰っていたが、色々と忙しくてそのままにしていたので、それを尋ねるようにとの思召か?と、市民検診をしたクリニックに、検査結果と腰の痛みを見てもらうことにした。そこで14日クリニックへ受診し、痛み止めをもらい、20日に胃カメラの予約をした。

横になると痛みは和らぐので、横になりながら東北へ出かけた報告書を作成していた。

16日の夜中(17日早朝)足がとても痛んだ。しかしおさづけをして頂くと治まった。
報告書が後一歩となった時、婦人会の冊子を作らなければならないので、それに取り掛かった(横になりながら)が、痛みが出て落ち着いてタイピングする事が出来ない。
そんな中、東北の報告書の最終の原稿が届く、「作れるだろうか?」と思いながらやり始める。何とかできる。
そして後印刷、発送を残すのみとなった。明日にしようと思って寝る。

17日の深夜(18日午前1時過ぎ)左足が痛み出す。おさづけをしてもらっても、その時だけは治まり寝るのだが、5分と持たないようで気がつくと1時間に三回おさづけを取り次いでもらっていた。
「どうしようか?」と思案する中に、咳が出る。ひょっとして手術か?と思いがめぐり、首を手術した病院へ連絡をとり、夜間救急へ入る。

18日診察の結果、入院する事に決まり、MRI・CTでの診断は、椎間板ヘルニア。
左足の神経が圧迫されて、その神経自体が画像に表れていない。右足の神経は丸く写っている。(下の左の写真)





画像を見て納得である。神経を圧迫しているので、座る事も立つことも激痛が襲うため出来ない。
かろうじて寝返りが出来る程度。寝ていても常に左足にはうずく痛みがあり、座薬で何とか抑えられる事が出来た。
これに対する治療法は、まず椎間板へのブロック注射。それが利かなければ、神経根へのブロック注射。それでもだめならば、椎間板を削除する手術との事だった。

ベッドでは真上を見て寝ていれば、激しい痛みは回避できるので、座薬で何とか過ごす事が出来たものの、19日にはその座薬も利く時間が短くなってくる。「この状態で20日、23日と検査の日までいるのか?」と思うと、とても居たたまれなくなった。
そんな中、一度もトイレにいっていないことから、看護師さんから痛み止めを打ってトイレへ行く事を促される。早速してもらうと、一時的に座る事が出来る。動けることのありがたみを感じてトイレに駆け込む。しかし、ものの2分も座っている事ができない。ましてや力むと左足首が痛み出す。慌ててベッドに戻り、痛みが鎮まるのを待つ。
これをトイレに行くたびに繰り返した。そのためか、真上を向いて寝ても左足首の痛みが治まらない状態になってしまった。
昼間は余り気にならない痛みも、夜になるととても気になる。
痛み止めの効力が無くなり、次の痛み止めを打つまでの数時間、痛みと戦うのがとても大変である。

この痛みを感じる間様々な事を考えた。
これまで癌の方々を見舞ってきたが、あの方々の痛みを取って頂くようにと、もっと真剣にお願いをさせてもらったら・・・とお詫びを申し上げた。
またテレビの時代劇によくある、牢屋での仕置きの状況が思い浮び、「前生では悪人と言われる人を痛めつけたりしたのだろうなぁ。」いんねんならば通らにゃならん。通して果たさせて頂いている。と思ってお詫びしたりである。

そうした中、おさづけをして頂くと不思議と腰から足への神経が痛むのを感じた。はじめは「何で痛くなるの?」と不安を思った。
しかし、入院している方には足が動かなくなって緊急手術をされた方がある。私も足に力が入らなくなったら即手術となる。
痛みをこらえる時には、「いっそのこと足が動かなくなれば、即手術でこの痛みから逃れられるのに・・・。」と何度も思った。
けれどもよく考えると、トイレに行って足に別の痛みが出る事は、いつ神経が切れてもおかしくない状態。
その状態もでしっかりと神経がつながり、おさづけで神経に痛みを感じるのは、親神様が深いいんねんの私でも、お守り下さっている証拠だ。と思えた。

20日昼、椎間板のブロック注射(WEBを調べると色々なブロック注射があるようだが、今回私が受けたのは、ヘルニア部位に直接ステロイド、と鎮痛剤を注射して椎間板の炎症を抑えるというもの)を終えると、足首の痛みは無くなっていた。嬉しかった。けれども座る事は出来ない。トイレに行きたくなった。痛み止めを打ってトイレに行くと、また足首の痛みがもどってしまった。

夕方、思案する中に、ベッドでは小便大便が出ないからと自分が思っているから、痛み止めを使ってトイレに行かなければならない。トイレに行くから症状を悪化させている。
自分が出来ないと思い込んでいる事が原因と思えて、これからはベッドで用をすると決めた。

深夜になると、徐々に胃のあたりに痛みを感じはじめた。胃ガンの市民検診で引っ掛かった事が気になり、「この胃で手術を受けれるのだろうか?」と心配になり、看護師さんに相談する。土日ということで、医者がいない。様子を見るしかない。胃の検診については、先生に連絡をしておくとの事。
不安を感じながら、段々痛みを増す腹を押さえて朝まで過ごす。朝方になって内科の看護師が訪れて腹を触ったところ「痛むのは胃ではなく、腸にガスが溜まっているから。」と教えてくれた。自分で腹をもみガスを出したところ、痛みが治まった。

21日は、痛みをこらえながら、腹を揉みつつ、尿瓶で用を足してすごした。
痛みのために2日ほど夜寝ていない。同室の人にも結構迷惑を掛けている。そこで、今夜は寝ようと痛み止めと睡眠薬を使う事に決めた。
夕方になり胸に何かが支えているような感じを覚えるようになった。看護師さんに伝えると心電図を取り医師に見せてくれた、異常なしとの事で一安心する。

予定通り11時に、痛み止めを打ち睡眠薬を飲む。いつの間にか寝ていた。ところが、午前2時過ぎ、苦しい夢を見て急に目が覚める。自分がどこにいるか分からない常態に気がつく。心を落ち着けてようやく、入院している事を自覚出来た。
そして背中や胸が痛む事が気になり、座りながらさすったりして身体を動かした、すると突然左足に激痛が走り始めた。
痛みで大汗(冷や汗)を書く中、慌てて看護師さんを呼び、更に強い痛み止めを打ってもらって、何とかしのぐ。
ところが強い痛み止めのせいか意識が朦朧として、息苦しさを覚えて不安になる。その時看護師さんの「ゆっくり息をして」という言葉と、「心臓には異常が無い」といわれた言葉を支えにして朝を迎えることが出来た。胸のつかる痛みは無くなっていた。

22日朝、主治医が見に来てくれた時に、「余りにも痛いので、早く手術をしてもらえないだろうか?」と尋ねたが、「何とかしてあげたいのは山々だけど、万全を期して手術を行うためにも、23日の神経ブロックの検査をしてから出ないと・・・。」と言われた。先生の「何とかしてあげたいが・・」との言葉を聞いて、「今日一日乗り越えれば・・・」と頑張る決心をする。

決意はするものの、痛み止めが切れてくると(一番強い痛みのところから徐々に痛みを感じ始めてくる)、すると痛みに対する恐怖心が湧き出して、痛み止めを欲しくなるのである。そして看護師さんに痛み止めを頼む。しかし、看護師さんからは「時間がまだ経っていないので、何とか我慢して下さい!」と返事が帰ってくる。

昨夜の強い痛み止めでの精神的な苦しさ。また座薬が効かないために、かぶせて痛み止めを打った時に見た苦しい夢を思い出して、何とか時間まで痛みをこらえる。これの繰り返しで朝まで過ごす。

夕食の時には、尿瓶で小便をする事が出来た。その後いくらしたくなっても、尿瓶に小便を出す事が出来なくなってしまった。
入院当初約半日余り、小便をせずに過ごした事を思い出し、そのままにしておいた。また胸につかえる痛みを感じ始めた。今日は何が起こるのだろうか?と不安がよぎる。
真夜中に膀胱に痛みを感じるために、管で小便を出してもらった。800ccあまりの小便が溜まっていた。尿を取ってもらうと少し痛みが和らぐ事も感じつつ、朝方も管で取ってもらう。「痛みで小便が出なくなることもあるけど、排尿に関する神経を痛めたのでは?」と看護師さんから心配する声を聞く。

夜中また考える。
画像の診断を見ると到底、出ている椎間板ヘルニアを切除しなければ痛みは治まらないと思える。
だから、私の頭では手術をする事が当然と思い込んでいる。
しかし18年前に、椎間板ヘルニアと診断されて、強烈な痛みに襲われた時、妻におさづけをしてもらい、自然と眠り、それ以来強烈な痛みを感じることなく今日まで来た事を思い出し、「親神様の不思議を再び見せて頂きたい」と願う事を忘れている。と思えた。

23日早朝、座薬を入れてもらい痛みが和らいでいるが、やはり小便は出ない。ところが朝食、ここ2日以上向いたままで食べていたものが、一寸横向きになっていても痛みが出ないことに気がつき、横向きで食事が出来た。食事を終えたあたりで、大便をもよおし無事に出る(ここ3日おならは出るものの、全く出ていないので下剤を飲んであった)。

9時過ぎ、先生の回診である。すでに座薬の効能は切れかけている。痛みをこらえながら回診を受ける。「今日のブロック注射頑張ってください。」との言葉をもらう。
座薬を使える時間になったが、「ブロック注射の効能が分からなくなるので、座薬は使わないで下さい」と看護師さんから言われる。
「薬をくれ~~!」と言いたい言葉を飲み込んで、意識を痛みから離そうと努力して堪える。すると不思議にも、左足は麻痺したように思えて、え!何とか耐えられそうな・・・。そんな様々な事を考えながら過ごす。

昼過ぎついに神経ブロック(これは、神経根に造影剤をいれて、神経の状態を確認するためのもので、その際ステロイドと痛み止めを注入するというもの)の時間となる。

この時期、研修医がいてその人たちが処置をする。ところが神経の位置に到達しない。やり直しとなり主治医に替わる。
研修医と違いすっと部位まで針が進む。しかし普通あるべきところに神経根が無いようで、探すのに手間取る。ようやく足に痺れが来て神経根に薬剤を注入する。治療直後、これまで20度くらいしか上がらなかった左足が、真上以上にあがるようになる。

病室に戻り、2時間ほど安静。途中で尿意を催したので、尿瓶でしてみる。出た!
看護師さんに連絡をすると、即座に心配をしてくれていた看護師さんに知らせ、喜びあう声が聞こえた。
看護師さんの心配してくれた心がしみじみと感じられて、とても嬉しかった。

更には便意まで催してきた。看護師さんを呼び車椅子でトイレに向う。痛み無く座る事が出来る。驚きである。
左の足首に痛みが出ることなく用を済ますことも出来た。
まさか!痛みがない。つい先ほどまで痛かったのに・・・・信じられない状態。

けれども、頭はふらつく、薬が頭をめぐっている感じが分かる。横になって治まるのを待つ。

夕方主治医が見に来てくれた。一寸痛みが戻りそうか感じがあったので、「痛みが出てきそうです」と話すと「安静にして」との言葉。そのまま静かにしていた。

夕食となって座ってみる、痺れはあるものの痛みは全く無い。「座って食事が出来る!」こんな嬉しい事はない。
けれども同じ病室で、神経ブロックまでしても、痛みがとれずに手術をされる方がある。その方を思うと複雑である。
また、画像から考えて、この後痛みが出ない保障はあるのだろうか?手術は?と不安がよぎり、看護師さんに「先生と話がしたい」と申し出た。

24日朝主治医が見に来て「もし痛みが出たらと不安になる気持ちも分かりますが、手術をして無理に体を痛める事は好ましくありません。もし痛みが出たならば、検査もしてありますのでその時はすぐに手術が出来ます。夕方来て、痛みがなければ明日退院です」と言われ、夕方になっても痛みは出ず、退院が決定した。

25日、先日の胃の痛みから消化器科へ受診を希望してあったので、退院が決定して急遽胃カメラを飲む事になった。結果、胃がん検診で引っ掛かった形跡すら見当たらず、全く異常が無いことが分かって、3時過ぎに退院した。

退院してから今日で一週間になる。(31日)ようやく身体もしっかりとして来た。

足には痺れもあり、歩く事はまだまだぎこちないが、お陰様で痛みは出ていない。

親神様教祖のお働きと共に、家族・信者・看護師・医師またその他多くの皆さん方のお心に感謝の限りである。
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