ブログあつたかい

しんちつが神の心にかなハねば いかほど心つくしたるとも (12-134)

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いよいよ だが・・・

2009年07月27日 22時47分55秒 | 思った事
いよいよ明日から こどもおぢばがえりの団体である。
何とか無事に、マイクロバスの運転、引率を行わせて頂きたいと願うばかりである。

しかし、それにもまして心配なのは、
各地の雨の様子である。
連日テレビで災害のニュースが流れている。
大難を小難に小難を無難にと、親神様のお働きを願うばかりである。

入院されていた方が、思いも寄らぬ速さで先日退院された。
そして、昨日今日と、身上の方のおばあさん、母親とお礼に来られて、お礼のおつとめをさせて頂いた。
とても嬉しかった。
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夏休みです。近況を・・・

2009年07月20日 10時18分25秒 | 思った事
ついに夏休みに入った。
例年よりも早く。

こどもおぢばがえりも間近になってきた。
今年はマイクロバス一杯の人数になりそうである。
ありがたいことである。
今年は団体の旗を新しくしたい。

昨日はずっとご無沙汰していた方に、おさづけを取次ぎに行かせて頂いた。
声が出ないので、何が言いたいのかほとんど分からない。
「読唇術が出来れば~~。一生懸命言ってくださるのに、申し訳ない。」とすごく思った。

真柱様の春の大祭講話がデータ化していない事が分かり、一昨日打ち込んだ。
そして今日は年頭幹部会の要旨を打ち込んだ。
私は、打ち込むことで、ようやく理解できる事を改めて感じた。

今月の会報は121号で「天理時報活用第1号」となった。

親神様のお話が皆に伝わるように、また伝えられるように、教えを求めたい。
更には、聞いていただける自分になれるように、自分自身の心をひながたに照らして日々を歩みたいと思う。
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月次祭終了

2009年07月12日 21時21分44秒 | 思った事
今月も無事に月次祭を終えさせて頂きました。

天理時報活用第一号の会報(121号)を作成することが出来ました。

月次祭後の参拝者も2ヶ月続いて夫婦で参拝して下さいました。

ありがとうございました。
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まいった~~^^;

2009年07月10日 21時01分50秒 | 思った事
数日前、ドラマを見ようとサイトを開いた。
すると外国語のメッセージが出て、それをクリックしたら何やらダウンロードが始まり、ドラマが見れるようになった。

ところが、それからPCを起動するたびに分けの分からないメッセージが頻繁に出るようになり、いつの間にやらwebの別のウインドウが開いていたり・・・・と思わぬ動きをするようになったしまった。
セキュリティーソフトを使っても、引っかからない。ついに思い立って、一年前の状態にリストアすることにして、昨日の夜から行っている。
今外付けハードのデフラグ中、これがすめば、ようやく完了する。

予定では今日、会報を作り上げるつもりでいたのだが、そういうわけで、全くできていない。
何とか・・・・しなくては~~~。


リストアで気がついたことが一つある。
それは、ホームページがずっとほったらかしになっている事である。
先日の支部例会で「大学生セミナー」のチラシを見て、「学生たちが気軽に調べられるサイトが出来れば・・・」と学担当時の思いを持ちながら作っていた事を思い出したところでもあった。

macからPCに移行して3年余りになり、更新するためにPC用のソフトは用意してあるのだが、昔のような根気も無くなっていて、ソフトすら一年前のリストア以後インストールしていなかった。

今回の身上によって、これまで読めなかった本を読ませて頂き、気がつくところも多くあるので、何とかホームページを更新したいと思った。

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力こぶ

2009年07月08日 07時49分53秒 | 思った事
昨日は支部の例会でありました。
順調に報告もでき、例会後の会報作成まで参加することが出来ました。

とても嬉しかったです。

今朝、お供えをしながら気がつきました。
手術後に出来なくなっていた力こぶが、少し復活していたのです。
リハビリとしてこれといった事もしていませんが、自然と元の身体に戻っている実感を味わう事が出来、これまた嬉しかったです。

天理時報の活用を先月の月次祭で発表しました。
今月の会報にそれに関することを掲載して、活用の一端にしたいと考えています。

なんとか、頑張れる身体をお与え頂きた~~い。です。

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そうですね~~。

2009年07月06日 07時42分43秒 | 思った事
ここ数日、色々と思うことが出てきて、ここへ「書こうかなぁ。」と思うのだが、うまく纏まらずに書き込めないでいる。

一寸だけ書いてみるが・・・

昔もらった本を読み、入力した。「おかきさげ」の内容について、「言わん言えんの理」について、その他諸々について色々と思案できた。

別席のお話は、傍聴してでも何度も聞かせて頂くことはできるが、仮席のお話はおさづけ拝戴時のみである。なぜ親神様はこのように決められたのだろうか?

親神様を信じる、信じないという世界がある。
また、信じる中にも
ただその場の病気のみたすけてくれれば良いという思い方もあり、日々の心を守ってもらいたいという世界もある。
さらには、
日々の心を我がの思うように使いたいという思い方もあり、神様の思いに添った使い方ができるようになりたいという世界もある。

全ては親神様の懐住まいであり、善も悪も親神様が支配されている。
その上でのそれぞれである。

陽気ぐらしとは・・・^^

訳の分からない文章で、読まれる方には申しわけありませんが・・・

全ては「かしもの・かりもの」であります。
しかし、この「かしもの・かりもの」それぞれの思案の仕方(上記のように)で感じ方が変ってきます。
自分の見方、思案の仕方を知る事も大変大切なことのように思います。
そうした自分を知るのは「八つのほこり」であります。
それぞれの身上・事情を台として・・・
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