ブログあつたかい

しんちつが神の心にかなハねば いかほど心つくしたるとも (12-134)

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ひのきしんデー・・・

2011年04月29日 22時12分41秒 | 原発事故
本日、全教一斉ひのきしんデーでした。
大勢の方と一緒に公園の落ち葉履き、ドロ上げをしました。

先日救援物資を届けて下さった方。昔、学生担当をしていた頃、学生だった人。その他、日頃会えない方々にお会いして、近況を聞かせて頂いたりしました。
中には、県から被災地へ行かれた方もあったりして・・・。
この日を定めてもらっている事のありがたさをかみ締めながら、楽しくお世話取りと作業をさせて頂きました。

そしていよいよ。2日から友人と共に、岩手、宮城へと陣中見舞いとボランティアひのきしんをしに、おぢばから出発できる事になりました。
自分に出来る、人の役に立ち次につながる何かを得たい。と思っています。
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一日一日、いんねんの中を・・・親神様は・・・

2011年04月21日 21時55分54秒 | 原発事故
先日の誕生祭の後、教会へ帰りに2件病院を回り、おさづけをさせて頂いて帰った。

一件は、人工呼吸器を取り付けておられる方、一件は胃がんの手術を終えた方である。

人工呼吸器の方は、段々と身体が動かなくなってきている。私の持病の将来の姿と思える。
しかし、この方の奥さんはうつ病が良くなって、家の事、仕事の事、またご主人の世話と忙しく動き回っておられる。その奥さんと病院で一緒になることが出来て、うつ病が良くなったきっかけを聞く事が出来た。
それは「自分でやらなきゃと思った時から変わることが出来た。」という事だった。
寝たきりのご主人が、教会に運び始めたのは、奥さんの病が元との事。それからとても長い月日がたって今である。親神様の不思議なお働きを感じている。

もう一人の胃がんの方に、手術後、胸の発作は?と尋ねたところ。
明るい顔で「ないよ。」と応えて下さった。
また、手術も順調で、昨日退院された。

私自身、先月の26日より腰が痛み、それの痛みが段々と下がって、今月の10日頃にはすっかり無くなった。この腰の痛みの中で「この痛みはいんねんの現われだ。このいんねんも親神様が薄くして下さり、日々を通らせて頂く事が出来ているんだ。」と思えたらドンドン痛みが下がって抜けていった。

親神様は心どおりの守護と教えて下さった。
本当にそうだと思う。

ところがこの心がままならない。思い込んだら。なかなか動かす事が出来ない。
「人が何事言おうとも神が見ている気を鎮め」というお言葉があるが、この言葉、一見すると「神様が見ているから、人のいう事は聞かなくても良い、自分の思うとおりに進め!」と言うように思える。しかし、よく読むと「気を鎮めよ」と言われているに過ぎない。
この「気を鎮める事」とても大切な事だと思う。

短気を起こさず、たんのうの心・辛抱の心で、新たな一歩を・・・・と思う。
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災救隊6月で・・・打ち切りか?(4月27日追記)

2011年04月20日 08時25分30秒 | 災害救援
災救隊6月で打ち切りか?と言う情報です。(4月27日追記)

http://blog.livedoor.jp/new_koitarou/

出動を希望する方。教区へ問い合わせて下さい。

他の教区に入って出動している方もあるようです。

(追記)
上記情報がありましたが、ソース元で「間違いであった」とのお詫びがあり削除されましたので追記いたします。
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誕生祭で

2011年04月19日 09時12分29秒 | 災害救援
昨日は教祖ご誕生祭。
一人で出かけた。
朝名古屋をたち、駐車場で救援の物資を託けてから神殿へ。
私一人だったので、誰に気兼ねせず。
真柱様の祭文奏上から喜びの広場までずっと神殿に居る事が出来た。

教祖御誕生の喜びの広場なのに、とても悲しく、涙がこぼれて仕方が無かった。
その場を離れようとした。
その時、前方で友人がしきりに携帯で録画をしている様子が目に入った。岩手の友人である。
その姿を見た時、とっさに「地元の皆さんを喜ばせるために・・・」と思った。
後ろには大阪の友人が・・・・
喜びの広場終了後、駆け寄って握手を交わした。ただ「良かった」としか言えずその場を離れた。

後からメールが来て、震災での複雑な心境を伝えてくれた。そしてその後に
「皆さんにお願いしたいのは、なるべく多くの人に被災地に入ってほしいという事です。テレビ、新聞の報道は限りがあります。間に入った人の主観がどうしても入ります。自分の目、耳、身体でこの有り様を感じてほしいです。できれば若い人ほど。・・・・」
という文章が入っていた。

私が災害の救援に隊員として携わらせて頂いたのは、第2専修科で長崎の被災地へ出かけたのが最初だった。
家屋から砂利交じりの土砂を出す作業で、それも真夏でとても大変だった事を覚えている。
その後も災害で要請がある度出させて頂いてきた。
その中で一番記憶にあるのが、地元での東海豪雨の災害である。
これは、被害の状況というよりも、被災した地域の大変さで記憶している。
多くの方が、ひのきしんにと駆けつけられるのだが、その方々の世話取りの大変さを痛感した。
何度も何度も、被災場所へ行かせて頂いた。
指示をする上の人達は付きっ切りで、もっと大変だったと思う。

東北ではこうした状況の場所が、数限りなくある。
本部災救隊は、岩手での作業を終えて他の県へ移ったようである。
業者が動き出したという事らしい、ボランティアセンターもしっかりと活動できるようになったのだろう。

先日出かけた支部の方は、一日は教会の補修。もう一日は岩沼のボランティアセンターで登録して作業をしてきたそうである。
私もようやく、動けるようにならせて頂いた。
災救隊での作業【東日本大震災-災救隊-情報】は難しいかもしれないが、ボランティアセンターでの作業をさせて頂きたい。
埼玉の次は、岩手だ!!
その日を・・・と考えるようになった。
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関は神が取るのや

2011年04月17日 23時54分42秒 | 思った事
「関は神が取る・・・」という言葉をふと思い出して、探してみた。
「関」に関しては他にもあるが、取り合えずこれだけを・・・

明治20年6月24日 陰暦5月4日
『増野正兵衞身上伺』
 さあ/\何かの処、皆それ/\、皆障り、さあ/\どういう事を知らす。尋ね事情、何かの処、さあしっかり聞き分け。何よの処、どういう処、踏み止まる。取次々々、だん/\取次、しっかり取次、道付け始まる。どういう大道々々、大道の掛かり。どういう、何人々々、幾名、一人思案定め/\。泥水だん/\迫り、泥水が澄まする。治める処々、名立しかり分かって分からん道、分からん道見て分かる。ふでさき通り皆出る。今度道はいつどう、いつ見える、ふでさき皆知らせてある。大きなふし見える。大きふしなら、大きな心据える。大きなふし、大きなふしが出る。忘る一寸、どういう事、こういう事、泥水流れるなら、どういう事、いかなる水の掛かり。取次、これをしっかり聞き分け。又延びるやら知れん。今度の言わん道の処に、ちゃと掛かって居るで。
 日々一日、取次だん/\出で来る。日々事で、どういう処の道を尋ね、いかなる十分の道を尋ね。一つ泥水、取次一つ心、どういう処から掛かる。一つどういう事。一つ何時分からん。成程の道、こうなる纒まり、談示々々水の席火が出る、火の席に水が出る。そこで水の席に水、火の席に火を以て、いかなる処、談じ置かねばならん。


明治20年6月28日8時10分 陰暦5月8日
『増野正兵衞身上障り伺』
 さあ/\何かの処、身の障り不足、何かの処迫り、どういう事、身の障り何かの処にて、案じあっては、どうもならん。一つ心に落しを着け。どうやこうや一時時談、心定め、ぜちうに上ぼり、判然なる処分からん。又々、これはこうして置かねばならん。不都合の事あってはどうもならん。幾重談示、今ぜちうの処、分からん処、何にも分からん。めん/\時談(じだん)して、内の処関、その場/\一つ思案。どうでもこうでも登れん。その場/\治めにて、又一つ道。さあ/\分からん処には、何ぼ誠説いても誠とせん。何ぼ貫ぬこうと思うても、関があっては登れん。登られんから帰る。帰るのも道ぢゃ。関があるから、邪魔になる。関は神が取るのやで。関さえ取れば、登れるであろう。又関貫ぬこうと思うゃ、余程の長く掛かる。
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テレビを見ていたら・・・

2011年04月17日 20時59分52秒 | 思った事
今テレビを子どもたちと見ていたら、「鉄腕DASH」の{DASH村」が原発の避難地域にあったことを知った

早速HPを見てみると「今週の日記」に次のような言葉があった。
http://www.ntv.co.jp/dash/village/index.html
……僕自身、村人になってからやっと1年が過ぎたばかり。まだまだ学ばなければならない事がたくさんある。やはり僕らが、率先して前に進まなければ、何も始まらないし変わらない。そう思いたち、明雄さんに相談しようとしたら、明雄さんは農業系の雑誌や新聞を読みながら、「このやり方は役に立つな」などと独り言を言っていた。明雄さんは、とっくに前に進み出していた。
そして、僕にこういった。
「80歳を過ぎても、まだまだ知らない事は山ほどある」
それぞれの地域によって土も違うし、環境も違う。今までは色々な作物を村の環境にどう適用させて栽培させていくか考えながらやって来たけれど、実際に現場を見てお手伝いさせて頂きながら学んでいきたい。そして、いつか村に戻れるその時には、全国で得た知識を村の発展に活かしていきたい。
その始めの一歩が愛知県の扶桑市。守口大根が有名で、かつて村でも栽培した事があった。……


明雄さんの言葉。素晴らしいです。感激しました。
「愛知県の扶桑市。守口大根」この畑の横をお下がり持って毎月走ってます。(^^)

福島の皆さん頑張ってください!!
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最悪の事態を想定する事は悪いのだろうか?

2011年04月16日 13時31分37秒 | 原発事故
先日、何とか命をつなぐ一助となればと思って物資を運んだ。
一日経ったが、どうしても災害の事が心から離れず、決算書を作らなければならないのに手がつかない。
そこで、協力くださった方々にお礼するための報告書を作り、自らを振り返っている。

今朝のワイドショーを見ていて、
原発の問題に関しては、この先の事について誰にも確かな事は分かっていない。
全く手探りの状態で、それぞれが思うことを述べ、行っているに過ぎないと感じた。
さらに、
徐々に避難する地域が増えている状況から、「もっと早くに避難させた方が被爆の被害は少なかったのでは?」という意見もあり、手遅れになってからでは、すべて遅いと感じた。

私は以前より、最悪の事(原発の爆発または制御不能など)を想定して、完全に原発が終息するまで住民を避難させて置く事が一番良いと思っている。

こんなニュースを見つけた。

「原発ほぼ制御不能の所まで行った」細野補佐官
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110416-00000375-yom-soci
読売新聞 4月16日(土)12時8分配信
 細野豪志首相補佐官は16日午前のBS朝日の番組で、東京電力福島第一原子力発電所の事故発生直後の状況について、「どん底までいった。ほとんど制御不能のところまでいった」と述べ、一時、かなり危機的な事態に陥っていたことを明らかにした。
 その上で、「少しずつだが、コントロールできるようになった。冷却機能の回復という大きな壁を乗り越えないといけない」と強調した。
最終更新:4月16日(土)12時8分


菅首相 「東日本つぶれる、そういう認識あった」

毎日新聞 4月12日(火)21時14分配信
 菅直人首相は12日の記者会見で、福島第1原発事故に関して笹森清内閣特別顧問と3月16日に会談した際「最悪の事態になったら、東日本がつぶれることも想定せねばならない」と発言したとされることについて「原子力事故が極めて重大だという認識について、何らかの表現をしたことはあるかもしれない。そういう認識を持っていたことはその通りだ」と述べ、発言を否定しなかった。
 首相の発言は笹森氏が会談後に記者団に明らかにしたが、与野党から「国民の不安を高める」として強い批判を浴びた。【田中成之】


この最後の「国民の不安を高める」という言葉。一体何を根拠に言っているのだろうか?
最悪の事態にならないという確証があっての事だろうか?

原発反対の意見が多くなって、原発を無くす方向へこれから進んだとしても、すぐになくす事は出来ない。
ある程度の年数、冷却の時間が必要でその後に解体との事である。
つまりその間、天災が来なくても、事故が起こらなくても、「いつまた天災が起きて大事故になるか分からない」という不安な状態で、ずっと過ごす事になる。

「国民の不安を高める」ではなく、もう既に「国民の不安は高まっている」と言えないだろうか?
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救援物資・・・

2011年04月15日 08時56分39秒 | 災害救援
昨日、食料を持ってさいたま市の渕和分教会まで、忠愛分教会の会長さんと行かせて頂きました。
とても急な話でしたが、うちの信者さん方と友人、友人の会社の方々。また忠愛の会長さんからの呼びかけで、数人の方々が物を届けて下さり、ワゴン車一杯になりました。

忠愛の会長さんのところへは、月次祭の日で上級の巡教の先生がまだおられるのに、それを抜けて届けてくださった方があったとの事。その心がありがたいと思いました。


教会に到着して物資を下ろす時、親奥さんが「こんなにも沢山」と喜びの声を聞かせて頂いた時、「持たせていただいて良かった。」と思いました。

届けた渕和分教会の会長さんは、福岡から炊き出しに来られた方を早朝から迎えに行き、お世話される大変忙しい中、私たちを迎えて下さり、色々とお話を聞かせて下さいました。

この教会では、本部の災救隊とは別に有志の教区災救隊として、救援活動を行っておられます。主に気仙沼へ独自のボランティアセンターを立ち上げ、弟さんがそちらへ行って支援しておられるとの事。

今、岩手や宮城の被災地へは行政や自衛隊のお陰で、食料などの物資は十分行き届いているが、原発の周囲には放射線の事から食料や復興の支援は入っていないとの事でした。
会長さん本人は、放射線の怖さを十分に御承知で、3月11日震災が起こり、原発で事故が起こっていると分かった時点で、家族はすぐに実家へ非難させて、自分は友人と共に、原発を避けて新潟経由で気仙沼へ700キロを走って入ったそうです。
さらには、「雨の中物資を搬入する時、ボランティアは放射能をさけて屋内の作業になっていたけど、私はカッパも無かったので、放射能の雨に濡れちゃった。」と顔を強張らせながら話をして下さいました。

そうした放射能の恐怖を十分に知っている方が、なぜそうした危険なところへ行かれるのかと不思議に思われる方もあるかと思います。

放射線で屋内退避となった地域で、「餓死者があった」とも聞かせてくれました。その事を聞いた時私は「そうだろうなぁ」と無責任な言葉をとっさに出してしまいました。
何とか命をたすけたい。そのための物資を届けたい。行政や自衛隊などが動くまでの間、何とか命をつなげたいというその思いがひしひしと感じられました。
避難指示が出ている場所でも、避難を出来ない方や放射能についての知識の無い方などがまだまだおられるようです。そうした方々が早く避難されて、物資を届けなくても良いようになる事を願うばかりです。

命あっての災害救援、また復興です。命をつなぐための食料。それを届ける。これも大切な事のように思えます。

今回の物資の呼びかけをされてから、数日経ってますが、教会にはまだワゴン車の3分の1にも満たない物資しかありませんでした。
震災当初は沢山の物資が届いたそうです。あれから一ヶ月、近隣の方々には出す物も無い状態だろうと思いました。

埼玉教区として今後は、放射能によって避難された方の避難所(廃校)への世話も考えているとの事でした。
本部からの指示で動いている災救隊は天理時報でしっかりと報告されていますが、それ以外の個人的や教会毎でされている活動は公にはなりませんが、動いている所は動いているようです。

先月26日から痛んでいた腰の痛みも無くなり、動けるようになりました。(無理は出来ませんが><)

次にできる事を考えて動きたいと思います。

今回物資に協力してくださった方は、このブログを見ていない方ばかりなので、報告書は別に作って配ろうと思ってます。

新しいご縁を頂いた事を親神様に感謝いたします。ありがとうございました。
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月次祭終りました。

2011年04月12日 21時47分24秒 | 思った事
四月の月次祭も無事に終えさせて頂きました。

今月は役員さんが癌の手術のために夫婦で欠席でした。それに加えて大きい子供がおぢばへ行き、中学生も今日は特別に学校に行きましたので、残ったのは小学生2人と保育園児のみ・・・。一寸人数が少なかったですが、震災の復興、原発の終息を願って自分なりに懸命につとめさせてもらいました。

そして、原発の近くの地域への物資を、明日埼玉の教会へ運ばせて頂くと話をしました。
急な話ですが、みなさんそれぞれに持ってきて下さるとの事でした。

どれだけ集まるか分かりませんが、ともかく運ばせて頂きたいと思います。
阪神大震災の時は、救援物資が集まりすぎて後始末に大変だった。だから物資は扱わないという話をよく聞きます。でも、物資が行き届かない場所もあるようです。
復興には相当の時間が掛かると思います。
真柱様もそのような事をお話くださいました。

名古屋から被災地まで届けるだけで大変です。
長期化する復興を応援する、物資支援のルートが何とか作れないだろうか?と考えています。
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原発事故 福島原発 (講演・勉強会_YouTube)

2011年04月10日 01時41分37秒 | 原発事故
話が長いので、いつでも見れるようにリストを作りました。

福島原発に関する講演などの YouTube 映像リスト

【大切な人に伝えてください】小出裕章さん『隠される原子力』
http://www.youtube.com/watch?v=4gFxKiOGSDk&playnext=1&list=PL05F299901641574A


上杉隆氏ら自由報道協会による「原発事故」取材の報告
1/6 http://www.youtube.com/watch?v=O0CRuajD6C8&feature=related
2/6 http://www.youtube.com/watch?v=0ur1dyhLtys&feature=related
3/6 http://www.youtube.com/watch?v=o91IDAxrNG8&feature=related
4/6 http://www.youtube.com/watch?v=eMZMfpiOD8Q&feature=related
5/6 http://www.youtube.com/watch?v=f_ELXK3oaNw&feature=related
6/6 http://www.youtube.com/watch?v=ZhlwTXxyfm4&feature=related

【上杉隆氏】原発設計者 上原春男氏共同インタビュー
1/7 http://www.youtube.com/watch?v=B1aAYwCnRt8&feature=related
2/7 http://www.youtube.com/watch?v=42glnjDbHg0&feature=related
3/7 http://www.youtube.com/watch?v=VS0JufTbRto&feature=related
4/7 http://www.youtube.com/watch?v=txkDYIYIc1s&feature=related
5/7 http://www.youtube.com/watch?v=UvVndLGt-ec&feature=related
6/7 http://www.youtube.com/watch?v=v3zg8mt6ll0&feature=related
7/7 http://www.youtube.com/watch?v=6nBnId_HS70&feature=related
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原発事故 チェルノブイリ (テレビ放映_YouTube)

2011年04月10日 01時08分46秒 | 原発事故
自分自身が見るためにも、チェルノブイリ原発事故に関する気になったテレビ放映(YouTube)のリンクリストを作りました。

チェルノブイリ事故から20年
こんな放送が行われていたとは知らなかったです。

1/3 http://www.youtube.com/watch?v=jiuTh1H4n4U&NR=1
2/3 http://www.youtube.com/watch?v=aRgH-C4lqCo&feature=related
3/3 http://www.youtube.com/watch?v=Ylxh0L1MRoo&NR=1


チェルノブイリ原発事故その10年後
1/3 http://www.youtube.com/watch?v=rKFsAewRA8U&feature=related
2/3 http://www.youtube.com/watch?v=lNkd_d-Andw&feature=related
3/3 http://www.youtube.com/watch?v=4Q2UwVYWkcM&feature=related


チェルノブイリ原発 隠されていた事実
これを見て、日本に原発ができてからこれまで、今回のような事故にならなかったのがとても不思議な気がしてきました。

1/3 http://www.youtube.com/watch?v=b0-AWtxkrjE&NR=1
2/3 http://www.youtube.com/watch?v=bYlJC6ijpuY&NR=1
3/3 http://www.youtube.com/watch?v=fiW10XUnkaw&feature=related



放射能事故 チェルノブイリ 終わりなき人体汚染
日本人には癌の発生率が高いから、多少の放射線を受けても、癌の発生率はそんなに変わらないというような報道を見ましたが、日本海にソ連の原潜が捨てられているとかいう話を聞いたり、原発推進の上に隠されたものが多いような話を聞いた時、、「日本自体がすでに放射能の影響を大変受けているのでは?」という気になってしまいました。
大変ショッキングな映像です。

1/4 http://www.youtube.com/watch?v=rCX1A3yJLqI
2/4 http://www.youtube.com/watch?v=gFOxGGdzfn8&feature=related
3/4 http://www.youtube.com/watch?v=oHg23DkfZDA&feature=related
4/4 http://www.youtube.com/watch?v=tsE0CqvuifE&feature=related


続チェルノブイリ原発事故その10年後子供の甲状腺がん多発!

http://www.youtube.com/watch?v=rG4VkvHtObk&feature=related
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災救隊と災害ボランティア

2011年04月07日 09時23分19秒 | 災害救援
災救隊のこれまでの活動、今後の活動予定について、友人が纏めてくれました。参考にして下さい。

https://spreadsheets.google.com/ccc?key=tUIS4oWXJIzNKuW-F0qpQwg&gmrcpt#gid=0


また、災救隊とは別に災害救援をしている友人のフェイスブックに下記の投稿がありました。
協力できます方どうぞ連絡をしてみてください。
http://www.facebook.com/home.php?react=1300386638%3A8bfea29859d73df479e84a0bfe7ef68f#!/profile.php?id=100001870863341
ーーーー
山崎毅史です。
東日本大震災の救援活動で宮城県気仙沼市の
唐桑半島に拠点を構え活動しています。
...小学校のグランドにテント張って宿泊出来ます。
トイレあります。女性は近くの教会に泊まれます。
本日より、ほぼ毎晩10人乗ハイエースで出発便あります。
人員により増車します。運転だけの日帰り参加も大歓迎、
ボランティア保険加入出来ます。一人\500円
毎回、和南布教所(埼玉県さいたま市桜区栄和1-12-18)
深夜0:00出発予定。
集合は1時間前の23:00にお願いします。
皆さんに声かけお願いします。個人、団体共に受け入れ可能

現地に行きたい方で相談を受けた場合には、何日から何日まで、
何が出来るか?
何人分用意出来るか?
以上を決めて、連絡頂くように、お伝え下さい。

よろしくお願いします。

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先日うちの支部の友人から、「災救隊の出動の時にはいけないだろう。また、大教会からの災救の活動にも日にちがあわないから、個人的に被災地へ災救の活動に行きたい。だから、支部例会の役を臨時にやって欲しい」と頼まれました。
本日7日は、天高の入学式と地元中学の入学式、支部例会が重なっています。
災害が発生した頃は、私の体調がまだ良かったので、初めて天高の入学式へ行こうと思っておりましたが、首の手術の後遺症から、腰・尻へ痛みが出だしたため、高校へは妻に行って貰う事にして、母親に中学、私が支部例会という事にしました。

自分の出来る事、自分の体調に合わせて、明るく今日も一日前向きに進みたいと思います。

桜満開です!!
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