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しんちつが神の心にかなハねば いかほど心つくしたるとも (12-134)

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タイトルしたのコメントについて

2013年05月10日 16時46分34秒 | 思った事
今日は教会の会報を作る日なのだが、朝から頭痛がひどく、治まってはPCに向かい、痛んでは横になるを繰り返している。
おさづけをしてもらっても治まらない。
どうした事かと思案し、思いつく他の用事をしたところ、一寸治まった。

そうした中に、ふと「神の心に適わねばいかほど心つくしたるとも」という言葉が思い浮かんだ。

そこで、おふでさきを検索してみると

しんちつが神の心にかなハねば いかほど心つくしたるとも(12-134)

が出てきた。注釈を調べて見るとドンドン頭痛が治まるので、タイトルしたのコメントを変更して、前後のおふでさきと注釈をアップする。

これまでハたん/\くどきことハりを
 ゆうてあれどもしんかわからん(12-131)
このしんハどふゆう事であろふなら
 むねのしやんをこれがたいゝち(12-132)
なにゝてもむねとくちとがちこふてハ
 神の心にこれハかなわん(12-133)
しんちつが神の心にかなハねば
 いかほど心つくしたるとも(12-134)
こればかりいかほどたれがそふたんも
 とてもかなハん月日しりぞく(12-135)
なにもかも神のゆう事しかときけ
 なにをゆうてもちがう事なし(12-136)
しんちつにめつらしたすけをしへたさ
 そこでとのよな事もゆうのや(12-137)


注釈
131 これまでは、だんだんと説き諭しもし、ことわりも言うているが、まだ真実の道の精神を悟っていないようである。

132 この真実の精神とはどういう事かというと、各人が、先ず自らの心を振りかえってよく反省する事である。

133 総て心の底で思うている事と、口先で言っている事とが違うようでは、これは、真実とは言わぬのであって、従って、親神の心に受け取る事は出来ないのである。

134-135 人間の心の真実が親神の心に適うので無かったならば、どんなに心を尽くして願うても、親神の方では受け取る事が出来ないから、こればかりは、だれから何と頼まれても、親神は、その人の身の内の守護をとめてしまう。

136-137 注釈無し


これで会報を作らせて貰えるかなぁ~ (^^)
コメント (2)   この記事についてブログを書く
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2 コメント

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Unknown (え)
2013-05-10 17:42:23
なるほど~
私は独りよがり多いから
気を付けないといけないなぁ~
え さんへ (きたろう)
2013-05-10 19:15:49
足跡ありがとうございました。m(_ _)m

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