有田芳生の『酔醒漫録』

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「パリ、ジュテー厶」の輝き

2007-01-17 06:59:04 | 映画

 1月16日(火)半蔵門から神保町に向う電車に乗る。混雑する車内の光景がいつもと微妙に違うように見えるのは、その直前まで見ていた映画のせいだろう。「パリ、ジュテー厶」。世界の監督18人が5分間の愛のストーリーを創り上げた。もちろん作品は18本。最後に歌声が流れるとともに、すべての物語が見事に合流していく。たとえばこんな男女の世界。場所はパリ「五月革命」で知られるカルチェラタン。初老の男性がレストランに入ってくる。別居中の妻と離婚の話に決着をつけるため、アメリカからやってきた。飲み物には妻の好みであるボルドーの赤ワインを注文する。妻には親しく交際する若い男性がいる。夫も30歳の女性と結婚するつもりだと言う。「子供を作る」と伝える夫に妻が呆れる。そこで夫が口を開く。「いま妊娠4か月なんだ」。弁護士は夫が連れてくる人物だけでいいと言っていたのに、席を立つ前に妻が言う。「わたしも弁護士を連れてくるわ」そう言われた夫は「クソ女」と罵る。先に店を出た妻を送る夫の表情が哀愁に満ちている。コミカルな作品もあればホラーな作品もある。すべてを通して描かれているのは、人間は人間の連なりのなかで生きているという単純だけれど、普遍的な真実だ。別れがあれば出会いがある。どんな境遇にあってもそこで楽しまなくては損ですよと教えてくれる映画なのだ。パリの街角を舞台にしたのは、フランス人の生き方をその模範にしたからなのだろう。神保町で降りて東京堂書店で『酔醒漫録』にサインをした。ショーウインドウにもすでに展示してくれている。ひとつ下の段には都はるみさんの『メッセージ』(樹立社)があった。今夜も迷いなく酒を飲まずに帰宅する。

070116_18530001  与えられた環境のなかで人生を楽しむには絶対的な条件がある。戦争を避けることだ。地下鉄のなかで吉村昭さんの『戦艦武蔵ノート』(文春文庫)を読み終えた。推敲の方法など、ノンフィクションを書くときの優れたテキストだ。しかしこんど読んだときには、戦争をテーマとした単行本『X』をいかに書くかという視点からの再読だから、これまでにない新鮮な発見があった。たとえば「すでに埋もれかけているあの戦争という歴史」という記述がある。いつ書かれたエッセイだろうかと末尾を見れば、「昭和45年」とあるから1970年だ。戦争が終わって25年目の吉村さんの感慨である。それからすでに36年が過ぎ去った。「埋もれかけている」どころか「埋もれた」のかもしれない。それを掘り起こすことはとても厳しいと自覚している。「あとがき」で吉村さんが取材した人たちを数えれば76人だった。それでは単行本『X』の現状はどうかと数えてみれば32人。吉村さんの取材は戦争が終って20年の時点で精力的に行われている。62年は遥かに遠い。吉村さんはこうも書いている。「戦争の歴史に関することを書く著作家は、参考資料を机上につみ上げることよりも、外に出て歩くべきだ」。そうだと思う。歩けば意外な資料が発掘できるのだ。戦前の社会運動を調べるために再び高知を歩くことにした。