京都楽蜂庵日記

ミニ里山の観察記録

絶望的状況を意志の力で生きのびた人々の記録 (III) スティーヴン•キャラハン『大西洋漂流76日』

2019年07月18日 | 絶望的状況を意志の力で生きのびた人々の記録

スティーヴン•キャラハン 『大西洋漂流76日』長辻象平訳 早川書房 1988.

   キャラハンは全長21フィートの愛艇「ナポレオン•ソロ」号で、カナリア諸島のイエロ島からカリブ海のアンティグア島に向かった。1982年1月29日のことである。ところが出航して1週間ほど経った日の真夜中にクジラと衝突し、「ソロ」号は転覆してしまう。救命用ゴムボートに乗り移ったキャラハンの信じられないサバイバルゲームが、ここから始まる。結局、キャラハンは76日間の漂流後、カリブ・グアドルプ島の漁船に救助される。この奇跡の生還劇の背景には、キャラバンの知識、技術、幸運の他に、なによりもその意志力をあげることができる。しかし、それは何度も挫折しかけたものであった。

 

『わたしの周りにはソロ号からの回収品がある。装備はしっかり固定され、命に関わるシステムは機能している。日々の仕事の優先順位は決まっていて、異論の余地はない。耐え難い心細さと恐れ、苦痛をなんとか抑えている。わたしは危険な海に浮かぶ、ちっぽけな船の船長なのだ。ソロ号を失った後の動揺を乗り越え、とうとう食糧と飲み水を手に入れた。ほぽ確実と思われた死を免れた。そしていまや私は選ぶことができる。新しい人生を探して進むか、あきらめて死を受け入れるかだ。わたしは可能な限り、死に抵抗する道を選ぶ』(以上本文より引用)

つぎの母との回想場面も感動的である。

 母はにこりともせずに、反論した。
「わたしは苦労をしてあなたを産んだんだから、そんなに簡単にあきらめてはだめよ」
 そのときの母の言葉が耳から離れない。
「できるだけ長くがんばると、約束してね」
 約束はしなかったが、今も変わらぬ響きをともなって、わたしの記憶に残っている。

  絶望ー希望ー絶望ー希望...の繰り返しの中で、精神の錯乱をいかに防ぐかの心理劇が展開する。「安っぽい興奮でもまったくないよりましだ」と思うこともあれば、「まやかしの希望を抱かずに、生還のために知恵をしぼれ」、と思う事もあった。それとこの書は海での遭難時になすべきガイドともなっている(例えば太陽熱蒸留器など)。それとボートについてくる回遊性のシイラの生態が興味ふかい(どこまで科学的かは検証が必要だが)。  サバイバルノンフィクションの一級作品の一つである。

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする