お湯の国 日本

美しい日本の温泉地中心の旅記録(おんせん鑑定士:監修) 【記事・映像は著作権、人権保護法等により無断使用を禁じます】

毛馬内陣屋(南部藩毛馬内氏)

2017年08月25日 |  🚙東北縦断 紀行.

毛馬内は南部領だった。1536年南部藩主正康公の五男南部秀康がこの地に封ぜられ
毛馬内信次公として2000石を領したという。毛馬内盆踊りもこの時期から発祥とさ
れる。映像の街並みは武者隠しや雁木(こもせ)の面影を残しアーケードを整備した。

補記:2017.8.21~23までこの地の伝統芸能である「毛馬内盆踊」がこの雁来(こもせ)
   で開催される。通りの延長上に大鳥居、寺社があり門前町の様相を呈している。
   その後南部藩家老桜庭氏が所領。現在は秋田県だが、この藩境紛争は根が深い。
歴史:鹿角一帯は幕末まで盛岡藩、戊辰戦争後弘前(津軽)藩領し、その後黒羽藩から
   九戸、八戸、三戸、江刺県と変遷後、明治政府により貢献した秋田県(佐竹藩)
   へ編入となった。毛馬内の紋は今でも南部鶴。この地で盆踊りの悲哀を感じる。
感傷:後日紹介する毛馬内盆踊りの悲哀(豆絞り頬被り)は秋田や津軽の藩境争いの
   末の婦女略奪への防御である。この地は数百年にわたり紛争の地であったのだ。

参照毛馬内盆踊(秋田県鹿角市)


コメント    この記事についてブログを書く
« 七滝温泉 ( 秋田県 鹿角市 ) | トップ | 毛馬内盆踊(秋田県鹿角市) »

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

 🚙東北縦断 紀行.」カテゴリの最新記事