日々、あんのん。

からだの育ちの凸凹、学習のスタートラインにつけない人のもっと学びたい、発達したいを応援します。

見届ける。

2024-03-26 11:13:00 | 日記
ここ数日、
梅雨のような湿度の高い日々で
職場でのモップかけが重い。

ふと、
「こういうときこそ、重心移動か⁉︎」
と思い、やってみると動きが変化した。

日々の積み重ねの大事さに気付きますね。

昨日は今年度最後の
夜の子ども食堂のご飯作りだった。

最初のきっかけはなんだったか、
はや思い出せない(笑)

のっぴきならない事情を抱えた、
個人、ご家族からのSOSを受けて、
誰もが暮らしやすい地域を目指して活動する
りささんが話を聞きながら
一緒にご飯食べたり、持ち帰りされたり、
配達したりというこの活動(大意)

りささんが、
こういう活動をしていると知っていても
SOSを伝えない、伝えられない方もいらっしゃるのだろう。

連絡が来た方に、
「連絡くれてありがとうね」という
りささんの姿勢が私は好きだ。

そして、おそらく、
世の中の大多数の人が「それは違う」と
説教したくなるような事情があっても、
本人がそこを抜けるための社会的仕組みの情報提供を淡々としている。

世間的常識(と思われる)ことや
いや、なぜそっち選ぶ?という人々に
説教もジャッジもしない姿勢でいることは、
すごいことだと思う。

そして、個人が、ご家族が選んだ道を
ジャッジはせずに見届けて、送り出す。

だから世間的には、
落ち切ることを選んだとしても、
再び社会との繋がりを求めたときに、
りささんを選ぶのだと思う。

人の事情に正解はない、と私は思っている。

できれば、隣人に極力迷惑をかけられたくはない、と思って来た人生だが、今の世の中は、
迷惑をかけるほどのエネルギーを持った人は、
私の住む地域の人口規模では、そうリアルにはお目にかからない。

座敷牢はないけれど、困り事がある人は案外、自宅を座敷牢化してしまうのだろう。

そこから一歩、外へ出ようとするのは、
私にはよくわからないけれど、
たぶん、勇気が、エネルギーが、いることなのだろう。

個人の自由と個人の尊厳とを重んじて、
じっと待ち、ぎりぎりで繋がった人の
生活の立て直しの道標たろうとする思いを
感じていた夜の子ども食堂だった。

来年度の活動はどうなるか、
現時点ではまだわからない。

一個人が全国の志を同じにしている人と繋がりながら、所謂「福祉」とは違う形で、
地域に住む人に関わる厳しさを、
近からず遠からずで見せていただいた一年だった。

フロントマン的な役割のりささん、
お疲れでした!

私には、できることしかできないけれど、
また、がんばろうね。




コメント    この記事についてブログを書く
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« お話会開催! | トップ | 2024年 栗本さんの講座(鹿児... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

日記」カテゴリの最新記事