日々、あんのん。

鹿児島でフォイヤーシュタインやからだを動かすことでの、
発達支援や学びやすい土台作りを日々研究。

ストルバイト。

2019-03-21 15:37:06 | ねこ
梅雨のような雨が降り、梅雨の頃のように暑い!
でも、まだ三月。

この前まで、寒くてふるえていたのも忘れてしまいます。

久しぶりに登場、桜。
もう2歳になりました。



排尿排便の障害があり、
膀胱とは別に憩室というのができていて、
そこにもおしっこが溜まる厄介な身体を持っています。

排尿排便の障害は、腰椎が一つ少ない分、
神経も一本少ないことも原因かもしれませんが、
腰椎一つ少なくても、すくすく元気な猫もいます。

なので、うちでは動物病院から、
メチコバールというお薬が出て、飲んでいます。
これは、神経系育てたい、ということですね。

そして、排便しやすくするためにプロナミド。
プラス、便が硬くなりすぎないように、
ビオフェルミン飲ませて、乳酸菌入りチュールも
適宜食べさせています。
この3つは、桜の排便を見つつ、微調整です。

さらに、憩室におしっこが溜まるので、
それで菌が繁殖したりしないように、
ビクタスSSという抗生剤。

これらで、日々の健康を保っています。

変化は、というと。
大興奮して尻尾がススキの親玉のようになることがあります。また、だらーんとしていた尻尾をときどき、機嫌よく振ることがあります。

よくここまでよくなったね、と
動物病院の先生方とも話をすることがあります。

ところが昨日はおしっこからストルバイト発見。



要するに尿石で、これができると、圧迫排尿するときにおしっこが細くなり、下手をすると出なくてなってしまいます。

そうなっては困るので、明日は午前中に久しぶりに憩室〜膀胱の洗浄をしてもらうことになりました。

そして桜のご飯も排便重視で選んでいましたが、
ストルバイトができにくいご飯にするか…、でも、排便もねぇ、と頭を悩ますことです。

とりあえず、今日はお漏らしして元気!
成長して、ちょっとぐらいの具合の悪さでは、
ぐったりならなくなったたくましい桜です。

我が家のかわいい桜です。
治って欲しい一心で人の薬も使うし、食事療法だって使うのです。

どこかで、「治って欲しいなんて障害受容できてない」って話も違うジャンルで聞きますが、
親心ってものがわからないもんだなぁ、と、
猫可愛がりしながら思うことです。
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ペンの破壊力。

2019-03-13 13:59:00 | 日記
 桜の花が咲くには、
冬の寒さを経験しなくてはならないということは、知っていましたが、
今年はその寒さが足りずに、花を咲かせつつ葉っぱを出す緋寒桜もあるそうです。

 満開に花を咲かせるには、厳しい寒さも必要って、
なんだか教訓みたいな話だなぁ〜と思いながらテレビの音声を聞くことでした。

 おいどん県内で32万2000部を発行する、地元の新聞があります。
そこに、不登校の子どもにどう向き合うか、という記事が掲載されていました。

 それは、今月1日に鹿児島市内であった、
精神科医の斉藤環さんの講演会をまとめたらしい内容でした。

 その中で、「発達障害バブル」ということが書かれていました。
以下、次のように書かれていました。

 治療の必要な場合もあるが、「発達障害バブル」に触れておく。
 医療現場で見過ごされがちな半面、医療以外の現場では過剰診断の傾向がある。
 一部で「変わり者」へのレッテルと化している。
 発達障害は脳機能障害なので、定義上は治るものではない。
 診断は本人の自己洞察が深まり、生きやすくなってこそ意味がある。
 診断するのは療育に関わる専門家に限定されるべきだ。
 〜3月13日南日本新聞「学ぶ・NIE」の記事より〜


 そろそろ、「神経発達障害」であることを学んだ方が良いのではないのでしょうか。
読んで、ため息が出ました。
 
 この記事が、講演会を聞いた記者の方が斉藤環さんの発言を繋ぎあわせたものなのか、
それとも、講演会の内容の大意を記者の方の知識でまとめあげたものなのかわかりません。

 記事がどちらに基づいたものだったにせよ、2019年3月13日の時点においても、
「発達障害は脳の機能障害なので」と堂々と書いて恥ずかしくない、
凡記者さんによってまとめあげられたことは確かな事実です。

 また、発達障害が医療現場で見過ごされ、それ以外で過剰に診断、という謎。
それは、職場や学校で、ちょっと浮き気味な人のことを
「発達障害だ」と揶揄したり、噂話をすることを「診断」と言っているのでしょうか。

 さらに、「診断するのは療育に関わる専門家に限定されるべきだ」と言うけれど、
どんなに素晴らしい療育をしている団体、個人で「療育の専門家」を名乗ろうが、
今も昔も診断は専門のお医者さんがしているのではないのだろうか?

 斉藤環さんということで、記事の中では「対話不足」や「対話尊重」などという言葉もあるが、
そんなことより何より、引用した部分で私のこの記事への興味はなくなり、
元々、「オープンダイアローグの人ね」くらいしか知らない講演をした方についても、
ふーん、で終了しました。

 行けなかったことを悔やむ気持ちが1ミリも湧かない記事。
破壊力がすごい。(褒めてません)

 そしてこれを以て、おいどん県の発達障害界隈も推して知るべしか…。

 微力だけど、「神経発達障害は治す術があるよ〜〜〜〜」と、
声をあげていかなくては、と思った昼下がりでした。


 
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『NEURO 神経発達障害という突破口』

2019-03-11 22:30:48 | 本の紹介
 3月11日の地震から8年。
去年も今年と同じように振り返り、今日は機能と同じように一日を過ごせています。

 そんな普通の日々を過ごせることは、ありがたいことなのだなぁ、と、
ニュースで流れる地震の特集を横目にみながら思うことです。
毎年、そんな言わずもがななことをことを思うこの日です。
 
 先週末、楽しみに待っていた新刊、『NEURO 神経発達障害という突破口』が届きました。



  もし、絶望の淵で「うちの子は、ずっとこのまま…?」と今も思っている親御さんがいらっしゃったら、
すぐに、この本を読んでもらいたい!

 今、やめ時もわからぬまま、
効いているのかいないのかわからない薬をお子さんに飲ませ続けている親御さんがいらっしゃったら、
すぐに、この本を読んでもらいたい!

 眠れない子を、勉強はできなくても仕方がないと、自傷行為もなす術がないと、
この子はどうすることもできないのだと、諦めている親御さんがいらっしゃったら、
すぐに、この本を読んでもらいたい!

 この本は、発達障害の子ども、何らかの困った凸凹があるお子さんについて、
病院や療育、福祉と繋がるしかないと思っていた親御さん方に、
そんなところをアテにしなくても大丈夫だよ、ということを教えてくれます。

 また、お子さんが何らかの発達に関する問題を抱え、医療機関に診断名を告げられても、
「じゃあ、先生、どうやって治しましょう?」と、質問して、
「いやぁ〜、脳機能障害だからねぇ〜」などと言う先生は、即、凡医印の烙印を押してさし上げて、
「あら!先生、ご存知ないんですかぁ〜〜〜!」と、
直販ではおまけでいただけるとても楽しい会報を凡医にプレゼントする…。
親御さんがどーん!と、診断した先生に斬り込んで行けばいい時代なんだよ、ということを教えてくれます。

 この本は今まで、誰も指摘しなかったことが書かれています。
それは、もちろんただの思いつきなどではなく、
DSM-5を読み込み、「神経発達障害」ということを考え抜き、
これまでの花風社の本での実践と重ね、
家で、親御さんが発達障害を治すことができるのだよ、ということを告げる
福音の書だと私は思いました。

 今、私の住む鹿児島県のそのまた地方の人口約76000人ばかりの小さな市で、
療育手帳を取得する子どもの数は、年々増えているそうで、平成29年度で718人。
市の分析によると、平成26年度以降、中軽度の知的障害者における増加が大きいとされていました。
そして、療育のサービス事業所といわれるところが11ヶ所、放課後デイサービスが6ヶ所。
数がまだまだ足りない、ということも私の住む地域の障害児の福祉計画書にはうたわれていました。

 必要な人は、必要に応じて療育も放課後デイも利用できれば良いでしょう。
でも、そこに繋がれ、そこを起点にしか動くことができなくなり、
「利用者」ではなく「食扶持」とならないようにしたいですね。

 「昔、発達障害だった」と言いながら
 自分の好きな仕事について楽しみながら社会貢献している。
 それが私の夢見る未来である。(本分より引用)


 そんな風にひとりひとりが自立し、自由に生きていけるように、
知的障害も自閉症も発達障害は治しましょう!


 

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虎の巻、も読んでみました。

2019-02-21 15:14:27 | 本の紹介
 早朝の仕事場では、まだ清々しい空気の中仕事が始まります。
場所は、外ではないし、かといって室内でもない、半外のようなところです。

 その清々しい時間帯に、同僚が花粉症と闘っていました。
今年初らしいのですが、苦しそうです。

 もう、春ですね。

 神経発達障害について、まったく腑に落ちなかった『神経発達障害のすべて』。
まぁ、こんなこともあろうかと、こちらも買っておきました。



 『臨床かのためのDSM-5虎の巻』

 まったく、期待感ゼロな私の心と裏腹に、Amazonでは☆4つの高評化!
ともかく、読んでみよう!と読み進めました。

 で、わかりました。
神経発達障害とは何かが。

 神経発達障害(neurodevelopmental disorders)は従来の発達障害である。(原文ママ)

 私は、英語に暗い者なので、間違ってたらいかんな、と、一応、調べてみましたが、
「発達障害」という言葉の英訳には、「Developmental disorders」という言葉が出てきます。

 グーグル先生もウェブリオ先生もほかのよくわからない翻訳先生も、
「発達障害」=「Developmental disorders」
「神経発達障害」=「Neurodevelopmental disorders」と出てきます。

 ところが、虎の巻の杉様的には、
「Neuro」がついても、つかなくても「発達障害」でオッケーと言うことのようです。

 え?それでいいのか?
「飾りじゃないのよ〜Neuroははは〜〜〜〜っ♪」(某陽水さんの歌のメロディで)と、
思わず、目が点になりました。

 これが、DSM-5の虎の巻…。

 気をとりなおして、読み進めますが、上記引用の6行あとには、
世界に先駆けて、AD/HDを発達障害と認定したことをわが国は自慢してよいのではないか、という
脳天気さ発揮で、先が思いやられます。

 しかし、読み進めます。

 知的障害については、「遅滞」という言葉の響きについての言及(私的には虎の巻においての重要性不明)、
「純然たる知的障害のみの者は相対的に減少」「知的障害において併存症は広く存在」と、
診断注意事項の羅列に留まっています。

 コミュニケーション障害について、
「手話を用いる聴覚障害に関しても、コミュニケーション症の可能性を考慮することが可能になった」
診断拡大を喜ぶかのような報告がなされています。

 特異的学習障害については、文部科学省や教育も科学だろ!とどこかの小学校校長に遠吠え。
要するに、学習障害についても知的障害同様に重症度分類しろよ!
で、その分類の判定はギョーカイに任せろよ!ということと、私は解釈しました。

 学びたい子どもにとって、たとえ学習障害があったとしても、
その学習障害の度合いが軽度だ、中等度だ、重度だって、どーでも良いことだと思うのですが。
それを判定することで、学習しやすくなるのでしょうか?
むしろ、「重度だから」といつまでも平仮名の練習などというブラックなことになりそうですけど…。

 運動障害については、翻訳本では約12ページばかり割いてあるのですが、
虎の巻では12行あまりという興味の薄さ。
まぁ、虎の巻に項目があるだけで、ありがたいというところでしょうか。

 そして、最もボリュームを取っているのは、
もちろん、杉様お得意の自閉症スペクトラムについてです。

 さて、虎の巻、ASDの概念変更のまとめの部分に、
「幼児期の症状を中核とした診断基準から、
どの年齢でも用いることが可能なものへと大きく変わった」とあります。

 これは、「幼児期の頃、知覚過敏や鈍感なとこなどがなくても、
成人になってそういう症状があればASDかも、って診断できるよね!」と
診断を拡大できることを喜ばしいことのように書いているだけで、一体何の概念変更なのか頭をひねりました。

 更に、「自閉症スペクトラム」と「自閉症スペクトラム障害」と「自閉症」という言葉の深堀り。
もう、自閉症スペクトラム好きすぎて、ディープに語るオタク魂炸裂な杉様。(褒めてません)

 そして、次のような恐ろしいことをさらりと言ってのけているのだから、
びっくりを通り越して、呆然としたのは言うまでもありません。
以下、引用です。

 われわれはDSM-5が出てから、児童精神科の外来にこの新たな診断基準表を置いて、
新患に関してなるべくチェックするようにしてきたが、DSM-Ⅳよりはるかに診断が容易になり、
また診断対象が広がったというのが実感である。それはそうだ。
知覚入力の異常が認められればあと1項目のこだわり行動で基準Bは陽性になる。
しかもAD/HDの併存があっても診断ができる。


 「診断が容易になり、診断対象が広がった」ことは喜ぶべきことでしょうか?
「あと、1項目で基準Bクリア!」ってゲームなの?

 虎の巻の世界は、私たちが日常生活を送る場所とは異質な闇が広がった世界のようです。

 そして、神経発達障害のトリは、今日から君も仲間入り!の「注意欠如/多動性障害」についてです。
ここでは、「症状発現年齢の引き上げ」と
「17歳以上では下位項目を5項目満たせば良いと診断基準が緩和された」こと、
「重症度分類」の導入と、この「緩和」は誰にとっての福音だよ!?と突っ込みどころ満載です。

 こんな読むだけで、疲労感を味わえる虎の巻ですが、
我らが杉様は、「治療を組むために役立てなくては診断そのものがラベルにすぎない」などとおっしゃっています。

 この言の前のページでは、
「一人のの子どもが、診断カテゴリーを渡り歩く、あるいはいくつもの診断基準を満たす現象」を
「出世魚現象」とよんでいるなどと軽口を叩いておられます。

 出世魚現象の「好例」として、
「AD/HD→反抗挑戦性障害→素行障害へと展開する破壊的行動症群の行進(DBDマーチ)」と
冷血さ丸出しです。

 だから、治せよ、ということなのですが。

 こんな虎の巻を頼りに、大事なお子さんや悩みに悩んで病院に足を運んだ方々を診断するのでしょうか?

 治りたい子どもも大人も、治すのはお家、そして、自分ということを肝に銘じて、
診断オタクの餌食にならないようにしたいものですね。

 あー、焼酎風呂はいって、邪気払い、邪気払い!

 








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もはや、神経は…。

2019-02-20 16:29:21 | 本の紹介
 今日は天気もよくて、まさに春!
早朝、仕事しながら汗ばむし、吹く風が気持ちよく感じました。

 さて、昨日に引き続き、がっかりな本のご紹介です。



 残念な放談や杉様のまったく神経について触れられない「神経発達障害とは何か」もひどいですが、
他にも、医者治す気ない感満載の内容が目白押しです。

 まず、「疾病の病因や予後を検討する目的において最も優れた研究デザイン」という
コホート研究という手法でひたすらASD研究に没頭するセンセー。

 「乳幼児からのデータ収集が比較的難しい」ため
「乳幼児を対象としたコホート研究が立ち後れている』現状を嘆き、
「以前は、三歳ごろまで顕在化しなかったASDの行動兆候」が、
「より早期の段階で捉えられるようになったという知見」に喜ぶという
治すことよりデータ収集第一主義の研究頭!(褒めてません)

 そして、抑うつや不安、引きこもり、就労の問題が高い水準を保つだの、
二十代後半には横ばいだの、まったく良いことないのに、
「予後因子に関する研究が進むことで、ASD児者に対する効果的な介入方法について示唆が得られることが期待される」
という脳天気な結論。

 この本が出た2014年の時点で、
治しもせずに予後を追っかけている意味もわかりませんしが、
5年経った現在においても「治りません!」を貫くギョーカイ先生方に
解決の糸口は見つからなかったのだなぁと、と遠い目です。

 で、次、「神経発達障害への治療の進歩」と題した、中京大学のセンセーは、
「現代においてペアレント・プログラムを含めたPTは神経発達障害の家族支援の必須技法となっている。」
と宣い、私が6年前に「お!これは!」と思い、色々試した感覚統合については、
「ASD児を対象にした感覚統合療法の効果研究自体は少ないものの(中略)注目すべきアプローチといえる」と
うすーくかすって終了。

 身体に注目した花風社さんとは一線を画すセンスのなさです。

 また、誰が頼んだのか、「神経発達障害の生涯発達支援という全体像」という、
治しもせずに、生涯関わろうとする恐ろしい神経の持ち主です。
生涯関わろうとする人たちの納得の「治療の進歩」状況を垣間みて、ぞっとしました。

 さらに、「神経発達障害への教育」では、大阪大学大学院の方が、
「個別ニーズに対応」と言いつつ、専門性について声だかに訴えられています。
その専門性は何だろう、と読み進めてあがってきたのが、
「応用行動分析アプローチ」だの「TEACCHプログラム」です。

 学校での教育=学習、知識の修得、と思っていた私はびっくりしました。
「教育」という言葉ひとつとっても、思い浮べる内容は人それぞれであるのだ、と、
己の言葉に対する解釈の狭さを反省することでした。

 
 ちょっと、お!と思ったところは、
福井大学のセンターの先生が、「ASD生物学研究の進歩」として、後ろの方に、
「エネルギー代謝異常の観点から得られた研究成果」として「ミトコンドリア機能」を評価し、
結果、「ASDにおけるミトコンドリアの機能低下を示す所見を見いだした」とあり、
現在、SNSの仲間内でタンパク質押ししていることとの関係があるのかも!と、
ちょっとだけ、「ほお!」となりました。

 あとは、もう、薬物療法のすすめとか、「みんな!発達性運動障害って知ってる!?」的ないじけた体育系の項目。
でも、実は、このいじけた体育系項目にこそ、学習障害や不器用さを治す活路があるにも関わらず、
ここでは、診断基準云々でその活路に気がついていおらず、果ては、
保護者が「『不器用さ』に対する問題意識が芽生えていないか、芽生えていてもあまり成長していない」
との親御さんディスに走る始末です。

 さらには、この本に流れる失礼の川がここにもあり、
「運動面の問題ということから、医療的な取り組みとして作業療法士、理学療法士が担当すべきであるが、
保険の点数がつかないので十分実施されていないことが多い。」という正直さです。

 本当に、病院では治りませんねぇ。

 そして、最後、トリはお名前の知れた鳥取大学のセンセーです。
ここでは、なぜか、「わが国独自の福祉行政上の概念」である、「強度行動障害」についてです。

 内容は「ハイリスク児」を抽出し、
「医療との連携のもとで早期からの個別療育や親指導を行うとともに、
特別支援教育においてもASD特性に配慮した個別的な支援を継続することが望まれる」という提案や
「学齢期から成人期までの一貫した支援システムの構築のために、専門機関からの継続的なコンサルテーションの必要性」と
釣った魚は逃さない恐怖の束縛的支援の押し売りなど、治す感のない内容で終了。

 このように、読んでも読んでも読んでも読んでも、神経について言及している箇所はありませんでした。

 5年経っても今のことのように読めるこの本。
ギョーカイ先生方は、いつまで本の内容が色あせぬように、
今日も治さない医療を全力で突き進んでおられることがよくわかった本でした。

 
 

 
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