ほっかも!!
ゴールキーパー北野貴之のつれづれ日記
 



こんばんは!
セレッソ大阪のときにお世話になり、今は東京ヴェルディの橋本英郎さん、武田博行とお逢いしました。



橋本英郎さんが、ヨガチャリティーを開催するようで、少しこちらでも告知させて頂きます。



場所は横浜。日時11月6日(月曜日)夜7時30〜

参加予定選手
東京ヴェルディ 梶川選手
横浜FC 野村選手
になります。

横浜では
村田歯科医院様
http://www.murata-shika.jp/s/
のご協力で開催する事が出来ました。

株式会社ADIS様 http://www.adisnet.com にサポートしていただいています。

詳しくはホームページのチャリティー欄
http://pakila.jp/hashimotocharity/
に記載させていただいています。

橋本英郎さんからのお誘いを受け、大阪に引き続き、自分は2回目の参加となります。

今回も、参加費は日本クリニクラウン協会へ参加費全額寄付させて頂きます。


皆さんに、お逢いできるのを楽しみにしています!
ヨガで一緒に汗をかいて、素敵な時間、素敵な出逢いをお待ちしております。

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今回、リリースにもありましたが、横浜FCの監督である中田仁司監督が解任という形で、途中で退くことになりました。

今のチームに、なんらかの変化を求めるために、まず代表として、最初に責任を取ることになった中田仁司さん。
これがプロスポーツの世界、社会でも経営者のトップであれば、世にある光景なのかもしれない。

しかし、監督だけでなく、色々な部分で目を向けなくてはいけないと思う。

選手、フロント、全ての人にも責任は少なからずあるのに、全てを背負わせたくなる気持ちは分かるが、それを全ての監督が背負わせることになればチームの発展はそこまでだ。

あくまで、みんなが感じなくてはいけないのは、一緒にいた道、自分なりに敬意を払い、自分も反省する心だ。


自身、途中で加入し、お力になれず仕舞いで、このような結果になったのは、漢として悔しい。

中田仁司さんが、最後に選手に述べた言葉は、ここまでどんなときもついてきてくれて、自分のスタイルに不平不満があろうと、ついて来てくれた
皆んなに感謝の言葉を述べたい。
選手、スタッフ、横浜FCで出逢えた皆様にも感謝の言葉を伝えてお話を終えた。

始まり、終わりも「ありがとう」の言葉を述べていた。

最後のランチの食事。
いつも食堂でランチを提供してくださるスタッフにも挨拶にきて、「ここのパスタはどこよりも美味しい。今まで、いつもありがとうございました」と伝えている場に数少ない選手であったが自分が目にできた。

不平不満があろうと、なかろうと、男気溢れる振る舞いを最後まで貫いた姿。

最後、大きなボストンバッグに荷物を詰めて歩いていく中田仁司さんの背中を見届け、中田仁司さんの次なる道の幸運を祈ることしかできなかった。

朝急に告げられた、監督。
動揺があるか、ないか、それをあらわさない姿。

ここまでの、功績、結果、感謝の言葉しかありませんが、それよりも立ち振る舞いという姿を目に焼き付けました。


横浜FCの目標である、J1の舞台。
そこを引き寄せることが、本心で中田仁司さんが喜ぶかどうかは、わからないが、ここに残った選手がぶっつける姿こそ、漢かと。



残された、J 2リーグの5試合。
ぶつけれる魂を全て、ぶっつけ、魂を全て解放し、道を信じ、仲間を信じ、自分を信じて歩みたいと思う。





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こんばんは!
昨日は、ケニアに行ったときに大変お世話になった塩尻さんとお会いしました。
日本に帰ってくるのは、もう何年振りか覚えてないと。

今年、身体1つで生きることができ、アフリカへ命という運をかけた旅。
無事に、ケニアを真っ向から勝負して、旅で大きくなれたのは、塩尻さんのお陰です。

土でできた、電気のない、水のない家で生活をしたり。





子供がはしゃいでダンスをしているが、食べれること、寝れる場所、生まれたときから顔の知らない親に捧げる踊り。




スラム街から這い上がり、職業訓練を受け、二度とスラムへと戻らないように教育される成年へ、スピーチ。





離れた家からロバを使って水汲みを共にした時間。





食料物資を民族に届ける、漢の背中。





エイズ孤児と共に、親はもちろんいない。一夜みんなで過ごした家族。そこの代表、塩尻さん奥様。




塩尻さんは、云う。

人生とは陰徳である。
陰徳とは、人に知られないようにひそかにする善行。よい行いを積む。「陰徳を積む」ともいう。
大木を支えているのは見えないところできちんとした根があるからである。
上の葉や木に目は集まるが、土の中の目に見えないところが、目ではうつらないところがあるから咲くのだと。
そして、自分のためになること、お金になることには、生を尽くすかと。
しかし、身のためにならないこと、すなわちカラ仕事に、どれだけ打ち込めるかと云っていた。

カラ仕事こそ、身の修行であり、そこから得るものは偉大と。

修行のために24-27歳の三年間を浮浪者に自らなった。

仕事は稼ごうと思ったらいつでもできる。なんだってできる。
食事はパンの耳を頂き、風呂は琵琶湖。
見返りを求めてはいけない。

パンを頂いたお店は、それから通るたんびに綺麗に掃除したと。
歩きながら人に尋ねた、三年間。
尋ねたお言葉は、何か困ったことはありませんか。
お婆ちゃんであれば一人ではできない力仕事を手伝い、相談があれば私でよければと、お話を全てお聞きしたようです。

自分が肌で感じた。
日本での当たり前がケニア、世界では当たり前ではないこと沢山あります。
行かなければわからないことは多くあると思うけど、自分が伝えれることは伝えたい。

どれだけ、日本が幸せに満ち溢れているか。


いいことをしても土をかぶり、
浮浪者時代、歩きながら掃除をし、駅で泊めてくれたところはきれいに掃除、掃除しながら生きたという。

駅長が感謝の表彰をしたいと打診されたが有り難くお断りさせてもらった。

塩尻さんは、お話の中で何度も、たった3年間だけですよ!という言葉を何回もおっしゃってました。

0になることはこわくない。
人はいつか死ぬ。生きている間に大勢の人と楽しむ(熱い仲間・熱い同志)ことが大切。

最後に云った。
限られた命の中で、良きものは伝承したいと。



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こんばんは!!

毎日発する言葉、常日頃からの何気ない自分の発してる口の癖。
自分の口癖ってなんだろうと、問いかけて下さい。
自分の話してること、それが人生を創り上げてると思いませんか。

疲れた言ってれば、疲れた人生。
大変言っていれば、大変な人生。

幸せ幸せ言っていれば、幸せな人生。
ラッキー言ってれば、ラッキーな人生。


『良い言葉良い道を開き、悪い言葉悪い道を呼ぶ』


自分が発する言葉は、自分が脳に反応させ喋っているということ。
すなわち、脳にインプットされる。履歴に残るということなんです。

それを知って、これからは多くの幸せな言葉を愛用しましょう!!




『天国言葉』

・愛してます
・ツイてる
・うれしい
・楽しい
・感謝してます
・しあわせ
・ありがとう
・ゆるします
・ステキ
・キレイ
・おいしい
・最高
・おめでとう

『地獄言葉』

・ツイてない
・ゆるせない
・不平.不満
・グチ
・泣きごと
・悪口
・文句
・心配ごと
・無理
・疲れた
・やだ


話す言葉って、"やまびこ"と一緒です。
いい言葉を発すれば、絶対にいい言葉が返ってくる。しかも、大きくなって返ってきます。

幸せな気分になれるいい言葉を、いっぱい愛用して生きていきましょうね!!

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35歳になりました。
35年間の間にご縁で繋がった、多くの皆さまのお陰で、逞しい身体、逞しい心がつくられてきました。
大きな感謝を、皆さまにお伝えします。
ありがとうございます!

私の34歳は、ケニアに行ったり、ドバイに行ったり、世界の天と地の差を自分の目で、肌で感じ一気に二回りスケール、捉え方が大きくなった、34歳だった。

正直ケニアやタンザニアでみた光景は、こんな世界がまだあるのか、、、。
命懸けで行ったんだから、絶対に伝えなきゃいけない使命があると今も思っています。
「どんな環境も、理由にせず生きる姿勢」
野生の動物だけでなく、人間にもあった、弱肉強食の世界!
いずれ伝えなければいけない。

[

とはいえ、自分も日本に今は住んでいる。
気をつけなければいけないのが、日本における平和ボケの生活である。
当たり前の環境。平和ボケの恐ろしいのは、感謝の心が薄れてきて、当たり前と思う心である。

食べれること。生きれること。
命の保証が難しい国はまだ沢山ある。
せめて、1日一回は手を合わせることで、感謝を伝えることだけで、平和ボケは薄まるのではないかと思う。


今日で誕生してから35年。
誕生とは、なんだろう。
母の母体から産声をあげて生まれたその日。
自分なら1982年10月4日だ。
この日が、命のスタート。
臍の緒から離れ独り立ちの命のスタートである。

命とは、それではなんだろう。

命とは……時間ということになる。
時間を大切に使うとは、命を大切に使うということにもなり、時間を無駄遣いとは、命を粗末にするということに繋がる。

そのなかで、自分は、真剣に生きるとは、このように考えている。

誕生し産声をあげたその日に、一本のロウソクに火がつく。
そして、そのロウソクは燃え続けているが、確実にロウソクはゆっくり短く短く、1日1日を過ぎるごとによってロウソクが短くなっている事実を、目を逸らさず受け止めらなければいけない。

何を言いたかというと、1日生きるとは、1日天の神さまの場所へ舞い戻る日が近づいたという事実だ。

これを知って生きるということが、どれだけポジティブなことか。

私は、35年間生きてきて、さらに確立してきた考えがある。

それは、
「どこにいくか」
「何を食べるか」
「何をするか」ではなく、もっとも大切なのは

『誰と行くか」
『誰と食べるか』
『誰とするか』

この誰というのが大切なんだと。
すなわち仲間が大切なんです。

仲間こそ、人生で生きる中で大切なポイントなのです。

なんの仕事をするのかではなく、どんな熱い仲間と生きるかなんです。
何をするかでなく、熱い仲間がいれば、いい仕事をうむのです。

有難い事に、どんどん増えていく弟達。
サッカー界も増え、北海高校卒業の後輩や、全国から集まってくる漢達。
あらゆるところに増える漢の弟。


仲間こそ
最大の財産であり、
仲間こそ
どんな困難も乗り越えれる
最高の戦勇となるのです!


常に帆を大きく掲げ、熱い弟達がどんどん成長するなか、自分も帆で風だけでなく様々なものを吸収しようと心を磨いている身なのです。

35歳も皆様から多くのことを学ぶかと思います!
出会う皆様が、多ければ多いほど、未来のぼくの人生への輝きが増すと思っています!

自分が信じる使命を果たすために、さらに謙虚に、皆様とご縁を大切に、熱い弟達と歩んでいこうと思います!!


最後になりましたが、今日まで出会ってきた皆様、そして両親に感謝をして
35歳最初のブログを〆させて頂きます。






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