岩木山を考える会 事務局日誌 

事務局長三浦章男の事務局日誌やイベントの案内、意見・記録の投稿

白狐沢山麓からの岩木山は森に覆われている

2008-09-28 03:55:48 | Weblog
(今日の写真はミズナラとブナが混在する森の一部である。左手に見える樹木がミズナラでその奥にあるものはすべてブナである。右の上にはハウチワカエデも見えている。
 陽光が射し込む細い稜線上では、数種の樹木が競い合ってよく伸びる。それらに負けんとばかり竹も伸びるのだ。
 手前の根曲がり竹の藪は1~1.5mの高さである。この高さとこの密集では「藪こぎ」は苦痛なものとなる。
 白狐沢左岸尾根も純粋にブナ林に変わる前の高度では、このような森が続く。そして、いつの間にか「ブナ林帯」に入っていく。
 ブナ林下には竹は殆どない。非常に歩きやすく登りやすい。だから、あえて踏み跡などない方がいい。磁石で方向を確認しながら、自在に歩けるのがブナ林なのだ。ところが、少しでも「伐採」されているとそうはいかない。「竹」や「低木」の茂みが行く手を阻む。
 ブナ林帯を抜けるとダケカンバやミヤマハンノキの低木と竹藪が出てくる。道が消失したり、方向を誤ってこの「藪」に入ると、全身運動をしなければいけないことになる。しかも、そのあたりは地面が「岩混じり」なので足場が悪く、転倒する。
 樹木も豪雪の圧力で幹が歪にたわみ、私たちの足に絡みついては、掬う。下手をすると、頭から転倒したり、背中側に逆さまに落ちたりする。
 悪戦苦闘を続けているうちに「針葉樹林帯」が出てくる。岩木山の場合は「コメツガ」であり、八甲田山の場合は「アオモリトドマツ(おおしらびそ)」だ。
 岩木山には「コメツガ」のない尾根もある。それは百沢や岳から登る尾根だ。この尾根は、それだけダケカンバやミヤマハンノキの低木と竹藪が広範囲に長く続いている。
 その「針葉樹林帯」の上が「ハイマツ(這い松)」帯となっている。これが普通の樹林帯の構成なのだが、岩木山では「コメツガ」も見られず、「アオモリトドマツ」も見られない尾根が存在するのだ。)


     … 白狐沢下流域山麓から見える岩木山は森に覆われている…

   その「いい森」のある尾根を晩冬に登った記録(その2)

 この尾根のブナは、見たところみなまだ低くて細い。7~80年前に伐られた後に、ひこばえとして、または実生として育ったもののようだ。
 それでも、私よりはうんと年上だ。ひこばえとして育った木は、親木である根株の年を加えたら200年、いや300年にもなるはずだ。
 人ならば終焉であるはずのものが、まだ若木であり、4、50年では子供である。森はゆっくりと宇宙のペースで巡る。人は慌ただしくも、せっかちで短命だ。

 ゆっくり行こう。時間は十分にある。速さを競う年でもない。森に従おうではないか。 風を背にして、ザックの蔭(かげ)で仰向けになる。赤く色づいた梢がふもとに向かって弧を描き、枝が小刻みに震えて青鈍色の斑点を描く。吹かれるに任せ、動いて止まない。
 また、雪の上を動くのは、雪面に映るはっきりとした枝と梢の影や、天空を駆けるはぐれ雲の薄い影であり、時々ブナの根元の雪穴から飛び出すうさぎたちだ。
 騒然と風に翻弄(ほんろう)されながらも、抵抗など微塵も感じさせない。風よ、気の済むままにである。
 ところが、幹だけは動かず屹立している。微動だにしない静かな抗(あらが)いなのだ。まるで細くて低いのに、嵩(かさ)を感じさせるほどだ。

 自然に我が身を任せながらも、自分を生きて、命を引き継ぎ、種を伝えていく。長い生命の巡りの中で、自然に添って新しい形質を育んでいく。
 私はそこに、「人がすでに放棄してしまった進化」を見たような気がした。目の前のブナは、親木の命を引き継いで、まさに自噴する力で立っていた。
 道具を使い始めたころから、人は進化を拒否してきた。人ほど他力本願で自己変革になじめないものはない。自分ですることを忘れた人の「終末」は案外近いかも知れない。地球の温暖化も人は回避できないまま、死滅するのかも知れない。

 そんなことを考えていたら、「地球は冷える」と主張する地質学者がいることを知った。
 確かにCO2削減に向けたエコ論議は過熱気味だ。原子力発電を促すための「プロパガンダ」ではないのかと、思うことすらある。
 その中で、「地球温暖化の大きな原因が本当に二酸化炭素(CO2)なのか、もう少し冷静に議論する必要がある」と主張するのは丸山茂徳さんだ。マントル運動の研究で知られる彼は、国連の「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)は、20世紀後半以降の気温上昇の原因を人類の出すCO2としたが、それに疑問を投げかける。

 温暖化人為説は、昨年アル・ゴア前米副大統領と科学者集団のIPCCがノーベル平和賞を受賞するなどして「確乎」たるものとなった。しかし「IPCCの中にも異論を唱える学者はいる」のだそうだ。
 地球の歴史を見れば、温暖化は頻繁に起きてきた。気温に影響する最大の要因は太陽の活動で、宇宙線や地球の磁場に左右される雲の量、火山活動などもある。 

 「CO2が寄与する気温の上昇は太陽活動に比べたら微々たるもの。1940~1975年はCO2の濃度が高くなったのに気温は下がったんですよ」「これからは寒冷化に向かいます。私が正しいかどうかは、5年後に決着がつくでしょう」と丸山茂徳さんは言う。
 太陽活動はすでに弱くなっているのだそうだ。そう言われると、急に寒くなったここ数日間のことが気にかかる。
 だが、現在は、氷河時代の真っ只にある中のつかのまの間氷期(後氷期又は完新世と呼ばれる)に位置するのである。そして、「太陽活動はすでに弱くなっている」という「間氷期」であるにもかかわらず、地球が温暖であることが問題なのだろう。
 だから、環境省は、二酸化炭素(CO2)が引き起こしているとされる地球温暖化を否定する声に対して、国内の研究者の知恵を結集して反論していく方針を決めたのだろう。
 一方では、丸山茂徳さんをはじめとする「20世紀の気温上昇は都市化に伴うヒートアイランド現象のためで、CO2は無関係」など、CO2による温暖化自体を否定する声も一部の研究者の間で根強いのである。
 「地球温暖化」が杞憂であればそれにこしたことはないのだが…。
(この稿の一部は、毎日新聞電子版「ひと」欄を参考にして書いたものである)