「アイガー北壁登攀後の私たち、J・E・C・C(ジャパン・エキスパート・クライマース・クラブ)、仲間の身辺にはいろいろなことが起こった。
スキーで顎骨骨折したネギヤン、国内連絡員だった松ツァンは左肘骨折。そして私をはじめとして、多くのアイガー仲間が精神的にバランスを失った。
現役のクライマーには、一つの登攀の成功・完了は次の目的への出発点ではあるまいか。
しかし、二度と繰り返せないかもしれない最高のチームワークで登ったアイガーの思い出が、皆の心にあまりに強烈に焼きついてしまったためか、それ以上のものへの期待が考えられなくなったのか、それとも登攀後の感激の大きさに酔いしれ、酔いつぶれてしまったためなのか、なにしろ私たちはアイガー直登後、しばらく放心状態で遊びくるった。山の自然の中での生き方を知っている私たちとはいえ、山の中にいる期間が長すぎてか、複雑な人間社会での生き方には、うとくなったのかもしれない。私たちは心のよりどころさえ失ってしまったのだ。成功後の放心の渦から抜け出すためには、私は一時、おのれを殺して他を生かす死が最良の解決方法ではないかとさえ思いもした。
アイガーで私たちと行動を共にしなかったとはいえ、ケンチャンもまたこの渦の中の一人だったl
アルコールづけだった彼が、今真剣な目つきで仕事の話をするのを見て、よく立ちなおったものだと思う。私も今、ジョラスを登ろうとしているのだ。一年前には考えられないことだった。幾多の困難をのりこえ、よくここまで来られたものだと、つくづく思う。」
30年ぶりぐらいに手持ちの本を読み返して一番心に残った記述。けわしい山を登攀する精神力と、複雑な現世を生き延びていく精神力とは別物ということか。それだけこの世を生きていくということは難しくて大変なことということか・・・。
スキーで顎骨骨折したネギヤン、国内連絡員だった松ツァンは左肘骨折。そして私をはじめとして、多くのアイガー仲間が精神的にバランスを失った。
現役のクライマーには、一つの登攀の成功・完了は次の目的への出発点ではあるまいか。
しかし、二度と繰り返せないかもしれない最高のチームワークで登ったアイガーの思い出が、皆の心にあまりに強烈に焼きついてしまったためか、それ以上のものへの期待が考えられなくなったのか、それとも登攀後の感激の大きさに酔いしれ、酔いつぶれてしまったためなのか、なにしろ私たちはアイガー直登後、しばらく放心状態で遊びくるった。山の自然の中での生き方を知っている私たちとはいえ、山の中にいる期間が長すぎてか、複雑な人間社会での生き方には、うとくなったのかもしれない。私たちは心のよりどころさえ失ってしまったのだ。成功後の放心の渦から抜け出すためには、私は一時、おのれを殺して他を生かす死が最良の解決方法ではないかとさえ思いもした。
アイガーで私たちと行動を共にしなかったとはいえ、ケンチャンもまたこの渦の中の一人だったl
アルコールづけだった彼が、今真剣な目つきで仕事の話をするのを見て、よく立ちなおったものだと思う。私も今、ジョラスを登ろうとしているのだ。一年前には考えられないことだった。幾多の困難をのりこえ、よくここまで来られたものだと、つくづく思う。」
30年ぶりぐらいに手持ちの本を読み返して一番心に残った記述。けわしい山を登攀する精神力と、複雑な現世を生き延びていく精神力とは別物ということか。それだけこの世を生きていくということは難しくて大変なことということか・・・。