たんぽぽの心の旅のアルバム

旅日記・観劇日記・美術館めぐり・日々の想いなどを綴るブログでしたが、最近の投稿は長引くコロナ騒動からの気づきが中心です。

自分を信じ続ける

2019年02月01日 21時39分43秒 | 祈り
「2005年4月24日(日)

本当にいつものことだが土曜日は疲れているせいか、考え方がネガティヴになってしまう。
ちっとも自分に自信がもてなくって、うなだれた私がいる。
胸を張れないから姿勢も悪い。
人が自分のことを笑っているような、悪口かなんか言っているような、そんな錯覚をおこしてしまう。神経症だ。
ゴスペルコーラスをやり続けることは、そんな自分との内なる闘い。身体の声をきくことだ。
体力をもう少しつけて、がんばりたい。
この小さな身体で、私は本当によくがんばっている。
女としての幸せを忘れている。人はそういう。
だが、人は人、自分は自分。一人の人間として、社会の中で本当の自立を目指そうとしているだけだ。
そんな普通の女性に、日本の社会は冷たい。
人間=男性、女性について述べる時だけ、あえて女性とことわらなければならない。社会保障制度は、専業主婦を優遇し続けている。
そんな社会に対して、微力ながらも関わっていきたい。
PSWの資格取得を目指すことは、そんな思いを現実にしていくための第一歩だ。
「社会福祉原論」のテキストを読み始めたが、社会学で学んだこと、卒業論文を通して主張したいこととつながっている部分がある。本当にやり続けられるのか不安だがスタートしたばかりだ。がんばってみよう。
40歳を過ぎて恋人もなく、シングルでいる私は淋しいのかなあ。
きっと淋しいんだろうなあ。みんな最後はひとりなんだよ。
自分の芯をもって生きていかなければならない。
私は自分の生産的な力を信じる。」

 自分がこんな想いを抱きながらPSWの国家試験合格を目指して、大会社で二人労働しながら勉強していたこと、忘れていました。ゴスペルは3年ぐらい続けたかな。大会にも出場しました。出番までの待ち時間に大会会場近くのカフェでレポートを清書したりしていました。心身をすり減らしながら合格した国家試験。回りまわって合格から10年余りのちに生かす入口に立つことはできたけれど、家賃を払いながら暮らせるだけの安定的な収入の道はきびしく実家に戻って2カ月半。

 やや久しぶりに30年間一人で暮らし続けた街にやってきました。新幹線代と時間を考えると遠いです。駅から遠く公共交通機関だけに頼っては生活できないド田舎に引っ込んでしまったのでほんの2カ月半しか過ぎていないといえばいないのにもっと時間が過ぎたような気がします。案内を読んだ時には、それだけで気力が失せてしまった、朝一時間に一本の巡回バスを利用すれば通える求人に、一昨日書類を発送してからの新幹線。目的は日曜日のラブネバ。日帰りも可能だけれど、毎週末通っていたスパに行きたくて、ベルばらの当日券に未練もあるので2泊3日のプチ旅。書類を発送したらもう全てを忘れたい。書類が通っても論文と面接。考えただけでまた気力が失せます。こんなエネルギーを削がれること、心の底からいや。この4年間になんどこんなことをやってきたのだろうと考えるとそれだけで体中の力が抜けていく感。また縁あって日中の居場所に出会うことができれば、毎朝一時間に一本の巡回バスを逃したら全てが終わるというプレッシャーとの闘い。仕事内容への不安と同時に通勤への不安。うつうつと考え始めたら果てしなくどこまでも不安の海。近くに店もないし、家にいるとざわめくからすっかり遠のいている自分がたまらなく惨めに思えてきたりするこの頃。

 都心はほんとに煌びやかでなんでもあって便利。地方との格差を実感しています。久しぶりの郷里は、かつては賑わっていた商店街が、映画館やらファッションビルやら立ち並んでいた繁華街がすっかりさびれてシャッター通りになっている光景にはことばがありません。反対に車でしかいけない大型のショッピングモールは平日も朝から駐車場満杯の大賑わいで、都心では駅近にある無〇良品もショッピングモールの中。自転車では行くことができません。車がほんとに横着。家の近くは特にひどい。信号がないのをいいことに飛ばしまくっているので直前までウィンカー出さないで曲がってくる車になんどか轢かれそうになっています。横断歩道あってもほとんど無視されてます。止まれ、って書いてあるところで止まらない車もあって、わたし、聞こえないけど怒ってます。「危ないよ、止まれよ、ウィンカー出せよ」って。この暮らしに慣れていくことができるのか。今さら中古マンションを購入するだけの力も、また家賃を払い続けるだけの力もないし、飛び立っていくためには荷物が多すぎるので今のところは家で暮らし続けるという選択肢以外ありません。3.11以降自然災害への不安といつも背中合わせなので、弟と同級生が近くにいるという安心感は代えがたい。先日お金が入った後弟に水道光熱費を半分払いました。食費もまるまる出してもらうばかりでは申し訳ないので自転車で行ける範囲で自分で買ったり、一軒家の水道光熱費は高いですが家賃を思えば安いもんです。安いお給料からどうやって家賃を払っていたのか自分でも不思議。部屋を引き上げるための費用もまだまだ尾をひいているし、また稼げるようになれば家賃負担がなくなった分チケット代に使えるし、プリンスエドワード島、オランダのマウリッツハイス美術館、イタリアのトスカーナに行くという夢をあきらめたくない。この世にいる間にやりたいことはまだあるのであきらめたくない。きっとやり直せる。自分を信じ続けるしかないです。

 家から1時間半ぐらいのところで観劇できることは滅多になくなりました。近隣の都市は劇場が相次いでクローズ。日比谷よりも大阪の方が新幹線代と時間が半分ですむのでこれからは関西かな。梅田芸術劇場、開拓していかねば。ラブネバは日生劇場だけ。日生劇場で観るのがいいんです。明日もまずは日比谷でフォーラムのぞいて、当日券無理そうだったら美術館。それから吉村さんのギャラリー展かな。気が重くなる現実はしばし忘れて楽しもう。郷里に戻ったらまたハロワとか、問い合わせとか、いろいろ。必ずやり直せるから、日曜日までは考えない、考えない。

 長々と成仏できない気持ちのつぶやきでした。