kohは今日も元気です

思うようにブログアップが出来ませんが、俳句のこと、テレビ番組のこと等、日常をぼちぼち書いていきます。

麒麟来たりなば…㉔

2021-01-25 23:13:49 | 麒麟がくる

麒麟がくる

第四十二回  離れゆく心
 

鞆の浦で光秀が公方様と仲良く釣りをしている

鯛が釣れると言ってました

明石の鯛が有名ですけど、

瀬戸内海には鯛が沢山泳いでるのでしょうか

鯛はともあれ



”そなたひとりの京であれば、考えもしよう”

光秀の京への誘いにそんなことを言っていましたし、

駒ちゃんは、公方様から届いた手紙に

”昔、話をした誰も見たことのないという生き物、麒麟

十兵衛なら、それを呼んでくれるやもしれん

海辺で暮らしていると、そういうらちもないことを考える”


光秀は公方様からこんなにも信頼されていたのですね


光秀は、なぜ本能寺の変に至ったのか

よくこの事が論じられて、将軍足利義昭がけしかけた

というかんじの説を何度も聞いたことがありますが

深いところまでは聞いたことがなく、

ほんまかなあ~

と思う程度でした

麒麟がくるもあと2回を残すのみとなって

光秀の周囲の人たちの行動を見るにつけ

そういうことなら、そうやったかも

と思うようになりました



最近、今までの説をひっくり返すような新説を

歴史番組で言ってますね

これは、発掘技術の進歩とか、

新たに古文書の発見が相次いでるとか

最近テレビ番組で知ったのですが

外国が、日本の古文書をたくさん所蔵している


ルイスフロイスやシーボルト、他にも

ポルトガルなどから宣教師として

或いは、開国を求めてやって来て、

日本のありとあらゆることを記録して持ち帰っている

また、絵画や器などの道具、花を調べて押し花などにして

持ち帰った人もあった

日本人が日本の良さに気付かずに、

ぞんざいにしていた様々なものに、価値を見つけていた

その資料から、日本人が日本を再発見している


きっと、まだまだ知らない事が出てきますね

フィクションがノンフィクションだったりして

楽しみは尽きません



それから光秀の長女のお岸さん

荒木村重の息子の村次に嫁いでいたけれど、

離縁させられて光秀のもとに帰されました

辛いことだったけど、おきしの命は助かった

というのも、信長の態度にもう付いていけなくなった

荒木村重の有岡城籠城に対する

信長の残虐な仕打ちにあわずに済んだのですもの

信長を心から仕える武将は今どれだけ残っているのか



そのお岸さんを、左馬之助はじっと見つめていましたね

山崎の合戦の跡、湖水渡りをした左馬之助さん

美濃からずっと、光秀に仕えてきた人ですね

ええ人や

左馬之助さんに幸あれ💛




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