ちわきの俳句の部屋

メカ音痴おばさんの一念発起のブログです。
人生の後半を俳句にどっぷりと浸かって、…今がある。

二人静

2017年05月21日 | 俳句

 先日より時間があれば、庭の手入れです。草刈機で刈った草の始末や刈れないところの草取り、剪定した枝などの始末etc….することは山のようにあるのです。今まで放っておいたツケなのですが、…。

 周りのお宅に迷惑が掛からない限りは、草が生えても一向に気にしない似たもの夫婦…なんです。

 ところが、やり始めると、今度は歯止めが利かない、要するに〝ズボラ〟、でも根は〝マジメ〟と言うことでしょうか。

 それで、一旦草刈機を使い出すと、わが亭主殿は〝無我〟の境地におなりになって、困ったことに何にも見えなくなるのです。

 それで何度大事な草花や苗木をなくしたことか。特に私が買ってきて植えたり、株分けして貰ったものなど…まだ小さいし、花も付けていないので、草と一緒に刈ってしまうのです。それを恐れて、植えるときはいつも一緒にするんですが…ね。

 「ブーン、ブゥーン…」と音が聞こえ出すと、飛んで外へ出るのですが、つい他のことをしていて、気付くのが遅かったり、出掛けていなかったりすると、もう後の祭りです。

 昨日も家に帰って、ハッとしました。「あそこに植えていた半夏生刈らなかった?」「そんなもん知らんが~」と。

 私が3ヶ所に分けて植えていたのですが、ナイ!ナイ!ナイ!

 確かにあれは葉が白くならなければ気が付きにくいので、草と思うのも無理からぬことですが…。

 がっかりして立ち去ろうかと…でももう一度よぉ~く探してみると…あったんですよ!1本残っていました。

 この花は結構繁殖力が強いので、1本でもあれば大丈夫ですが、傍にもう一つ小さな葉が出ていました。よかったあ~

 そうそうもう一つ、「二人静」です。知らない人は草と間違うんですが、…これはちゃんと残っていました。

 「二人静、これ分ったの?」「そりゃあれは、〇〇先生からもろうたんじゃろが~」

 そうなんです。2年半ほど前お亡くなりになって…一緒に俳句をしていましたので、知らない植物や見たことのないものなど、教えてもらおうとすると、我家にあるからと言って、すぐに届けて下さいました。この「二人静」もそうなんです。「一人静」も貰ったのですが、それは残念ながらうまく育てることができませんでした。だからこれは形見の〝二人静〟。

 

 晩春の季語です。我家の二人静は日陰の所に植えていましたので、まだ花序が残っており、それで旦那も気が付いたのでしょう。

      二人静木洩れ日と囁きあふは

 これは、馬酔木の我が敬愛する大先輩、渡邊千枝子先生の句です。一時は御指導を仰いで、色々とご助言を戴いた方です。

 この句、先生には珍しく、「5/5/7」の破調のリズムになっています。私などなかなか破調には詠むことが出来ないので、きっと〈木洩れ日と囁きあふは二人静〉としてしまうかも。でも、そうすると下5が字余りで重たくなり、この何かしらはかなげでロマンチックな抒情は出なくなるでしょう。やはり上5に据えて、おもむろに詠いだし、ここでしっかり切る。そして、一気に12音を朗するというのが狙いなのかも。ここでは助詞の「は」をどうとるかが問題です。私は、終助詞の「は」だと、現代語でいえば「わ」と同じ、「余情・詠嘆の意を表す」ものだと思います。更にこの句の眼目は「木洩れ日と」の「と」。これがもし「に」だったらと考えてみて下さい。そうすると、「囁きあふ」のは二人静同士ということになりますね。それじゃ面白くない!そこのところをよ~く考えてみましょう。

 先日柿の花の写真を載せましたが、あれはまだ固い蕾で緑色でしたね。今黄色を帯びた白色の壺状の花弁がよく見えるようになりました。2枚目の写真のように花弁の色が茶色っぽくなると落花します。

 

 柿は同株に雌花と雄花が付きますが、富有柿などの品種には雌花しか付きません。それで私はまだ雄花を見たことがないんですよ。

     柿の花きのふ散りしは黄ばみ見ゆ

 これは与謝蕪村の句です。「黄ばみ」は同感ですが、「散りしは」には納得できませんね。散るという表現は、日々それを見ている者からすると、全く相応しくない表現だと思います。

     柿の花土塀の上にこぼれけり

 この句は正岡子規、「こぼれけり」に実感がありますね。「落ちにけり」でもいいとは思うのですが、やはり「こぼれる」というと、そのものの形状やその動作の連続性が加わって、花と言うよりは小さな実のようなものが…というイメージが出てくるでしょう。

 蕪村の時代は言葉の使い方が大雑把だったのでしょうか?

 ちょっとした表現であってもイメージが変ってしまいますので、やはり俳句を詠む人は、どんな場合でもそれに相応しい表現を見つける努力を心がけたいものですね。

 

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「鯉幟」の句会

2017年05月19日 | 俳句

 今日は午前中、市の芸術祭俳句部門の運営委員会の会議でした。午後からは句会ですが、なぜか久し振りのような…そんな気がしました。

 どうしてそんな感じがするのかしら? もしかしたら、このブログに句会のことを書くのが久し振りだったからかも。

 今日の兼題は「鯉幟」でした。

 最近はこちらでもめったに鯉幟を見かけなくなりました。これはもちろん少子化の影響もあるでしょうが、鯉幟を立てるだけのスペースがないということや揚げ降ろしの手間が大変なことなど、他にもいろいろな条件が重なって、昔のように揚げなくなったのでしょう。私たち夫婦は孫ができたらお雛様や鯉幟を買ってあげようと、手ぐすねひいて待っているんですがね。こればっかしはどうにもなりません。

 ところで、句会のみなさんの話。鯉幟を探してあちらこちらを回ったけど、やはりあまり見かけなくて…と。結局イベントなどでたくさんの鯉幟を川に流している様子など、同じような景を詠んでいる人が何人もいました。あとは昔を思い出しての句など。私も探してみましたが、かなり田舎の空き地があるところでもホント見つけるのに苦労しましたものね。

 今回の高点句は、〈カタコトの男の子仰ぐや鯉幟〉でした。ここの句会は今日が2回目、もちろん入門教室ですので、初心者が殆どです。だから丁寧に一からの指導をしています。

 内容はよく分りますね。「カタコト」とあるから幼児でしょう。その子が鯉幟を見上げている様子を詠んだと。「本当は指さして喜んだんですが、字余りになって…」と作者。「じゃそう詠みましょうよ。この句で削れるところは?」

 そうです、季語が鯉幟なら「男の子(おのこ)」と言わなくても「子」だけで分りますね。ついでに言うなら、「カタコト」は外来語ではありませんので、「片言」を使った方がいいでしょう。

 と言うことで、次のようになりました。

   片言の子の指さすや鯉幟

 ここで、傑作句を!〈鯉寂し一匹窓からぶら下がり

 作者曰く、「これ苦心したんですよ。やっと見つけたら窓に一匹だけぶら下がっていて…」と。そこでちょっとイジワルを。

 「ケンジさん、どこへ釣りに行ったの?」「ええ、あちらこちら探しました。」「釣堀?それとも池?」……

 まだ気付かない!本人とその句を採った人は一生懸命弁明を…ほかの人たちはゲラゲラと…。

 やっと私の言うことに気付いて、「エエッ!鯉じゃあ~いけんのですか?ぶら下がりがあるからいいかと…」 努力は認めますが、でもやっぱりこれはダメでしょうね。

 初心者を指導していると、何がとびだすか全く分りません。〝何でもあり〟なんです。笑い事ではないんですよ、ホントに。みなそれなりに、一生懸命考えてきた末の句なんですから。

 それで、作者の一番言いたかったことはと考えて、次のように。

   寂しげや窓に一つの鯉のぼり

 もう一つ独創的な句。〈着信の電波飲み干す鯉幟〉さあ、この句はどう解釈しましょうか?

 作者に尋ねますと、「電話が掛かってきてその電波を鯉幟が飲み干したようで、…」

 ということは、「電話が突然切れたの?」「イヤ、つながって話したんです」と。

 「それなら飲み干したんじゃなく、はき出したのかも?」みんな???です。作者まで?

 そこで、よく聞いてみると、NHKのテレビ局から携帯に電話がかかり、(この作者はNHK俳壇に応募中)「ヤッタ!入選したんだぁ~」と思って、喜んで話してみたら…添削句の例に出してもいいかという電話だったそうな。「それが今度テレビで放映されます」と。

 それでどうしてこんな句になったの~と、結局の所さっぱり分りませんでした。

 今日の句会でもまたたくさんの笑いを貰いました。感謝です!

 我家のヒメシャラが咲き始めました。沙羅の花は、椿の花に似ていますので夏椿とも言います。一日花なので、そのはかなさが清楚な白とよく合います。ヒメシャラは同じ種類ですが、花がやや小振りで、ちょっと紅が掛かっているところがまるで少女のようでとても好きな花です。

 

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ドクダミとオオキンケイギク

2017年05月18日 | 日記

 一昨日から今日まで、第3週目で結構時間的には余裕があり、ある意味のんびりと過ごしました。

 でもブログは書き始めては途中で止め…また同じ事を…、なぜって?というと、どうしても気が進まなかったんです。

 その理由は分っているのですが、どうにも出来なくて、読んで下さっている方にはゴメンナサイ。

 これが体のことならどうにでも折り合いをつけて、先に進むことも出来るのですが、心というものは自分の意のままになりません。本当に厄介なものですね。

 しばらく〝ことばの暴力〟ということを考えていました。

 最近でも中学生や高校生の、いじめによる自殺が相変わらず後を絶ちませんが、その気持ちよく分ります。

 悪意のない言葉でも人を傷つけますが、まして、悪意を持って言ったり、書いたりするのは、本当に言葉の暴力ですよ。

 そして、もしそれが自分には思い当たることがない…そう、いわれのない中傷だとすればなおさらのことでしょう。

 転んだりした怪我なら、傷が治れば忘れられますが、他人から受けた心の傷は、まるで澱のように心の奥深くに残って、何時までも消えません。何かをしようとする度に、それが頭を持ち上げてきて、心が萎縮してしまうんです。だから、登校拒否になったり、引きこもりになったりと…挙げ句の果てには死を選ぶことも。

 私は結構打たれ強いのですが、今回だけはさすがにダメージが大きかったです。〝何がそんなに…〟〝何でそこまで言われないといけないの…〟と、納得のいかないことばかり、ここには書きたくなかったのですが、でも書いたら気が晴れました。

 いつも気が滅入っているときは、体を動かしていると紛れますので、この2,3日は草取りばかりしてました。

 旦那が草刈り機、私はもっぱら手ですが…ほどほどに。お陰で〝雑草園〟も、少しは見られるようになりましたよ。

 昨日のこと、また草取りをして一段落したので部屋に戻り、さあ、pCを開いて見ようと…アラ眼鏡がありません。

 「私の眼鏡知らない?」「知らんが~、それよりおまえ受話器は?」エエッ!

 そう言えば、草を取っていると「電話だよ」と受話器を渡され、話し終えた子機をそのままどこかに置いたままだったわと…、外を見に行ったらありました。でも眼鏡はありません。あちらこちら置きそうな所を外はもちろん家の中も探したんですが、見つかりませんでした。

 今日もまた残っている草を取って、それを集めたところに持って行くと、ナントその草の中に眼鏡が落ちていました。きっと取った草と一緒に捨てたんでしょうね。全くドジですが、私これをよくやるんですよ。

 あの憎らしいドクダミが花を付けていました。抜いても抜いてもきりがありませんので、草刈り機で始末しましたが、でも可哀想なので少しだけ遺して、一輪挿しに活けてトイレに飾りました。結構カワイイ花です。

 もう一つ、オオキンケイギクが咲いていましたので、これも花瓶に挿しました。これは勝手に種が飛んできて生えたものですが、ネットで名前を確かめようと調べていたら、びっくりですよ!

 この花は、「特定外来生物」で平成18年より栽培が禁止されているんですって!知りませんでした。

 そう言えば、以前はあちらでもこちらでも至る所で目にしていたのですが…最近少なくなったとは思っていました。

 茨城県神栖市公式サイトを見ると、市の環境課からこの「オオキンケイギク」の駆除のお触れが出ていましたよ。

 開花してない時は、刈り取って袋に詰め、口を縛ってゴミへ。開花し、種が飛ぶ前のものは、抜いてゴミ袋に詰め、口を縛り、必ず枯死させてからゴミへと書いてありました。外来生物法により生きたままのオオキンケイギクを運ぶことは禁止されているそうです。ナンカ恐ろしいもののような…でも、とても綺麗な花なんですよ。これも可哀想な花ですね。昔、〝セイタカアワダチソウ〟で騒いでいた頃がありましたよね。今ではこれも秋の季語になっていますが…。

 これで少し気が晴れましたので、また明日から頑張ります。そう、明日からはまた句会の連続ですから…ね。

 

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世界を旅する植物館

2017年05月15日 | 日記

 3日ぶりのブログです。

 本当は何かあったときに書くつもりでしたが、結構みなさんに読んでいただいて、〝楽しみにしています〟などと言われると、ついつい本気になって…(笑)  

 13日の土曜日は、文化講座の初日でしたので、ちょっと緊張しました。

 14日(日)は、朝から俳人協会の吟行会で、山口市の「維新百年記念公園」へ出掛けました。

 夕方家に戻ってからは、〝母の日〟ということで、家族で外食へ。

 久し振りに寿司が食べたいというので、回転寿司屋さんへ行ったのはいいのですが、ナント店の中も外も待っている人であふれかえっていました。ホントにびっくり! 

 「どうする?」と聞くと、「今日はどこも一緒だろうから…」と、待つことに…。

 待ち番号は570番、スゴイですね。7時過ぎて行ったので、一番多いときは避けられたと思ったんですがねぇ~。

 それでも相当待って、やっと〝569番〟が来たので、外にいる旦那や子供たちを呼んだんです。

 ところが、〝次580番でお待ちの方…〟と。

 「エエッ!抜かされたの?」と、訝しがりつつも待っていると、〝次586番〟〝590番〟…と、どんどん抜かされる。

 「どうなってるン?」と文句を言ってると、娘曰く「そりゃ、二人だから早いのよ。うちは7人だから、ファミリーボックスが空かないと座れないの!」と、たしなめられる。

 すると、おばあちゃんなどは待ちくたびれて、「それならバラバラでもいいから~」と言い出す始末。

 折角みんなで来たのに…ね。滅多に来ないので、全くそういうことには思い至りませんでした。ゴメンナサ~イ!

 そりゃそう、7人のテーブルなんてないでしょう。結局2ヶ所が空くのを待って、4人と3人に分かれて食べました。そういうことなら最初から分けて、番号を貰っとくんだったなあ~。

 何でも体験してみなくては分りませんね。

 句会のことや吟行会のこと、書くことはたくさんあるのですが、今ちょっと精神的に参ることがありましたので、そのうちまた参考になることなどがあれば、おいおい思い出して書きましょう。

 今日は最近ちょっと思ったこと。

 先日の連休で、平成29年4月29日に「世界を旅する植物館」として、リニューアルオープンした「ときわミュージアム」へ行ってきました。

 この植物館は、3年ほど前から市民と一体になって作る植物園を目指し、何度もワークショップを開催して、やっと実現したものです。テレビなどでも人気のプラントハンター、「西畠清順」さんが、「世界を旅し、感動する植物館」をコンセプトにプロデュースしたもの。ですから、オープン当日は彼のサイン会なども開かれたりして、結構話題を呼んだんですよ。

 私が行ったのは、1週間後でしたが、連休中でしたので、これもかなりの人出でした。

 館内は、「熱帯アジアゾーン」「熱帯アメリカゾーン」「アフリカゾーン」「南アメリカゾーン」「北中アメリカゾーン」「オセアニアゾーン」「ヨーロッパゾーン」「中国・アジアゾーン」の8つのゾーンに分かれ、各ゾーンを代表するシンボルツリーが植栽されていて、それをメインに世界を旅するような珍しい花や果実に出会えるように作られていました。

 中に入って先ず2番目の「熱帯アメリカゾーン」のシンボルツリー、〝パラボラッチョ〟に目を奪われました。まるであのお酒を入れる巨大なとっくりです。この木の実から綿を取るので、〝トックリキワタ〟とも呼ばれていると。

 「これ100年ですよ」といわれ〝びっくりポン〟です。それではこの木の大きなお腹の中は何?と聞くと、答えは水。

 熱帯地域ですから長生きするために当然そうなったのですって!その証拠に「あの木を見て下さい」と、指さされたのを見ると、細くて背の高い木がありました。これ同じ木なんですが…でもあれは10年ぐらい…。

 ということは、このとっくりのようなのも本当はものすごく高い木なんですね。

 「もちろん運ぶのに切り落としてあるんですよ」と。ついでにあの木肌を比べて見て下さいと言われ、よぉ~く見ると、若い木にはタラの木のようなトゲトゲがぎっしりと付いているのです。館員の方曰く、「この木も歳を取るとだんだん丸くなってトゲがなくなるんですよ」と。

 一緒に行ったみんなが、異口同音に〝まるで人間みたい!〟と。本当にそうです、人間は見倣わないといけませんね。

 西畠清順さんのキャッチフレーズは、〝人の心に植物を植える〟ということ。その通りに心が慰められました。

 他に、「アフリカゾーン」の〝バオバブ〟。テレビでしか見れないものが目の前に…「ワア~」という感じです。

 これも100年もの。最長で1600年のものがあるそうですから、この木大きくてもまだまだ若いんですね。手足をもぎ取られてアフリカから運ばれてきたのに、もう小さな芽を出していましたよ。すごい生命力ですね。

 最大級の見物は、1000年のオリーブの木。なんとも大きく古い幹なのに青々と茂って…これもスゴイです。

 他に、ゴッホの糸杉やハンカチの木など、挙げればきりがありません。(下の写真はハンカチの木)

 機会があれば是非一度どうぞ…と思いますが、近くないとダメですね。でも、東京からは宇部空港まで1時間半ですよ。

 とにかく身も心も少しだけ豊かになって、優しい気持ちになれた一日でした。オシマイ!

         

            

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蕺菜(ドクダミ)

2017年05月12日 | 日記

 今日はまた雨でしたね。

 我家の庭は…これでますます草が勢いづいて手が付けられなくなります。

 毎年のことなので…もう諦めていますが、気が付いた時にはちょこちょこと

 草を抜いてきたのに、ああ~もうダメです。

 これがはびこり出すと…そう!ドクダミです。

 最初ここに引っ越して来た時は、一生懸命抜いていました。挙げ句の果てに

 腱鞘炎になって、そりゃもう痛いのなんのと。それも両手の親指でしたから。

 整形外科に行っても整骨院に行っても治らない。包丁は握れないし、布巾も絞れない…と

 そりゃあ大変でした。4,5ヶ月は泣いて過ごしたかなあ~。   

 それで懲りて、もう馬鹿みたいに草取りをしなくなったんです。

 今では〝我家の雑草園〟なんて居直ってます。要するに怠け者の言い分ですが。

 でも、あの根を見たら誰でも諦めますよ。地下の奥深くまで入り込んで、

 まるで蜘蛛の巣のように縦横に根を張って…だから〝ドクダミ〟と。憎らしいこと!

 漢字で〝蕺菜〟と書きますが、見るからに嫌な字でしょう?

 これが、「十薬」と書くと、途端にあの清楚な白い花が…

 まして、十もの薬になるなんて聞かされると、全くイメージが変わるでしょう。

 「ドクダミ科の多年草で、夏の季語。葉はハート形、梅雨の頃、花軸のまわりに

 淡黄色の小花を穂状につけ、その下に白い花弁のような4枚の苞片が十字形にある。

 全草に臭気があり、これを煎じて、利尿や駆虫薬としたり、生葉を化膿、創傷にはるなど

 広く民間薬として用いられる、それで〝十薬〟」と。

 歳時記に次のような句がありました。

    どくだみや真昼の闇に白十字     川端 茅舎

    毒だみや十文字白き夕まぐれ     石橋 秀野

 それぞれ「白十字」「十文字白き」と詠まれていて、花の特徴がよく表れていますね。

 でも俳句では、先人が使った有名な表現は手垢が付いていると言って嫌われますので、

 この表現はもう使えません。要するに早い者勝ちなんです。

 だから、誰もまだ使ったことがないような、そんな表現を見つけないといけない…、

 それが至難の業なんですね~。

 何も知らずに作っていた初心の頃は、何でも詠めたんですが、やればやるほど難しい…

 万の石ころの中から一つの珠を見つけるようなものですが、でもやらなくっちゃ~。

 夕方家に帰ってみると、テンが走って出てきて、勝手口で待っていました。

 どこか濡れないところに隠れていたんでしょう。車の音で出てきて、顔を見ては鳴くんです。

 そんな時は一層甘えたような、哀れな声で…。

 もしかしたら、それが狙いで、テンも計算しているのかしら。

 猫は雨が嫌いだから、普通は外に出たがらないんですがね。今日は閉め出されて…

 戸を開けてやると、あっという間に私より先に家に入りました。カワユ~イ!                          

            

            

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俳画の先生と俳句の先生

2017年05月11日 | 日記

 今日は洗濯日和になりましたね。うれしい~! 

 5月からフォーユー文化講座がそれぞれ始まっていますが、私の「俳句入門」は第2土曜日なのでもうすぐです。

 実はここの文化講座には、10年以上前から私も生徒として通っていたんですよ。「健康体操」と「俳画」に。だから昨日は健康体操、今日は俳画と、午後から出掛けました。ところが、今年から俳画で面白いことになっているんですよ。

 他の俳句教室ですが、私が指導している生徒さんがこの俳画の講師になったんです。

 俳画は彼女が私の先生、俳句は私が彼女の先生…。

 でも、私の方が古いので、ここでも彼女は私を「先生」と呼びます。

 だから、何も知らない人たちは不思議な顔をするんですよ。そりゃそうでしょう。

 以前一緒に俳画を習っていたので、俳句をしませんかと勧めてみたんです。

 とても若いんだから…今からすると先が楽しみよ…と。

 それからもう6年ぐらいになりますが、今彼女は書道も勉強中で、先日のことです。

 「先生!私これから、書も俳画もできるカリスマ俳人になるつもり…」と、

 本気(?)で言うじゃありませんか。(笑) どう、面白いでしょう。

 若いというのは…本当に羨ましい!10年後には夢じゃなくなりそう。

 でも、今日初めての教室があったのですが、やっぱりやりにくそう…

 練習した作品を持って行くと、「結構です。何も言うことありません」ですって!

 ダメですよ、遠慮なくビシビシ言わなくっちゃ。でなきゃカリスマは遠~い~よ!

 俳句頑張って!私も俳画ガンバルから。

 今日の俳画のテーマは〝竹〟でした。色があると少しはごまかしが利くのですが、墨だけだと濃淡と掠れが命ですからとても難しいです。彼女の先生も来られていて、その先生が〝俳画は竹に始まり竹に終わる〟とも言いますからね、と仰っていました。

 何事も基本が一番ということでしょう。全てに通じること!

 やっと我家の箱根空木(はこねうつぎ)が咲き出しました。夏の季語です。

 この花は、箱根という名が付いていますが、北海道南部から九州沿岸に分布する、スイカズラ科の落葉低木。色が初めは白で、のちに紅に変わるため、全体で見ると、白と紅が混じって咲くように見えます。私の大好きな花の一つです。ヨロシク!

 

            

            

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柿若葉

2017年05月10日 | 俳句

            昨日の句会の話、ちょっと書き足らなかったことを…

            このブログを読んで下さっている方は、きっと俳句に関心があるか、

            もしくは俳句をなさっている方が多いですよね。

            だとすれば、俳句というものはとにかく省略を効かせることが大切だと、

            いちいち言われなくても分りますね。ムダを省くこと! 

            ところが、これがやっかいなもので、〝言うは易く行うは難し〟なんです。

            そこで、昨日の中からもう一句、例を挙げてみましょう。

               鶏小屋の卵生みたて柿若葉

            季語は「柿若葉」です。ただの若葉よりは、具体的に木を指定した方が

            場面がはっきりしてきて、周辺の景色もよく見えてきます。

            ましてや「鶏小屋」があるのですから、この句は農村などの田舎の景でしょう。

            この句もそれなりに出来ていますが、何か今一つ物足りない… 

            きっと上五中七の、何となく放り出したような表現がそう感じさせるのでしょう。

            だからせっかくの良い句材を生かしきっていない、勿体ないですね。

            それでは考えてみましょう。この句で省略してもよいものは?お分かりですか?

            それは「鶏小屋」なんです。だって「卵生みたて」と言っているんですから。

            鶏が卵を生む場所は、誰にでも容易に想像できるでしょう!

            これを削れば5音の空きが出来ますね。そこに何か考えて入れるのです。例えば、

               生みたての卵両手に柿若葉

            とでもしましょうか。そうすると作者が鶏小屋に卵を取りに行って、

            まだ温かい生みたての卵を手に…ここでも考えましたよ。

            〈生みたての卵手にして…〉でもいいかなと。でもここは「両手に」とする方が    

            卵がたくさんあるようだし、生みたての温かさもよく伝わってきそう…。

            さらに、これは朝の場面でしょうから、柿若葉の眩しいほどのもえぎ色と卵の白さが

            清々しく自然に見えてくるでしょう。いかがですか?

            是非その違いを比べて読んでみてください。

            昨日ほどではないけど、今日も小雨。 我家の柿若葉がもうこんなになりました。

            アラ!こんな所に柿の花が…まだ蕾で葉と色が同じ、ちょっと分りにくいですね。

 

           

           

            

 

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若葉の句会

2017年05月09日 | 俳句

          連休の間はとてもよい天気で、暑いくらいでしたが、今日は朝から雨で少し肌寒いほど。

            5月の第1火曜日を今日の第2と合同ですることにしていましたので、朝から大忙しです。

            開始も30分早めてあるのですが、それでも時間は足りません。

            なんせ日頃の倍の人数ですから…でも欠席者が2名と、計17名。

            今日の兼題は「若葉」です。

            この季題は一見作りやすそうですが、意外と難しいんですよ。

            今一番若葉が美しい時ですし、誰もが目にとめているものですから、

            それを美しいとか、ありきたりに詠んでしまっては面白くありませんしね。

            大体〝若葉〟と子供を取り合わせる景が多いのです。そりゃ年寄りより子供の方が

            カワイイに決まっていますもの。そうすると、まあまあの句は出来ますよ。

            そこからがスタートなんですが、その定番を崩していくのは本当に至難の業。

            そこで、若葉の持つイメージを考えてみましょうか。

            「若い」「みずみずしい」「新鮮」「色鮮やか」など、など…。

            これで作ってしまったら、もう普通の句しか詠めません。それも「風」と組み合わせると。

            ホラ…今日の句会でも、3分の1が「若葉風」で詠んでいましたよ。

              声揃へ児らの本読み若葉風 

            今日の最高点句です。やっぱりでしょう。子供と若葉風…

            もちろん気持ちの良い句に仕上がっていて、なんら文句はないのですが…、

            でもちょっとひと言。「これは校外の景ですか?それとも教室?」

            また、「作者はどこにいるんですか?」と。

            私だったら〈本読みの児らの声洩れ若葉風〉ぐらいにしますね。そうすれば作者は

            教室の外にいて児らの声を聞いているという様子がよく分りますが…

            「その通りです。教室の窓から声が洩れて聞こえてきたんです」と作者。

            ここは「児の本読み」ではなく「児らの本読み」とあるところがポイント!

            一人で読んでいるのでなく、みんなでと言うことになれば、当然バラバラの声では

            なさそうでしょう。だとすれば、「揃へ」と言わなくても…。

            そこを削って作者の位置をはっきりさせた方がいいでしょう。

            作者が教師なら別の言い方があるし、保護者としての参観ならまた考えなくちゃ…ね。そこで、

              若葉風児らの音読洩れ来たり

            としました、作者が何かの用事で学校へ来て、通りすがりに聞いた児らの勉強の様子、

            その元気のよい大きな声は…まだ入学したばかりの1年生かな?と、いろいろ想像しながら

            歩いている…気持ちのよい若葉風の中を…、ということになるのです。

            もう一句…

               泥んこで遊ぶ子らにも若葉風

            これも子供たちと若葉風。とても可愛らしい風景です。

            これは泥んこ遊びだから幼稚園ぐらいの子かな?

            でもこの句にはちょっと問題があるのです。それは助詞の「にも」というところ。

            とにかくこの助詞というのがくせ者なんですよ。そこで、ちょっとイジワルして、

            「泥んこで遊ぶ子らは若葉風に吹かれたらいけないの?」と聞くと、「エエッ?」と作者。

            そうなんです。これが「も」の働きなんです。ちょっと難しいですかね~。

            例えば「教えてあげてもいいよ」と言うのと「教えてあげていいよ」というのの違い。

            分ります?この「も」が入ると、なんか恩着せがましい感じがするでしょう。

            もう一句ありましたよ。

               連休も塾に向かふ子若葉風

            この句も子と若葉風、それに「も」もあります。

            だからこの句にも「この子可哀想やね。みんなが出掛けたりして遊ぶ時に…」と。

            すると、作者曰く「イヤイヤ、ちっとも可哀想じゃないんですよ。喜んで行ってます」と。

            やっぱり「連休も」というと、遊びたいだろうのに…という逆接の気持ちが

            入ってくるんです。だから、次の句と読み比べてみて下さい。

               泥んこで遊ぶ子どもら若葉風

               連休の塾に向かふ子若葉風

            どうですか?どちらも嫌みがなくなり、若葉風の中で元気に遊ぶ子供たちや塾に通う子が

            素直に見えてくるでしょう。やっぱり素直が一番ですよ。

            このように助詞というのは一音で内容を変える力を持っています。

            上手く使えばいいのですが…〝諸刃の剣〟なので、くれぐれも気を付けましょうね。

            今日は若葉の写真を載せるつもりでしたが、雨なので

            連休に撮った〝なんじゃもんじゃ〟の花をアップしましょう。

            これも初夏の季語で、「ひとつばたご」という植物です。

           

            

            モクセイ科の雌雄異株の落葉高木。関東地方で、その地方には見られない種類の大木を

            指していう称と。でも、この意味ではひとつばたごに限ったことではないようですが…

            しかし、俳句では「ひとつばたご」だけを「なんじゃもんじゃ」と言います。

               玄海の仮幻にひとつばたごの花     石原 八束

               風やんでなんじやもんじやの落花急   小枝秀穂女

 

            

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藤の花と蕨(わらび)

2017年05月08日 | 日記

             昨日は娘が蕨(わらび)採りに行きたいというので、旦那と3人で出かけました。

             以前から是非行ってみたいと思っていた所があります。そこを目指して、

             その途中でありそうなところを探そう、と言うと、娘と旦那が「どこか知ってんの?」と。

             もちろん知りませんよ。行ったことないんですから。まあ、何とかなるでしょう。

             目的地は、山口市仁保の〝一貫野の藤〟です。

             毎年新聞などにその美しさが写真付で報道されていて、一度見てみたいと思っていたのです。

             藤の花の時期はとても短いですよね。だからちょっと油断しているともう見頃は終わっている…

             我家の近くに見事な藤棚を作っていらっしゃる家があり、「ああ、もうすぐ満開だなあ~」と思って、

             次の時通るともう散っていたりと…見頃はホントに一瞬です。

             だから、その時期に巡り合わせないと何のことはありませんので、結局見逃すことが多いのです。

             桜よりも出会いが難しいかも。その藤がこの週末見頃になるかもという記事が出ていました。

             やっと実現しそうです。この藤は仁保一貫野地区の人たちが〝里の宝〟として、

             長年大切に手入れしてきたもの。いわゆる手作りの観光スポットなんです。

             自然の山藤が木に巻き付いて咲き、それが満開の時はまるで大きな滝のようになるというのです。

             地図でこの辺りだと…あ!見えましたよ、車の行列が…確か駐車場はあるが十台ぐらいというので、

             狭い道路に一列に停めたりしているのです。私たちも手前に駐車して歩いて行きました。

             どうも私が写真で見たのより花が少ないような…イヤ、まだちょっと早くて満開じゃないのかも。

             よく見ればまだ藤房の8割ぐらいまでしか開いてなくて、2割は蕾ですね、やっぱり。

             この川と周辺の手入れを地区民の人は欠かさず、こうやって見に来る人に提供して下さっていると。

             本当にアリガタイことです。たくさんのカメラマンが来ていましたが、

             私はやっぱり写真下手ですね。折角の良さを伝えられなくて、ゴメンなさ~い。 

          

           

              それから通ったことのない道なので、ここを通ろうと出発。

             さあ本命の蕨に出会えるでしょうか? 

             途中蕎麦山登山口という標識がありましたので、そこに行ってみると駐車場がありました。

             説明板があり、山頂まで40~50分のファミリーコースとして人気があると。

             それで登山口を少し入ったのですが、どうも蕨の生えそうな所がない。

             他を探そうと娘と二人引き返しました。どうもなさそう…と諦めて駐車場に戻ってみたけれど、

             旦那の姿はない。携帯を掛けると、私たちが引き返した所から少し行ったら一杯あったと。悔しい!

             じゃ今からそちらに行こうかと言うと、もう殆ど採り尽くしてないよとさ。イ~だ。

             蕨に限らず何か採りに行くと、娘も私もおばあちゃんも…時間を忘れて帰ろうとしないので、

             〝狩猟民族の血が騒ぐ〟んだと、旦那が笑う。エッ、じゃ男は違うの!と言いたい!

             とにかく娘は不機嫌…まあそのうちあるわよ…と慰める私。旦那は…

             少し車で走っていると、アッ!蕨(親)が見えた、ここあるかもねと、車を停めてもらう。

             ウーン、土手の方に蕨の親は見えた…アッ1本2本…と私が採ると、娘は面白くなさそう。

             土手を上ってみた。ア~あるよ!あるよ!と娘を呼ぶと、

             途端に〝わあ、ここ蕨野みたいじゃあねえ~〟とすこぶる機嫌がいい。

             まあ、これぐらい採ればと車に戻り、疲れたので何か冷たいものが欲しいねと、車を走らせた。

             娘に「どう?満足した?」と聞くと、「ウ~ン」とまだ物足りなげ。

             今日は暑かったし、少し歩いたので、私も旦那も「もういい」と思ったんだけどなあ。

             やっぱり若いからなんですね、もっと採りたかったと‼ オシマイ!             

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俳句と書のコラボ

2017年05月07日 | 俳句

            今日は大型連休の最終日。きっとお出かけの人や故郷に帰った人も…

            イヤ、今の私たちには子どもたちが孫を連れて帰ってくるというのが定番ですかね。

            昔は私も必ず子供たちと親元に帰っていましたもの…当然子供らもそれを見倣うでしょうね。

            でも私の場合は、今では親も子供も家の近くに引っ越して来たので、泊まるということがないです。

            せいぜい一緒に食事に行ったり、日帰りで近場へ出掛けたりする、それで連休は終りです。

            孫の世話で大変だとか、お金がかかるとか、連休が終わるとみなホッとしたという話ばかり、気の毒!

            さて私はというと、昨日はいいことがあったんですよ。

            以前玄游会の書道展の案内が来ていましたので、仲間を誘って出掛けました。

            実は、私の俳句を書いてくださり、その作品が展示されているというのです。

            果たしてどのように書かれているのかしら、見るまではなんとも興味津々です。

            今回初めて、市芸術祭短歌俳句部門の作品とのコラボ展が行われ、13点が紹介されていると。

            この会の書道展はとても独創的な作品が多く、ある意味〝書の絵画〟とでも言えるようなもので、

            大作の並ぶ会場は、そのモノクロの世界の迫力で圧倒されますよ。

            たまたま丁寧に解説して下さる方がいて、この作品はここが…と見所などを教えて貰って

            鑑賞すると、また一段とよく見えて、やはり違いますね。

            色々話してみると、結局は書道も俳句も〝余白〟が大切、それで作品の生死か決まると…。その通り!

            いい話が出来てよかったです、と言って別れました。すると、来年もまたと言われてしまいましたが。

            それでは私の句を紹介しましょうか。

               一山の秋気集へり千木の空 (いちざんの しゅうきつどえり ちぎのそら)

            季語は「秋気」で秋。「千木」というのは、社殿の屋上、破風(はふ)の先端が延びて交叉した木。

            あの神社の棟上に取り付けられている×の形の木ですよ。だから、この句は山中にある神社の上空に

            秋の清々しい空気が集まって来て、心が洗われるような澄んだ景色を詠んだものです。

            この荘厳な神域に立つと誰でも身も心も引き締まるでしょう。ましてや秋ですもの。

            さらにこれが深山、霊山だと想像すると…、そうです、これは九州の英彦山での作なんです。

            さて、この句を書いて下さったのは、落合鵠希(おちあいこうき)さんという、私より若い方です。

            ブログに写真を載せてもいいですかと聞くと、快諾してくれました。本当に有り難うございます。

            いかがですか?素敵でしょう。この墨の色と滲み具合、それから字の配分など…それに書き方も工夫して。

            もっとよく見えるようにアップしましょうか。(写真撮るのが私下手なんです。ごめんなさ~い)

 

            ほら、わたしの句が一段とよく見えますよね。アリガタイことです。合掌。

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立夏

2017年05月05日 | 俳句

            今日は「子供の日」ですが、もうみ~んな大きくなって、孫もいないし…

            だから私にとっては、今日が「立夏」ということの方が大切なんですよ。

            この季語の傍題には、「夏立つ」「夏来る」「夏に入る」「今朝の夏」があります。

            要するに、今日から暦の上では夏になるということなのですが、最近の地球温暖化による

            気温の変動で、立夏前なのに早々と真夏日などいって騒がれたりして、

            「立春」や「立秋」と比べると、本当に実感のない季語になってしまいました。

               毒消し飲むやわが詩多産の夏来る

            これは中村草田男の句です。ちなみに、今では当り前のように使われている「万緑」という夏の季語も、

            草田男が〈万緑の中や吾子の歯生え初むる〉と詠んでから定着したものですよ。

            草田男という人は本当に夏が好きだったのでしょうね。実際彼には夏の句が多いようですが。

            また、草田男に限ったことではなく、夏という季節そのものが創作意欲を湧かせるエネルギーを

            持っているのかも。だって、歳時記は夏の巻が一番分厚いんですもの。

            夏になると滾々と水が湧くように草田男には句が生まれたのでしょう。何とも羨ましい限りです。

            こちらは夏になる前にもう詩嚢は空っぽ、いつも青息吐息というのに…。

            イヤ、イヤ、名人と比べてはいけませんね。最初から空っぽだったのかも。(笑)

            ところで、「毒消し」ご存じですか?子供の頃「毒消しゃいらんかねぇ~」という歌を聞いたような…。

            夏になると食中毒や暑気あたりなどの薬を越後地方から売りに来ていたという「毒消し売り」。

            これも夏の季語になっていて、富山の薬売りとは違い、歳時記の説明では「紺絣の筒袖に

            紺の手甲脚絆、黒木綿の大風呂敷を背負った二人連れの娘の行商」だったそうな。

            そうなると、この「毒消し」の句は「夏来る」との季重ねになりますね。

            しかし、ここは「夏来る」がメインの季語で、「毒消し」は副。

            それにこの薬は当時常備薬のようなもので、お腹の調子が悪い時にはすぐに飲んでいたのでは?

            ならば季語にならない薬でもよかったのでしょうが、やはりここはこの毒消しという語が面白いのですよ。

            いわゆる体の中に溜まった毒(精神的に悪いもの、今で言えばストレス?)を消し去って、

            「さあ!思いっきり俳句を詠むぞぉ~」と、気合いを入れている感じが「夏来る」に

            よく出ていると思いませんか。これが「夏に入る」や「今朝の夏」ではダメでしょう。

            口に出して読み比べてみて下さい。「ナツキタル」というこの音の張りが効いているのです。

            さて、さて、今日は子供ならぬ母を誘って〝エビネ展〟に行って来ました。

            朝友人からの電話で、「昨日行って来て、くじが当りエビネを1鉢貰ったんよ」ですって。

            そりゃ行かなくちゃ、母はエビネ蘭を育てて、毎年綺麗に咲かせているんですもの。

            もちろんどれも綺麗でした。が、私にはその違いが分りません。最優秀賞の花より新花優秀賞の方が

            綺麗だと思ったし、好きでしたので、それを撮ってきました。他にも好きなものを…。

            でも、一番好きなのは私が籤で当ったこの花。(母は残念ながら当らなかったんです。)

            今日が最後の日でしたので、花の咲いている鉢はもうこれしか残っていなかったのですが。

            でもいい色でしょう。来年はきっと母がもっと綺麗に咲かせてくれるでしょう。楽しみ!

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みどりの日

2017年05月04日 | 俳句

            今日は「みどりの日」です。

            俳句では、この「みどりの日」というのは季語になっていて、以下のような説明があります。

             国民の祝日の一つ。平成元年(1989)昭和天皇の崩御にともない、それまでの「天皇誕生日」の

             4月29日を改称し、「自然に親しむとともにその恩恵に感謝し、豊かな心を育む」日として

             制定された。平成19年より5月4日になった。

            それで、その「天皇誕生日」の4月29日は、今では「昭和の日」になっているのですが、

            まだ私の歳時記には載っていません。使っているのは、平成18年発行の『角川俳句大歳時記』ですから。

            最近の新しい歳時記にはもう載っているのでしょうがね。(まだ見てナ~イ!)

            その角川の歳時記を見ていましたら次のような句がありました。

               昭和史のおほかたを生きみどりの日

            これは馬醉木の大先輩、千手和子さんの句ですが、この「みどりの日」は、

            やはり昭和天皇の時代を暗示する4月29日でなくては意味がありませんね。       

            ちなみに、和子さんは昭和3年生れ、今も現役で素晴らしい句を毎月発表されておられる方です。

            次の句も「天皇誕生日」を下敷きにして、「みどりの日」を詠んでいます。

               先帝に触れし記事なきみどりの日       渋川 優子 

            他にも例句がありますが、それらは天皇誕生日というイメージとは関係なく、

            木々の緑が萌え、山野の緑化をすすめる日という本来の意味で詠まれたものが多いようです。

            しかし、この歳時記に収録されている句は、みな18年以前の句ですから、

            当然4月29日の「みどりの日」なのですが。

               体内の水の流れやみどりの日         和田 悟朗

               みどりの日の雨のディズニーランドかな    山田みづえ

               パンケーキほどよく焼けてみどりの日     角川 春樹

               船長の子犬をもらふみどりの日        夏井いつき

                                  どの句にも色がよく見えますね。また緑という色が与える安らぎや生命力も感じます。                

            たまたまですが、この「みどりの日」に旦那と息子は久し振りのゴルフへ。

            私も以前は一緒にプレーしていましたが…病気のために、スポーツ系はほとんど諦めました。

            ホントは若葉の頃のコースが一番気持ちよく好きなのですが、「私も一緒に連れて行って~」とは

            とても、とても…。あ~あ、緑のシャワーを体一杯に浴びて鋭気を養いたかったなあ~残念!

            下の写真はアマドコロです。ナルコユリと非常によく似ていますが、触ると茎が角張って

            ひっかかりのあるのがアマドコロ、断面が丸くつるつるしているのがナルコユリ。もう一つ

            よく似た花にホウチャクソウがありますが、これは茎が枝分かれしているのですぐに見分けられますよ。

 

 

            

            

            

         

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猫の子から親猫へ

2017年05月03日 | 俳句

            5月3日、今日は憲法記念日です。

            あれこれと溜まったものを整理して、何ということなく過ぎてしまいました。

            アッ、捲り忘れていたカレンダーを全部5月に変えましたが、

            その中に俳人協会のカレンダーもありました。その4月の句は私の好きな次の句でした。

              猫の子のどう呼ばれても答へけり

            これは、有馬朗人(ありまあきと)氏の作で、彼はかつて東大総長を務めた物理学者であり、

            俳誌「天為」主宰の俳人でもあります。季語は「猫の子」で春。          

            作者の言を借りれば、「猫には人の言うことをきかない気ままさがあり、

            反応を予測出来ないところが面白いのだ」と。「でもこの猫の子は、まだ自分にどんな名前が

            付けられているかなど知るはずもなく、ただ呼ばれれば誰にでもニャ~と返事をする。

            それが愛らしいのだ」と。私も何度か仔猫を飼ったことがありますが、兎に角〝可愛い〟の一言。

            これは猫の子に限ったことではないのですが…。

            生まれたばかりの猫は、母の温もりや兄妹の温もりを探し求めては鳴くんですよ。

            だから、声を掛けたり、撫でてやったりすると甘えるようにニャ~と答えるのです。

            それも生きるための一つの知恵なんでしょうね。誰に教わったというんではなく。

            でも大きくなると、もう、ふてぶてしいこと!家の主のようになって。

            我家のテンも、仔猫のときはお乳を呑ませてやると、そりゃ可愛い声で鳴いていました。

            今はいくら呼んでも知らんぷり…自分が必要な時だけ、そう!あの〝猫撫で声〟でニャ~と。

            だから、テンと呼ぼうが、アホと呼ぼうが、〈親猫はどう呼ばれても知らんぷり〉ですよ。

            でもこれ、俳句としてはダメなんですよ。季語は「親猫」で、春なのですが…

            この「親猫」という季語は、「猫の子」の傍題で、「孕猫」や「子持猫」と同じように、

            子を産む前や産んでからの子育て時期だけに使われるもので、1、2ヶ月もすれば

            この「親猫」という季語を使うのはおかしいのです。ましてや10年猫には絶対に使えませんよ。

            仔猫だって4、5ヶ月もすればもう成猫になるのですから、夏になったら〝猫〟です。

            ところで我家の猫、今では全く薄情なもんですが、でもやっぱりカワイイ! 

            いなくなれば家中を探し回りますし、家族と一緒です。

            実のところこの気持ちは飼ってみなければ分らないでしょうね。

            見て下さい!この寝姿。〝鍋猫〟ならぬ〝箱猫〟です。本当に猫は箱とかが大好きですが、

            ある時、こんなに薄っぺらい箱にもぴったりと入って寝ていました。カワイイでしょう! 

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連休ボケ?

2017年05月02日 | 日記

           何ということでしょう。連休ボケでもないのですが…

           今日の句会は、ゴールデンウィークの最中なので、変更希望者が多く、

           来週の火曜日に他の教室と合同ですることになっていたんです。すっかり忘れていました。

           準備をし始めて気がつくなんて…でもよかったですよ。これが一週間早くだったら…

           その慌てぶりが想像できるでしょう? イヤ以前もあったんです、それが。

           今日は何もないから…とのんびりしているところに、突然電話…

           それからは、カレンダーにしっかり書いて、確かめるようになったのですが、それでもあるんです。

           書いた後に変更になり、書き換えるのを忘れていたりして…ということ。

           先日の開講式の講師会議でも、9時開始で慌てて行くと、駐車場がガラ~ンとしているじゃありませんか。

           エッ!どうしたんだろうと不思議に思いながら事務所に行くと、周りで数人が…

           「ねえ~会議は9時からと思って来たでしょう?」と。モチロンですよ。

           でなければもう少しゆっくりと… これは、最初の連絡では9時になっていたのが、

           最終の連絡で9時30分と変更されていたのを、やっぱり書き換えてなかったんです。

           まあ、30分のロスでよかったのですが、やっぱり似たような人が多いんですね。

           ホラ、また来ましたよ…似た人が。この歳になればもう皆似たり寄ったり…

           時間が出来たので庭に出てみました。ナント!あの無花果の実が…殆どないのです。

           エエッ~小さいのが少し…でもそれも今に落ちそう。やっぱり木が幼すぎたんですね。カワイソウ!

           何でもそうでしょうが、成熟しないのに無理矢理実をつけさせてはイケマセンよ。(私じゃなあ~い!)

           やはり木が熟すまで待ってやらないと…人もそうですよね。早熟はよくありません。

           ジャスミンの花が咲いていい匂いです。

            イチハツと思いきや…本当は「ジャーマンアイリス」ですって。

            イチハツよと貰ったものですが、花が咲いたら…違っていました。

            ドイツアヤメ科で、レインボーフラワーとも呼ばれ、アイリスの仲間では最も華やかで品種が多い。

            下のはツルニチニチソウです。いよいよ5連休…あまり関係ないか…。

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御衣黄桜

2017年05月01日 | 日記

            とうとう5月に突入…今月もいろいろ予定はぎっしり…カレンダーが赤く埋まっています。

            黄金週間も今の私にはあまり関係ない…だっていつも黄金週間ならぬ黄金年間ですもの。

            そういえば、昔フルタイムで仕事をして、母、妻と3役をこなしていた時、次のような句を詠んでいました。

              良妻も賢母も遠き葱きざむ

            かつては週休2日じゃなく、土曜日が半ドン。日曜日にしても行事や日直などで潰れたりと…、

            おまけに、夫も私も実家は県外、子育てを頼ろうにも親戚・知人・友人などいなくて、本当に大変!

            子どもがインフルエンザやお多福風邪などに罹った時以外は、頼らずにどうにかして切り抜けましたよ。

            だから、どこかで手を抜かないと…そんな時代でしたね。ホントよく頑張りました。

            オリンピックのマラソン選手・有森裕子さんの、あの有名な言葉〝自分を褒めてあげたい〟ですよ。

            ところで、以前、広島造幣局の〝花のまわりみち〟で紹介した、「御衣黄」(ぎょいこう)という八重桜、

            覚えてますか?花の色が最初は緑色で、段々緑黄色になり、最後の散る前には紅色するという珍しい桜です。

            花びらは10~15枚。高貴な貴族の衣装の萌葱色に近いので、その名が付けられ、

            江戸時代京都の仁和寺で栽培が始まったと言うことです。江戸中期には御衣黄という記録も残っており、

            「黄桜」や「浅葱桜」とも言われていたらしい。よく似たものに「鬱金」というのがありますが、

            これは御衣黄よりも色がやや薄いし、紅色もしませんので、見分けがつきます。

            その、御衣黄が何と我家の近くのお寺にあるのです。以前通りすがりに気がついたのですが、

            車ですのでシゲシゲと見たことがなく、今年はブログに載せようと、

            昨日、お天気もよかったので、歩いて出掛けました。

            ああ~ちょっと遅かったようです。散り始めていて…でもしっかり紅色しているところが見れました。

            ちなみに、花言葉は「永遠優美」だそうですが、私は信じません。きっとこれは願望でしょうね。

              花の色は 移りにけりな いたづらに 我が身世にふる ながめせし間に (『古今集』)

            と、小野小町さんも詠んでいるではありませんか。

            この歌の意味は、〈桜の花の色は、すっかり色あせてしまったことだなあ。むなしく日を過ごし、

            長雨が降り続いていた間に。(同じように私の容色もすっかり衰えてしまったことだなあ。むなしく

            恋に時を過ごし、もの思いにふけっている間に。)〉です。やっぱり花は〝あはれ〟がいいですよね。

            今日は午後からいつもの病院へ、明日は句会と…忙しいです。では、また。

                        

            

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