kohは今日も元気です

思うようにブログアップが出来ませんが、俳句のこと、テレビ番組のこと等、日常をぼちぼち書いていきます。

お久しぶりです

2021-04-29 15:02:32 | つぶやき



近くの川べりに、薊が咲いていました

もうこの一か所しか残ってないのでしょうか








お久しぶりです


色々ありました


また悲しいことがありました

去年の10月に主人が亡くなって半年

この4月の半ばに主人の弟が病気で亡くなりました

病気が分かってから、1か月にもならないのにです


義弟夫婦は、うちが色々あった時

何度もお見舞いに来てくれて、

「兄ちゃんの好きなもの持ってきた」 と


主人が亡くなった後は、私が淋しがってるだろうと

お嫁さんがメールを何度も送ってくれたり

3月半ばには車で石清水八幡宮に連れて行ってくれたり

そこからたったのひと月です


嫁がふたり残りました…

私は、励ましてもらい救われていました

そのお返しをしなくてはと思いました

だから、もううじうじと月日を送ってる場合ではない

そう思ったからか、

日に何度か虚しさを感じていたのが、減って来ました

もっと胸を張って、今日も元気ですと言えるよう

がんばらないと




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東京オリンピック 競泳代表選考会

2021-04-12 13:10:11 | スポーツ


ここしばらく競泳の代表選出の大会の中継をしていましたね

北島康介さんが、司会しておられました

なんも言えねえ~

なんて言うてたのに、司会進行とてもお上手でした

入江陵介選手にインタビューされてましたが

チョー気持ちいい~やり取りが聞けました



北島康介さんは

「前に一緒に日本代表を務めた人が五輪に出るのを思うと

うらやましい、頑張ってほしい」


いい、激励の言葉だなあと思いました

後輩の試合を見てて羨ましくなってくる

あれだけ出場して、メダルたくさん取っても?

根っから泳ぐの好きなんですね~



大病と戦ってきた、池江璃花子さん

びっくりするほどのカムバック

復帰後初めての試合では、以前よりずいぶん痩せて

痛々しさが残ってましたのに

まだ、以前よりは細めですが、力強い泳ぎで

ほんとにすごいなあ~



トビウオジャパンと呼んだ競泳チーム

大活躍したオリンピックもあれば

前の東京大会は銅メダルX1


オリンピックは参加することに意義がある

と聞いた時から、そうだそうだと思っています


世界戦争に翻弄されて参加できない事もあったり

今、コロナ…、どうなるんでしょうね

オリンピックありますよね


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青天を衝け~congratulations.

2021-04-10 16:30:22 | 青天を衝け


第八回  栄一の祝言


栄一さん、おめでとう


妙義山の切り立った崖の上から見た

空の青、山の青

あの時、心が決まったのですね


家に帰った途端

小学生がランドセルを放り出すみたいにして

一気に千代ちゃんの所へ行ったのですね


駆ける駆ける駆けるカケルカケルカケルーーーーーー

栄一はとにかくよく走ります

桑や藍の畑の間をいったい何度駆けているか

この、日頃のランニングのおかげで崖も登れたのかな


千代ちゃんの弟が、実にうれしそうに

お姉さんの居どころを栄一に教えてました

いやあ~優しい弟ですね、いつもいい笑顔で

栄一と千代の💖を見守ってますものね♪

可愛い弟です



栄一の告白タイムは突然に、でも


どろ~ん ξ



なんで、このタイミングでたぬき?

と思いましたが…、そうか大権現さまの化身か(^-^;



勝ったのに負けた喜作

潔いですね、最高にかっこよかった


一方、江戸は

大老問題、跡継ぎ問題、攘夷問題、

1858年6月19日  日米修好通商条約 調印

これは江戸では違勅です


非難の的になってますが、ここは滋賀県民として

井伊直弼 押しで


自分を認めてくれた家定との約束を叶えようと、

井伊直弼は、がんばった

これは強引な人事異動の敢行となるのか


直弼は、お兄さんがいっぱい居て

井伊家を継ぐことはまず、ありえへん

と思っていました

ところが次々亡くなり直弼にまで藩主の座が回って来たという

だから、帝王学は受けてないと思うのです

彦根城の横の埋木舎で、

茶道、和歌、鼓などの趣味に没頭していました

それでニックネームが、「ちゃかぽん」さん



私は、井伊直弼は立派に大老職を遂行してたと思ってました

家定に気に入られ大老に指名されアドバイザーとして

家定に仕えたのは降って湧いたことですけど…


家定のあとを慶福(家茂)と

公表したその後、反対勢力を粛清して

あの温厚な慶喜も、怒りがこみあげていました

波風立てないそよ風のような慶喜がです

直弼に登城禁止を言い渡されましたものね

ちょっと、直弼さん強行だったのかな

悪夢を見るほど追い詰められていたのか直弼さん

あの大事件は明日放送かな




埋木舎には数年前俳句の吟行で行きましたが

茶室はじめ、そこここに風流を感じる処でした

結構広いんですよ

お庭には、石蕗の花が

覚えたばかりのこの季語に心躍りました

で、句は?

詠めませんでした

仲間がたくさん詠んでました

また脱線してしまいました

どこまで行きましたっけ?


血洗島

村の皆の仕事が一段落ついた冬

栄一と千代の祝言でした

おめでとうございます💗

千代にふられた喜作、なんともう妻帯者です

こんなところにも喜作の潔さが出ています

立ち直りが早い!

どちら様も末永くお幸せに~♪

そんな幸せ気分が吹っ飛んでしまったのが

江戸から帰って来たらしい長七郎

怖い顔でした 何があったのでしょうか




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俳誌が届きました

2021-04-03 11:22:16 | 俳句・和歌



俳誌、お待ちしました(^-^;

4月号、表紙の絵が変わりました

真っ赤なガーベラ、春らしく♪


新年度になり、俳句大会のお知らせがふたつありました

昨今のご時世、大会は中止もありうると

添えてあります

でも投稿した句は、見て下さるそうです

4月3日締め切り、今日ですか…

間に合いません、という訳です(>_<)

ほんとに、光陰如箭



今月選んでくださった句

四温晴往来の人軽やかに
比良の峰にひと刷毛添えし名残雪
見越の松の守る城下や風光る
夜半の春急ぐ家路に星滲む


この頃は早春、今はもう桜も散り始めました

きのう、ベランダに花びらがひとひら

ほんとに、一枚だけ飛んできていました

雨のはじめの一粒が顔に当たるといいことがある

と、子供の頃から言ってました

この花びらが初めの一枚なら

きょうはいいことあるのかな♪



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青天を衝け~poem

2021-04-02 16:07:04 | 青天を衝け


第七回   青天の栄一




漢文によるポエム ですか

惇忠の塾で栄一は、漢詩を教本にして

色々なことを勉強していた

あ~やっぱり昔の人は偉いですね

わらじで山野を歩いて遠いところまで行く

その体力が凄いなあ偉いなあと思いましたが、

まだありました

勉強方法も、あの難しい漢詩が教科書とは


思い起こせば小学校で、ひらがなを覚え、

字画が一画、二画、三画と優しい文字から

教えてもらい、次第に漢字を会得していく


小学校で漢字テストが何度もありました

嫌でした

教室に、全紙大のグラフ用紙が貼られます

横にクラスの面々の名前が書かれ

縦に…あれは何?

漢字テストで合格点をとるとシールが増えていたかな


先生が、小さな赤い丸のシールを貼って行く

いい点は取りたし、勉強は嫌

そうして、6年生を最後に赤丸レースは終わった

習ったはずの漢字を私の頭は取りこぼしていった(T_T)

という私の小学校の思い出でした


少年易老学難成
一寸光陰不可軽


ということです(>_<)


栄一や喜作は、向上心のある青年だったのですね

藍の仕事をしながら、塾に通ったんですもんね



あの幕末の頃、ひらがなと漢字を使った散文もあったような…

例えば坂本龍馬の手紙、ひらがなが目立ってた

乙女姉さん宛てとか、お龍さん宛てとか


結局、日常的には、ひらがな混じりの文で

芸術としてPoem を詠むのは漢文だったということでしょうか

ああ~こんなことも分からない


冒頭で、家康さんが

『漢詩で江戸人の心を知る…』

とか言っておられました

漢文って一般的に広まっていたのでしょうか

それなら、すごいですね

なんか今思い出しましたが、高校の漢文の時間に

「返り点」や「送り仮名」を付ける練習があったような

漢字ばかりがぎっしり並んだ文に、返り点と送り仮名を書き込む

そんなことをしたような…

今は漢文の授業、あるのでしょうか?



惇忠の塾に通った若人は、

偏差値高かったんですよね、きっと

そして、更にレベルの高い学問や武道を習いたくて

江戸へ江戸へと、心がなびいています

余談ですが、江戸を築いた徳川一家

すごいですね~

今も、東京ファーストです、日本は





惇忠兄さんと栄一が、藍の商いのため一緒に出掛けました

武州藍ですね

そうかあ~惇忠さんも、藍の商いをしていたのですね

いつも書物を読んだり、栄一達に学問を教えたり

そんな姿しか見てなかったので、意外でした

尾高家の家計は惇忠による学問や武術の指南料によって

賄われてると思ってました

その二人の信州方面への外回り営業の途中

栄一は、漢詩を詠んでいましたね

まあ~お父さんから、旅の途中でそういうことはせず

仕事に集中するように注意されたのに、聞いちゃいないわ


でもその漢詩は

「巡信紀詩」

として、残っているそうですね



惇忠兄さんと藍の外商の旅の途中、内山峡にて詠んだPoem

その中から抜粋した 「衝青天」 

「青天を衝く」

これをドラマの題名としたのだそうですね



まだまだ青い渋沢栄一は長七郎の手紙や惇忠の教えから


自分が何をやりたいのかを

見据えて歩を進めているようでした




旅支度をととのえると もう心は浮き立っている
ほんの短い旅だが それがちょうど野や山の
最も美しい時期にあたるなんて 誰が知っているだろう





さあこれから先達のあとについて 信州へと旅立つ
夜ごと旅の宿でその土地の風情を 詩に歌っていくことにしよう





山はうねうねと 波のごとき姿で
西は浅間山に接して ふたつ向かい合っている




 
天然の石や岩が ごろごろした岩肌は
人が削ってつくったかのように 険しい





一巻の書を肩に 険しい峰をよじ登る





やがて谷を歩くも 峰をよじ登るも
ますます深く険しくなり 
見たこともないような 大きな岩や石が
 横たわっている



 

私は青天を衝く勢いで

白雲を突き抜けるほどの勢いで進む











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