kohは今日も元気です

思うようにブログアップが出来ませんが、俳句のこと、テレビ番組のこと等、日常をぼちぼち書いていきます。

真田丸

2015-11-30 13:11:56 | 歴史

来年のNHKの大河ドラマは≪ 真田丸 ≫

 

 

子供の頃、とある月刊雑誌を続けて見ていましたが、その時連載されて

毎月とても楽しみにしていたのが

 

「 猿飛佐助 」

漫画です

真田雪村、霧隠才蔵、白雲斎、服部半蔵、真田十勇士、三好清海入道

などの固有名詞が浮かんできます

この辺で、この方たちの名を知ったんですよね~

ほんとに、夢中になって読んでいました

 

「小学館・連載漫画・猿飛佐助」の画像検索結果

↑この画風ではなかったなあ~

今、作家が誰だったか、まったく浮かんできません

 

「真田丸」

キャストは…

でも、昔のその漫画の雰囲気が伝わってくるようなドラマであることを

楽しみに待っています

 

ほんと、作家の名前なんだったかなあ~?

 

 

ところで。漫画家さんといえば、「ゲゲゲの鬼太郎」の水木しげるさん

亡くなられたのですね…

いろいろ楽しませてもらいました

ありがとうございました

 

 

 

 

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松島と芭蕉

2015-11-27 18:07:47 | 俳句・和歌

 

 

 

 

松尾芭蕉は、松島では俳句を詠んでいない

 

あの、「松島や~」 を連呼した俳句は芭蕉の句ではない

 

ビックリ&ポン です

 

長い間、芭蕉の句だと思ってたのですが

 

松島の雄島に上がると、俳句を刻んだ石碑がいくつかありました

” 朝夜さを誰まつしまぞ片心” 

(あさよさをたがまつしまぞかたごころ)

 

この句は「桃舐集~ももねぶり集」 で詠んでいる句で、

松島で詠んだわけではない

奥の細道に旅立つ直前の春に詠んでいる

解釈は

『朝も夜も松島への思いが心に浮かんでならない。

それは、私を待つ人が誰かその島にいて私のことを思っているからであろうか』

 

古来和歌にも詠まれている名勝松島を見たくてたまらない気持ちの句

  

” 松島や鶴に身をかれほととぎす ”   曾良

(まつしまやつるにみをかれほととぎす)

解釈

『これ程までに壮大で感嘆させる松島なのだから、松島には鶴が一番似つかわしい

いっそのこと鶴の姿になって飛んでみてはどうだ』

とホトトギスに語りかけている曾良が松島で詠んだ句

 

芭蕉は奥の細道の松島の段で、

 

『抑ことふりにたれど、松島は扶桑第一の好風にして、凡洞庭・西湖を恥ず。

東南より海を入て、江の中三里、浙江の潮をたゝふ。

島々の数を尽くして欹ものは天を指、ふすものは波に匍匐。

あるは二重にかさなり、三重に畳みて、左にわかれ右につらなる。

負るあり抱るあり、児孫愛すがごとし。

松の緑こまやかに、枝葉汐風に吹たはめて、屈曲をのづからためたるがごとし。

其気色、よう然として美人の顔を粧ふ。

ちはや振神のむかし、大山ずみのなせるわざにや。

造化の天工、いづれの人か筆をふるひ、詞を尽さむ。』 

 

 
という文で簡潔に松島を絶賛し、このように最後には
 
 
『 天地万物をつくられた神の働きは、いかに技を振るっても、

うまく描きも、言い表しもできるものではない。 』

 
と記し、これ以上は語っていません

句を入れないことが、松島を絶賛する気持ちだったかも



でも、のちに

” 島々や千々に砕きて夏の海 ”

と松島を詠んでいる


やはり、芭蕉さんは期待通り松島に感動を受けておられたのですね



雄島は少し離れていて、そこに赤い橋「渡月橋」が掛かっていました

この橋を渡って、雄島に上陸


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
雄島の近くの、砂浜です
 
普通に貝殻やら、海藻が打ち上げられていました
 
 
 
松島のイメージを壊すようで申し訳ありませんが、
 
ペットボトルがプカプカと…
 
 
 
砂浜が飛び出したところがありますが、女の子が座っています
 
この子、雄島に行く道でずっと一緒の方角向いて歩いていて、途中で
 
離れたのですが、こんな所にいたのですね
 
私が雄島を巡っている間、ずっとここにいたことになりそう
 
何か考え事でもあったのか…
 
 
 
松島湾は、多少のペットボトル、沢山の遊覧船などがあるとは言え、
 
島と、青い海、青い空のとても美しいところでした
 
芭蕉さんの見たのもこんなだったのか、知る由もありませんが…
 
  
また、津波による傷あとも感じられませんでした
 
本当は、まだまだ復興していない所あるのでしょうが
 
東北の海~津波
 
この連鎖を持ったまま今回行ったのですが、
 
強いなあ~復興している
 
 
 
折しも快晴で、文句なしの松島でした
 
 
 
” 被災せり松島の今日小春凪 ”
 
(ひさいせりまつしまのきょうこはるなぎ)
 
 
 
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松島湾の福浦島

2015-11-25 08:26:03 | 旅行

 

松島湾では、三つの島に上陸?して来ました

五大堂、福浦島、雄島

 

福浦島(ふくうらじま)へ

 

出会い橋を渡ります

橋の通行料が200円…

 

 

出会い橋、長いんです

長いけど、なんの出会いもなかった…

 

中央に見えるお堂の屋根がここの前に行った五大堂です

 

 最初に目に飛び込んできた風景は、五大堂より高い位置からの風景

 

 

島にはそれぞれに名前があるのですが… 

 

 

島は皆、個性的な形してます 

福浦島は自然公園になっていて、遊歩道も設けられています

250種に及ぶ草木が生い茂り、代表的なのは、アカマツ、スギ、モミなど

他に落葉樹も多く、紅葉の時期を迎えていました

 

 

 

ちっちゃな島に、松の木が一本

 

遊歩道の所々に案内板があるのは助かります

 

福浦島弁天堂

弁天堂の格子の桟には小さなだるまがズラッ~と

 

ここからの眺めはとてもよかったです

 

 

 

遊歩道

 

 

福浦島は軽い山歩きをした、そんな気分になりました

見晴台辺りまで行って、一息ついていたら

赤とんぼが手すりに止まり、じっとしてました

君も松島に見入ってるのですか?

 

 

” 松島や 目を見張り居る 赤とんぼ ”

 

 

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松島、瑞巌寺

2015-11-19 12:00:04 | 歴史

 

  松島の サーヨー  

瑞巌寺ほどの

寺もない トーエー 

アレワエー エントソーリャー

  大漁だ エー  

 

 

おなじみの宮城県民謡 「 斎太郎節~さいたらぶし 」

さいたらぶし

またの名を「大漁唄い込み」

 

子供の頃、エンヤートット エンヤートット と歌いながら

櫓を漕ぐ仕草をして遊んだものです

皆さんもされましたよね?

え、私だけ?

 

 

さて、松島湾より先に訪れた瑞巌寺

民謡にも唄われている有名なお寺

平安時代の初め天長五年(828)、慈覚大師により開創

天台宗延福寺と称す

鎌倉時代中期、執権北条時頼が法身性西和尚を開山とし

建長寺派の圓福禅寺と改称する

その後、盛衰を越え、

江戸時代初期、伊達政宗によって現在の大伽藍となった

 

 

奥の細道に松尾芭蕉はこう書いています

 

”  十一日、瑞巌寺に参詣した。

この寺の三十二代目にあたる昔、真壁平四郎という人が出家して唐に渡り、

帰国後、再興して禅寺を開いた。

その後、雲居禅師の徳によって人を善に導く努力により、

七つの堂の建物が立派に改築され、金色の壁や仏前の飾りが光り輝き、

仏の住む世界をこの世に実現する大寺院となったのである。

かの見仏上人の寺はどこにあるのだろうと、慕わしい心持ちになった。 ”


『松島の瑞巌寺ほどの寺もない…』

大漁唄い込みの唄い出しをこうして書いてみると、

なるほど、大伽藍を見た人たちの絶賛が思い浮かびます

 

 

 

そんな大伽藍の瑞巌寺、残念ながら本堂は修復中で拝観出来ず… 

でも庫裡と大書院(仮本堂)のなかは入ることが出来ました

 

庫裡 

 

庫裡~くり (庫裏) 国宝

 

庫裡は禅宗寺院の台所で、大屋根の上に煙出しの小さな屋根が乗ってます

渡り廊下で大書院(仮本堂)へ

 

ご本尊の聖観世音菩薩

本堂が修理中なので、こちらに仮住まいの観音さん

 

 

 

愛姫(めごひめ)御霊屋(おたまや)のある瑞巌寺境内の高台まで行きました

 

これは岩を削って造ってあります

よう落ちひんもんや

 

修行道場

お坊さん一人たりとも合わず…

 

上り坂

 

 

陽徳院御霊屋(ようとくいんおたまや)~寶華殿(ほうげでん)

ここは伊達政宗の正室愛姫の墓堂

平成18年に創建当時の姿に復元されました

 

 

 扉の装飾に女性らしさを感じます

創建したのは愛姫の孫にあたる綱宗です

 

 

 

ずうっと向こうに松島湾があります

津波はどの辺まで来てたのでしょう

 

陽徳院田村氏愛姫は、才色兼備、眉目秀麗と称賛された方だそうです

愛姫(めごひめ)が愛称だったということからも美しい人だったんだと思います

 

京都聚楽第の伊達屋敷にいた時には、京都の情勢を政宗に伝える、

外交官的な役目をして、まだまだ不穏な中、覚悟をしていると

手紙にも記していた、そんな女性だったとか…

  

常に匕首(ひしゅ・あいくち)を懐に 、いざという時には自ら命を絶つ、

そんな時代に生まれていたら、私はどんな覚悟が出来ただろうか

 

瑞巌寺が修復で、ほとんど見れないなんて小さい事言うてる私に何が…

 

……

 

瑞巌寺の境内には、沢山の洞窟がありました

円通院よりもずっと沢山の洞窟に石碑、仏像がありました

 

気になったのが、京都、滋賀などの西国三十三所のお寺からの

石像がずらっと並んでいました

こちらを拝めば、参拝して来たことになるそうです

出張所かな?

 

 

長命寺、 穴太寺、革堂、六角堂、六波羅密寺、清水寺、三井寺、

石山寺、興福寺南円堂、など、最近行って来たお寺の名前も

 

 

 鰻塚

瑞巌寺と鰻塚の関係が分からなかった

どうやら、松島湾で天然鰻が昭和の中ごろまでよく捕れていて

その供養にと地元の方が建てられたそうです

 成仏して下さい

 

 

瑞巌寺洞窟群は、そもそも納骨、供養のための施設で

鎌倉から江戸時代まで続きました 

洞窟のことが少し分かりました

 

芭蕉さんや大漁節を唄った方ほどの感動が無かったのは

修復でほとんどが隠れていたからですが、残念でした 

お寺の修復は、平成30年3月頃までの予定だそうです

 

 

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松島湾にて、五大堂

2015-11-18 13:15:53 | 旅行

 旅の順序としては、瑞巌寺なのですが、勇み足でちょっとだけ

松島を

 

瑞巌寺の門を出て歩いていくと

海岸に出ます

 

 

横断歩道を渡ると、

「奥の細道」 の文字、横の方には「日本三景碑」

 

芭蕉さんが歩いていた道なんですね~今はカラフルなトラックが走ってます

 

松島海岸に出ました

かもめさんですか?  こんにちは

 

 

 

「五大堂」

 

小島に建っていますが、瑞巌寺に属するお堂です

 

大同二年(807) 坂上田村麻呂が奥州遠征の時、創建と伝わる

のちに慈覚大師が五大明王を安置した事から

「五大堂」と呼ばれる

今のお堂は慶長九年(1604)伊達政宗が再建したもので、

東北地方最古の桃山建築、重要文化財

 

すかし橋

気を引き締めて、お参りするためだとか

透け透けの橋は、なんだか怖い

 

 

ほんとに小さな島で、お堂で島いっぱいみたい

 

目の前に、松島湾が広がっていました

 

夕方ではないのですが、見る角度でこんな風に

 

もう、観光客のほとんどがカメラを構えています

 

私も自分の目に焼き付けるだけでは、満足できなくなりました 

じいっ~と見つめておく方が、心に強く残るのでしょうけれど…

 

他にも海岸から橋ですぐ渡れる島があり、

ここのあと、福浦島と雄島に渡りました

 

ちょっと歩く必要があります

 

 

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右を向いても左を見ても…

2015-11-18 09:08:34 | 四季折々に

 

 

7時前です

一面の霧

ほとんど見えません

 

湿度、95%、

湿度計を真上から見たら針は100%なんですけどね、

撮り方が斜めでちょっと誤差が…

ここ数日、雨の日が多かったし

 

これは、電車の人も車の人も大変

JR、また遅れますよ

 

先が見えません

 

 

” 冬霧を 突いて駅へと 縒れ背広 ”

 

” ふゆぎりを ついてえきへと よれせびろ ”

 

私の明日も、五里霧中

 

 

 

 

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仙台にて

2015-11-17 15:34:28 | 旅行

  

1日目の夜はコンサートを楽しみ、

2日目の朝9時頃から、JR仙石線に乗り松島海岸に向かいました

 

JRはこんな感じ

 

松島海岸駅到着

海岸と伊達政宗ゆかりの古刹、どちらを先に行こうかと思案の末、

伊達政宗さんにまず、ご挨拶をと

しばらく歩きますと、

紅葉、黄葉、たまに緑葉

 

まず、訪れたのが『 円通院 』

たくさんの人でした

 

 

龍安寺の石庭に似てるなあ~と思ってたら…

ここは円満院のその名も「石庭」

350年前の小堀遠州作のお庭でした

 

 

 

石庭は松島湾に点在する七福神の島と海と周囲の山々を表しています

 

 

 

皆さん、案内を聞いておられるようですが…アレッ?

 

 

この方が円通院の案内をされてました 

この出で立ちはさすが、伊達者

案内を聞いていて、心に残った言葉が

『東北大地震の時の津波がここまで来なかったのは、

松島湾の幾つもの島が、波を抑えてくれたから…』

 

松島湾の美しい島々は、それだけでなく、

そういう恩恵をも与えてくれてるんですね~

 

 

円通院の本堂 「大非亭・だいひてい」

ここは伊達政宗公の嫡孫、伊達光宗公の菩提寺で

本尊は聖観世音菩薩座像

鎌倉時代のもの

 

 

更に庭の奥へ進むと、

 

 

 

 

三慧殿(さんけいでん)が見えてきました

正保三年(1646) 建造 重要文化財

伊達光宗公の霊廟

 

 

 

 

正面にガラスがはまっていて反射している部分がありますが

馬上の人は光宗公

幼い時から文武両道にすぐれて、徳川幕府にとって脅威だったといいます

江戸城内においてわずか19歳で亡くなり、

その死因に関しては様々な説があります

 

↓ 光宗公の像の両側に殉死した七人の像も祀られています ↓

 

扉に水仙の絵と薔薇の絵が描かれています

他にトランプの模様もあるとか、

水仙はイタリア・フィレンツェの象徴

薔薇はローマを象徴する

 

西洋との繋がりがあった、と寺には伝わる

 

その扉の薔薇に因んで、境内にバラ園がありました

小さな墓地の隣でした

 

ちょっと時期が過ぎたのか

きれいな花を少し見れました

 

また、円通院の境内の端の方に洞窟がありました

700年前のもので、この後行ったあちこちでこういった洞窟を

多く見ました。

諸説あるようですが、秘密めいた訳もあるような…

調べて分かるといいのですが、面白い伝説が見つかるといいな

 

このあと、瑞巌寺に行きました

 

 

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松山千春コンサート2015秋②

2015-11-17 09:50:15 | 松山千春

 

秋のコンサートツアーは「真っ直ぐ」 をテーマに

デビュー当時の歌から新曲まで

その合間を縫って色んなお話を聞かせて 頂きました

 

最近家に帰ると、どんな曲、どんな話やったかなあ~ってなるので、

ま、曲は会場を出る時ホールに発表されるのでいいとして、

ありがたいお話を聞いておきながら、忘れるなんて(/_;)

 

メモを取ろう!

暗いホールでメモ用紙とボールペンを用意し、

ポイントになりそうな千春さんの言葉を書き留めました

終わってから見たその文字は、まるでミミズが這った様

判読不能

何とか読めたものが少しあっても

それがどうした???

はあ~~(~o~)

 

 

まずまずの席を頂きました

仙台の方は熱いです 

『アンコール!アンコール!』

の大合唱、なかなか聞けるものではありません

それに、コンサートグッズ売り場に長蛇の列が出来ていて、

これも今までのどこよりも長かったです

千春さんは北海道から仙台空港に飛行機でこられたそうですが

空港にも、出迎えのファンが沢山だったとか

そして、小さな子供さんが、千春さんにバースデイ・カードを

プレゼントしてくれたそうですが、

ミッキーとミニーちゃんのイラストのカードだったとか

受け取った時の千春さんの顔、見たかったです

おそらく、いいおじいちゃん顔だったでしょうね

 

私の今年のコンサートの楽しみはこれで終了

でも、ツアーはまだ続きます

このあとのスケジュール

 

            

 

11月17日~大阪国際会議場グランキューブ大阪

 

11月22日~高山市民文化会館(岐阜)

 

11月24日~刈谷市総合文化センター(愛知)

 

11月26日~沼津市民文化センター(静岡)

 

11月30日~東京国際フォーラム

12月1日~東京国際フォーラム

 

12月5日~阿南市市民会館(徳島)

 

12月7日~滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール

 

12月12日~唐津市民会館(佐賀)

 

12月14日~iichikoグランシアタ(大分)

 

12月16日~福岡サンパレス ホテル&ホール

〚12月16日は千春さんの誕生日、盛り上がるでしょうね

 

12月24日~ニトリ文化ホール(北海道)

12月25日~ニトリ文化ホール(北海道)

 

ということで、今年もクリスマスの夜、札幌で千秋楽を迎えます

 実は大阪、滋賀でまだあるんですよね~

揺れますね~

行きたいな~

でも、それは私には贅沢というもので、我慢です

また、来春のツアーを楽しみに

 

千春さん、ごきげんよお~~

 

 

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東北新幹線

2015-11-14 00:31:35 | 旅行

 

東北新幹線は、初めてでした

松山千春のコンサートがあるので仙台まで乗りました

行きははやぶさ

 

 

 

 

なかなか思ったタイミングでシャッター切れないです

早過ぎたり、遅すぎたり…

 

東北新幹線は、着工してから39年という年月を経て

2010年12月4日、八戸~新青森間が開業し全線開業となりました

駅数は23駅

 

先日、いずみさんのコメントへの返信でレールは「広軌」と

書きましたが、世界的には「標準軌」となるそうで、1,435mm幅です

因みに在来線や私鉄、地下鉄は1,067mmで狭軌だそうです

 

あ、はやぶさとこまちが併結されてるところが、ありました

ピンボケですが、

右端、衝立のかげ

東北新幹線、可愛いですね♪

 

これは、やまびこ

 

こまち、横を走るのはやまびこ

 

駅の窓から見えてます、はやぶさ

 

また乗りたい

 

 

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帰路に

2015-11-11 17:18:01 | 旅行

すべての予定を終えて、仙台駅を16;30に経ちました。

しかし、これからが長い😣

 

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