礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

大久保泰甫氏、「ボアソナード氏応接書」を引く

2023-07-09 01:00:56 | コラムと名言

◎大久保泰甫氏、「ボアソナード氏応接書」を引く

 今月3日から5日にかけて、「井上毅、ボアソナード両氏対話筆記」という史料を紹介した。その後、大久保泰甫(やすお)氏の『日本近代法の父 ボアソナアド』(岩波新書、1977年12月)を読んだ(私が持っているのは、1988年3月発行の第二刷)。すると、この「対話筆記」に言及している箇所があった
 まず、その部分を引用してみる。【 】内は、大久保氏によるルビおよび注、〔 〕内は、大久保氏による注である。最初に出てくる「自分」というのは、ボアソナードのことである。

 結論として、新条約案は従来の不平等条約より、劣ることはなはだしいといわざるを得ない。自分は、現在でもなお、日本のためにこのような不利益を傍観するのに忍びず、「日本人ノ中ノ忠実ナル人々ヲ結合シテ、責【セメ】テハ天皇ノ批準【ママ】ヲ与へラレズシテ、寧【ムシ】ロ旧条約ヲ保存セラルヽコトヲ願フノ一路ヲ取ラントス、足下〔井上〕ハ高等ノ位地【ママ】ニ在リ、且平生ノ志操ハ予ノ信用スル所ナリ、本国ノ為ニ古今未曾有の危急ニ際シ、何等ノ尽力ヲモナサゞル乎(此等ノ言語ヲ吐クトキニハ、ボアソナト氏ノ顔勃然トシテ憤怒ノ色アリ)」と井上に詰め寄っている。
 最後に、話が一段落したあと、ボワソナアドは突然たずねる。
《足下ハ伊藤伯ノ「プァンシ、ボール」〔有名な四月二〇日の仮装舞踏会〕に赴キシ乎、
 予答、偶々病気ノ故ニ辞シタリ、
 又問、鳥井坂邸〔井上馨邸〕ノ芝居ニハ赴キシ乎、予答、又病ヲ以テ辞シタり、
 ボ氏云、足下ハ定テ予ト同感ナル故ニ、態【ワザ】ト辞セラレシナルべシ、予ハ近日宴会ノ席ニ赴クコトヲ好マズ、日本国ハ今日、外ハ権利ノ屈辱ヲ受ケ、内ハ進歩税【アンポープログレシフ】ヲ徴収シ、前途回復シ難キ暗黒哀痛【ソンブルチリスト】ノ境界ニ沈淪セントスルノ時ニ当リ、東京ノ都府ハ建築土木ト宴会トヲ以テ太平ヲ頌賛セリ、予ハ今日ハ贅沢【リユクス】ノ時ニ非ラズト信ズルヲ以て、各大臣ノ宴会ハ都【スベ】テ謝絶スルナリ。》
 この会話は筆記されて、井上から伊藤博文に示された。また井上は、司法大臣山田顕義〈アキヨシ〉にも働きかけ、大臣を動かして、改めてボワソナアドに新条約案に対する意見を求めさせた。そして、ボワソナアドが文書にしたくないというものを、「司法大臣限りで他見させない」と約束し、強いて提出させた。六月一日の「裁判権ノ条約草按ニ関スル意見」がこれである。このようにして、井上は、山田司法大臣を新条約案反対に回らせたばかりか、自らも意見書を伊藤博文に奉呈した。かれは、この問題でも、狂言回しの黒幕役を果たしているのである。
 ボワソナアドの「対話筆記」と「意見書」は、外交上の重要機密文書であるにもかかわらず、その後政府部外に漏洩し、秘密出版物となって世上に流布した。だれが機密を漏らしたかは、おおよその察しがつくが、いったんこれが流布すると、がぜん諸方面にごうごうたる反対論がわき上がった。杉浦重剛、長谷川芳之助〈ヨシノスケ〉、小村寿太郎らの乾坤社同盟はその一例であり、小村のごときは、外務省翻訳局次長の身分で反対運動に参加した。〈146~147ページ〉【以下、略】

 ここで大久保泰甫氏が引用している「対話筆記」は、基本的に、高橋是清が複写した「井上毅、ボアソナード両氏対話筆記」と同じものと思われる。なお、大久保氏は、この史料を、『井上毅伝・史料篇第五』の696-700ページから引いている。そこでの史料名は、「ボアソナード氏応接書」となっている(『ボソナアド』199ページ、付註42)。
 なお私は、今月5日のブログで、〝「予は近日宴会の席に行くことを好まず」のパラグラフにおける「予」は、井上毅を指していると思われる。〟と書いたが、これは撤回する必要がある。大久保氏の引いた「ボアソナード氏応接書」を読み、ここでの「予」は、ボアソナードであろうと考え直したからである。【この話、続く】

*このブログの人気記事 2023・7・9(9位になぜか日本人の悪徳)

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