礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

原子爆弾を米国が使えば日本も使うことになる

2016-07-14 07:17:44 | コラムと名言

◎原子爆弾を米国が使えば日本も使うことになる

 この間、中村正吾秘書官、および黒木勇治伍長の「日誌」によって、七一年前(一九四五年)の「今ごろ」の出来事を紹介している。出典は、それぞれ、中村正吾著『永田町一番地』(ニュース社、一九四六)、および黒木雄司著『原爆投下は予告されていた』(光人社、一九九二)である。
 本日は、『原爆投下は予告されていた』から、七月一四日~七月一六日の日誌を紹介する(二一二~二一五ページ)。七月一六日の日誌は、アメリカが、七月一五日の「原子核爆発の実験に成功」したことに言及している。

 七月十四日 (土) 晴
 午前零時、勤務に上番する。下番の田中候補生より、これは意味がわからないのですがと前置きし、
「昨夜午後十時のニューディリー放送では、昨日(七月十三日)、米国務省は四月一日の阿波丸沈没事件の責任を認める声明を発表、陳謝の意を表し、賠償問題は戦後まで延期を要望した、と放送しました」という。
「ああ、あれは四月一日撃沈された阿波丸は、連合軍捕虜への救恤品を積んでおり、航行の安全を保障された緑十字を船体に描いている。いわゆる安導券(交戦国が敵部隊の場所に行くことを許可する文書)を無視して米国の潜水艦が台湾海峡で撃沈した件で、たしか四月下旬ごろ、日本政府が米国政府に抗議文を提出した解答だ。そのころの放送で記録に残したと思うが、よく米国は調べて事実を調査、自らの非を確認してくれた。敵ながら天晴れ〈アッパレ〉といいたいと思う」と答えた。
 二日続きの敵襲があったというものの昼間ばかりで、深夜から早朝にかけてのこの一勤は、今日も電話はどこからもかかって来ない。
 午前八時、下番する。下番後はすぐ横になる。午後四時起床し、毎日の行事の通り昼食、洗濯、入浴、夕食と過ごす。

 七月十五日 (日) 曇後雨
 今日は日曜日、勤務交替日で、自分は一勤と三勤の二勤となる。
 午前零時前半の一勤の勤務に上番する。下番者田中候補生の報告によると、
「昨夜午後十時のニューディリー放送では、(一)昨日(七月十四日)、米航空母艦よりの艦載機約百機は東北地方の各都市および青函連絡船航路の船舶並びに北海道南部を空襲し銃爆撃致しました。(二)また、これとは別でありますが、昨日(七月十四日)、米艦隊は釜石市を艦砲射撃致しました。(三)イタリアは昨日、日本政府に対し宣戦を布告しました」
 青函連絡船航路の船舶とは、連絡船そのものを意味するが、大半は一般人で、中には軍用の者もいたかも知れない。が、戦争をここまで拡大してもよいのだろうか。
 日本武士は、相手側の老若男女を問わずだれでも切り捨て御免とやったことはなかったように思う。それだけに一般大衆に向かっての銃爆撃は、本当に腹にすえかねる。釜石といえば製鉄所を思い出すが、軍需産業の中の鉄は重要な基幹産業、艦砲射撃とは恐れ入った。なんだか工場の建家が吹っ飛ばさたり、煙突に穴があけられているような気がする。
 イタリアもイタリアだ。昨日までの日独伊三国防共協定はどこに行った。日本に宣戦布告したといって、何ができるんだ。もちろん、その当時のムッソリーニとは政権の座は変わっているとしても、信用のおけない国だ。
 午前五時ごろ厠に行くと、雨が降り出した。今日の日曜日、敵さん、休日だなと思う。
 午前八時、下番する。【中略】
 午後四時、上番する。下番者田中候補生が勤務中異常なしという。雨が降れば無理もない。自分の勤務になっても静かである。
 午後十時、ニューディリー放送が流れてくる。
 ――こちらはニューディリー、ニューディリーでございます。本日(七月十五日)、米軍P51約百機は、東海地方の各都市を空襲し爆撃しました。繰り返し申しあげます。…………。――
 内地は雨が降らないのだろうか。雨が降っても飛んでくるのか。太平洋上とて雨が降れば視野狭く、そのうえ霧も出やすいだろうに。雨が休みは重慶軍の航空隊だ。重慶からは幾つも山を越えて来るために安全性からして休みにするのだろう。三勤も雨では電話なし。午後十二時、下番する。

 七月十六日 (月) 雨
 昨日からの雨は今日も降る。三勤のためにゆっくり起床する。朝食後、雨にもかかわらず洗濯する。洗濯しないと、今日の午後四時、上番するのに衣袴がない。どうせ濡れついでと、褌一枚の姿で、あれもこれも全部洗濯。室内満艦飾となる。【中略】
 午後四時、上番する。下番者申し送りなし。雨で静かな模様である。耳にレシーバーを当て正面を凝視しているものの、考えることは、一体これからどうなるのだろうかと。
 午後九時半、隊長が今日は浴衣姿で入浴をすませたような顔で入って来られた。もちろんのこと雪駄履【せつたば】きである。
 午後十時、ニュディリー放送が流れてくる。
 ――こちらはニューディリー、ニューディリーでございます。信ずべき情報によりますと、本日(七月十六日)も米軍P51百機は、前日に引きつづき東海地方の各都市を空襲し銃爆撃致しました。また別の情報では昨日(七月十五日)、米国ニューメキシコ州アラモゴードで、世界最初の原子核爆発の実験に成功致しました。繰り返し申しあげます。…………。――
 隊長も、上山中尉も、じっとして黙ったままだった。突然、隊長が口を切られた。
「おい上山、この前、貴様の説明では、原子爆弾とは原子核が破壌することで、一発の爆弾が投下されると広範囲にすべてが表土から焼き尽くされ、人は即時にして形骸を残さずと聞いたようだが、米国内で、実験をやることは、その影響が心配されるがどうか」
「隊長殿、ニューメキシコ州というのは砂漠地帯です。いま何里四方か何十里四方かおぼえていませんが、とにかく大砂漢地帯の中央で、原子核の核分裂によっての核爆発を、ダイナマイトを爆発させるのと同じ要領でタイマーを取りつけ、三十分後なら三十分後に爆発させるようにして、人は車で安全地域まで退避して待てば問題ありません。要は安全地域まで車で走破の時間プラスα【アルフア】を必要時間として、タイマーをセットすればよいわげであります。砂漠とか、太洋の無人島などは実験するのに適地であります。
 毒瓦斯【ガス】以上のものは当然、毒瓦斯禁止協定の中に包含されるということで、あるいは日本陸軍は躊躇して前回報告した以上の開発を止めているかも知れませんが、研究の下地ができており、いつでも研究され、日ならずして使用できる状態となるでしょう。したがって、原子爆弾を米国が使えば、日本も使うと思います。ただこの前にも申しましたが、大都市に落とされると人類の滅亡を意味することになりかねません。つまり米国が落とせば、日本も報復する。さらに相手が落とすと報復する。エスカレイトすると、大変なことになります」
 隊長芦田大尉はみじろぎもしないで、じっと上山中尉の説明を聞いていた。自分も今晩は電話がないまま話に聞き込んでいた。
 午後十一時すぎ、隊長は腕を組み、何かを考えるようにして下を向きながら、雪駄の音をさせて出ていかれた。上山中尉もその後しぼらくして出られた。
 自分たちは負けていない。しかし、日本はつぎつぎと敵の新しい技術と数多の物量で攻めつけられているように思われる。上山中尉のいわれる通り、敵が原子爆弾を使ったら、基礎データーがあるからすぐ造れるようにいわれたが、その間の一、二ヵ月の間につぎつぎとこの爆弾を投下されたら、間に合わぬではないか。
 ニューディリー放送は、日本内地では聞かれただろうか。聞けないのだろうか。大本営の情報参謀の耳に入っているだろうか。一下士官の心配することでないといわれれぼそれまでだが。隊長から連隊長へ、さらに上司にと、ぜひぜひ報告して欲しい問題である。午後十二時、下番。

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