礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

突然、 大粒の涙を流して嗚咽が始まった

2023-05-16 02:21:47 | コラムと名言

◎突然、 大粒の涙を流して嗚咽が始まった

 昨日、原雄一さんの『宿命』(講談社、二〇一八)を引用したが、著者の紹介をおこたった。原雄一さんは、警視庁捜査第一課の元刑事で、警察庁長官狙撃事件の捜査に当たった。主流だったオウム犯行説に異を唱え、老スナイパー・中村泰(ひろし)受刑者の取り調べをおこなっていた。
 NHK制作の未解決事件File07『警察庁長官狙撃事件』では、原刑事に相当する人物を、國村隼さんが演じていた。中村受刑者に相当する人物を演じていたのは、イッセー尾形さんであった。  
 さて、原雄一さんの『宿命』を読んで、個人的に最も印象に残ったのは、中村受刑者が、野村秋介の著書を読んで号泣したとあるところだった。同書の124~125ページから、その部分を引用してみる。
 
 あるとき、野村秋介の著書『さらば群青――回想は逆光の中にあり』(二十一世紀書院)の一節を中村に朗読して聞かせたことがあった。中村は、じっと聞き入っていたが、突然、 大粒の涙を流して嗚咽が始まった。
「読んでみるか」と勧めると、神妙な表情でうなずいて、ハードカバーのその本を手に取った。中村の目が一文一文を追っていくのが分かる。次第にすすり泣き、また嗚咽が始まったかと思うと、立ち上がって大泣きした。「どうした。大丈夫か」と声をかけても返答すらできない。私には、その姿が意外に映った。
 通常、凶悪事件の取り調べでは、反抗的でも、ふて腐れていても、落胆していても、言い訳を親身になって聞いてやると、徐々に心が解けていくことが多いが、中村の場合は違った。性格は冷酷で、理詰めで攻めても、情に訴えてもいっさい動じない。その中村が涙を流して大泣きしている。同志の鈴木三郎が亡くなったことを知らせても、涙さえ見せなかった中村が大泣きしている。「こんな所に弱点があったのか」と、思いを新たにさせられた。
 以降、中村が志向した新右翼や左翼思想を議論する方向へ取り調べの戦略を変更していった。それが功を奏したのか、少しずつ供述は引き出せていたが、それでもお互いに手の内を読み合いながら会話する神経戦が続いた。

 この号泣事件があったのは、文脈から、二〇〇四年の三月から五月までの間のある日と思われる。
 ここで、「鈴木三郎」とあるのは、中村泰の同志某(鈴木三郎は仮名)。この人物は、二〇〇三年七月九日、名張市内のアジトの捜索の際に、捜査班から同行を求められたが、アジトに到着する直前、車中で絶命した。死因は、「急性心筋梗塞による虚血性心不全」だったという。
 その同志の死を知らされて、涙さえ見せなかった中村が、野村秋介の『さらば群青』を読んで、大泣きしたという。いったい、その本には、どういうことが書かれていたのか。
 野村秋介著『さらば群青』は、まだ読んだことがなかった。国会図書館に赴いて閲覧してきた。【この話、さらに続く】

*このブログの人気記事 2023・5・16(なぜか、8・9位に西部邁)

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