◎「長州再征に関する建白書」を読解する
本日以降、「長州再征に関する建白書」を、読解してゆきたいと思う。この建白書は、前文的な文章、第一条、第二条というふうに、三つの部分に分かれている。
本日は、このうち、前文的な文章を読解してゆきたい。なお、この建白書の全文は、すでに、今月二三日のブログで紹介している。
『福沢諭吉全集』第20巻(岩波書店、一九六三)に収録されている「長州再征に関する建白書」には、句読点が打たれている。これは、同巻の校訂者によるものであって、福沢諭吉自身によるものではない。しかし、このあとの読解にあたっては、この句読点を参考にしたい。
全集によれば、建白書の前文的な文章は、六つのセンテンスに分かれる。これらに、❶から❻の番号をつけ、まず、句読点のない文章を示す、次に、それぞれについて、句読点、読みがな、注などを補った文章を示す。必要に応じ、若干の【補足】を加える。
❶先年外国と御条約御取結に相成候以来世間にて尊王攘夷抔虚誕の妄説を申唱候
先年、外国と御条約〔を〕御取結〈オトリムスビ〉に相成候〈アイナリソウロウ〉以来、世間にて尊王攘夷など、虚誕の妄説を申し唱へ候。
《補足》ここでいう「御条約」とは、安政五年(一八五八)に、幕府が、アメリカ・オランダ・ロシア・イギリス・フランスの五カ国と結んだ「安政五カ国条約」を指している。
❷之が為め御国内多少の混雑を生じ 廟堂の御心配不少義に候得共畢竟其の趣意は 天子を尊候にても無之外国人を打払候にても無之唯活計なき浮浪の輩衣食を求候と又一には野心を抱候諸大名 上の御手を離れ度と申姦計の口実にいたし候迄の義にて其證跡顕然に付別段弁明仕候にも不及候義に奉存候【御座候】
之がため、御国内、多少の混雑を生じ、廟堂の御心配、不少〈スクナカラヌ〉義に候得共〈ソウラエドモ〉、畢竟、その趣意は、天子を尊〈タットビ〉候にても無之〈コレナク〉、外国人を打ち払ひ候にても無之、ただ活計なき浮浪の輩〈ヤカラ〉〔が〕衣食を求め候と、又一〈ヒトツ〉には、野心を抱き候諸大名〔が〕上〈カミ〉の御手を離れ度〈タシ〉と申す姦計の口実にいたし候までの義にて、その證跡〔は〕顕然につき、別段、弁明仕〈ツカマツリ〉候にも不及〈オヨバズ〉候義に奉存〈ゾンジタテマツリ〉候【御座候〈ゴザソウロウ〉】。
《補足1》原文では、「廟堂」の前、「天子」の前、「上」の前に、それぞれ一字、闕字がある。
《補足2》原文では、「奉存候」の右横に、「御座候」という文字があるという。ここではこれを、「奉存候【御座候】」というふうにあらわしておいた。
❸然る処諸侯の内第一着に事を始め反賊の名を取候者は長州にて彌以此度御征罰【伐】相成候義は千古の一快事此御一挙を以て乍恐 御家の御中興も日を期し可相待義誠に以難有仕合に奉存候
然るところ、諸侯のうち第一着に事を始め、反賊の名を取り候者は長州にて、彌〈イヨイヨ〉以て、この度〈タビ〉、御征罰〔に〕相成り候義は、千古の一快事、この御一挙を以て、乍恐〈オソレナガラ〉御家の御中興も日を期し可相待〈アイマツベキ〉義、誠に以て難有仕合〈アリガタキシアワセ〉に奉存候。
《補足1》原文では、「御家」の前に、一字、闕字がある。
《補足2》全集では、「御征罰」の罰の横に、〔伐〕とあるが、「御征伐」のことだという校註であろう。
❹実は三五年以来 廟堂にても内外の御配慮にて十分の御処置御施行難被遊御場合も被為有或は因循姑息抔と巷説も有之候義にて竊に切歯罷在候処此度長賊御征罰の義は天下の為め不幸の大幸求ても難得好機会に御座候
実は、三、五年以来、廟堂にても内外の御配慮にて、十分の御処置〔を〕御施行難被遊〈アソバサレガタキ〉御場合も被為有〈アラセラレ〉、あるいは因循姑息〈インジュンコソク〉などと巷説も有之〈コレアリ〉候義にて、竊〈ヒソカ〉に切歯罷在〈マカリアリ〉候ところ、この度、長賊御征罰の義は、天下のため、不幸の大幸、求めても難得〈エガタキ〉好機会に御座候。
《補足1》今日の文章なら、❸から❹で、段落を変えるところである。
《補足2》原文では、「廟堂」の前に、一字、闕字がある。
❺何卒此後は御英断の上にも御英断被為遊唯一挙動にて御征服相成其御威勢の余を以て他諸大名をも一時に御制圧被遊京師をも御取鎮に相成外国交際の事抔に就ては全日本国中の者片言も口出し不致様仕度義に奉存候
何卒この後〈ノチ〉は、御英断の上にも御英断被為遊〈アソバセラレ〉、ただ一挙動にて御征服相成り、その御威勢の余を以て、他諸大名をも一時に御制圧被遊〈アソバサレ〉、京師をも御取り鎮めに相成り、外国交際の事などについては、全日本国中の者、片言も口出し不致様〈イタサヌヨウ〉仕度〈ツカマツリタキ〉義に奉存候。
《補足》「京師」は京都の意味だが、ここでは、朝廷、ないし、それを頂く勢力を指す。
❻就ては此度御征前の義に付固より帷幄の御勝算被為在候を可奉伺にも不及義私抔にて別段建白可仕筋万々無御座候得共未曽有の御盛挙を感激仕候余り心附候二三条左に申上候
ついては、この度、御征前の義につき、固〈モト〉より帷幄〈イアク〉の御勝算、被為在〈アラセラレ〉候を可奉伺〈ウカガイタテマツルベキ〉にも不及〈オヨバヌ〉義、私などにて、別段、建白可仕〈ツカマツルベキ〉筋、万々無御座〈ゴザナク〉候得ども、未曽有〈ミゾウ〉の御盛挙を感激仕り候余り、心附き候二、三条、左に申し上げ候。
《補足1》帷幄は作戦の本営の意。
《補足2》ここで福沢は、今回の作戦について、自分には、勝算があるのかなどと伺う筋合いはないとへりくだりながらも、実は心配な点がある旨をほのめかしているのである。
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