礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

『農民俚譚』(1934)の「後記」を読む

2016-02-06 07:02:55 | コラムと名言

◎『農民俚譚』(1934)の「後記」を読む

 不遇の民俗学者・佐々木喜善が亡くなったのは、一九三三年(昭和八)九月のことであった。本山桂川は、故人を追悼するために、論文集の編集・刊行を思い立ち、『農民俚譚』(一誠堂)という形でそれを実現させる。翌一九三四年(昭和九)五月のことであった。
 この本には、「追想 佐佐木喜善君の遺業と其晩年(本山桂川)」と題する後記が付されている。一九ページに及ぶ佐々木喜善論であって、故人の人柄と業績を語って余すところがない。
 本山桂川は、この「後記」に、佐々木喜善が生前、柳田國男に就職の世話を頼んだところ、冷たく断られたという事実を記したと述べている(昨日のコラム参照)。ここで、「後記」の全文を紹介することはできないが、少なくとも、「冷たく断られた」事実を記した部分は、紹介しておかなくてはなるまい。
 本山は、この遺稿集に、「縁女綺聞」という文章を収録したことにつき、「一寸記して置き度いことがある」と断って、次のように述べる(一八三~一八四ページ)。

 柄にもない村長の職責は、遂に人の好い彼に禍し〈ワザワイシ〉、或る事件の巻添へから、土淵村〈ツチブチムラ〉を放れて一家妻子共々仙台に移り佳まなければならない破目に陥入れ〈オトシイレ〉られた。仙台に移つてからの彼は、日常生活の上にも甚だ不遇であつた。時折土地の放送局に頼んで放送をやらせて貰つてゐた。そんなことから、あの『東北土俗講座』開講の運びともなつたのであるが、後には学閥関係か何かで、一部の人々に圧迫され、思ふに任せない事が多かつた。職を求めても元より適当な職業はなかつた。或先輩に新聞通信員に斡旋して貰ひたいと依頼したら、手酷しく余りにも卒直に拒絶されて、大いに憤慨した。
 木訥〈ボクトツ〉な彼の口から直接その話を聞かされた時には、私も亦甚だ義憤を感じた。仕方なさに彼は小数の同好者を集め、エスペラントの講習会を開いたりしてゐた。そんな日の或る盆前であつた。娘には死なれるし、何かと物入りが多いのに、どうしても工面が出来ないから、助けてくれと、白羽の矢を立てられた。同病相憐む〈アイアワレム〉お互のこととて、雑誌グロテスクの友人に依頼し、私自身で受取るべき稿料を、彼に廻し、そのあとで彼にも何か書けと云つてすゝめた。さうした事情から同篇の一乃至六までが初めて同誌上に発表されたのであるが、それでは気が済まぬと云つて、新たに七以下の三十四五枚を書き加へ、其全部を私に寄贈して寄越した〈ヨコシタ〉。私は之を日本民俗研究会の『民俗文芸特輯』の一冊〔『民俗文芸特輯二』一九三〇年五月〕として刊行したのであつた。

 これが、その部分である。「或先輩」とあって、柳田國男の名前は出てこない。また、柳田の言葉「君のような男を朝日に世話するほど僕は朝日に不忠実ではない」が引用されることもない。
 原稿の段階では、柳田國男の名前も、その言葉もあったところを、出版社など周囲の忠告を容れて、筆を枉げたのではないかと推測するが、もとより推測にすぎない。
 このすぐあとの部分も、ついでに引用しておこう。右に引用した部分のあと、一行あけて、次のように続いている(一八四~一八五ページ)。

 彼〔佐々木喜善〕を追想すれば、曽て大正十三年〔一九二四〕四月、奥羽旅行の途次、遠野の町で初めて相見えた〈アイマミエタ〉時の事をいつも思ひ起す。遠野の町には其頃鈴木重男氏の遠野郷土館が建設されたばかりの時であつた。其処〈ソコ〉に三里の道を土淵村から佐佐木君が出て来て、出迎へてくれたのであつた。
 町のとある店頭には、南部の盲ごよみがまだ実用のために貼付けてあつた。さうして其夜の座談会には、伊能嘉矩〈イノウ・カノリ〉氏も出席されるし、釜石の山本茗次郎氏は仙人峠を越えて遙々〈ハルバル〉やつて来られた。それに今一人の珍客があつた。それは『アイヌ物語』を書いたアイヌ人武隈徳三郎君であつた。丁度佐佐木君の宅にたよつて来て泊つて居たので、一緒に伴れて〈ツレテ〉来たのであつた。
 期せずして私の琉球の話、伊能氏の台湾の話、地元諸君の遠野の話、それに武隈君のアイヌの話と興趣は尽きず、暁の三時頃まで話込んだ後、佐佐木君はさも薄気味悪さうに、気心の知れない食客を連れて、又とぼとぼと、提灯をともして自分の村に帰つて行つた。

 これによって、遠野の地で、本山桂川・佐々木喜善・伊能嘉矩・山本茗次郎・武隈徳三郎等が、あい会したのが、一九二四年(大正一三)四月であったこと、このときが、本山と佐々木の初対面であったことなどがわかるのである(一昨日のコラム参照)。

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