礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

太田青丘の「漢字まじり文」(漢字かな混じり文)擁護論

2013-01-27 07:49:07 | 日記

◎太田青丘の「漢字まじり文」(漢字かな混じり文)擁護論

 昨日の続きである。一九五九年一二月一日の読売新聞夕刊に掲載された、太田青丘の「国語表音化への疑問―土岐善麿氏の所論を読んで―」という文章の後半である。

 わが国の現状から性急な国語表音化が行われず、それを強いで行おうとすれば、いたずらに混乱が生ずるだろうということは、一般の常識である。これは漢語には同音異字が極めて多いためである。いま一例をあげれば「有料道路」を表音化してしまったら「優良道路」との区別がつかず、とんだ笑話になりかねない。土岐氏の所論でも「知名」「建議機関」「提説」「利害得失」「要因」「国語表記」「過程」「緩急」「時代逆行」等を表音化したら、ずいぶんまぎらわしいことになろう。従って、国語表音化の徹底は、異音異字的漢語を避けるばかりか、なるべくむずかしい漢語を使わないようにしなげればならないのであるが、現代生活における概念の複雑化は、漢字の造語力の逞(たくま)しさの故もあって、表音化を力説してもどんどん新しい漢熟語の氾濫(はんらん)を来たしている始末である。有料道路などは「お金をとるみち」でもよいわけであるが、現代のスピード感はそれには満足できないのであろう。放漫軽薄な新しい漢熟語の氾濫はもとより慎まなければならないが、現代の語感がすでに「やまとことば」的のものではないという事実を忘れてはならない。このことは現代の俳句や短歌について見ても明かである。国語表音化を目指すものは、これらの点を考慮に入れつゝ漢熟語の整理をはかり、ねばり強く平易にして品のある国語を書くことに努力して頂きたい。土岐氏の漢語の多い文章をみて、ことにこの感を深くする。国語の表音化などはその後のことであろう。この前後をとりちがえたら、国民の文化生活に大混乱をひき起すこと必至である。
 表意文字たる漢字を論ずる俗論のもっとも大きな誤りは、漢字の一字が一語を表わす事実を忘れているか、もしくはことさら見のがそうとしていることである。山または川は、かななら、やま、かわ、であり、英語ならばmountain、riverと同じはたらきをもつのである。しかるに表音文字たるかな、またはローマ字は音を表わすのみで意味をもたない。両者は全く性質種類を異にする。従って漢字とかな、ローマ字の対比は、よく言われるように何万何千対五十または二十六の違いではない。五十字もしくは二十六字を覚えたからといって、すべてを理解することは出来ない。全く別個の問題である。かかる見やすい事実を無視して、表意文字を使っていたら文化に遅れるとか、欧文タイプなら和文のタイプの十倍の能率だなどという俗論が、しばしば有名人の口を借りて横行するのは残念である。
 漢字が同音の字が多くてまぎらわしい代りに、視覚に強く端的直接に訴える点において大きな利点のあることは、人の知るところである。このことがさらに漢字の一字が一語を表わし、一熟語が複雑な概念を表わす含蓄性に富むことに助けられて、一目でそこに書かれている概念を大摑(づか)みに把握(はあく)するに役立っていることはいうまでもない。このことは、先に述べた漢語の造語力と相まって、漢字がわが国現代のスピード生活にどれだけ貢献しているかを暗示するものでもある。たゞにわが国ばがりではない。時代がスピード化すれば端的な表現を要求するので、表音文字国におけるUSAとかMPまたはBC(西紀前)PM(午後)などという表現は、一種の表音文字の表意文字化であるといってもよいのである。イギリスのプラッドレーという学者が、漢字かもっとも進んだ文字だといっていることなども改めて反省されてよい。
 もとより筆者といえども、漢字に欠点がないとか、国語一定不変で絶対に時代によって変化を許さないなどというものではない。たゞ、西欧にないが故に表意文字は原始未開の文字であるというような無定見から脱却すべきである。表音文字と表意文字の長所を共に生かそうとするいわゆる漢字まじり文は、日本人の創意創見として改めて認識されなければならない。この認識に立っての改良であるべきである。―投稿―     (法政大学教授・文博)

 前半に比べると、やや論旨の明確さに欠ける印象があるが、言いたかったことは、要するに、漢字かな混じり文のままで構わないではないかということだろう。

今日のクイズ 2013・1・26

◎文中に「MP」という略語が出てきます。筆者が、この略語で示そうとした言葉は、次のうち、どれだったと思いますか。

1 mezzo piano 演奏法を示すイタリア語。「やや弱く」の意味。
2 metropolitan police ロンドン警視庁
3 military police 憲兵隊

【昨日のクイズの正解】 3 東洋大学 ■1887年に井上円了が創設した哲学館は、1903年、私立哲学館大学に改称。翌1904年、専門学校として認可。1906年、私立東洋大学に改称。1928年、大学令による東洋大学として認可。

今日の名言 2013・1・26

◎漢字まじり文は、日本人の創意創見

 太田青丘の言葉。「国語表音化への疑問」(読売新聞1959・12・1夕刊)に出てくる。ここでいう「漢字まじり文」とは、「漢字かな混じり文」のことである。上記コラム参照。

 

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