むしょうに海を見に行きたくなる時があった。
それは、自分が、海の近くのムラで育ったからだろう。
だけど、体が弱くて病気がちだったせいもあり、子どもの頃は海に入ることが禁じられた。
小学校の2,3,4年生の時分は、海に入ることは医者から許されなかった。
その間に、同級生たちは皆、泳ぎが達者になり、5年生になって再び海に入るのを許可された私が浮き輪を使うのをあざけり笑うのだった。
まあ、そんな嫌な思い出もあるのだが、海は好きだ。
生まれた時から30数年間住んでいた家には、夜になると、開け放った窓から潮騒の音が響いてきたものだった。
海からの潮風は、独特の潮のにおいを運んできた。
空気も、塩分が含まれていて、しばらく浜にいると、肌が塩分でべたべたになった気がした。
それでも、海は、とても懐かしさをもっている。
東京に住んでいた学生の頃、バイトか何かで出かけた晴海あたりで、海を見た。
潮風のにおいが、そのときどういう訳か落ち込んでいた自分に、とても元気をくれた。
故郷の海とは違うけれども、潮の香りだ。
こんなにも、潮風が、海が、自分を元気づけてくれるのか、ということを知った。
子どもたちが大きくなってからは、海水浴に行くこともなくなった。
でも、時々、海を見たいなあ、と思う。
先日の日曜日、妻と娘と3人で、海を見に行った。
夏は終わってしまっても、しまった浜茶屋などにまだ名残がある。
ここ藤塚浜も、浸食が進んで砂浜が狭くなっていた。
だけど、9月の上旬、まだ海に入る人や、釣りをする人たちが見受けられた。
ニャーニャーと聞こえたから、波打ち際にいた海鳥たちは、ウミネコだったのだろうか。
残念ながら、佐渡島や粟島は見ることができなかった。
しかし、波は穏やかで、落ち着いていた。
潮風が耳に当たる音、波が打ち寄せる音を聞いた。
海の空気をいっぱいに吸い込んで、潮の香りを楽しんだ。
やはり海は、いい。
泳ぐことがなくとも、目の前にあり、潮騒が聞こえ、潮の香りがする。
それらを味わえるだけでいい。