【まくら】
女性たちが「玉の輿に乗る」と言って、いい結婚を望むのは昔も今も変わりない。しかし江戸時代は男性もまた、金持ちの女性やいい家の女性と結婚するのを望んだものだった。これは男性の能力とは関係がない。むしろ能力のある男性は、女性の持参金や持ち家があれば鬼に金棒。それを元手として力を発揮し、成功する確率が高くなったのである。これは持参金つきの女性を嫁にもらう場合と家つきの女性のところに婿に入る場合とがあるが、どちらのケースも往々にして、女性は年上である。曲亭馬琴は作家を続けるために、版元の紹介で下駄屋の娘(これも年上)に婿入りしている。伊能忠敬も婿入りして婚家を盛り上げた。四谷怪談の民谷伊右衛門も、お岩に婿入りして民谷を継いでいる。こういう結婚は真面目で地道な結婚として評価され、色恋による結婚は「浮気な結婚」と言われた。
出典:TBS落語研究会
「たらちね(垂乳根)」は「母親」「親」にかかる枕詞。言葉のていねい過ぎることから起こる滑稽噺。江戸時代の終わり頃に、上方落語を江戸に移入したもので関西では延陽伯 (えんようはく) の名前が付けられている。
【あらすじ】
ある長屋に住む八五郎。大家さんに呼ばれ、「店賃の催促かい?」と勘ぐりながら戦々恐々と伺ってみれば、何と縁談話。相手の娘の『歳は二十』で『器量良し』、おまけに『夏冬のもの(季節の衣類・生活道具)いっさい持参』という大盤振る舞い。
独り者には願ってもない縁談、しかし話がうま過ぎる。不審に思った八五郎、大家さんに問いただしてみると、やはりこのお嬢さん『瑕』があった。
父親が漢学者で、厳格な親に育てられたせいで『言葉が改まりすぎて――つまり馬鹿丁寧になってしまい、言うことが何が何だかわからなくなった』。かく言う大家も、先だって彼女に道で出会った途端『今朝は怒風激しゅうして、小砂眼入し歩行為り難し』とあいさつされ、仰天したらしい。
とっさに意味もわからず困った大家、そばの道具屋の店先に箪笥と屏風があったので『いやはや、スタンプビョーでございます』と答えて煙に巻いたという(タンスとビョーブをひっくり返して並べた。無論、意味はない)。
大笑いした八五郎、「そんなもの、言葉のぞんざいな俺の所にいればすぐに直る」と喜んで、嫁にもらう事にした。
気の早い話で、その日のうちに祝言をすることになり、早速床屋と銭湯に行って身奇麗にしてきた八五郎。七輪を取り出し、火を熾しながら夫婦生活に思いをめぐらせた。差し向かいで飯を食う様子を妄想したり、果ては気の早い夫婦喧嘩の一人芝居をする始末、世話を焼いてくれる隣のおかみさんをあきれさせる。その内、表が何だか騒がしくなって来る。
チャラコロチャラコロ……
大家さんが雪駄、お嬢さんが駒下駄でも履いて来たのかと、大喜びで飛び出すとそこにいたのは何と乞食。大騒ぎをしていると、そこへ今度こそお嬢さんがやってきた。話に偽りなく美人のお嬢さんに、八五郎は大喜び。
さて、大家さんが帰ってしまい、二人きりになった所で八五郎がご挨拶。すると、お嫁さんの返事はとんでもない物だった。
「賤妾浅短にあって是れ学ばざれば勤たらんと欲す」
訳がわからない。動揺しながらも名前を訊くと……
「自らことの姓名は、父は元京都の産にして、姓は安藤、名は慶三、字を五光。母は千代女と申せしが、わが母三十三歳の折、ある夜丹頂の鶴を夢見て妾を孕めるが故、垂乳根の胎内を出でしときは鶴女、鶴女と申せしが、それは幼名、成長の後これを改め、清女と申し侍るなり」
両親の出自から自らの誕生秘話、幼名と改名に至るまで、全部漢文調で淀みなく並べ立ててのけたから大変である。八五郎にはさっぱりわからない。
あ然としつつも紙に書いてもらい、早速読んでみた八五郎。しかし、途中から読経の節になってしまい、最後には「チーン、親戚の方からどうぞご焼香を」。
そうしてともかくも「カラスカァで夜が明けて」……
お清、さすがに妻としてのたしなみで、夫より早く起き出して朝食を用意し始める。ところが、米がどこにあるか解らないので、寝ている八五郎のところへ尋ねに来た。
『アァラ、わが君!』。
八五郎もびっくり、「そのうち『我が君のハチ公』だなんて変なあだ名がつくから止めてくんねえ」と苦情を言い、何事かと訊くと「シラゲの在り処、いずくんぞや?」。
米の場所一つを教えるのに汗だくになった八五郎はまた寝てしまう。お清さんの方は料理を再開するが、今度は味噌汁の具がなくて困った。悩んでいるとそこへ八百屋が行商にやってくる。
「これこれ、門前に市をなす商人、一文字草を朝げのため買い求めるゆえ、門の敷居に控えておれ」
芝居がかった言葉につい釣られ、八百屋が「はぁはぁー!」と平伏してしまう。
そんなこんなでご飯になった。八五郎を起こす。
「アァラわが君。日も東天に出御ましまさば、うがい手水に身を清め、神前仏前へ燈灯(みあかし)を備え、御飯も冷飯に相なり候へば、早く召し上がって然るべう存じたてまつる、恐惶謹言」
今度は八五郎が釣られて
「飯を食うのが『恐惶謹言』、酒なら『依って(=酔って)件の如し』か?」
出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
【オチ・サゲ】
地口落ち(地口とは駄洒落。同じ音を持った別の言葉と結びついて終わるも
の。落語では最も多い。)
【噺の中の川柳・譬(たとえ)】
『ひとり口は食えないが、ふたり口は食える』
【語句豆辞典】
【賤妾浅短(せんぎょくせんたん)】ふつつかで無学ではありますが、(せめて)勤勉にお仕え申し上げたく存じます。賤妾は妻の夫に対する謙称。浅短は浅はかで不十分なさまを指す。
【恐惶謹言(きょうこうきんげん)】手紙の末期につける挨拶後で、意味は『恐れかしこみ、謹んで申し上げる』
【依って件の如し(よってくだんのごとし)】証文などの末尾に書く言葉で、『右(本文)に書いたとおりである』という意味。
【この噺を得意とした落語家】
・三代目 三遊亭金馬
・八代目 春風亭柳枝
・五代目 三遊亭円楽
【落語豆知識】
【つなぎ】次の出演者が遅れた時など、噺を引き伸ばしたり、他の演者が出て穴埋めすること。出演者は羽織を舞台袖に脱いでおき、その羽織が楽屋へと引かれれば次の出演者が到着した合図となる。

女性たちが「玉の輿に乗る」と言って、いい結婚を望むのは昔も今も変わりない。しかし江戸時代は男性もまた、金持ちの女性やいい家の女性と結婚するのを望んだものだった。これは男性の能力とは関係がない。むしろ能力のある男性は、女性の持参金や持ち家があれば鬼に金棒。それを元手として力を発揮し、成功する確率が高くなったのである。これは持参金つきの女性を嫁にもらう場合と家つきの女性のところに婿に入る場合とがあるが、どちらのケースも往々にして、女性は年上である。曲亭馬琴は作家を続けるために、版元の紹介で下駄屋の娘(これも年上)に婿入りしている。伊能忠敬も婿入りして婚家を盛り上げた。四谷怪談の民谷伊右衛門も、お岩に婿入りして民谷を継いでいる。こういう結婚は真面目で地道な結婚として評価され、色恋による結婚は「浮気な結婚」と言われた。
出典:TBS落語研究会
「たらちね(垂乳根)」は「母親」「親」にかかる枕詞。言葉のていねい過ぎることから起こる滑稽噺。江戸時代の終わり頃に、上方落語を江戸に移入したもので関西では延陽伯 (えんようはく) の名前が付けられている。
【あらすじ】
ある長屋に住む八五郎。大家さんに呼ばれ、「店賃の催促かい?」と勘ぐりながら戦々恐々と伺ってみれば、何と縁談話。相手の娘の『歳は二十』で『器量良し』、おまけに『夏冬のもの(季節の衣類・生活道具)いっさい持参』という大盤振る舞い。
独り者には願ってもない縁談、しかし話がうま過ぎる。不審に思った八五郎、大家さんに問いただしてみると、やはりこのお嬢さん『瑕』があった。
父親が漢学者で、厳格な親に育てられたせいで『言葉が改まりすぎて――つまり馬鹿丁寧になってしまい、言うことが何が何だかわからなくなった』。かく言う大家も、先だって彼女に道で出会った途端『今朝は怒風激しゅうして、小砂眼入し歩行為り難し』とあいさつされ、仰天したらしい。
とっさに意味もわからず困った大家、そばの道具屋の店先に箪笥と屏風があったので『いやはや、スタンプビョーでございます』と答えて煙に巻いたという(タンスとビョーブをひっくり返して並べた。無論、意味はない)。
大笑いした八五郎、「そんなもの、言葉のぞんざいな俺の所にいればすぐに直る」と喜んで、嫁にもらう事にした。
気の早い話で、その日のうちに祝言をすることになり、早速床屋と銭湯に行って身奇麗にしてきた八五郎。七輪を取り出し、火を熾しながら夫婦生活に思いをめぐらせた。差し向かいで飯を食う様子を妄想したり、果ては気の早い夫婦喧嘩の一人芝居をする始末、世話を焼いてくれる隣のおかみさんをあきれさせる。その内、表が何だか騒がしくなって来る。
チャラコロチャラコロ……
大家さんが雪駄、お嬢さんが駒下駄でも履いて来たのかと、大喜びで飛び出すとそこにいたのは何と乞食。大騒ぎをしていると、そこへ今度こそお嬢さんがやってきた。話に偽りなく美人のお嬢さんに、八五郎は大喜び。
さて、大家さんが帰ってしまい、二人きりになった所で八五郎がご挨拶。すると、お嫁さんの返事はとんでもない物だった。
「賤妾浅短にあって是れ学ばざれば勤たらんと欲す」
訳がわからない。動揺しながらも名前を訊くと……
「自らことの姓名は、父は元京都の産にして、姓は安藤、名は慶三、字を五光。母は千代女と申せしが、わが母三十三歳の折、ある夜丹頂の鶴を夢見て妾を孕めるが故、垂乳根の胎内を出でしときは鶴女、鶴女と申せしが、それは幼名、成長の後これを改め、清女と申し侍るなり」
両親の出自から自らの誕生秘話、幼名と改名に至るまで、全部漢文調で淀みなく並べ立ててのけたから大変である。八五郎にはさっぱりわからない。
あ然としつつも紙に書いてもらい、早速読んでみた八五郎。しかし、途中から読経の節になってしまい、最後には「チーン、親戚の方からどうぞご焼香を」。
そうしてともかくも「カラスカァで夜が明けて」……
お清、さすがに妻としてのたしなみで、夫より早く起き出して朝食を用意し始める。ところが、米がどこにあるか解らないので、寝ている八五郎のところへ尋ねに来た。
『アァラ、わが君!』。
八五郎もびっくり、「そのうち『我が君のハチ公』だなんて変なあだ名がつくから止めてくんねえ」と苦情を言い、何事かと訊くと「シラゲの在り処、いずくんぞや?」。
米の場所一つを教えるのに汗だくになった八五郎はまた寝てしまう。お清さんの方は料理を再開するが、今度は味噌汁の具がなくて困った。悩んでいるとそこへ八百屋が行商にやってくる。
「これこれ、門前に市をなす商人、一文字草を朝げのため買い求めるゆえ、門の敷居に控えておれ」
芝居がかった言葉につい釣られ、八百屋が「はぁはぁー!」と平伏してしまう。
そんなこんなでご飯になった。八五郎を起こす。
「アァラわが君。日も東天に出御ましまさば、うがい手水に身を清め、神前仏前へ燈灯(みあかし)を備え、御飯も冷飯に相なり候へば、早く召し上がって然るべう存じたてまつる、恐惶謹言」
今度は八五郎が釣られて
「飯を食うのが『恐惶謹言』、酒なら『依って(=酔って)件の如し』か?」
出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
【オチ・サゲ】
地口落ち(地口とは駄洒落。同じ音を持った別の言葉と結びついて終わるも
の。落語では最も多い。)
【噺の中の川柳・譬(たとえ)】
『ひとり口は食えないが、ふたり口は食える』
【語句豆辞典】
【賤妾浅短(せんぎょくせんたん)】ふつつかで無学ではありますが、(せめて)勤勉にお仕え申し上げたく存じます。賤妾は妻の夫に対する謙称。浅短は浅はかで不十分なさまを指す。
【恐惶謹言(きょうこうきんげん)】手紙の末期につける挨拶後で、意味は『恐れかしこみ、謹んで申し上げる』
【依って件の如し(よってくだんのごとし)】証文などの末尾に書く言葉で、『右(本文)に書いたとおりである』という意味。
【この噺を得意とした落語家】
・三代目 三遊亭金馬
・八代目 春風亭柳枝
・五代目 三遊亭円楽
【落語豆知識】
【つなぎ】次の出演者が遅れた時など、噺を引き伸ばしたり、他の演者が出て穴埋めすること。出演者は羽織を舞台袖に脱いでおき、その羽織が楽屋へと引かれれば次の出演者が到着した合図となる。


