
【原文】
さて、池めいて窪まり、水つけるところあり。ほとりに松もありき。五年六年のうちに、千歳や過ぎにけむ、かたへはなくなりにけり。今生ひたるぞまじれる。おほかたの、みな荒れにたれば、「あはれ」とぞ、人々いふ。
思ひ出でぬことなく、思ひ恋しきがうちに、この家にて生まれし女子の、もろともに帰らねば、いかがは悲しき。船人も、みな子たかりてののしる。かかるうちに、なほ悲しきに堪えずして、ひそかに心知れる人といへりける歌、
生まれしも帰らぬものをわが宿に小松のあるを見るが悲しさ
とぞいへる。なほ、飽かずやあらむ、また、かくなむ、
見し人の松の千歳に見ましかば遠く悲しき別れせましや
忘れがたく、口惜しきこと多けれど、え尽くさず。とまれかうまれ、とく破りてむ。
【現代語訳】
さて、家の中に、地が窪んでそこに池のように水がたまっている所がある。そのほとりには松も生えていたのだったが、たった五年六年のうちに、まるで千年も経ってしまったのだろうか、長生きのはずの松が、おおかた半分方枯れてなくなっている。かと思うと、そこについ最近に生えてきた若松も交じっている。松だけではない。どこもここも荒れ果ててしまっているので、「なんてことだ、ああ!」とそんなことばかり皆が言う。 それにつけて、この邸については、あれこれ思い出すことばかり多くて、その思い出の恋しく思われるなかでも、とりわけて、この家で生まれた女の子が、一緒に帰ってくることができなかった、そのことがどれほど恋しいことか。船に乗ってきた人たちも、みな親子一緒になって、大騒ぎをしている。こうした中で、やはり、悲しみに堪えられなくて、ひそかにこの心をわかり合う人と言い合った歌は、 生(む)まれしも… (ここで生まれた幼い人も帰らないのに、わが家に、その間に育った小松があるのを見るのは、なんと悲しいことだ) |
◆『土佐日記』(とさにっき)は、平安時代に成立した日本最古の日記文学のひとつ。紀貫之が土佐国から京に帰る最中に起きた出来事を諧謔を交えて綴った内容を持つ。成立時期は未詳だが、承平5年(934年)後半といわれる。古くは『土左日記』と表記され、「とさの日記」と読んだ。

