3104丁目の哀愁と感傷の記録

日々生きてます。自分なりに。感じた事を徒然に書きます。素直に。そんな人間の記録。
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青は渡れ。黄色も渡れ。赤まで渡れ 2 ~ハノイ市街散策編~

2013-12-28 23:17:22 | 
20131228

そして実質ベトナム初日。

この日はだらっと起きた。基本的にいつも海外では無駄に朝早く起きてるんだけど、時差がほとんどない分逆に眠かったのかな。

まずはホテルの朝食をいただいたんだけど完璧日本食を食べた。

白飯に味噌汁とおかず、みたいな。味付けも完璧日本食。流石日系のホテルだ。
でもせっかくベトナムに来たのだからとフォーを食べた。
カンボジアでも食べたが、これは本当においしい。


まずは朝ホテルにあった旅行会社のブースに行き、ハロン湾へのツアーの申し込みをする。
俺らが予約をしているのにもかかわらず、難波風のおばちゃんが割り込んできて、自身の下痢の話をしてちょっと予想外に時間がかかってしまった。

この日は完全なフリープランだったため、まずはベトナムの首都であるハノイの散策をしようと決める。
地球の歩き方を適当に眺め、世界遺産のタンロン遺跡と、ハノイの有名どころホーチミン廟の二つは行こうと決める。
ホテルはハノイの南にあり、目的地は北にあったため,レズアン通りという大きな道をまずはひたすらに北上。


この道歩きからすでに試練の道であった。カンボジアのときのように、歩いているだけでずいぶん経験値がアップしたように思う。

まず歩道が狭いにのも関わらず、人々が露店のように生活しているため、歩くスペースがほとんどない。
それに加え、少しでも車道側に出ようものなら、歩道すれすれにガンガンバイクが走っているため、事故に会う恐れがある。
たまに、バイクは歩道にも乗り上げてくる。

逆送なんて当たり前。日本では車道を逆送なんて考えられない。

そして、そのバイクの量。これがまた半端な数ではない。

その量に比例して、バイク、車のクラクションの音がものすごい。
というかクラクションがやかましすぎて、誰が誰に向けてクラクションを鳴らしているのかが全く分からない。

彼らにははたしてクラクションがきちんと機能して、理解しているのだろうか…
いや、理解していないんだろう。
だって、普通に事故起こしてるのを頻繁に見たから。

しかも、車とバイクがけたたましい音を立てて、ぶつかって、人がバイクから投げ出されて、バイクが吹っ飛んでるのに、
まず、車の運転手は追突された、自分の車のバンパーを見に行ったからね。
ふっとんだバイクのことなんか無視。
で、ああ、大丈夫かってリアクションしてすぐに行ってしまった。

しかもバイクのほうも、何事もなかったように、再びバイクに乗り、反対方向に(逆送)走って行ったからね。
衝撃映像だった。

そんあ光景も楽しみながら、30分も歩けば随分慣れてきた。
信号もあるんだけど、ほとんど機能していない。
赤信号だろうが、ガンガン突っ込んでくるので、こちらがタイミングをつかんで、さっと行かなければ一生渡れない。

というか日本ってなんてきちんと信号を守るんだろうと実感した。
信号無視なんて言葉が生ぬるく感じるよ。ベトナムでは。


ハノイ駅を通り過ぎ、まだまだ北上。
途中、かの有名なベトナム名物、“絡まり過ぎの電線”もいくつも見ることができた。
これぞベトナムって感じだね。

途中、線路をわたるんだけど、当然踏切なんてもんがあるはずもない。
しかも線路の脇ぎりぎりに家があって、生活感バリバリの日用品が転がってるんだよね。
言うまでもないが、線路とその間にフェンスなんてないから。


そうこうしている間にタンロン遺跡に到着した。
門から入ろうとしてら、ゲートが閉まっていた。

ん、嫌な予感がする。


門の横でふつーに飯食っている男たちが。

英語で聞いてみたら、つたない英語で今は昼休みで、入りたければ2時以降に来いという風に帰ってきた。
今日は閉館とかじゃなくて本当に良かった…

というわけでまた北上し、別の目的地を探す。

タンロン遺跡からほど近いホーチミン廟へ向かう。
とても大きな空間だったため、迷うことなくすぐに見つけることができた。


ホーチミン廟は警備員がおり、俺は歩いてはいけない一段上の歩道を歩いてしまっていたようで、注意された。


その後、トイレが我慢できなくなり、近くにあったホーチミン博物館に移動。
中に入り、トイレを済ませ、一柱寺に移動。
ここはガイドブックで見てちょっと見てみたちと思いっていたのだ。
すごく小さいところなんだけど、なんか惹かれるものがあった。


まだまだ元気があったので、ハノイの最北までいってみた。

サイ湖を見渡す。
靄(スモッグ?)がかかっており、水もきれいではなかったため、あんまり素敵な景色ではなかった。
かごいっぱいにフルーツを積んだおばちゃんが買わせようと近づいてくるのを適当にかわしてサイ湖を後にした。

その後は念願の世界遺産タンロン遺跡に入った。ベトナムの民族衣装アオザイを着た集団がタンロン遺跡の前で記念撮影をしていた。
見たところ結婚式のようだった。タンロン遺跡はそのような冠婚の場に使われる場所なのだろうか。

タンロン遺跡は思ったよりも相当広く、思ったよりも回るのに時間がかかった。
端門の上に上ることができ、そこからの眺めはきれいだった。

中には庭園のような場所があり、そこには盆栽がたくさん置いてあった。
本当に盆栽。ここは日本化って思うくらいに盆栽。


タンロン遺跡を後にすると、さすがに腹が減ってきた。

ここでガイドブックで目星をつけた店へと旧市街に向かう。



で、旧市街に到着。

ここ、インパクト絶大だ。


一言でいうと、カオス。

混沌という言葉しか思いつかない。

道はそんなに広くないのだが、その中に人、自転車、シクロ、バイク、車…
あらゆるものがごった返しているのだ。

クラクションがうるさすぎて何が何だかよくわからない。
人々も自由すぎて、行きかう方向にも規則性が全くない。

ただただ人々の熱気…
けたたましいクラクション。

道狭いのにバイクや車やシクロがごった返しているものだから、普通にまっすぐ歩くこともできない。
まさにカオス。
生活感が半端じゃない。
以前訪れた中国の胡同のような感じだが、より混沌としていた。

いやー、楽しかった。ここ。

ごちゃごちゃしすぎていて、歩くだけですごく疲れたが、これぞ東南アジアって感じで、思わず笑ってしまった。
こういうところを歩きたいって思ってアジアに来たんだから。

途中でお土産屋を見つけ、ポストカードを購入。この日の夜にポストカードを書く予定だったのでここで買えたのはうれしい

人にもまれまくって何とか探していた、ニューデイという定食屋に到着。
ここは英語ですべて注文ができて、明朗会計ということで行こうと決めたのである。

へっとへとになりながら、そして腹はぺっこぺこになった時にニューデイに到着。


ここで注文したのは、ハノイビールと、炭火焼のパッタイと、エビの何とかソース、そして
ベトナムと言えばやっぱり…


フォー・ガー

これはやっぱりうまい。
というかベトナムはフォーうま過ぎる。何は行くっても飽きない。

帰りはお土産屋を求め、デパートのようなところにちょっと立ち寄ったんだけど日用品ばっかりでお土産とかって一切売ってないのね。

帰路は辛かったね…
二時間歩きっぱなしでひたすらホテルへと向かった。
しかしこのころにはハノイの道には相当慣れており、赤信号もするっと渡る技術も身に着けていた。こうやって人は環境に適応していくのだろう。


で、この日はホテルに戻ってすぐにハノイ南部のレッマートというでっかいスーパーに向かった。
ここまでの道のりが地図では近いように見えたんだけど、実際にはすっごく遠くて、本当に辛かった記憶がある。

この日は相当歩き回って疲れていた上に、眠くって眠くって、さらに片道1時間も歩いて疲れすぎた。

しかもそのスーパーはかなり近代的で、ベトナムとは思えないほどであった。

ここで何買ったかはよく覚えていないが、帰りの荷物が重くてまた1時間歩いたのが相当辛かったのはしっかりと覚えている。
あと、ロッテリアがあったのがすごく覚えている。

ホテルに帰ってポストカード書きまくって、ビール飲んで寝た。