そんな訳で,今日は6時30分に起きて7時30分にスタート。先週の土日走ってないので約半月ぶりです。脚の筋肉,スカスカになってます。彼岸花を見たいなな~と,R6から久慈川サイクリングコースに降りて川沿いに里川へと繋ぎます。思ったとおり,土手の斜面に綺麗に咲いています。しかし,まだ蕾もかなり多いです。いや,咲いているのは半分くらいじゃないか??今年は遅いみたいですね。
R349に出てからはできるだけ旧道を走って行きます。周辺は水田が多く,ちょうど稲刈り真っ最中のところもあります。子供もお手伝いで「家族総出」のところもありましたね。うーむ。やっぱり彼岸花少ないですねえ。この辺りは最盛期になると,あちこちの田んぼの畦道に群生した真っ赤な花が狂うように咲きまくるのです。
意外だったのは根岸のため池のスイレンがまだ咲いていたこと。6月くらいから咲いてるのに,長いですねー。そんなこんなで,田んぼの中の旧道を走りながら,いつものとおり県境の明神峠まで上がりました。登り切ったらそこで折り返し。昼食は大中にある農家レストラン「うぐいすの里」へ入りました。もちろん,定番の「天ざる蕎麦大盛り」をいただきました。
近くの観光リンゴ園では,熟したリンゴがおいしそうに生っていました。ちなみに「うぐいすの里」ではリンゴジュースは無料です。食後は折橋のお菓子屋さん「やまがた」でお饅頭をいただきました。一つでも二つでも,奥様がお茶を入れてくださいます。有り難い事です。
往路も北からの向かい風でしたが,復路も南東からの向かい風でした。帰ってくる途中では雨に降られたかと思えば,急に晴れてきて暑くなったり。でもまあ,久しぶりに走れたので良しとしましょう。
Dst.110.6 Av21.8
「衣食足りて礼節を知る」と良く言ったもので,昔の日本人は残酷だった。いや,残酷な事をしていた人が多かった。貧しさゆえに。生きるために…。
山に生きる人の中には,他所のを襲い,人を殺してまで物資を奪う者も居たという。海岸近くに住む者は,沖を通る輸送船を襲って生業にしていた者も居た。
最も悲惨なのは,寒村で広く行われていた間引きと堕胎だ。その方法は地域によっていろいろだが,生まれおちたばかりの赤ん坊を,実の親や産婆が手にかける話は,酷いとしか云い様がない。なかには母親が我が子を殺しきれなかった故,不自由な体となって一生を暮らした者も居たという。
平凡社ライブラリーなので本書も500ページ超と,たっぷり読める。
今更ながらですが,充電池セットeneloop(SANYO製)を買いました。自分の場合,夜に走ることも結構多いので,フロントは2灯で電池は単3×4。それにリアのフラッシャー(←いつの間にか生産中止になってた)単3×2。充電器セットに電池は4本付いていたので,もう2本買い足しました。
これまでは普通の電池を使っていて明るさが落ちると新品に交換していたのですが,それはいかにも勿体なかった。100%使い切ってなかった訳ですから。ラジオとかリモコンの電池としてなら使えるんですから。
これからは電池が減るのを気にせず,ガシガシ使えるぞ~。
台風が朝鮮半島に来ているせいか,今日も暑くて風が強かったです。一体いつになったら涼しくなるんでしょう?とゆー事で,今日も16時頃から走り始め。。久慈漁港まで行って,ゆる~りと釣りをしている人の様子を見ていたら,20cmくらいのカレイをひょいひょい釣り上げてるじゃないですか。あれ美味しいんですよ。スーパーのとは一味も二味も違います。僕が好きなのは唐揚げ。ふわふわの肉がたまりません。
漁港を出たあとは,いつもの通り久慈川→山田川を遡上。連休最終日の夕方だからか,ほとんど人の姿は無く独占状態。僕は手放し運転をしてみたり(←最近ちょっとハマってます。気持ち良い),自転車上でストレッチをしてみたり。
そんなわけで,夕方ランは写真をあまり撮らないので時間の割に距離が出るからイイなあ。
Dst.60.9 Av22.9
連日真夏日が続いていますが,この連休は旧水府村へ行かねばなりませぬ。が,予報では当地の最高気温は30℃越え。山の中だから暑いのです。それならばということで,今朝は頑張って5:30に起床し,6:30に出発。うひょー。涼しくて気持ちがいいなー。
県道31号線を北に走って,天下野3区にある「木村屋」さんで休憩。ここは店内で座って食べられるのです。僕はおばさんと話をしながら,冷えた豆大福を2つ(←とてもおいしいおススメです)食べて糖分補給。店内にはなぜか自転車雑誌も置いてあります。お茶や冷水もフリーで飲めます。今日は時間が早かったので機械が動いてませんでしたが。
お後はとりあえず高倉地区まで走って,今日の目的地である山田川左岸の斜面に開けた集落へ入って行きました。この辺は道も狭いし,地元の人以外は殆んど入ってこないんじゃないかと思います。
写真の通り,今が見頃の白い蕎麦畑と,黄金色の田んぼが連なるエリアです。刈り取った稲は「おだ掛け」してる所が多い。ああ,天日干しの米が食べたいな…。
自転車で斜面を上ったり下ったりするうちに,かなり暑くなったきました。さらに2本のボトルとも空になってしまい,たまらず民家のおばさんに水を分けてもらいました。自販機とかありませんので…。
クルマの通る県道へ戻って気温計を見たら,まだ10時台だというのに31℃川沿いに海まで下って涼しい風に当たろうと,久慈浜まで走りました。
でもって「みなと寿司」へ。注文した「マグロ漬け丼(1,080円)」は,切り身が厚くて大きくて,とっても美味しかったです。なんで写真を撮らなかったんだ。「今日のは特に美味しいですね」と,カウンター越しに板さんに声を掛けたら,「美味しいでしょう」。さらに,「いつもはあっちの席なのに,今日はこっちですね」と,僕の座る席まで覚えてくれていたのでビックリ
そんなわけで,食後は軽~く海沿いを走ってから帰還いたしました。
Dst.106.5 Av21.5
かつて「越山会の女王」と呼ばれた佐藤昭は,田中角栄側近の金庫番にして愛人でもあった。本書はその子(しかし角栄は認知していない)である佐藤昭子が,自らの生い立ちや子どもの目から見た父母の姿,そしてある意味で不幸な環境で育った故の母との葛藤を描いたものである。
角栄が馬飼いの身から凄まじいエネルギーで総理大臣まで上り詰めた人間ならば,佐藤昭も故郷新潟で父母兄弟に先立たれ天涯孤独の身であったところを角栄に見初められ,ついには人も畏れる地位とカネを手に入れた成り上がりの人間であった。
「政治は人間の情念,業の塊」であるならば,本書はそういった生々しい人間の姿を描いたものである。と同時に,父母たちの「業」を最後には肯定,もしくは許している筆者の視線が窺えた。久しぶりに読み応えのある本を読んだな,という満足感を得た。
巻末には,立花隆と著者との対談が掲載されている。立花は,角栄の金脈追及で結果的に彼を総理の座から引きずりおろした張本人であるが,長い年月を経た今,彼が「あの人はやっぱりなかなかの人だったなあ」と述懐しているのは,深い言葉だと感じた。
そんな訳で暑さも少し和らいできた感があるので,今日は北茨城まで行こう。朝は寝坊してスタートが8時を過ぎてしまいました。走り出してみると予想以上に暑い!日差しも強い!こりゃキビシイ。海沿いのR245に出ようかと思いましたが,遠回りになるので止しにしてR6を直進。すると石名坂を登りきったあたりから,涼しい海風が吹いてきて助かりました。
日立の市街地を抜けるまではクルマも多いし,アップダウンも多い。途中,ガリガリ君のコーンポタージュ味(←売れすぎて在庫が無いとか?)で体を冷やしながら,「小貝浜」で休憩。ここはいつ来ても人が少ないし,その割に眺めが良いので気に入ってます。
高萩市→北茨城市と走り続け,11時を過ぎた辺りからホントに暑くなってきました。ヤバイ…。漁協直営食堂に直行ですね。
店内に手書きで書かれた「本日のおすすめ」を見ていると,店員さんが話しかけてきてくれました。いろいろ聞いて,ノドグロの煮付け定食とドンコの煮付け定食等と迷った結果,「アジのなめろう定食」(1,000円)に決定。僕はご飯をお替わりして,プラス150円。なめろうの量もたっぷりだし,かなり食べ甲斐がありました。美味しかったですよ~。
大津漁港は写真の通り震災後の復旧が進んでいません。3.11前はここの食堂もお昼時には順番待ちができたんですが,今はかなり空いてます。魚,美味しいんですけどね~。
Dst.121.6 Av23.0
3.11の原発事故当時,官房副長官だった福山氏が時系列的に書きとめた「福山ノート」をもとに,当時何が起こっていたのかをインサイダーの立場からまとめた本。
特に事故発生からの緊張の5日間の様子を描いた第1章は非常に良くできていて,一気に読める。いわゆる「撤退問題」については,東電某幹部の発言から,「全面撤退」であったことがハッキリと分かる。そして,それを受けてあろうことか一時官邸でも「撤退やむなし」の空気が流れていたことも(なんてこった!)。
仮眠から起きた首相の菅がその話を聞き,「撤退なんてありえないだろう」,と言って流れは変わる。以降,深夜に社長の清水を呼び出す→菅や細野,福山らが東電に乗りこむ→という具合に事態は進んで行くのだ。