private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

Starting over24.41

2020-03-14 17:55:04 | 連続小説

気づけば朝比奈は机に伏せている。なんと寝てしまっているではないか。つかれたのか、安心したのか、、、 何に安心する?、、、 背中が少し盛り上がっては深い息を繰り返している。なんだかそこに人間らしい一面を見られてうれしかった、、、 じゃあ、これまで何だと思ってたのかと、本人を前には言えないセリフだ。
 おれが言いたいのは朝比奈もこうして疲れて、知らずに眠ってしまうスキをみせるのだと、しかもおれのような野獣の前で、、、 たぶん野獣、、、 それを証明するようにおれの目は、重力のままにぶら下がっている丸みを帯びた両の胸だ。
 あれ、走ってたときスポーツブラみたいなのしてたはずだけど。いまって、もしかしてノーブラなのか。ノーブラって刺激的な言葉だ。ノースリーブとかノーネクタイなんかは普通すぎるし、ノーパンはちょっと極端すぎる。ノーブラぐらいがちょうどいい、、、 自分調べ、自分比、、、 
 とうぜん胸元からはパックリと白いたわわなふくらみが、、、 たわたとかってこういうときしか使わないな、、、 のぞいているだろうけど、それを確認するには不自然な態勢になる。それならば朝比奈の胸の膨らみに、偶然をよそおって手を伸ばしてみるとか、、、 どんな偶然だ、、、
 なぜなのか、このふたつの膨らみにおとこはそそられ、執着してしまう。自分にはないものとか単純なはなしでなく、そのフォルムであり場所であり、やわらかそうな手ごたえ、、、 たぶん、、、 に魅かれるように、おれたちは出来ているのか。
 朝比奈と一緒にいて自分に主導権があるのは初めてだ、、、 寝てるだけだけど、、、 それなのに妄想はいつまでも妄想のままで、実行には至らない。それを抑制するのは、そうすることによっておれたちのバランスが崩れてしまうという、目に見えないブレーキがかかっていて、おれのごくわずかな自尊心が制御している。
  朝比奈が、こんな状態でおれのそばにいるってことが理解不能で、夏休みになるまでには考えられない状況だ。だからおれはこの関係が終わるのが怖くて何も言いだせないまま、だって。ふつうに考えれば、朝比奈がおれなんかと絡んでいたってなんのメリットもない、、、 “はずだ”って言葉を付けられないのは、自分でも断定できてしまうからだ、、、
 朝比奈の中でつづられているストーリーでは、おれはそれに組み込まれている配役Cでしかない、、、 AでもBでもいいんだけど、なんとなくC、、、 それは悪気があるとか、ヴォランティア精神であるとか、そんな区切り方ではなく、必然としての行為、朝比奈的に言うならば、それが本人の人生に彩をくわえている、、、 それを“楽しいなら”と表現しているからまわりから誤解も受けやすい。
 おれたちは、いろんなひとたちのストーリーに巻き込まれたなかで生を成り立てているんだから、それが崩れれば将棋倒しのようにまわりを巻き込んで連鎖が起こる。自分ひとりが幸せならいいなんて絶対にありえない。まわりや社会や、それを取り囲む環境が幸せでなければ自分のところにはまわってこない。
 なにかがきっかけで、そのストーリーが自分の手にはおえなくなってしまうなんてよくあることで、こないだここの台所で、手を伸ばしたボトルを取り損ねて、倒れたボトルのキャップがマグカップのコーヒーの中に落ちたから、あわててコーヒーの中からキャップを取り出し、キャップを流しで洗おうと左から右へもっていくと、シンクのうえに点々とコーヒーの跡が落ちる。それを布巾で拭き取ろうと手を払えば、近くにあったコーヒースプーンを巻き込んでシンクの中に落としてしまう。コーヒーの染みた布巾を洗おうか、シンクに落ちたスプーンを洗おうか迷っているうちに、そもそものボトルの中身がシンクに流れ出ていたことがあった、、、 みたいな。長いか、、、 おれが鈍クサいだけか、、、
 そうしておれは親の部屋からタオルケットを取り出してきてかけてみた。これがいまおれにできる野獣としてのイノセンスな行動だ。もっと自由になるのがいったいどういうことなのか、そうやって追い立てられるほどに、おれの行動はますます単純化してくる。
 子猫は皿に入った牛乳を飲み干して、皿に顔を突っ込んだまま眠ってしまっている。そこまで仲良しでうらやましいぞ。そしておれは疎外感しかない。とはいえおれも一緒になって伏せ寝してたら、帰ってきた母親もなにごとかとおどろくだろうな。
 おれは子猫を抱きかかえ玄関にある子猫の居るべき場所に運んでやった。段ボールの宮殿にそっと置いてタオルをかけてやる。それがおれにできる、、、 この場合はいいか、、、 幸せそうな顔しちゃって、よかったよな、久しぶりに朝比奈に会えて。おまえは何番目の配役なんだい。
 玄関先にひとかげが映った。母親が帰ってきたんだ。大きな音を立てて朝比奈を起こしちゃいけない、、、 子猫は、まあどうでもいい、、、 おれは玄関の内鍵を外して母親が開ける前に扉を静かに開けて外に出た。
「あら、イッちゃん帰ってたのね。早く帰りすぎたかしら?」
 なんの心配してるんだか、手に買い物かごをぶら下げて、ネギだの大根だのがあたまをのぞかせている典型的な主婦の買い物帰りのすがたをみせる、、、 典型的な主婦だからいいのか、、、 そのすがたにおれは、もしかしてこれは朝比奈を夕食に誘うとか、そういうたくらみをしているのではないかと察した。
「なによ、たくらみとかひと聞きの悪い。アンタがお世話になってるから、お礼でもと思ってね。もしこれでうまくいけば、わたしは恋のキューピットってことで感謝しなさいよ。だってそうでしょ、あんないいコ、このさき巡りあうかどうかわからないんだから。ううん、きっと最初で最後のチャンスだわ」
 そこまで息子の価値をみとめないのもさることながら、恋愛事情までどうどうと首をつっこんでくるのはやりすぎじゃないだろうか、、、 恋のキューピットって年齢制限ないのか、、、 と、じぶんの立場を考えろって、言いたいけど言えない。
 おれがなにも言えないのは、母親の策略に乗っていれば、このバランスがどこかで好転するんじゃかいかと望んでいるからで、自分の信念を押し通し、おれとは正反対にまで自由奔放な朝比奈が、そのときいったいどういう反応をするのかを見てみたい思いがある。
 おれはテレビのニュースとかで、バーゲンの商品に群がる人達の映像が流れるたびに、どれだけ欲しいものであっても自分には絶対にできないと思った。それがたとえば食糧難の中で食べ物の配給であっても、最後に並ぶだろうし、そのうしろに人がいれば譲ってしまうだろう。
 それじゃあ自分の生存の危機であり、暴動の発端になるいちばん人間性が出る場面であるのに、そのなかで不満をぶちまけたり、他人を差し置いてまで自分を優先させるすがたを想像できない、、、 おれは生に対しての望みが薄いのか、、、
 子猫の純粋な生き延びるための行為に対してや、朝比奈の自分の能力を出し切って、生きている意味を充実させている姿に興味を惹かれている。そして生命力の薄いおれを見かねた母親は、産み落とした者としての責任をまっとうするために、こうして手を焼いてくれていると思えば無下にできないじゃないか、、、 というつじつま合わせと屁理屈。
 玄関をうしろにして母親と話しているおれの背後から朝比奈が現れた。やっぱり玄関先でガチャガチャしているから起こしてしまったんだ。テーブルで伏せてる朝比奈を母親に見せたら、なに言われるかわかったもんじゃないから、これでよかったのか。
「お帰りなさい。おかあさん。さきにおじゃましてます」
「ごめんね、朝比奈さん。呼んでおいて留守にしちゃって。大丈夫だった? イチエイに襲われなかった?」
 よせ、よせ、そういうこと言うの。ちょっと胸の谷間を覗こうとしたのと、偶然を装って手を伸ばそうとしただけだ、、、 いずれも未遂だし、、、 
「残念ながら、隙はいくらでもあったんだけど。なかなかデキた息子さんで」
「そおう? これじゃあ、まだまだ手がかかりそうね」
 なんなのその会話。あんたらどういう関係性なんだ。おれは顔から火が出るぐらい恥ずかしかった。これでは起きてても、起きてなくてもそれほど状況は変わらない。ふたりは、本人を前にしてあけすけな会話をしながら奥に行ってしまった。さりげなく買い物かごを母親から引き取るとこなんか、できた嫁さんじゃないか、、、 あのふたり、なにを結託しているんだ。