「で、ホシノはどうするの? 続けるのか、それとも止めるか。わたしはどっちでもいいけど」
このタイミングでまた微妙な問いかけを。この状況になって、もう何を選択させようっていうんだ。そりゃヤルに決まっているじゃないかな。もし逃げた場合、アイツ等はどう出るんだろうとか、負けた場合に朝比奈はどうなってしまうんだろうとか。それもこれもなにひとつコントロールできるはずもないのに、そのすべてがおれのせいなら、この先穏やかに生きていくわけにもいかないわけで。
いつだって舞台に乗せるのは朝比奈の方で、おれが望んだわけじゃ、、、 ああ、そうだね、だから、それを求められたおれが、いったいどこまでできるのか、やれるのかってところを見極めるつもりなんだよね。
「悪かったね。いろいろとまきこんで。最初はホシノなんだって、それだけの理由じゃないんだけど。一度出逢っただけでそうなる人であったり、何度出逢ってもきっかけがないまま離れていったり。自分が誰と堕ちあって、そこになにを求めるのか。自分で決めるよりも、偶然性に意味を求めて成り行きに身を任せて、それもひとつの真実だったりする。めぐりあいって特にそういう傾向におちいりやすいんじゃないの。ここにいるべき理由があり、ここで同期する理由がある。その先の未来を夢見て描くことができ、未来の映像とともに溶け込んでいける。それがホシノと一緒だなんて、思いもよらなかった」
面白がられている、、、 喜ばれているのか、、、 どっちにせよ、殊勝ないわれかたをすると、逆にがぜんやる気が出ちゃうじゃないか。これは女王様を救おうとする王子効果とでもいうんだろうか、、、 単純だからな、おれ。王子様とほど遠い見てくれなのに、、、 変に勢いづいたおれは、朝比奈の鼓動をじかにカラダに感じてみたくなり、熱がまだ残っている場所に手を伸ばして身体を前に倒していった。なにやら甘い香りを運んでくる。
「急がないで。ひとつづつ段階ってものがあるんだから。こなさなきゃいけないステージをとび越えても結局は足踏みをするだけで、瞬息の快楽は久しく苦痛の元になるだけ。そんな失敗はね、これからの人生のあらゆる場面でよみがえり、思い出すたびに痛みを伴ってくる」
急がないでって、時間の浪費を嫌う朝比奈らしからぬお言葉。おれは朝比奈が器用にこねくり回していたシフトノブからしかたなく手を離した。だったらさ、運転のしかたとか、勝負のコツぐらい教えてくれないか。さっきだってなんだよ、ゼロハチって。ニーナナとか、数字のスラング並べられても平凡な男子高校生にはわかんねえから。だったらもっとわかりやすのから順番に教えてもらいたいもんだ、、、 たとえばシック、、、
「ホシノが知らなさ過ぎるんだよ。平凡な女子高生だって、それぐらいなら知ってるんだから」
平凡じゃないと思う、、、 平凡って、、、 あっ、すいません。
「しかたとか、コツとかって言われてもねえ。私も自分で見て覚えたから。どうやって教えていいかわからないし、変に横からゴチャゴチャ言うより、自分でつかんだ方がいいんじゃないの。やり方もそれぞれだし。共感が動機付けになることもあれば、個性がそうなることもある。一度その枠に収まったら、どうしても楽な方を選んでしまうものだから。まずは、自分でやってごらんなさい」
やってごらんなさいって、そうまで言われたあとで、朝比奈に反論できるほど体力も頭脳もありゃしない。いいよ、じゃあ、自分でやってみるけど、本当にそんなおれにヤラさせて大丈夫なのかってとこで、おれにはそれが一番心配なんだ。
だってそうだろ、朝比奈がヤツラのいいなりになってしまうなんて、どうにも許せるわけがない。朝比奈はそれでも含めて判断しているのか。
「大丈夫よ。ホシノ、勝つから。アイツラにもそう言ったでしょ。仮にもし負けたって、別に大したことじゃない。アイツ等がなにしたいか想像つくでしょ。そうしたいならすればいい。もしホシノが、それを我慢できないっていうんなら、勝つ努力をすべきね。どう? 立派な動機付けになりうるでしょ」
どうって、どうなんだろう。わからない。どうしてそんなに他人事のように言い切れるんだ。他人事だって大変な話なのに。その根拠のない自信はいったいどこからくるんだ。朝比奈自身がやるならまだしも、おれという自分では制御できない物体がおこなうことをそれほどまでして確信しているのは変じゃないか。大変な変態というか。もしそうやって、おれの闘争心やら、能力なんかを引き上げようとするところまで操作しようとしているのか、、、 もしそれでおれの限界値があがるんなら恐れいる、、、
どうしたって、おれはクルマに乗って競走する運命にあり、そこから逃れるわけにいかない状況になっている。たしかに、陸上競技から中途半端なまま放り出されたのは事実で、自分でもモヤモヤしている部分はある。それを周りがこぞって代替案を提示してくれるのはおかしなところで、クルマで走って勝つことで自分の到着点を見つけられるのかなんともいえない。
わからないことばかりでも、朝比奈が身を投じて舞台を整えたのだ、やらなきゃ男がすたるってもんだ、、、 すたるっていうほど最初からたいした男じゃないけど、、、
朝比奈は薄い笑いを浮かべていた。だから正解はないと言ってると言いたげに。
「まだまだ、届かないのね。やるべきことが解っている人なんてほとんどいないわ。誰だって常に何かわけのわからにことに巻き込まれて生きてるんだし、生きていくしかない。理不尽だと思いながら。自分で選んだ人生を歩んでいると思っている人だって、例え私でもね、周りとの関係の中で生きている限り妥協して、調和して生きていく。自分以外の人生に干渉する。実はそれこそが、自分の人生を思いどおりに生きていくための一番の難関になるのかもしれない。どうするかは自分で見つけるしかないんだから」
朝比奈が意を決したのか閉じられた扉を開き、ソコを空けた。温かいぬくもりが色彩からも見て取れる。つまりおれがソコに身をあずけないかぎり何も始まらない状況を作り出したんだ。朝比奈は車体に身を寄せ、野球が行なわれているグラウンドの方を見ている。
カクテルライトに透かされて、淡くゆるやかに浮きあがる身体のラインが、呼吸とともに細やかに波打ち微細にカタチを変えていく。一瞬でも同じカタチにとどまらないのは川の流れとかと同じで、それ自体が美の造形となっていて、見ていて飽くことがない、、、 できればずっと見続けていたい、、、 それなのに、こんな時間に、こんな場所で、さっきのような不埒なヤロウどもにでも見咎められれば、またまた厄介なことになりそうで気が気でなくなってくる。
今度は悪魔の森の中で女王様と同行する騎士のような気分になってきた、、、生まれてこのかた騎士じゃないけど、、、 下僕程度だ。
それが朝比奈の戦略で、おれはその場所へ移動するしかなくなっていた。開け放された扉に手を伸ばし閉じようとすると、朝比奈はそれを待っていたかのように空けられたシートに移ってきた。
さあここからがおれのオトコらしさを見せるところだ、、、 あるのか? オトコらしさ、、、