private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

Starting over22.31

2020-02-01 13:26:12 | 連続小説

https://youtu.be/kfjoxkhp-vE
「あーっ、この曲、大好き! タイム、タイム、タイム♪」
 そう言って澤口さんは、朝比奈と一緒に歌いはじめるではないか、、、 おれひとりカヤの外、、、 ああ、そうS&Gってサイモンとガーファンクルのことね。この曲ならおれもわかるわ。たしか銭形へいじい・シェーとウインナーとかやらだ。気持ちが高ぶってくるテンポだから、歌えはしないけどハミングぐらいならできる、、、 フン、フン、フン、、、 うっ、なぜかふたりの目が冷たい。
『ワイルアイルッカラン~』
 そこでおれは足でリズムをとる。それなら歌のジャマにならないと思いきや、朝比奈は目を細め、顔をしかめる。これもリズム感が悪くて、ご迷惑なんだ。こんな不慣れな動作が無知と経験のなさもあいまって朝比奈を呆れさせていく、、、 澤口さんは肩をすぼめて笑ってくれた。それが逆に朝比奈と自分が近い関係であると知らしめてくれるようで、、、 気のせい。
 見え張っていいとこ見せてもボロが出るだけだし、どうせ見透かされるだけなんだからその認識だけはしておかなきゃいけない。おれは足を踏みこむ力をゆるめ音をたてないようにする。そんな力加減がよけいに踏み外して抜けてしまったり、力を入れすぎてガクッとしたりで、からだの使い方の自由が奪われていくのはこういう時だ。ほとんど操り人形のひもがからまった状態になってる。
 サビの部分では、ふたりでハモった。メインボーカルが朝比奈で、澤口さんは高いパートだ『バッルックカランドリーブサアブラウン、アンザスカイザヘイジィシェードウィンター♪』うっわ、なにこれ、スゴっ。朝比奈も楽しそうじゃないか。いままでのどれとも違う歌い方してる。満面の笑顔でリズムに合わせてあたまを左右にたおす。澤口さんも手拍子をうちながらからだをゆらす。
 ふたりは前もってリハーサルをしてきたかってぐらいに息もピッタリで、それにあっけを取られ、おれは口を開いてポカンとなっていく。お互い目を見合わせながら歌う姿はピンクレディより人気出るんじゃないだろうかと、そのさいはマネージャー、、、 ムリだな、、、 付き人にでもしてもらい、少しで恩恵にあずかろうとか品がないことを考える。
『~キャリヤキャッピンヤハンド~』
 何にしたってそんなもんで、自由は一定の条件下でしか有効ではないのに、そんなことに気づかないまま、おれたちは自由を我がものとして消費しているから、いざというときにこんなもんだ、、、 いまがどう“いざ”なのかわからんけど、、、
 いったい誰から誰に受け渡され、なにを犠牲にして手に入れたのか。知らないってことはある意味幸せで、それは与えられたものだから、そうであれば束縛されるのもいいもんだと、、、 どうしたっておれたちなんかは選択肢が多いほど選べなくなり、そして自分の選んだモノにいつもガッカリしてしまう、、、
『ルッカラン♪』
 ふたりそろってルッカランって、こっち向いてそんなこと言われたら照れちゃうし、おれしかいないから見る先は限定されているだけなのか、、、 おれなんか部活のときにケーコちゃんのおしりを探して走るの頑張ってたぐらだから、おとこが、、、 おれがなにかを頑張る時は、それぐらいの動機しかないわけで、、、 比べるのもなんだけど、それが幸せな時間でもあるわけで、、、
 幸せって、これ以上の幸せがあるんだろうかと感謝しなければ。ふたりの女の子と一緒になって、楽し気に歌を歌っている姿を見るのも、何度も経験できると思ってるから単なる時間の経過でしかなくなってしまうけど、そういう機会がなくなってはじめて貴重だった時間の数々をもったいなかったと、もの思いにふけってしまう。できるうちに手足動かさないと、その幸せも逃げていくばっかりだろ。
『ドリンキンマイヴォッカアンライム~』
 ふたりは頬がつかんばかりに近寄って声をあわせる。上気したせいかピンクの肌が薄っすらと艶ってきている。おれは簡単に考えていた。楽器を弾くなんてラクなもんで、そりゃの演奏するのは大変なのはわかるけど、座って腕や足動かしてりゃいいんじゃないかと。ところがどうして、こりゃ立派なスポーツじゃないか。熱量はしだいに高くなり、からだはもとより、気持ちが、感情が、心が強く揺さぶられる。普段じゃない呼吸の中で無駄な感情がそぎ落とされていく。それなのに朝比奈は涼しい顔だ、、、 汗はにじんできてるんだけどね、、、
 そして最後に『ザズアピッチョブスノンダグラン!』で、歌もギターも終わった。おれが拍手をしかけたら、「澤口さん、凄い!」「朝比奈さん、凄い!」と、共感するふたりの声が重なった、、、 ホシノくん、ショボい、、、 おれはなんの役にもなれてなかった。
「あなたの声って、ほんとに素敵。コンサートで聴いてるみたいだった。もしかしてプロのひとなの?」と澤口さんは言った。
「それを目指してる途中なんです」事もなげに朝比奈が言った。「澤口さんもなにかやられてるんじゃないですか。声もハーモニーもわたし大好き。一緒にやっててとっても楽しかったから、ついつい調子にのってしまって。わたしは音楽やってて、こういう時間が一番好きなんです。それぞれの嗜好とか、考え方とかを全部なしにして、ただ歌って楽しめる」
「わたしだって、最初のイントロから痺れっぱなし。あのリフ聴いたら鳥肌立ってもう我慢できなくなっちゃって」
 わたしはおふたりの美声を聴けて、鳥肌とか、いろんなものが立っちゃってガマンできなくなっちゃった、、、 うっ、、、 すいません、、、
「わたしは単に下手の横好きよ。好きな曲は何回も聴いて、何回も歌って、そうやって覚えていっただけ。英語だってぜんぜんわからないから、聴こえたとおりに歌っているだけだし、朝比奈さんはネイティブみたいに発音が良くて声もとおるし、うらやましいとかそう思っている時点で多分人種が全然違うんだろうね。なんだかね、一緒に歌ってて楽しくてうれしかったんだけど、思い知らされた感じもあった。もっとやりつくさなきゃいけないとか、中途半端な自分が叱咤されているようで。それで後押しされた気持ちにもなった」
 あっ、その感覚おれにもわかるな。一緒にいるだけでときとして朝比奈から浴びせられる圧力と、緊張感、そして計り知れない力量。そんなのが言葉や、歌とともに伝わってくるとなんだか自分が惨めであり、もっとやれるんじゃないかって気になる。
「わたしはひとそれぞれの向き合い方があっていいと思ってます。突き詰めるのも、ただ聴くのが楽しいって言うのも、そこに差は見いだせないですから。でも、もし澤口さんがなにかを成し遂げようとするキッカケになったのなら、わたしの歌がそのちからになったのなら、すごくうれしいです」
 だよな、朝比奈がめざしてるのってその部分だから。よかったよ、おれがただ感心してるよりも、澤口さんのおかげで何倍にも朝比奈の力になっていくんだから。
「朝比奈さん、あなたはちゃんと自分の言葉で話せるのね。うらやましいわ。あっ、それ言っちゃダメだったね」
 ふたりは顔を見合わせて笑った。おれはそれを見てひきつってしまった。
「わたしね、この仕事してて、はじめてだったの。この音響ルームを借りたいって依頼されたの。今年から勤めてるから、いろんな場所の掃除当番とかあって、この部屋なんかも最初ひどいものだった。ホコリだらけで。でも掃除しながら、いろんな曲をレコードで聴けるから率先してやってたの。いわばここはわたしの秘密基地みたいなものになった。なんだかきれいにした甲斐があったし、あなた最初に借りてくれてよかった」
「そうだったんですね。ありがとうございます。澤口さんのおかげで、気持ちよく使えることができました」
「ううん、わたしのほうこそ、こんな思いをさせてもらえてありがとう。最初はね、男の子とふたりで入るっていうからちょっと心配で様子見ようとしただけなんだけど、こんなすてきな体験させてもらえて得しちゃった。こら少年。朝比奈さんに手だしちゃダメだぞ」
 ホシノです、、、 
「ホシノくん、あなたいいわねえ。こんな素敵なカノジョがいて。うーん。ちょっと釣り合い悪そうだけど、それがまた良いのかもね」
 大いに釣り合い悪いですが、、、 はっきりモノを言う、気に入らんな、、、 はっきりカノジョとなったわけではない。
「ホシノはわたしにとって幸運の石なんです。わたしの勘が当たればですけど、あっ、でもよく当たるんです、わたしそういうの感じやすくて」
「そうね、そういう想いって大切にしないといけないよね。どんなに一生懸命に、まじめに、ひたむきにつきあってるつもりでも、ちょっとした勘違いや、誰かからの横ヤリで相手から嫌われてしまうこともあれば、それがきっかけで好かれることもある。信じられてるうちは、好かれているうちは大丈夫だから」
「澤口さん… 」
「朝比奈さん。ホシノくん。ありがとね、おじゃましました。時間まで楽しんで。ここはいつでも開いてるから、また借りに来てね。文化祭の出し物の予行演習ってとこかしら。頑張ってね」
 朝比奈はあたまをさげた。だからおれもそれにつられてあたまをさげた。澤口さんは手を振って扉をしめた。なんだか、すこし部屋の空気が重くなっていた。文化祭とか予定調和のなかでおこなわれる舞台ならどれだけラクだったろう。