private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

Starting over18.12

2019-10-12 22:05:34 | 連続小説

 割り込もうとするクルマが半分ほどチンクの前に入ってきた。ドライバーのおっさんはますますニヤついた顔で、この娘おれに気があるんじゃないかとか、きれいな女性にそうされれば誰だってする勘違いに陥って、お礼の右手をあげて気取ってやがる、、、 当然おれの存在など目に入っていない、、、 朝比奈といるとただでさえ薄いおれの存在がまさに消えてしまうようで、、、
「月が明るすぎて見えない、あくたの星も、その単体としては月以上に輝いているのに。自分では誰だって気づかないとかね。ホシノって言うぐらいだし」
 なんて言いながら、男の目をうっとうしそうに遮り、そんなあしらいは慣れているしぐさで、真ん中のレバーを後ろに引き、シートの肩ごしから後ろを確認すると、ハンドルを右に切ってチンクをバックさせた、、、 えっ!! ここで!? トロトロと進んでいた後ろのクルマは突然の出来事に急ブレーキをかける、、、 おれの心臓も急ブレーキがかかりそう、、、
「コッチの方が近いから」
 すかさずハンドルを左にめいっぱい切って、こんどは割り込みするクルマに向かっていく。一瞬のできごとにおれは呆然として、、、 それ以上に前のクルマのおっさんも目をひん剥き、驚愕の顔、、、 そりゃそうだ、クルマの横っ腹にぶつかるぐらいの勢いで突っ込んでくるんだから。
 これは朝比奈に色目を使ったことへの痛烈なご返礼か、ことのなりゆきを見守るしかなかった、、、 おれたちに手が出せるわけない、、、 見切ったギリギリのところでチンクは前のクルマをかわしていく。結果的にかわせたけど、おれには当たったってかまわないぐらいに見えた。
「ぶつけないよ。アッチのクルマがどうってことより、そんなことしたらケイに笑われるから」
 そうして側道に入って行った。つまりは、渋滞を回避するために、邪魔なクルマを先に行かせて、そこにチンクをねじ込んだってわけだ。それが例え一方通行の逆走だとしても。だからおれは不安げに朝比奈の顔を見る。平然とした顔がそこにあるだけだ。
 不安なのは逆走していることだけでなく、ケイという人名も関係していた。それはきっとこのクルマの、チンクの持ち主で、ヤツに関わる言葉が朝比奈の口から出るたびに、繊細なおれは身が切られるとか、思いのほかやわなハートだったりするのは新しい発見だ。
「かといってね。腫れ物にさわるように扱ったと知れたら、それはそれでハンパ者とバカにされる。だからこれでもけっこう気をつかってる」
 小刻みにレバーを動かしてスピードをあげていく。おれはただ、前からクルマがこないことを祈るばかりで、そこがやっぱり人間の大きさの差なんだろうかとか、甘いこと考えてた矢先に、朝比奈のアゴ先がおれに警告を発した。
 アゴの動きで朝比奈の要求がわかるなんて、おれも大したモノ、、、 状況判断で、それぐらい誰にだってわかる、、、 なんにしろきれいなアゴのラインだと、そんな悠長なこと言ってる場合じゃない、、、 対向車が現れたんだ。
 朝比奈はスピードを緩めない。手首を返してクラクションを鳴らす。返した手首のラインも美しい、、、 おれは恐怖を打ち消すための一瞬の逃避をしている、、、 おれだって、たぶん誰だって、こんなふうに一方的に攻撃されたら、自分が間違えたんじゃないかって勘違いしてしまう。
「勘違い? 正解とか、誰かが勝手に決めただけでしょ」
 と、朝比奈は持論を曲げないなか、対向車はそうするのが当然としてスピードをゆるめ、クルマを脇に寄せる。ドライバーは周りをキョロキョロと、自分の行為が正しいのかどうかの判断を誰かにゆだねている、、、 そりゃそうだ、そうなるよな、わかるよ。小市民のひとりとして。
 さっきもそうだけど、朝比奈のドライビング、、、 というか生き方そのもの、、、 と、チンクのサイズが幸いして、どちらにもキズ一つつけることなく危機を乗り切った。チンクはもはや自分のカラダの一部として取り扱われている。神経がチンクのすみずみにまで拡張しているんだ、、、 それがケイなるひとと重なっていた。
 その後は対向車もなく、ようやく一方通行を通り抜け反対側の大通りに出た。そこを左折してしばらく行くとスピードをおとし、小ぶりな駐車場にチンクを入れた。すでに3台のクルマが止まっていて、そこには従業員用の駐車場を記した看板が立っている。
 おれはもう5年ぐらい寿命が縮まっていた。5年になんの根拠もなく、なんとなく5年を選んだだけだから、3年でも7年でもいいんだけど、つい5年って言ってしまう。そして着いた場所で、さらに2年ほど寿命が縮まることになる。この2年に、、、 もういいか。
「あー、よかった、間に合って。マリイさん、ああ見えても時間には厳しいんだから」
 ああ見えるというマリイさんなる人がどう見えるのか、まだお目見えしていない段階ではなんともいえないけど、つまりは時間に間に合わせるため、速度と、信号と、ルートを計算に入れて運転していたのかとわかれば、そら恐ろしくなる。
 ところでココって。おれはあらためて建物を見渡した、、、 見渡すほど大きくはない、、、 描写がいいかげんだと、いろいろと混乱する、、、 おれのあたまも混乱しているからしかたない。派手な電飾が添えられ、日が暮れればスプレーで塗られたものではない赤、青、黄色のあざやかな色が灯るんだろう、、、 おれは緑が好きだ、、、
 ここはつまりは大人のオトコが日頃の憂さ晴らしに、お金を払ってオンナのヒトと楽しくお酒を飲む場所のはずだ、、、 つまりキャバレーみたいな、、、 
「なに言ってんの、キャバレーじゃないよ、さすがにわたしもそこではバイトできない。ここはジャズバーって言うの。どっちにしろ高校生がバイトするような場所じゃないのは変わらないか」
 そうさらっと言われても、そいつは朝比奈的には笑うポイントだったのに、おれは呆気にとられてそれどころじゃなかった。そこへたぶんマリイさんなる人が目の前に現れた。
 どうして、おれがこの女性をマリイさんだと思ったかというと、ああ見えてもって言われて、いかにもああ見えてしまったからで、それが某有名SF映画に出てくる、カエルの化け物のような体型だからって訳じゃない、、、
「もうーっ、エリナちゃんっ。遅っいわよ! 間に合わないかと思って、ヒヤヒヤしたんだから」
 エリナって誰だよと思いながら、朝比奈のファーストネームだったことを思い出した。もしかしたらここでの源氏名かもしれない、、、 ケイって人もそう呼んでたし、、、 そこに深入りする勇気はない、、、 朝比奈エリナちゃんか。いいじゃないか本名かどうかなんて、と首をタテに振り納得してたら、ロクなこと考えてないでしょ。といった鋭い目つきで朝比奈に睨まれた。
「あら、ヤダ、エリナちゃん。今日は同伴出勤? ちゃんとお花代もらった? なあんてそんなわけないか。ボクはエリナちゃんの彼氏なの? 心配で付いてきたのかしら。いいわねえ、入って、入って。ほら、エリナちゃんは早く準備して。バンマスがお待ちかねよ、機嫌損ねないようにね」
 ボク? ボクですか、ボクですよね、ジャバから見れば、、、 あっジャバって言っちゃった、、、 瞬間冷却されないかな、、、 今回は、存在をムシされなくてよかった。
 エリナちゃんは殊勝にハーイっと返事してチンクを降り、軽やかに走り出し、裏口を開けて店内に入って行った。
 こうして日々あししげく通っている先のナゾはとけ、そして更なるナゾが大きく膨らんだだけだった。きっと、朝比奈を知るのはこの調子で永遠にできそうにない、、、 やっぱり、おれにはエリナより朝比奈のほうがシックリくる。