private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

Starting over15.12

2019-08-11 10:03:43 | 連続小説

「大丈夫。コレ水着だから。汗かいて服に染みちゃうと帰りに困るからね、着替え持ってきてもよかったんだけど、大荷物でスクーター乗るの好きじゃないの」
 そうか、水着か。それなら大丈夫だ、、、 いやいや、大丈夫であるわけがない、、、 これがまた水色の色地に白い水玉が描かれたブラジャー、、、 いや水着か、、、 は、朝比奈の放漫で豊満な胸をつつみ隠してはいるものの、その谷間に、その盛り上がりに、いやがおうにも目がいってしまうじゃないか、、、 いやじゃないけど、、、 大好きだけど、、、
「そんなことより運転するから、ちゃんと見ててよ」
 いわれなくても見てます。しっかり見てます。いやいや、逆に見れんな。変に横ばかり見てたらあきらかに覗き込んでるって思われるし、これでは一瞬たりとも前を向いた顔を動かせないじゃないか。
 つまりは運転に集中させるための作戦ではないかと勘繰りたくなるぐらいだ、、、 いやあ、最初にしっかり見といてよかった、、、 それだけでも今日はフルコースディナーが待っているぞ、おれ。
 海外のリゾート地ならこんな風景はありがちで、オープンカーに太陽燦々で、水着のオトコと、オンナがドライブってのも絵になっていいだろ、、、 映画や写真で見かけただけで、実際にそんなことがおこなわれているかは知らんけどさ、、、
 しかしここは、とある市内の公園だ。こんな姿をさらけだしていいのだろうか。そりゃ朝比奈は絵になるからいいけど、相手がおれじゃあ様にならない。それに、いまはひとがいないからいいようなものの、餓えたオオカミさんたちがたむろしてたら、赤ずきんちゃんはぺろりと食べられてしまうのでは、、、 おれが阻止するのか、、、 できるのか。と心配ごとばかりが先走る。
「だいじょうぶよ。のぞきこまれなきゃ、わかんないもんよ。あっ、天井のホロあけて。そうすると風が入って気持ちいいし、それに会話がしやすくなるから」
 ホロなんか開けたら、それこそ上からのぞかれるんじゃないかと心配してみたけど、それじゃあネットによじのぼりゃなきゃならないし、わざわざそんなことするよりクルマに接近したほうが早いだろうな、、、 でも、おれなら上から派だけど、、、
「上からどうするって? ほら、エンジン音が大きくなるから早くして」
 たしかにエンジンがかかってからは、うるさいなと思える音が室内にこもっていた。それでも会話がしづらいほどではない。おれは手を伸ばしてホロを留めてある金具をはずし、うしろにずらしてまとめあげた。からだを起したときに朝比奈の胸の谷間を俯瞰からのぞきこんだのは言うまでもない、、、 言ったけどな、、、 さすが上から派。
「じゃ、いくよ」行きましょう。
 朝比奈は右足を踏み込み、左足首を少しあげた。クルマはグッと加速する。クルマが走り出すとエンジン音がさらにけたたましくなる。たしかに、さっきのままだったら、会話に支障をおよぼしたかも。しかし、そもそも会話する状況になるのか。
 ハンドルを持つ左手を離し、おれたちのあいだにあるレバーを、、、 さっきエンジンをかけたときに使ったモノとは別のヤツで、これは父親のクルマにもついていた、、、 手首で返しながら、脚を右、左、右の順ですばやく動かした。もう一段階スピードがあがり、中心に位置したメーターもビンっとオッ立ったてて、野球グランドを仕切っている金網のあいだを通り抜け、中に入ってしまった、、、 えっ、入っていいのか!?
「いいの、いいの。このクルマ、低速でグズグズ動かしていると、ぜんぜん言うこと聞いてくれないから、これぐらい踏み込んで高回転域に入れたほうがキビキビ走ってくれるの」
 エンジンの回転数のこと訊いたんじゃないけどね。
 この野球場は、南側と北側にホームベースや、ネット裏があり、二面取れるようになっている。だから外野のあいだを抜けたボールは、もう一面の別の試合をしているとこまで転がっていき、混乱と喧騒をまねくはずだ。
 だからホームランはランニングホームランしかありえない。疑似体験しかできない野球場でも、効率を考えればしかたなく、それでも楽しむ方法がお互いに認識確立されていれば、物事は成り立つだろうな。
 クルマは外周をフェンスに沿って進んでいく。左手のレバー操作はその後もなんどかおこなわれ、それでスピードを調節しているのは父親のクルマでも見たことがある。こうして走っていると、陸上でトラックを走っていたときを思い出していた。やっぱりこういうのって基本なんだろうか。
「ホシノはそうなるの? わたしならすぐにインディカー500のインディアナポリスを連想したけどね。コーナーにバンクがついてないから進入時にギアをおとさないといけないのがちょうどいい練習になりそう。野球場ってグランドの整備のためにクルマで地面ならしたりするから、誰も気にしないでしょ。しばらく走ってても大丈夫なんじゃない」
 そうなんだ、そう言われりゃあ野球中継で、イニングのあいだに広告をまとったクルマがグランドを一周するの見たことあるな。本当のグランド整備のひととか、管理人が出てきたら一発でアウトなんじゃないか、、、 野球だけに、、、 つまらんか。
「なにごちゃごちゃ言ってるの。本気出して飛ばすわよ」
 グランドを2周したところで朝比奈はそう言った。えっ、これ以上スピード出すの? 本気とかって、どんなもん? なんて身構えてると、目の前にフェンスが近づいてるのに、これまでと違ってレバーに手を伸ばさない、、、 つまりスピードが落ちない。
 ぶつかるっ!! って思った瞬間に、朝比奈はハンドルを回し、そしてすぐに戻す。クルマは後輪の方をすべらせてフェンスに沿って進んでいった。クルマってハンドル回してなくても曲がるもんなのか。
「これぐらいのスピードならね、きっかけをつくってやれば、あとは力のバランスで回ってくれる。そして… 」
 後輪が安定したと思ったら、もう一度ハンドルを回しクルマは加速しながら曲がっていく。一塁側のベンチ前から、バックネットを越えて三塁側のベンチ前に差しかかかると、ブレーキを踏んで、今度はグッとスピードが緩まった。左手がレバーをつかみ操作する。そして一瞬だけハンドルを切る。今度はさっきより力強くクルマが曲がりながら進んでいった。
「これがパワードリフト。単純に速く走るならコッチのほうが効率的」
 なんだろう、つまりカーブを曲がるのにいろんな方法があるってことか、これまで父親の運転するクルマじゃあ、カッチコッチするレバーを倒して、ブレーキを踏んで安全に曲がれるスピードになってからハンドルをグルンと回していた。同じ乗りモノであるはずなのに、こんな曲がり方があるなんて、まったく別モノじゃないか。
 前面からフェンスが消えて目の前が開けると、エンジン音が一層とけたたましくなりグンとスピードがあがった。すぐにもう一面のバックネットが迫ってくる。今度はなにが起きるのか戦々恐々と見ていると、もう一本別のレバーをつかんで引き上げる。クルマはクルリと反転してホームベースの後ろでとまった。
「ははっ、思ったより楽しかった。コレ、思いどうりに操れるから。サイズもいいし、サイコーだね」
 朝比奈が思いどうりに操れないモノなど、この世にあるんだろうか。はじめて運転するクルマを自分の手足のようにあつかってしまうなんて。おれもおなじで手足のようにつかわれている、、、 ぜひおつかいください。
 なんて思ってたら、ハンカチを取り出しておれに渡してきて、水道で濡らしてきてとおれをクルマの外に追いやった。ちゃんと固くしぼってねと念押しも忘れない。おれは早速手足としてつかわれて本望だった。
 たしかに言われなきゃビショビショに濡れたハンカチを持って戻ってきて、役立たずになるところだ。おれがとぼとぼと歩きだすと、かけあしーっと声がかかった。振り向くと、春空色のチンクの窓に両手をくべて、首をかしがせている、、、 可愛いじゃねえか、、、 しょうがないのでおれは、腰に負担がない程度に小走りをはじめた。
 これぐらいならこれまでも走ったことがある。どこからが負担になるのかわからないまま、おびえて生きていくのは別にこれに限ったわけじゃない。