private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

Starting over14.22

2019-07-28 10:46:45 | 連続小説

「ほんの十数分の距離なのに、ケーサツに見つかるなんて、運が悪い。ふだん乗ってるときなんて見かけたことないのに」
 悪い運を引きこんだのは、おれのせいだ。結果として逃げ切ることができ、それこそ映画のカーチェイスを彷彿させるような、朝比奈の華麗なライディングも体験できたから、おれには幸運だった。
 スクーターを止めた朝比奈が、片足をつく前におれは、両足で固定した。キーをひねってエンジンを切りヘルメットをはずす。スタンドをあげるときおれも一緒になってスクーターを押し上げた。
「ありがと。助かる。こんなこと毎日してると腕が太くなるから」
 太くなっても、筋肉質でも、この腕は美しいままだ。朝比奈はスクーターのシートに横から腰をおろして、ヘルメットをおなかの上に置き、それを手で押さえる。おれは収まるところもないから、なんとなくボーっとつっ立っているしかない。
 朝比奈のスクーターは淡いウグイス色とクリーム色のツートンカラーで、ところどころに太陽の陽を浴びてキラキラと輝いて見える。毎日乗る前にきれいにしているのだろうか、くすみもよごれもないし、アブラ汚れも、ましてやサビが浮いていることもない。今年買ったばかりの新車ってわけでもなさそうで、適度に年期が入っているはうかがえるってのに。
 あまりみかけたことのないスタイリッシュなボディは、、、 おれが勝手にスタイリッシュだと思ってるだけで、実際の評価はそうでないのかもしれない、、、 国産ではないはずだ。これが朝比奈の好みであり、主張なんだろう。
 それでここに来て、おれになにをさせようというのか、平日の昼間の公園は人も少なく、この暑い中、子どもたちはプールにでも行ってるだろうし、休みの日なら草野球がさかんなグランドには人影もない。
 まさに夏の一日だ。これまでもなんども体験した夏の風景がそこにあった。なんだか今日が一番印象深く見えるのは一緒にいる人が特別だからだろう。これまではマサトぐらいとかしか一緒にいなかったからな。もうこんな夏は二度と来ないかもしれない。
「もうそろそろ、来ると思うんだけど」
 来るのか、、、 そう言って、手首を返して腕時計をのぞきこむ。ああ、だれかと待ち合わせてるのか、、、 って誰だ。
 おんなの人って手のひら側に時計の面をもってくるから、それが優雅な姿を演出しているなって、、、 母親を見ても一度もそんなこと気にしなかったくせに、、、 それが朝比奈だといっそう際立つなとか、ひとりでニッソリとしてしまう。
「夏はね、日焼けのあとが残るから、腕時計したくないんだけど、そうにもいかないし」
 ああ、そうね、そういう気もつかわないといけないんだな。おんなの人って大変だ。スクーターで走ってたときも日かげを選んでいたのも、それが理由のひとつなんだと、男子には思いもよらないことで、いろんな苦労や、気をつかっている。おれは腕時計なんかしたこともなく、時間が気になりゃ、店屋か駐車してあるクルマの時計をのぞきこむだけだ。
 朝比奈はなめまかしく指をすべらせて時計をはずし、手首についた日焼けのあとをオモテとウラと交互に見て困った顔をする、、、 すべてが美しい、、、 時計の日焼けのあとなのに、なんだか色っぽく、これが別の場所ならとおれのモーソーは腕から肩にかけて、そしてムネのあたりに移動していった。
「なんだか、しあわせそうなカオしているな。ホシノ」
 えっ、そうスか。モーソーはやはりカオに出てしまっていた、、、 若干、ヨダレも、、、 おれはなにくわぬカオでごまかそうと、ノドが乾いたふりして、ついでにヨダレも腕でぬぐった、、、 これでごまかせるわけがない。
 こういうのって想像したほうがエロいんだよな、実際に見るより。相手のスキをつくようで、自分の時間が制覇している感じに満たされていくだろ。近頃じゃVTRなんてもんが出てきたけど、ありゃ一種の補助用具みたいなもんだな。想像力が足りてないヤツがしかたなく補完してもらうみたいな。
「そう、創造力は大切。なんでもかんでも聴こえるモノだけを耳にして、見えたモノだけを目にする。いつしかみんな同じ考え、同じ正解、同じ正義しか信用しなくなる。もっと、もっと、なんだってできると信じればいい」
 それほど高尚な意見でもなかったんだけど。ひろくとらえればあながち間違いでもない、、、 本当か、、、 そんなおれの幸せな時間も暗転することになる。小さなクルマが貧相なエンジン音をたててこちらに向かってきたの見て、朝比奈が、あっ来たと声をあげた。来た? あれがおれがここに来た理由なのか?
 セミの鳴き声がひときわ高まって、すべての音が掻き消された。だから小さなクルマは音もなくおれたちの前にやってきて止まった。そこでセミが一斉に鳴きやみ、こんどは一瞬の静寂につつまれ、ガチャンと安っぽい鉄の音だけが耳に入ってきてドアが開いた。
「いよー、愛理奈。ワルい、ワルい。遅れちゃったな」
 そして、中からカルいノリのオトコが現れた、、、 エリナ。オトコはそう朝比奈を呼んだ、、、 そして、そのオトコは、おれの存在などないかのようにして、朝比奈と話しはじめ、セミたちも鳴きはじめた、、、 エリナって言うのか。
「ううん。こっちこそ悪かった。急にムリなお願いしたから」
 年上のオトコに対しても朝比奈の態度や、物言いはかわらない。おれだったら絶対敬語使うはずだ。そうしておれは緊張から心拍数があがっていく。どうすればいいのか落ち着かないときにあじわうこの感覚。だけど不思議とこういう時に一番生きてる実感があるんだ。
「そうだよ。もう少し早めに言ってくれりゃ、整備もしておいたんだけど。このごろ調子悪くてさ。そろそろ整備しようかと思ってたところだ。それでも、姫の頼みだからな、なんとか間に合わせた」
 なんだか緊張したのが損になるくらい、おれはセミにでもなった気分で、ヤツにはおれのことが人には見えていないようだ。でもなあ、そういうのってこれまでもあったし、いるのかいないのかわからない存在ってほどでもないけど、時折り存在が薄れたりして、『あっ、いたの気づかなかった』なんて言われるぐらいならいいけど、『びっくりした。気配消して近づいてくるなよ』ってこともある。
 そんな思いにふけっているのは、ふたりの会話がはずんで、おれにはそれぐらいしかすることがなかったからだ。オトコはおれが見ても、いかにもオンナにもてそうってツラ構えで、そこにほどよくワルっぽさもまじって、若いころはヤンチャしてましたって雰囲気もあり、ちょうど女子高生があこがれる大人の男ってやつだ。
「ところで、どういう風の吹きまわしだ? ヴェスパ、ラブの姫が、クルマの運転したいだなんて」
 ヴェスパ・ラブって名前のスクーターなんだろうかってこのときは思ったけど、どうやらヴェスパって名前で、それを一途に愛してるってことで、例えば納豆ラブみたいな意味合いで言ったらしい。初めて聴く言葉は、多少の誤解を誘引してくるもんだ、、、 なんで例えが納豆なんだ。
「まあね… 」
 そうだろ。そろそろ、おれの出番だろ、、、 主役だし、、、 きっと朝比奈が、おれをうまいこと紹介してくれるはずだ。
「 …わたしにだって、いろいろあるのよ」
 いろいろって、それだけすか。おれにだって、いろいろあったけど、誰も関心ないだろうな。
「そうか、どういう心境の変化か知らなんけど、まあいいや、ほれ、キーだ」
 オトコは、朝比奈にキーを放り投げた。両手で受け止めた朝比奈も、スクーターのキーを差し出す。おとこは手を絡めるようにしてそれを受け取る、、、 いやらしい手つきだ、、、おれもそうやって何気なく手に触れてみたい。
「いつか、ギャリーとオゥドゥリィみたいに、タンディムしようぜ。じゃあ今日一日借りとくぜ。また今夜、店でな」
 オトコは朝比奈のスクーターを何度か運転したことがあるようで、手慣れたあつかいでスクーターのエンジンをかけて行ってしまった、、、 ノーヘルで、、、 捕まりゃいいのに、、、
「それはチンクじゃなくて、トッポリーノでしょ」
 暗号のようなやりとりがなされ、それでクルマが残された。どうすんだコレ、、、