private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

Starting over14.12

2019-07-21 07:21:15 | 連続小説

「はじめてなの。タンデムするの。だから最初は少しふらついたけど、もう安心でしょ。コツもつかんだから」
 ふたり乗りのことをタンデムと言うらしい。おれが密着したせいでバランスが取れたわけでもないし、おれの思いに言い訳するつもりのなく、ようは朝比奈が要領よく、なんにおいてもすぐにうまくやれてしまうだけで、ふたりで力をあわせてそうなったわけでもないから、なんだかそれは、いままでも、このさきも、何度でも繰り返される感じかただ、、、 この先があればだけど、、、
 必要以上にひくつにならなくてもいい、それがわかっていたって、いろんなシチュエーションの中で、積極的になれるときも、なれないときもある。だからそんなものはどうだっていいはずなのに、なぜか朝比奈といるとそれが強く感じられ、それなのに払しょくするために違う行動を取っている、、、 それがバランスだ。
 街路樹の陰を走っていることもあり、左の側道は木漏れ日のなか、アスファルトからの照り返しも少なく、頬にあたる風も心地よくって、バイクってこんな感じなんだって、こんな体験のしかたも悪くない。
 普段はそんなこと全然気にもとめなかったんだけど、大通りにある街路樹って必要なんだって。夏の日に外を歩かなきゃいけないとき、そりゃ、始終日にさらされなきゃならないと思えば、おっくうになるものしかたないし、そこで自然な日影が続いてくれりゃずいぶんとラクだ。
 おれたちはそんな意図的な動線に乗っかって進んでいる。行き先も、生きる先も。
「そうね、進むべき道も、手の動く先も、指が探し求める場所も。それは巧みに作り込まれている。そうでなければならないように。そうでしょ、ホシノ」
 朝比奈の言葉が疾風とともに流れてきた。日のあたる街並みのハイライトや、この夏の時期にしかない白く発色した風景や、日影がつくりだす濃い影を転々と落とす大通りが、ああ夏なんだなって感じさせてくれる。それは色彩がハッキリしたポスターカラーで塗られたイラストがいかにもウソ臭く感じられ、本当の夏ってこんなんだよなって認識させられる。
 それが朝比奈のうしろに乗っているからそう思えるのかもしれないし、すべてのシーンはどうしてもその状況によって感じかたは変わってしまうんだから。だからおれは初めてのバイク、、、 バイクでいいよな、、、、 が今回で本当によかった。
 そんなおれの感傷とは別に、クルマに乗る前にバイクを経験しておくのも丁度いいからなんて、そんなことを朝比奈に言われているような気になった。当の本人は口笛でも吹きそうな、軽快にハンドルを操っていた。
「あっ、もうっ!」
 なに? なにが起きた?朝比奈のアタマが小刻みに上下に振れ、そして左右に動いたと思ったら上体を低く身構える。
「ホシノ。あのさっ、飛ばすから、もっとしっかりつかまって」
 では、遠慮なく下半身も、、、 と、喜んだのもつかのま、前輪が少し浮きあがるほどスピードがあがり、そのスピードを保ったまま、右に、左に前方の車の隙間を縫って追い越しだした。そのたびに、後輪がスベリ、おれのカラダも持ってかれる。
 おれはまた、朝比奈のお荷物に成り下がってしまい、しっかりつかまるどころか左右に振り回されている。なのに朝比奈ときたら、その力をうまく利用して前に進む力に変えてしまうから恐れ入ってしまう。
 なんで急に急ぎだしたのかわからないなか、朝比奈のドライビングテクニック、、、 ライダーテクニック?、、、 は、走り続けるなかで進化しているようで、その適応能力の凄さときたら、、、 おれにもそんな能力が少しでもあれば、もっと速く走ることができたんじゃないかって、、、 そんなタラ、レバ言うヤツはゴマンといる。
『そこのふたりのり、止まりなさい!!』
 拡声器から命令調の無粋な言葉が発せられたのはその時だった。おれたちの数台うしろに白黒のクルマが見えた。ああ、そういうことね、おれなんかぜんぜん気づいてなかったけど、朝比奈はうしろにも目がついているぐらい危険察知ができていて、目端に映ったのを捕らえていたんだ。それを最後にサイドミラーで確認した。
 こんな小さな違反に目くじら立てなくてもいいのにって、こうゆうときってついもっと悪いヤツらいっぱいいるでしょとか、小遣い稼ぎでもするつもりだとか、当事者ならついつい考えがちだ。
 はたから見てりゃ目の前の見逃しているようじゃ警官としてなってないとか、職務怠慢じゃないかなんて、言いようはいくらでもあり、そりゃ自分の都合でいくらでも見方が変わるからしかたないんだけど。
 朝比奈のドライビングに翻弄されっぱなしのまま、こうしてクルマのすきまを縫って走っている限り、追いつかれることはないだろうが、前のクルマにふさがれたり、信号で引っ掛かれば即アウトだ。
 すると前にはのろのろと走っている大型のタンクローリーが見える。おれはどうするのか考えあぐねているうちに、あっというまに追いつくと、右にハンドルを切り追い越すべくからだを低くしてスピードを上げる。おれも無意識のまま一緒になってからだをかがめる、、、 ようやくはじめての共同作業、、、 と言うより意識が引きずられている。
 タンクローリーの横を走ること数メートル。途中、排気ガスをもろにかぶって、咳きこむのはおれだけで、しかたなく息をとめておく。きっと朝比奈は涼しい顔で前をめざす、、、 見えてないから想像だけど、たぶんそうだ、、、
 タンクローリーを追い越すと左に切り込んで前に出る。突如現れた小さなスクーターにビックリしたのか、タンクローリーの運転手はホーンを鳴らしてきた。そのままタンクローリーを壁にして前に収まるかと思えば、スクーターを左にたおしたまま横切っていく。おれもそんな予感がしてたから、カラダを立て直すこともせず一体化したまま、左側にあらわれた側道に入っていった。
 なるほど、これでパトカーは脇道に進んだおれたちに気づかず、タンクローリーの前にいるつもりで追い続けるだろう。まったく一枚も二枚も上手だ。警察に見つかってから、ここまでをひとつのストーリーとして、頭に描いたとおりに実行し実現してしまったのだ。
「あたまに描くって大切なことじゃない? あまりにも多くの人はそれをせずにただ経験したことを、普通の行為として消費していくでしょ。ホントはもっと人間っていろんなことできるんだけどね。行為のヒエラルキーのなかで、あたりまえが最上段にある」
 それはなんでも意のままにこなしてしまう朝比奈だから言えることなんじゃないかって、そう、おれもこれまでになんどもそれを見てきた、、、 今日もそう、、、 ヒエラルキーとか、おれ意味わかんないし。だからわかったふりをせず、そうなんだなあって感心しておいた。
「ダイジョウブ。それにもうすぐそこだから」
 たしかに、これで危険は去った。だけど、もうすぐ着いてしまうことについては少なからず残念な気持ちがまさっていた。できればこのままもっとどこか遠くへ行ってみたくてならない。そうすればもっと朝比奈の違った面や深層にある考え方がわかるはずだ。
 もちろん、今回は行く先があってこうして連れられてきてるわけで、どこかに行こうだなんて、、、 たとえば海とか、、、 ありがちだけど。
 町の中心にある総合公園の駐車場にさしかかったときにウインカーを出した。どうやら目的の地はここらしい。
 どこだっていいさ、こうして一緒にいるあいだに、朝比奈が考えるよりよい生き方、人間の能力を最大限に発揮できる方法なんかを伝授してもらいたいものだ。それはオチアイさんから伝授された洗車の方法より、おれにとって必要なんじゃないだろうか。
 歩道にあがる段差を越えるとき、おれはヒョイと腰を持ち上げた。自転車でふたり乗りしてるときにこれやんないと、ケツから腰に結構な衝撃をくらう。腰の悪いおれにはかなりの致命傷となる。
 朝比奈は振り向きかけて、なにかを言おうとし、そしてなにも言わずにスクーターを走らせ一番奥の駐車スペースに止めた。