private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

Starting over07.11

2019-02-10 10:00:30 | 連続小説

「おニイちゃんは、いいよなあ。こんなたのしいことして、お金もらえるんだから。ボクも大きくなったら、ぜったいここでバイトしよっと。そうだ、ともだちよんで、みんなでやれば、おニイちゃんなんにもしなくてもおカネもらえるよ」
 そんなんでカネもらったら、児童就労法違反かなんかで捕まるな。その前に見つかった時点でバイト、即効クビだな。まったく子供ってヤツはとんでもないこと言いだすから、なんてあきれてみたけど、子供の話だからってハナッからバカにしてちゃいけない。たしかトム・ソーヤも、そうやっておばさんに頼まれた柵のペンキ塗りを、友だちから宝物を巻き上げたあげくに、全部やらせちまったからなあ。
 世の中は需要と供給があって成り立ってるんだけど、こうして相容れない状況がそこかしこにあるって思えば、ずいぶんと不経済が見過ごされているはずで、そんな社会教訓を遠巻きにおれに気付かせようとするとは、ツヨシはタダモンじゃないのか、、、 
 だからって、それを実践もできず、ひとひねりした代替案も出てこない。おれもタイトル映えのいい啓発を本読んだだけで、なにかできそうな気になるだけで終わってしまう人間のひとりだ、、、 そう思うんなら地道に宿題のひとつでもやれってなもんだ。
「あれえ、もしかして、おニイちゃん、アルバイトしたおカネで、クルマかおうとしてるんじゃないの? そうでしょ、で、ナニかうの?」
 おーっと、こんどはそうきたか。もう自分の言いたいことが終わったから、今度はおれのハナシを訊いてくれるんだろうか。子供のクセに、気い遣いやがって。いや、気を遣ったわけじゃなく、子供ならでは質問だな。
 それって、マサトがおれに提案したことと同じだな。ふつう誰だってそう考えるもんなんだな。おれの未来にはそんな予定がないから思いつかなかっただけで、この時期バイトするってことは、バイクだの、クルマだのって、大人ぶるための、子供じゃないことを証明するためのアイテムを手に入れる儀式みたいなものなんだろうな。
 そういう社会的な流れに乗るのって好きじゃないおれなんかは、そういう波に反発すること自体が、大人びた行動の代替え行為みたいになってるだけだから、結局はおなじなんだけどね。
 正直にクルマなんか買う予定なんかないって、ツヨシに言えばいいんだけど、、、 そもそも何か買うためにしてるわけじゃいし、、、 それじゃあなんのためにバイトしてるのかと、さらに踏み込まれそうで、それなりの意義のある理由がないおれには突っ込まれたくない部分だ。
 だったら、もうそれでいいやって、調子を合せてしまうのがおれの浅はかなところだ。なんとなくマサトの口車に乗ってバイトを始めたってのも体面的なもので、休み前に朝比奈のことがあって、新たな出会いを求めたなんて絶対に言えない、、、 社会の波とか偉そうなこと言える立場じゃないな、、、
 やっぱりさ、クルマぐらい持ってないと、彼女もドライブに連れて行けないだろ、、、 もちろん隣のシートは朝比奈をイメージ、、、 だから、この夏はしっかり働いて、夏休み明けには『ドライブ・マイ・カー』ってなもんだ、、、 休み明けにドライブしてる余裕ないだろ、、、 って、その前に免許だろ、、、 
 おれは子供相手にとんでもないホラ吹いて、そんな少しもありえない未来をエラソーに語っていた。こうして人生に失敗していくタイプだな。
「へーっ、おニイちゃんカノジョいるの、すごいね。ボクなんか、女子にはなしかけれてもメンドクサイだけだし。なんていえばうれしいのかもわかんないから、オトコどうしで、あそんでるほうがダンゼンたのしいよ。コーコーセイになるとやっぱりちがうんだね」
 へっ? そっちを感心する。いやいや、おれだって女と喋って、喜ばせるほど巧みな会話能力があるわけでもないし、ホントはツヨシが言うように、野郎同士でツルんでる方がよっぽど楽しかったんだけど、、、 これじゃおれも小学生と変りゃしない、、、 
 ああ、そういえば、朝比奈となら結構普通に話せたな。なんでだろ? 存在が高すぎていいとこ見せようとか、そういう気持ちにならないのが逆にいいのか。なんてこと意識すると、次はしどろもどろになったりして、自分でも本当のところがどこにあるかよくわからない。
「やっぱりかうならスポーツカーだよね。そのほうがゼッタイにカノジョもよろこぶよ。おニイちゃんはフェラーリとランボルギーニとどっちがほしい?」
 あっ、どっち? どっちって、それ選べるような身分じゃないし、だいたい夏休みのバイトで買えるようなクルマじゃないし、、、 かといって一生働いたって買えるわけでもない、、、
 年を重ねるごとに、夢を見ることと、過度の期待を持つことは分けて考えれるようにはなってきた。もしくは子どもに言われたことで、割り切ることを決めただけのことかもしれない。そうやって無理やり年相応の考えをしみこませているだけで、なにかを悟ったわけではない。
 こどもの夢なんだからつきあってやればいい。そうだよな、女子の相手してるより、男子同士でスーパー・カーの話ししてる方が断然たのしいんだから。
 そうだなあ、外車もいいけど、おれは日本車のほうが好きだからトヨタ2000GTかな。なんて知ったかぶりしてみた。やっぱり日本人は日本車だろ、、、 そんなナショナリズム持ち合わせてないくせに、、、 こないだ007のテレビ放送を偶然見ただけだ。
「ふーん、そうなんだあ。ボクもはやく大きくなって、クルマのれるようになりたいなあ。そしたら、“コードーレース”にでて、ゆうしょうするんだ。ボク、カウンタックで、フェラーリをブッチギるんだ」
 もし買ったら僕も乗せてね。なんて言われたらどうしようかと心配したけど、ツヨシの関心は別の方へ向いていったようで取り越し苦労だった。
 ああそうか、マンガのことだったんだ。ちょっと前までなら子供の夢は、野球やサッカーの選手で、誰もがスポ根モノにあこがれたものだったんだけど、世の中の価値観なんてそんなもんで、世間の風潮が子どもの夢を変えてしまうのはなんとも物悲しいじゃないか。
 昨日までの主流が、今日は異端になり、今日までの邪道は、明日からの正当になってしまう。誰かがこれが良いと言い出して、大多数の賛同が得られれば世論は引っ繰り返るなんてこともある。そんなあやふやな世の中でおれたちは暮らしているのに、やれ自分の夢だとか、未来だとか、さも自分で決断したかのように勘違いしているなんて滑稽でしかなく、おれにはお似合いだ。
 自分で走ることができなくなったから、宗旨変えするにもちょうどいいだろう。それなりの理由にもなるし、走るのには変わりないから、結構おれに向いてるかもしれない。クルマ持って女の子にチヤホヤされるのも悪くないし、、、 チヤホヤされる確証はない、、、 自分で走ってる時もチヤホヤされなかった、、、
 そうなれば先立つものが必要になるから、やっぱり就職の内定取らないとなあ。さすがにバイト代でクルマ買うのは現実的じゃない。就職組のメリットは、働き口があるからローンが組めて、クルマを手に入れられることだ。そうやって働くための動機にすり替わり、自分の行為を正当化するのは社会に取り込まれている気がして、どうにも好きになれないんだけどなあ。
 余裕のある家なら学生でクルマ持つようなヤツもいて、それはそれで腹立たしくもある。ウチじゃ大学生でクルマ持たせてもらえるほど、父親の稼ぎがあるわけじゃないし、そんなこと言いだしたらハナで笑われて、自分で働いくようになってから買えって言われるのが関の山だ、、、 関の山って相撲取りかな、、、 どういう例えかよくわかんない。
 こどもとしゃべってて、将来の行く末を考えさせられるってのもどうかと思うけど、つまりは不安を心の奥に隠しこんで、触れないように絆創膏で隠していたって、知らぬ間に手が伸びて、自分でその絆創膏もカサブタも剥がしている。そうしてケガはいつまで経っても治らないどころか、膿が出て悪化の一途をたどっていくばかりだってことだ。
「おおい、ホシノ。いつまで洗ってるんだ。もうそろそろ仕上げしとけ。オーナーが取りに来るぞ!」
 やべっ! 自分の世界に入ってしまい、なれない比喩を駆使して想いに耽っていたら、まわりが見えてなかった。気付かないうちにオチアイさんが様子を見に近づいて来てるじゃないか。
 自分の顔から血の気が引くのがわかる。おいツヨシ。お前、うまいことおれの陰に隠れてろよ。ツヨシに手伝わせたのがバレたら、やり直しどころかクビだよクビ。これじゃあ2000GTも夢の彼方じゃないか、、、 ワイパーひとつ買えやしないけど。