「残念だったな。さっさと家に帰ればよかったのに、いつまでもこんなところでとどまっているから見つかっちまうんだ」
ヤツラだった。そして、ヤツラの言うとおりだった、、、 おれも言ったけど、、、 そんなのんきなこといってる場合じゃなく、おれもいつまでもクルマの中に残っているわけにはいかないので外に出た。
朝比奈はニーナナに背中をあずけて腕を組んでいて、最初に見た時は映画のポスターかと勘違いするぐらいで、群がる悪いヤツラもいいアクセントになっている。
「オマエ、今日の… 」
あれっ? アイツ、アイツがそこにいた、、、 名前は知らない、、、 そりゃそうだ。今日おれたちがこうして、一緒になってクルマに乗り込むことのなる元凶をつくった、あのオトコだ、、、 ガソリンかぶった、、、 そういや少しガソリン臭い。少しですんだのは、きっと速攻で家に帰って、風呂に入って着替えたからだろう、、、 それを想像すると少し笑えた、、、 もちろん笑ってる場合ではない。
ただ、このオトコ、いまはあの時の勢いは無かった。どちらかといえば少しバツが悪そうで、言葉に歯切がない。
「どうしたんだ? ヤザワ。今日のなんなんだよ?」
最初に声をかけて来た男がそういった、、、 リーダーだなコイツ、、、 今日おれたちとトラブったヤツはヤザワと呼ばれた。名前がわかるとソイツがようやく人間として成立してくるから不思議だ。名前が同時にその人間に歴史と領域を作り出すんだ。
それにしても付属部位がない。ふつうは『君』とか『さん』とか、もしくは『様』とか『殿』とかって、、、 それはないか、、、 同い年とか、年下って呼び捨てにされるのが普通だから、きっとそういう間柄なんだろう、、、 おれも朝比奈も、お互いに呼び捨てしてる、、、 名前に付属部位をつけるは、その地位を固定し格差を自分にも他人にも再認知してもらうためにあるから、そういった順位は必要ないってことは同位であるか従属であるかのどちらかだ。
おれはこうして、この先出会う予定のなかったひとりと、マリイさんに引き続きこうして自分の前に現れた今日という日がなにか運命的な一日であると思えてきた、、、 あとふたりいる、、、 覚えられそうにない。
「いや、そのう、スタンドで… そうガソリン入れにいったときのバイトで、生意気なヤツだったから、だから覚えてただけだ」
だいたいの想像はついた。このヤザワってヤツは、今日のことを仲間内には話していない。それは、ヤツのプライドを傷つけるに十分な内容だから。オンナに声かけたら、ガソリンかけられて、腰抜かしかけて、すこしチビりかけた、、、 朝比奈曰く、、、 そんな事実をツレに話せばバカにされ、仲間内での自分の地位にも影響してくる。
それに信号のめぐり合わせとはいえ、オンナの、、、 朝比奈の運転に、、、 ついていけなかったのも強く出れない要因のひとつだ。オンナにあれだけの度胸を見せられ、自分は引いてしまった。同じ状況下でないとはいえ、自分はできなかったという悔しい思いは捨てきれないはずだ。
オトコって変なこだわりを勇気だなんて勘違いして争いだしたが最後、吐いた言葉を飲み込めなくなって、ムダな戦いをしては、しなくてもいい傷をおうだけだ。それは子どもの諍いから、世界を巻き込む大戦まで言うに及ばない。
おれは子どものときに、遊び仲間と誰が階段の一番高くから飛び降りられるか競いだし、どうみても無理な高さになって、みんなももうやめたかったけど、やめるにやめられない雰囲気になっていて、そこで根性無しとか、勇気がないなんて言われるのが嫌で、、、 みんなもそれが嫌で、、、 やり続け、最後はおれが足をくじいて終わりになり、みんなはホッとしてたけど、おれは泣きながら家に帰った、、、 泣いたのは足の痛みより、遊び仲間で一番最初にリタイヤした悔しさだった。
仲間っていうのはある意味、一番のライバルでもある。そういうつもりでなくても、優劣がつけば、グループの中でおのずと上下関係が成り立ってしまうもんで、そんなものを勇気とは呼ばないってわかっていても、当時はそれがすべてだった、、、 子供の世界は狭いんだ、、、 高校になってもさして大きくなるわけでもない。
ヤザワの説明に納得したのかどうかわからないけど、リーダー格らしき男は、もうそれ以上は追求せずに、こちらに、、、 朝比奈の方に、、、 向き直った。生意気と評されたおれのことなどどうでもいいみたいだ。
「ニイナナ。オマエが運転してたんだよな。まったく、いいオンナだし。どうゆうことだ。コイツはな… 」と、ヤザワの方を親指で指した。「オレらの仲間内じゃ腕が一番立つんだ。気にいらねえな。このヤワなオンナの腕が良いのか、それともニイナナによっぽど手を入れてあるのか」
といいながら、リーダーは朝比奈のヤワな、、、 ヤワじゃないけど、、、 腕をつかみあげた。なに、なれなれしくさわってるんだ、おれもまださわってないのに、、、 さわれんけど、、、 おれはその手を振り離そうと一歩前に出ようとしたところで、それよりも早く朝比奈が手を振り払った、、、 さすが、、、
「どうしたいの? 自分で調べてみる。クルマでも、わたしでも」
朝比奈が煽っても、リーダー格のオトコはムっとすることもなく、口角を上げ、振り払われた手をポケットに突っ込んだ。そして朝比奈のカラダを下から上へとイヤらしい目で舐めるように見た、、、 見て舐めれるわけはないんだけど、そいうのがありがちな表現だから、、、 おれもまだイヤらしい目で見たことないのに。
「えれえ自信だな。コッチとしちゃ、そりゃ、クルマの中身見るより、アンタのカラダを調べたほうが楽しいんだけどよ。そこまで言われて引き下がるわけにいかねえな」
そりゃそうだろ。おれだってそうしたいぐらいだ。それにしても朝比奈って話しの持っていき方がうますぎる。ホントそうだ。そこまで言われて朝比奈に手ぇ出したら、男がすたるだろ、、、 すたるヤツもいるけど、、、 これがいわるゆオトコの虚しい見栄なんだ。
「センパイ、まどろっこしいこと言ってないで、やっちゃいましょうよ。誰れも見てないし。こんなとこで見つかったコイツらが悪いんだからさ」
そしてすたるヤツがここにいる。プライドのかけらもないエロ男子の代表のような顔をした、いかにも下っ端ぽいヤツが、いかにも下っ端ぽいセリフのわりには『まどろっこしい』なんてシャレた言葉を吐いて、主役たちを盛り上げていく、、、 おれは主役でいいんだよな。
「さっきから聞いてりゃ、ソッチが見つけたと喜んでるみたいだけど、わたしたちが待ってたとは思わないわけ?」
「なにっ! どういうことだ?」
なに? どういうこと、、、
「お気楽なものね、自分に主導権があるときほど、相手を深く観察しないと痛い目をみるわ。目にした世界はひとつだけだじゃない、角度を変えれば違った景色が見える」
おいおい、ほんとか? 啖呵切る姿もカッコいいけど、どうみてもさっきまでコイツら待ってるって雰囲気じゃなかったはずだ。
朝比奈の言う言葉がなんであれ、言葉ってさ、口にしたときから生を受け、その時の感情に左右されて生み出されるはずで、同じ状況下でなければ同意することもままならず、時にそれは生まれの不遇につながって、言葉の真実はひとつでも受け入れ先には多岐に拡がってしまったりする。
「なんだよネエチャン。どんな世界見せてくれるんだ」
リーダー格の男のイヤらしい目を無視して朝比奈は、ヤザワを指差していた。そうして人々は翻弄され、いいようにつかわれ捨てられる。その言葉は鍵穴に入り込み新しい扉をひらくキッカケにもなる。
「ちゃんとした勝負をしましょう。それでわたしたちが勝ったら、もう二度とわたしたちに関わらないでくれる? コッチもいろいろとやらなきゃならないことが多くてね、いちいち人と関わっていられないの。悪いけど、わたしたち、そんなに時間ないんだ」
わたしたちだって、おれもか。時間がないってのが朝比奈のキーワードになってる。なぜ時間がないのかおれにはピンと来ていない、、、 ちゃんとした勝負? なにするの?