private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

Starting over16.1

2018-04-08 16:50:09 | 連続小説

 おれにはあの朝比奈にそんな弱い部分があるなんて思えなかった。あったとしても見たくない。イメージは大切なんだ。朝比奈はこうであるべきと、そんなまわりからの決めつけが余計に朝比奈を苦しめていた。こうしておれは誰かを傷つけながら生きている。きっといつになっても、いくつになって。
「そうね、一方通行な思い込みが、いつしか誰かを傷つけているなんて、よくあることだから、本人にとっては厳しい状況だけど、それを無視して生きてけるものでもない。そういう無言の圧力にも立ち向かわなければならないけど、そこまで強い人間はいないんだから。そうであるのに強く見せているのか、見られているだけなのか。だけどね、たまには、楽になりたいときも、話しを聞いて同意して欲しいときだってあるでしょ、それは誰にだって例外ではないわ」
 そんなこと、ああでもそうか。ひとにあこがれたり、好きになったりするのはみんな自分の誇大妄想で、なにひとつこちらから押しつけるもんじゃない。でも、だったら、おれが朝比奈のためにできることってなんだろう。そりゃ、そんなに大それたことができるとは思えないけど、なんだか、実は少し前から思っていたことではある。朝比奈もムリしてるんじゃないかって、、、 勝手なはなしだ、、、 そう思うのはおれの勝手なんだ。あのキャラクターがそれをオモテに出すことを許さなかった。だから、それには道化になる者が必要なんだって。だったらそれがおれに期せられた役割なんじゃないか、、、 道化でいいのか、、、 最初はイヌだったから少しはマシになったな。
「あんがい、まじめなのねえ。近頃のコは、変に生真面目で、遊びの部分が少ないみたいねえ。エリナちゃんもそう、誰も彼もみんな、時代の落とし子なのよねえ。あなたもね、そんなに気張ることないのよ。エリナちゃんが望むようにしてあげればいいだけ。そうすればエリナちゃんも、あなたも次の段階に進めるんじゃないの」
 おれも、朝比奈も、次の段階って。おれたちには登るべき決められた階段みたいなのがあるんだ。のぼり続ける階段を休むことなく、その先にあるものと、その途中で見るものと、のぼるのをやめたときに決めらる自分の階層と、そうして生きてくうえでの自分の定位置を知る。ムリして登るのも、そこから降りるのも自分次第だ。
「エリナちゃんは、唄ってる時がいちばん輝いてるもんね。自分を出せる場所があるっていいわよ。自分がつかみ取った場所で。だけど、いまのままじゃダメ。彼女もそのことをわかっている。あなたは、あなたを出せる場所があったはずだけど、いまはもうない、それも自分でつかみ取ったものじゃないでしょ。ひとにいわれてなんとなくその気になって、ダメならやめて。せめるつもりはないわよ。誰だってそんなもんだしね。だけど、後悔したくないなら、なにかを犠牲にしても、自分を出せる場所をつかみ取るべきだったのかもしれない。どちらを選ぶかは自分次第でしょ」
 ジャバの、、、 マリイさんの言いたいことがすんなり身体に入ってきた。おれは大人への反発を大義にして、素直に自分のやりたいことをやらずにいた。そこで頑張ることがみっともないことだって決めこんで、雑に日々を過ごす方を選んでいた。とりかえしのつかない日々。絶望を感じるほどでないとしても、限りある時間を捨ててきたのは間違いない、、、 限りある時間に気づけるのは、その立場にたってからだ、、、
「文化ってものは、広い意味でいえば労働者階級に変な考えを起こさないように、時間を消費させるために生まれて、進化していったとも言われている。そうやって知らないあいだに毒抜きされて、また単純作業に戻るための栄養を補給していく。この店だってその一端を担っている。飲食店も、芸能も、スポーツだって、非日常を演出して、その熱狂の中に身を置き、また同じ興奮を得るために、一日の終わりを、週末を求めて労働を続けられるようになる。そこに未来図が描けなくたって、少しでもマシな場所が用意されていれば、人は流されていくものなのよ」
 ああ、そうなんだ。実際自分から好んで趣味として楽しんでいるようで、いいように気分転換させられているに過ぎなかったんだ。そう思えば思い当たるふしはいくつかある。おれはそんな少しの亀裂とズレに侵入したり、出したりするのに不快な感覚に囚われて、どうしても素直になれなかった。だったら、いったいおれたちはどちら側に重きをおいて生きていけばいいんだろうか。
「わたしの敬愛するビートルズは、スタジオを抜け出し、ビルの屋上でライブをはじめた。なんの許可も取らずにやったから、まわりは大騒ぎになって、警察官が止めに入ったんだけど。わたしには、屋上までの道のりがつぎの段階へ行くための、抜け出さなきゃならない道に見えた。いわば新しく生まれ変わるための産道だったんじゃないかってね。新しい生が必要とされるとき、必ず通りぬけなきゃいけない道がある」
 マリイさんの話を聞いていると、
ひとの生きざまなんて本当に不思議なものなんだってつくづく思い知らされた。もしこの夏スタンドでバイトしてなかったら、もし朝比奈との関わり合いがなかったら、もし今日、あんなトラブルが起きなかったら、おれはマリイさんと出逢うこともなく、こんなに親しげに話すこともなかった。
 
それは随分と不思議な時間でもあり、前もって仕組まれていたと言われても否定はできなかった。選択のその先につねに存在し続ける体験。ドアを開けるたびに準備されている空間。どれもおれにとって必要で、通らなければなら産道なんだ、、、 どこを抜けて、どこへ行こうというのか、、、 選択の集合体が人生であるし、それは同時に『もし』がつりく上げた連続性の到達する場所なのかも知れない、、、 だとしたら、これが本当に自分の望んだ生き方だなんてどうして言いきれるのか。
「お待たせ。なんか、まわりがうるさくって、いつもより時間かかったわ。悪かったね」
 朝比奈は不機嫌そうに目を細めて、そのまま椅子に腰かけ両手で頬杖をついた。マリイさんはテーブルにがぶり寄り、、、 がぶり寄って、寄り切りするぐらいの勢いで。本人は小声で言っている風で、でもまわりにも届いているはずだ。
「エリナちゃんが、彼氏連れてきたって、ウラじゃもう大騒動よ。ボク、ライバル多いから夜道とか気をつけたほうがいいわよお。まあ、そこれ、これも、エリナちゃんがあんなに気合い入れて唄うからよ」
「そうよね。ちょっとチカラ入れすぎた。それに少し違う時間の流れだった。意識する必要ないのに。自分の意志とは違うチカラに奪われていく自分は、不快で新鮮だった。バンマスも喜んでたし。そうねえ、これからは毎日送ってもらおうかしら。ボディガードを兼ねてね」
 ボディガード!? そんな、おれにもっとも不似合いな役回りを、、、いったい何をガードさせるつもりなのか、、、 ボディか、、、 喜んで、、、 だいたい、おれ送ってないけどな。どちらかというと強制輸送されたけどな。毎日朝比奈の運転に付き合わされたら寿命ちぢむか、それこそ事故にまきこまれて御陀仏になる、、、 どちらにしろ、長生きできそうにない、、、
「もう、あてつけちゃって。コーラの代金、貰わないつもりだったけど、エリナちゃんのバイト代から引いとくから」
「あっ、財布は別々ですから。2000円のコーラ代払えるほどもらってないし。ホシノが自腹切りますんで」
 朝比奈が男前に切り返すと、マリイさんはアハハと笑い、冗談よと言っておれを解放してくれた。どうやらここではコーラ一杯2000円するらしい、、、 そのあとのコーヒーの値段は訊かないことにしよう、、、 請求書が家に届かないことを祈りたい。母親が目にしたら、さすがにかくれてバイトの比じゃないしな、、、 おれもひとつ階段を昇ったのだろうか。